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花音が旧図書館の自習スペースに、前回と同じ約束の十分前に着くと、瑛司もまた先に来ていて、ラップトップをいじりながら座っていた。
「おまたせ」
そう言って、後ろから声をかけると、
「お」
と、瑛司はラップトップから顔をあげ、視線をさっと花音の上から下まで移動させた。そして、
「なんかいつものイメージと違う。スポーティ?今日の格好もめちゃくちゃ可愛い」
と、微笑んでくる。
花音は思わず一瞬で赤面した。
「ふ、普通!休みの日の、いつもの格好だから!」
と言って、少しガサツな仕草で帽子をとり、瑛司の隣りに座った。
「顔赤いよ?」
瑛司がそう言って、花音の右手の指に自分の指を引っ掛けるようにして引き込み、顔を覗き込んでくる。
「赤面症のトレーニングもしなきゃ」
と言って、指を絡めて、ギュッギュと軽くにぎってきた。
会うなり全力で攻め込んでくる。
「ち、違うの、これは瑛司くんが恥ずかしいこというから、共感性羞恥です!!」
ああ、最近の学校やスマホでのやり取りが穏やかで、すっかり忘れていたけど、そうだった、こういう人なんだった…!!
「共感性羞恥…よくそんな単語出てくるね。さすが。でもさ、共感性羞恥っていうならもっと…」
「あっ、あっ!瑛司くん、今日眼鏡なんだね!」
花音は、話を逸らせそうないいポイントを見つけて、瑛司の言葉を遮った。
「そうなんだよ、昨夜遅くまでパソコンいじってたせいか、充血しちゃって」
そう言って、瑛司は自分の目を指さした。目に視線を誘導されて、眼鏡越しの瑛司と目が合う。少し艶のある紺色のシャツに、細い銀縁の丸眼鏡と少し赤い眼が、瑛司にさらに知性と色気を追加しているように見える。
「っあっ、ホントだ、ちょっと赤くなっちゃってるね」
「そ、だから眼鏡。花音はコンタクトなんだ?いつもと反対だね」
そう言いながら、瑛司は絡めていた手を完全に恋人繋ぎにする。
今日会ってからここまで、まだほとんど時間が経っていない。
次から次へと攻め込んでくる瑛司のスピードに、花音の頭はついていかない。
もう、こうして手を繋がれても全然嫌じゃないって、きっと瑛司はお見通しなのだ。
瑛司くんのおじいちゃん!一体、どんな教育したの!
「ね、アプリ見せてくれるんでしょ?手繋いでたら、パソコンやりづらいよ」
強引に引き抜こうとしても、どうせあれやこれやで絡めとられるとさすがに学習済みの花音は、頭を使ってそう言ってみた。
すると、瑛司が花音の目を真っ直ぐに見て、
「片手で操作できるから、だめかな?花音が嫌じゃなかったら繋いでてほしい」
と言った。
真っ直ぐな熱い瞳に花音はほとほと困ってしまう。
「違うの、嫌とかじゃなくて、あの、私がドキドキしちゃって集中できないから…ちゃんとアプリ見たいし」
と、しどろもどろになりながら正直に告げた。
言いながら、顔がより熱を帯びて来るのがわかる。
「やっぱり、私瑛司くんにもまだ赤面症がでちゃうみたい」
花音は自分に少し落胆して、そう言った。
「っごめん!分かった、手は繋がない。でもドキドキしてくれてめちゃくちゃうれしい」
花音の肩が落ちるのを見て取った瑛司は、慌てて一息にそう言うと、そっと手を離して、とろけるような笑顔になった。
「あと、それは花音が思ってる赤面症じゃないと思うよ。もちろん共感性羞恥でもなくて。俺の気持ちが花音に届いてるってことだろ?」
そういうと、瑛司は、機嫌よくパソコンを操作し始めた。
瑛司のアプリは、プログラミング言語ではなく、自然言語で生成AIを使って作られたものらしい。簡単に言うと、今回、瑛司はとにかくテスト範囲だけ確実にする必要があったが、市販のアプリでは幅広すぎて効率が悪かったのだという。そこで、教科書を始めとしたテスト範囲だけをAIに読み込ませ、その中で問題を作成させたり、間違えた問題や、覚えていない単語を繰り返し出題させたりしたようだ。どんな風に作ったか、簡単に教えてもらい、少し使わせてもらって、花音は感心した。
「すごい、瑛司くんはAIを使ってここまでできちゃうんだねえ」
「セキュリティの問題もあるし、今回のテスト範囲だけの簡易的なものだし、公開できるようなモノじゃないけどね」
そう言うと瑛司は珍しく自嘲気味に続けた。
「花音が褒めてくれるのはめちゃくちゃうれしいけど、俺じゃなくてAIがすごいんだよ。いやあ、マジでAIはすごいよな」
花音は、パソコンの画面から目を上げて、瑛司の顔を見た。なぜだか瑛司の顔には焦りのような表情が見える。
「どうして?瑛司くんだってすごいでしょ?AIがそこにあっても、みんながこれをできるわけじゃないでしょ?」
花音がそう言うと、瑛司は複雑そうな顔を見せた。
「こんなの、エンジニアの人から見たら全然、ままごとみたいなもんだよ。それに、このくらい、あっという間に陳腐化する…いや、もうしてる」
瑛司が珍しく花音から逃げるように先に目を逸らし、たくさん開かれたウィンドウを閉じていく。
「でも、そのアプリを使って勉強したことで、今回の目標を達成できたんでしょう?」
追いかけるように花音がそう言うと、瑛司は一瞬ピクリと止まって、手で口元を押さえた。
「……だな。ありがとう」
「花音に会ってほしくて、思わずこれをダシにしたんだけど…カッコ悪いな、なんか、フォローさせてごめん」
瑛司は、花音から目を逸らしたまま、そう言った。
「ううん。……瑛司くん、私の気のせいかな?なんか、焦ってる?」
躊躇いながらも、花音は思い切って切り出した。
瑛司は、ラップトップを閉じると、パイプ椅子の背もたれに上半身の全てを預けるように寄りかかった。
二人しかいない静かな空間に、椅子の軋むギシッという音がやけに大きく響いた。




