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三者面談が終わった。
花音は、現段階では、第一志望はそのまま、国立のH大を一般入試で行く。共通テストを受け、前期で受ける。後期で第二志望の国立を、そして、できれば私立の安全校を共通テスト利用などで保険として受けることを勧められた。
第一志望に対しては、できればもう少し余裕を持てるように、間違っても今より偏差値は落とさないようにとのことだった。
帰り道、母の車に揺られる。
「花音、お母さんはさ、お金のことで院を諦めてるから、花音にはなるべく行きたい道を諦めずにって思ってるし、お父さんもそう思ってくれてるんだけど」
「うん」
それは、常々母から聞かされてきている言葉だった。
「一人っ子だから、きょうだいのいない分、お金をかけてあげられるしって思ってたんだけど。滑り止めの私立は確実なところを一校だけにしてちょうだい。…万一その私立しか合格できないのだったら、奨学金も借りてもらうことになると思うし、院まで出してあげるのは無理だと思う」
母は前を向いたまま、抑揚のない声で告げた。
「ここのところ、物価の高騰すごいでしょう?お給料が上がってはいても、全然追いつかないの。第一志望は二十三区ではないとは言っても、家賃や生活費がね…。ここからじゃ通う選択肢はかなり厳しいし、住むところ選んで…とは言え、女の子だからね…。安ければどんなところでも、とはいかないし…まあ、その辺はお父さんとも相談するけど。とにかく、花音にバイトしっかり頑張って貰わないとだと思う」
「うん」
母は赤信号で停まると、「うん」しか言わない娘の表情を伺う。
「大丈夫、分かってるって。私、十分恵まれてるよ」
最後の一言は、母がいつも花音に言うので、すっかり脳に刷り込まれたセリフをそのまま使った。
母の琴線に触れるニュースが報道される度、
『もし、もっと経済的に厳しい家庭だったら?もし、親や自分が重篤な病気だったら?もし、震災や戦争で、普段の暮らしさえ脅かされる状況だったら?あなたの当たり前は、当たり前じゃないの。恵まれているのよ』そう言われてきた。
そう、本当に恵まれている。
「あとは、花音が何を目指すか、どこまでやるかだよ」
「うん」
母の言うことは、最もだ。親には感謝しているし、自分の状況は、恵まれたものだと分かっている。が、こうして何度も繰り返されると、つい、無表情になってしまう。
花音は、形を変えながら、既に何度も繰り返された会話を、助手席の窓の向こうの景色を見ながらやり過ごした。
瑛司の三者面談は、予想通り、なかなかに居心地の悪いものだったようだ。
去年までの生活態度に対して、先生と父親からの厳しいダメ出しの後、私立のK大を総合型選抜で挑戦することになり、それはあわよくばとして、学力を上げながら一般入試でも挑戦する方針になったそうだ。
そもそも総合型を意識している生徒は、継続的な探求や何らかのコンテストでの優勝実績などを既に積み上げている。分かってはいたものの、分かっているからこその、厳しい言葉だったようだ。
『まあ、分かってはいたけど、予想通りの展開。元々あわよくばだから、総合選抜の準備しつつ、一般入試のために学力上げるよ』
スマホの向こうから、瑛司の淡々とした声が聞こえる。顔も見えない通話で、感情があまり見えない。
『そっか…なんだか少しずつリアリティが出てきたよね』
『そうだな』
二人とも、疲れていた。
『…瑛司くんは、第一志望が私立じゃない?というか第二志望も』
花音の口から、思いがけず少し踏み込んだ質問が飛び出る。
『ん』
『特に奨学金を借りる予定ないよね?』
『……ああ。…花音は?』
『国立だったら、学部のうちは大丈夫だって。でもバイトは頑張らなきゃ。国立がダメで、共通テスト利用で受ける私立だったら、借りなきゃムリ。一応、今度の奨学金説明会は出てくるよ』
花音は、努めて淡々と話した。
話しているうちに、何を聞きたくて踏み込んだんだろう、と自分に困惑する。
まるで、奨学金も無しに私立へ当たり前に行ける瑛司を羨ましく思った、当てつけのようではないか。
それに気づいて、瞬間、花音は顔にカッと血が上り、浅ましい自分を恥じた。
『あ〜、まあ、でもホント恵まれてるよね、私たち。世の中には、勉強したくてもできない人がいるのにさ』
慌ててそう言った言葉は、今の心の底からの言葉ではなかった。ほとんど母の口から言い聞かされている言葉が、花音の上っ面を滑っていく。
『…そうだな』
と瑛司が静かに返事する。
ああ、失敗した。
今、言わなくていいことを言った。
その上、最後のまるで取ってつけたようなセリフは、恥の上塗りのようだ。
『…と、とにかく、頑張ろうね!瑛司くんも、まだこれからもう少し勉強するでしょ?私も、今夜はもうちょっとやろうかなっ』
そう言って、花音は慌てて通話を終えた。
瑛司くんのことだから、きっとこの浅ましさ、見透かされたに決まってる。
本当には、何にも分かっていない私。
瑛司くんが欲しがってくれた私の中に、今の私が入っているわけない。
花音は、うつ伏せでベッドに沈み込んだ。
瑛司から、嫌われるんじゃないか、という思いがよぎって、その恐ろしさに身震いした。
シーツに涙が滲む。
こんな気持ちで勉強なんか、できるわけなかった。




