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「……花音はさ、AIの進化とか、これから先の十年くらいの世の中の変化、どう思ってる?」
大きな質問に、花音は一度、瑛司の問いかけを頭の中で反芻して、慎重に答えた。
「……AIね、すごいと思うし、瑛司くんほど使えてないけど、私も既に相当恩恵を受けてる自覚はあるよ。その反面、怖いとも思う。指数関数的な速度で進化していて、もうほとんど人間に理解できないところに来てしまってるよね?私くらいの頭では、もう何がおきるのか全く予想できない」
瑛司が無言で頷く。
「どうなるんだろうね、これから。いい方向に転ぶのか、悪い方向に転ぶのか。これまでの百年分くらいの変化が、ここから五年、十年で一気に起こるなんて言われてて。私たちは、歴史の転換点の、まさに渦中に、今いるんだろうな、とは思う」
花音は言葉を選ぶように慎重に話した。
「そう思う割に、花音は落ち着いてるんだな。……俺は怖いよ。世の中がすごい速度で変わるのに、自分も大人も学校もついて行けてない。昔ながらの尺度で測った成績を呑気に競ってる場合なんかじゃなくないかって。そうして進学した先に、大人があると思っていた価値が残っている確率は一体どのくらいなんだろうな。ここから十年くらいで、今の価値観なんて全部ひっくり返るんじゃないのかって…」
瑛司は閉じられたラップトップの背を見たままそう答えた。
「…そこまで思ったのなら、どうしてまた学校の勉強に戻ってきたの?」
花音は、瑛司の横顔を見つめて問いかけた。
「あの、それ聞いたら、変な話、ドロップアウトしちゃうって選択肢も、あったのかなって」
「…それに答える前に、花音はなんでそんなに落ち着いているのか聞きたい」
顔だけこちらに向けた瑛司の質問返しに、花音は軽く肩をすくめる。
なんだか、面接みたいになってきた。
「全然落ち着いてなんかいないよ。騒いで、行動を起こすほどの理解も足りてないだけ。でも、この変化で、私は淘汰される側の人間かもしれないって、怖さがずっと頭のどこかにある。今さ、よく聞くでしょ?AIに奪われない仕事はなんだとか、AI時代に必要な能力は何か、とか。聞くたびに不安になるよ。私が頑張って頑張った先にようやくなれそうかなと思ってた職種なんて、全部AIにとって変わられるだなんて言われるんだから」
花音はそこまで受け言うと、ため息をついた。
「でもさ、知りたがりなんだよね、私」
「知りたがり?」
瑛司の返しに、花音はニコッと笑った。
「何でか知りたいの。これって何でこうなの?あれって何で?これはなぜ起こったの?じゃあこうしてみたら、どうなるだろう?って、知りたくて。知れば知るほど、またその先が知りたくなるの」
「なるほど」
瑛司が体を揺らして頷いた。
「だから、AIがどんなに賢くてすごくなっても、私が知りたがりなのは変わらないんじゃないかなあと思って。知らないことを知るっていうこと自体が好きだから。知りたいことを理解するためには、やっぱり教養が必要で。そのために私にはもっともっと教養も必要だなって思う。学校とか本とかって、体系的に効率よく教養を授けてくれるってのがうちの親の考えで、私もそれはそうだなって思ってって。例えば、興味のあることだけネットで調べていくと、その周辺情報ばかり入ってきて、思いもよらない出会いとかが減る気がしない?逆に、あんまり好きな教科じゃなくても、教わったことで、世界が広がったり、思いがけず自分の興味のあることに繋がったり、ものの見方が広がったりするのも楽しくて…」
花音は、話しているうちに会話から思考が次第に内向きになり、視線が中空を泳ぎ始める。
そこで、ギシっと自分の椅子が音を立てたので、潜りかけた思考の海から一気に浮上した。
「あ、AIが私より賢いからもう学ぶ必要がないわけではなくて、私は私が知りたいから色々学ぶ、みたいな?うーん、うまく言えないけど、とにかく別に落ち着いてはいなくて、自分の性質が変えられないだけかな?」
花音は首をかしげながら苦笑した。
「そっか。花音は、『知りたい』に根差してるんだな」
一言も邪魔をせずに静かに聞いていた瑛司は、俯きながら優しく微笑んだ。
「なんだかまとまらないし、長くなっちゃった。次は瑛司くんの番だよ」
少し照れ笑いして、花音は両手をどうぞの形にして瑛司に向けた。
「何で学校の勉強に戻ってきたか、だよな。…去年とか、AIのニュースを焦るように追って集めたり、独学で勉強したりしてて…それで、恥ずいんだけど、自分にはとにかく圧倒的に全ての経験が足りないと思って、まあ、うん、今までの自分がやってこなかったことを片っ端から思いつく限りやってみたりしてて…」
その中には、学校をサボったりしたことも含まれているのだろう、少し瑛司の歯切れが悪くなった。
「まあ、それで学校の成績がガクンと落ちて、あまりのことに親がキレて。去年の三学期の終わりに親父と最大の喧嘩というか、言い合いになってさ。どんなに話しても、ジェネギャは全然埋まらないし、親にだって俺にだって未来が見えてるわけじゃないし、平行線なとこばっかで。まあ、でも、今こうして高校に通えてること自体、親のおかげで、恵まれてることだし、花音が言うように、知りたいことを知るために必要な教養ってのは確かにあると思うし」
「あ、私のパクったね?」
花音がすかさず茶化すように突っ込むと、
「いや、ごめん。違う言葉で考えてたんだけど、花音のが結構良かった」
そう言って笑って、瑛司は続けた。
「個人個人でどうしても理解できる範囲は違うだろ?みんなそれぞれ自分の分かる範囲の中で状況判断して、決断して生きてかなきゃいけない。もちろん、自分で判断すらできないようなとんでもない状況になるかもしれないけど」
花音は、うんうん、と頷いた。
「どうせ自分で判断しなきゃいけないなら、俺は自分の枠を拡げられるだけ拡げて、その中で判断したいなと思って。学校を辞めたりするのは、親の価値観的に選択肢になくてさ。あと、一人で焦って何かをやるのってさ、あんまり体にも効率の意味でも良くなかったかも。…まあ、とか何とか言ってみたけど、残念ながら、学校を一ミリも必要としなくて済むとか、親の価値観すらひっくり返すほどの、何か圧倒的な能力がなかったのが正直なとこかな」
そこまで言うと、瑛司は、長いため息をついた。
「……すごく分かるよ、圧倒的な才能とか、あったらなって。そういう人の世の中の見え方は、私とはきっと違うんだろうなって思っちゃうもん」
花音は同意した。
「あーあ、こんなカッコ悪いとこまで話すつもりなかったのにな。花音は全然浮ついてないし、めちゃくちゃ素直に直球投げてくるから、参る」
と言って、力無く笑った。
「え、私のせい?」
「そう、花音のおかげ」
瑛司はそう言い変えると、背もたれから体を起こして、花音の方へ向いた。
「それで、親と五十位以内を約束させられて勉強始めてさ」
そう言いながら、花音の両手を下から掬うように取る。
「進級して朝勉しに早く登校したら、初日に花音の赤面顔がっつり見ちゃってさ」
ものすごく優しく触れられているだけなのに、なぜか振り払えない。
「『欲望』ってこれだなって思った」
そう言われて、花音の胸がギュッと強く締め付けられたような感覚になった。
「よ、欲望…」
「世の中の空気や広告や、誰かや何かに煽られたわけじゃない、俺だけの欲望で、本能」
瑛司は聞かせるためではなく、自分自身で確認するように続けた。
「本能で『欲しい』と思ったんだ」
「そしたら、今日みたいに、花音は理性でも俺を陥落させて来るんだもんな」
瑛司は下から上目遣いに、ニッと花音に揶揄うような笑みを見せつけてくる。
「そ、そんなつもり、ないよ!」
「早く俺に落ちてきてよ、花音」
小さな声でそう言って、瑛司は自分の額に花音の手の甲をそっと押し当てた。




