7-08. 輪切りかミンチかお行儀か
グレーテルが口を開く前に、ファウストが強い調子で遮った。
「女神様がいるなら、犬が喋ることもあるんだよ」
「左様でしたか」
ファウストの答えに、ディートリヒがすんなりと引き下がる。
(今ので、納得したの?!)
グレーテルは目を白黒させながら、腕の中のメフィストを抱きしめる。くつくつと、黒いトイプードルが笑った。
「ただの犬が喋ると思う?」
「ちょっと黙ってて」
ファウストが鋭く言い放つ。そして、大司教に向き直ると、軽く咳払いをし、真剣な表情で口を開いた。
「王家の墓への冒涜行為。説明してもらえる?」
大司教はぴくりと眉を吊り上げたが、動揺は見せない。落ち着いた様子で切り返した。
「何のことですかな? それよりも、黒髪の騎士はどちらに? 勝手に敷地内をうろつかれては困りますな」
「棺の中にいた少女は? どこから連れてきた?」
「護衛騎士には、王族ほどの権限はありませんぞ」
全く話が噛み合わない。お互いに触れられてはまずい部分を、答える気がないのだ。
大司教は人攫いに王家の墓を使っていたことを。
――では、ファウストは?
「なんで、ファウストはメフィストのこと隠すの?」
こっそりと、腕の中にいるトイプードルの耳元に唇を寄せてたずねる。小さな犬は、グレーテルの肩に前足を掛けると、内緒話をするように囁いた。
「俺が悪魔だから」
「え?」
「あはは、悪魔と魔女がどう思われるか、忘れてる?」
言われて、グレーテルはハッとした。ファウストとディートリヒがあまりにも自然に、メフィストが悪魔であることを受け入れていたせいで、すっかり頭から抜けていた。
悪魔とその契約者である魔女は――軽蔑すべき存在であるということを。
「王族と悪魔が繋がってるのがバレたら、面倒なんだろうね」
メフィストはそう言って、再び腕の中に戻る。抱っこされたまま、楽しそうに事の成り行きを見守っていた。
「埒が明かないな」
ファウストが苛立った様子で、腕を組む。そして、ディートリヒに視線を向けて、問いかけた。
「ディート、少女は?」
「神官たちの後ろの台車に」
「ありがとう。それで、大司教殿。その台車の荷を解いてもらえる?」
「ちょっと待って頂戴」
黙って成り行きを見守っていたアウレリアが、会話に割って入る。ファウストはため息をつきながら、視線を向けた。
その目が、ゆっくりとアウレリアの指先へと滑っていく。
「その指輪……」
ファウストが何事かを言いかけたが、アウレリアによって遮られる。
「お互い何か隠し合っているんだから、ここは詮索せずに済ませるべきじゃない?」
ファウストは眉をしかめると、尊大な態度でアウレリアをたしなめた。
「王族に対して、口の利き方が些か無礼ではないかな?」
「私は女神よ」
王族より立場が上なの、と言外に伝えてくる。ファウストは呆れたように肩を竦めたが、それ以上、言葉遣いについては咎めなかった。
「黒髪の騎士は、見つけたら煮るなり焼くなりどうぞご自由に。――これで、こちらは何も隠すことはないけど?」
「その喋る犬は?」
「喋る犬は、喋る犬だよ。それ以上でも、以下でもない」
皮肉げに言い放ち、ファウストは声の調子を落とす。
「さぁ、次はそちらの番だ。台車の荷物の中身、そして、王家の墓を無断で使用したこと。あとは……」
ファウストは言葉を切ると、後ろで身を縮めている神官を指さした。
「レムルと異端審問官について」
最も知られたくない秘密であったのだろう。明らかに、大司教の表情に動揺が走った。後ろの神官たちは不安そうにお互いに顔を見合わせている。
アウレリアは押し黙ると、ふぅ、と長い息を吐いた。
「いろいろ知りすぎたわね、王子様」
アウレリアは神官たちに、前に出るように指で促した。
「レムルを」
神官たちが狼狽えながらも、銀の指輪が嵌められた手を前に突き出す。
ディートリヒは即座に剣を抜き、ファウストをその背に庇った。その様子に、ファウストが小さく笑う。
「ディート。レムルに普通の剣は効かないよ」
「ファウスト様の危機を、黙って見過ごすことは出来ないので」
「それこそ、魔術師である僕の出番なんだけどね」
対抗する気満々で前に進み出るファウストとは対照的に、グレーテルはあわあわと後退る。そして、腕の中にいるメフィストに縋るように問いかけた。
「ど、どうしよう、メフィスト」
「俺が魔法を使えば、全員輪切りにできるけど」
「輪切り?!」
「おっと……失言だったね」
神官たちの指輪からレムルが次々と飛び出す。黒く影のように大きな体躯に、赤いぼんやりと光る目。一体でも迫力があるのに、三体も揃うと圧巻だった。
「三体のレムルを相手取るのは、さすがの王子様も分が悪いんじゃなくて?」
アウレリアが、にこりと微笑む。そして、その視線がゆっくりと動き、グレーテルに止まった。
「そうね……。そこの侍女をくれるなら、見逃してあげても良いわよ」
その瞬間、ファウストとメフィストの声が綺麗に重なる。
「は?」
アウレリアは二人の反応に気付かずに、いい提案だとばかりに愉快そうに話を続ける。
「天使になれる女の子を集めているの。被験者は多い方が良いから。侍女一人で、王子様と騎士二人を見逃してあげるなんて、悪くない取引でしょう?」
ファウストはアウレリアには答えず、静かに後ろを振り返った。そして、短く呼びかける。
「メフィスト」
「いいよ」
二人の間で何が交わされたのか、誰にも理解出来なかった。メフィストはグレーテルの腕から飛び出ると、ファウストの隣に降り立つ。
「頭にきた」
ファウストの言葉に、メフィストがくつくつと笑った。
「だろうね」
「協力してくれるってことは、メフィストも?」
「女神を騙るような女に、俺の契約者様を軽んじられるのは、気分が悪いからね」
途端に、メフィストの姿が犬から人間へと変化する。ディートリヒは剣を取り落としかけ、教会の者たちは唖然としている。アウレリアでさえも、ぽかんと口を開けた。
「輪切りにする?」
メフィストがぱちん、と指を鳴らす。その瞬間、ファウストの右手に影で出来た黒い剣が現れた。
「ミンチで、と言いたいところだけど……。お行儀よくいこうか」
「つまんないの」
メフィストが軽く指を動かすと、まるで、操り人形のように、ファウストの身体がゆらりと揺れた。ファウストの唇が、ゆっくりと弧を描く。
「誰に喧嘩を売ったか、思い知らせてやろう」




