修羅場もしくは私の為に争わないでと俗に言われる三角関係 3
コゼットは頬を膨らませて、両手を腰に当てる。
怒ってますという仕草なのだろうが、どことなく愛嬌があって可愛らしい。
「オスカー様! 私がレオン様に用事があるわけがないじゃないですか、アリスベル様の前で誤解を招くようなことを言わないでください!」
「……誤解も何も」
「だから誤解なんですよぅ、ね、アリスベル様!」
コゼットが顔を覗き込んでくるので、私は思わず頷いた。
にっこり笑うコゼットにつられて、私も微笑む。
レオン様は居心地が悪そうに視線を逸らしている。
「あ! オスカー様の聞いてる私の噂って、レオン様とのあれですか? あれは誤解なので忘れてくださいね、私はアリスベル様一筋ですから!」
「ええと……。オスカー様、私とコゼットは友人になりましたの」
訝しげな表情を浮かべるオスカー様に、私は言った。
「そうですか。どういう経緯かは分かりませんが、良かった……と言っておいた方が良いのでしょうね。……それから、私が知っているデンゼリン男爵令嬢の噂は、レオン殿下との噂だけではありません。入学してすぐに実技訓練場を使いたいという一学年の女生徒がいたので使用許可を出したら、水色スライムの数が激減した、とか。アブクガザミを乱獲した、とか。騎士科の生徒から苦情が」
「食材の宝庫だったので、つい……」
水色スライムの体液は食べられるのだと、マリアンヌが言っていた。
きっとアブクガザミも食べられるのだろう。アブクガザミは蟹に似ている魔物なので、食べられるというのはわかる気がした。
食べたいとは思わないけれど。
「出入り禁止だと通達した筈だが、何故ここに?」
厳しい声でオスカー様が言う。
然程怒っているわけではなさそうだが、表情も怖い。
私がコゼットだったら、ごめんなさいと謝ってすぐにこの場から立ち去っているだろう。
コゼットはあまり気にした様子もなく、目の前に浮かんでいる赤玉ドラゴンの肉を見て口角をだらしなくにやけさせている。
折角可愛い顔をしているのに、あまりにも締まりのないにやけ方だ。
今にも口の端から涎でも落ちそうな気配すら感じる。
「赤玉ドラゴンが出現したと聞いて、いてもたってもいられずに来ちゃいましたね。騎士訓練所に見張の鬼……じゃなくて、オスカー様がいなかったので、簡単に入れました! そうしたらアリスベル様がいるじゃないですか、やったー! お肉とアリスベル様! 今日の私は最高についていますね!」
「コゼット、まだ入学して一か月過ぎたばかりだというのに、出入り禁止でしたの?」
お肉とアリスベル様という表現に何か引っかかるものを感じたのだけれど、聞かなかったことにしよう。
それよりも、出入り禁止という言葉が気になった。
私が驚いて尋ねると、コゼットは照れたように笑った。
「そうなんですー、騎士科の副学科長様にそれはそれは怒られましたね、怖かったですぅ。訓練場はあくまで訓練のための場所だから、魔石狩りをしたいなら近くの森や洞窟にいくようにって言われて。魔石狩りはついでで、食材を取りにきてたんですけどね。私の故郷では魔物から取れた素材で料理するのが普通なのに、王都の方々はあんまり食べないんですね、魔物。美味しいのに勿体無い。それで、洞窟の場所や、素材取引所の場所も教えてもらいました。その節はお世話になりました」
「副学科長というと、クロード・ワイマールさん、でしたかしら」
オスカー様と同級のクロード騎士科副学科長は、庶民の出ながらオスカー様に次ぐ実力の持ち主といわれている。
赤毛で獅子の立髪のような髪型をした顔に傷がある、派手な印象の方だ。
卒業後は、聖クロノス騎士団にオスカー様と共に入団するという噂を耳にしたことがある。
コゼットと関わりがあるということは、クロードももしかしたらコゼットのお話の登場人物のうちの一人なのかしら。
『知らない子よ~、モブね』
マリアンヌが言う。
もぶとは、一体何なんだろう。
なんだか可愛い動物の名前みたいだ。
『モブってのは、たくさんいるいろんな人の一人ってことね。なんていうか、よく知らない他人だけど、同じクラスにいるクラスメイトみたいなもんよ』
なるほど。私もクラスの皆全員と交流があるわけではないので、なんとなく理解できた。
クロードはコゼットとは恋愛関係にはならないようだ。
つまり、私の婚約破棄とも関係がないということだろう。
『その辺はもう気にしなくても良いかもしれないけど。アリスちゃんが行動を変えたから、世界が変わってきてるんじゃないのかしら。あたしにはよく分からないけど、そんな気がするわ。あたしの知ってる話と今の状況、全然違うものねぇ』
確かに、そうなのかもしれない。
でも、コゼットが誰かを好きになると、また世界がマリアンヌの知っているお話通りに変わるのかもしれない。
私にも、分からない。マリアンヌが分からないことが、私にわかるわけがない。
考えすぎも良くない。
大切なのはこの先どうなるのかではなく、今の私がどう生きるかだ。
折角マリアンヌが私を導いてくれたのだから、思い悩んで動けなくなってしまうよりは目の前の現実を楽しんだ方が良いわよね、きっと。
『うんうん、そうよぉ……、なんて健気なの、あたしのアリスちゃんは……! その調子よー!』
マリアンヌが涙声で応援してくれる。
うん、頑張ろう。
「はい、クロード先輩のお陰で、実技訓練場には出入り禁止になっちゃいましたけど、食事には困らないしちょっとだけお金も手に入るようになったんですよ。ところでドラゴンのお肉、貰っていいですか? 欲しい人います? アリスベル様が欲しいなら勿論お譲りしますけどもー!」
ドラゴンの肉を貰っても困るだけだ。
私は首を振った。
レオン様も要らないと、手を振って意思表示している。
先程までは良く喋っていたのに、コゼットが現れてからは急に大人しいレオン様はコゼットが苦手なのかしら。
ごく最近まで好意を持っていたのに。
レオン様のことはよく分からない。
オスカー様は赤玉ドラゴンの素材へと視線を向ける。
「ドラゴンの肉と、赤玉の鱗と、赤玉の瞳。どれもかなりの高値で売れるものですが、アリスベル様、持ち帰りますか?」
「私には特に必要ありませんわ。価値も、わかりませんし。魔石があれば、お兄様に差し上げたいと思いましたけれど、腕輪が吸収してしまいましたし……」
「そうですか。私は、鱗と瞳は武器の材料になるので、貰いたいですね。ドラゴンの肉はいらないので、デンゼリン男爵令嬢に渡しても?」
「勿論、構いませんわ」
私が頷くと、コゼットは嬉しそうに私に抱きついてくる。
「わーい! アリスベル様、好き! 愛してますぅ! 美味しいローストドラゴンを作ってきますから、シャルル様と一緒に食べましょうね、楽しみにしていてくださいね!」
「ありがとうございます……。でもコゼット、私、魔物料理愛好家、というわけではありませんのよ……?」
「魔物料理に慣れると、普通のご飯が物足りなくなりますからー! 安心してください!」
これっぽっちも安心できない。
コゼットは私の胸にぐりぐり顔を押し付けながら、自信満々に言った。
そんなに抱きつかなくても良いのに。その仕草は、躾の悪い愛玩犬を連想させた。
オスカー様がコゼットの制服の首元を徐に掴み、軽々と私から引き剥がした。
オスカー様らしくない乱暴さで、ぽい、と草むらにコゼットを投げ捨てる。
コゼットは塀から落ちた猫のように軽々と草むらに着地をした。
それから、丸太ぐらいの大きさのドラゴンの肉を「よいせ」と言いながら両手で抱え上げた。
予想外の持ち方をするコゼットを、私は唖然と見守る。
もっと、なんていうか、もっと何か違う持ち帰り方を想像していた。
両手で丸太のような謎の肉を抱えるコゼットの姿は割と衝撃的だ。
「お、重たくは、ないの?」
「ずっしりとした重みがありますねー、流石赤玉ドラゴン、美味しそうですね! 青玉ドラゴンと緑玉ドラゴンも運良く出現してくれると良いですね、さくさくっとオスカー様が倒してくれると最高ですね。その時は私を呼んでくださいね~!」
「絶対に、呼ばない」
オスカー様は心底嫌そうに言った。
「副学科長様は優しいのに、学科長様は意地悪ですね。まぁ、今日はお肉を貰えたので、良しとします~。早く帰らないと鮮度が落ちてしまうので! 私はこれで! アリスベル様、また明日、明日会いましょう、隣の席を空けておいてくださいねー!」
来た時と同じように、コゼットは騒がしく帰っていった。
私にお辞儀をしたあと、「オスカー様も、勘違い邪魔王子も、さようなら!」と挨拶をしていた。
聞き間違えようのない程はっきりと、「勘違い邪魔王子」と言うコゼットに、レオン様はびくりと震える。
それから小さな声で「……怖かった」と呟いた。
レオン様とコゼットの間に何があったのか気になったけれど、私は聞かなかったことにした。
「あ……。私、水色スライムの体液を回収しようとしていて……」
オスカー様が、赤玉ドラゴンの鱗と瞳を拾い上げている。
私はそう言えば騎士訓練所に瓶を取りに行く途中だったことを思い出した。
かなり時間が経ってしまったので、もうスライムの体液は無くなってしまっただろう。
どうしても欲しいものではなかったのだけれど、オスカー様との初めての訓練で倒せた、私が倒したわけではないのだけれど、ともかく記念の品だったので、少し残念だ。
肩を落とす私に、コゼットが居なくなって元気を取り戻したレオン様が言う。
「アリスベル、水色スライムの体液なら、俺が何個でも取ってきてやる」
「……もし乱獲をしたら、デンゼリン男爵令嬢のように出入り禁止にしますよ、殿下」
「オスカーに出入り禁止を命じられたとしても、王家の特権で学園内の施設には自由に出入りできるからな、俺は。問題ない」
「ティグレ殿下に伝えます」
「お前、卑怯だぞ……!」
「何とでも、おっしゃってください」
再びレオン様とオスカー様が睨み合っている。
私もコゼットと一緒に帰れば良かったかもしれない。
今度からは、レオン様に見つからないように、オスカー様との訓練は訓練場ではなくて王都の近くの森などにしよう。
隠れてこそこそ、というのは良くないのかもしれないけれど、この状態では魔法の練習に集中できそうにない。
レオン様が嫌いというわけではないのだけれど。
「……大きな魔力の揺らぎがあったと思ったら、赤玉ドラゴンが現れたと騒ぎになっていたが」
不意に、草むらに赤い色の毒々しい魔法陣が浮かび上がった。
そこから唐突に現れたのは、グレイ先生だった。
音もなく静かに別の場所へと移動をする、高度な魔法だ。
転移魔法は魔族の方でもごく少数しか使うことができない。
実際に目にしたのは初めてで、本当に急に姿が現れるのだなと驚いた。
「オスカー君に、レオン王子に、アリスベル君か。不思議な組み合わせだ」
「グレイ先生。……赤玉ドラゴンなら討伐しました。魔物の種類や数が管理されている実技訓練場に出現するのは、あり得ないことですが。一度騎士科の生徒達で、訓練場の隅々までを点検する必要がありそうですね」
「僕も、時間があるときに調べておこう。しばらくは、実技訓練場は閉じたほうが良いかもしれない。どう思う、レオン王子?」
「そうだな。……問題がないとわかるまでは、使用禁止にするべきだろう。王家の宮廷魔導師たちにも、連絡しておく。実技訓練場は広いが、総出で点検を行えば一週間程で済むだろう。騎士科の生徒達を危険な目に合わせるわけにはいかない。オスカーが実力のある者を数人選んで、宮廷魔導師達の援護に回るように指示してくれ」
真剣な表情で、レオン様が言う。
このところのレオン様を見ていると心配になってしまったけれど、もともと王としての資質が問題視されるような方ではなかった。
ティグレ様よりもやや大雑把だという評価は受けているレオン様だけれど、だからといって判断力が無いというわけではない。
素早く判断して物事を決める姿を見ていると、やはり次期国王だなと感じる。
「しばらく忙しくなるな、オスカー。アリスベルには俺がいるから、安心して良いぞ」
勝ち誇ったように得意気に、レオン様はそう付け加えた。オスカー様の顔が怖い。
余計なことを言わなければもっと良いのにと思う。
「……アリスベル君」
いつの間に移動したのか、グレイ先生が私の正面に立っていた。
屋外にいるグレイ先生は珍しい。
艶やかな羽が清々と広がっていて、同じ人間とは思えないぐらいに美しい。
魔族と人なので、種族は違うのだけれど。
「制服が、切れている」
すっかり忘れていた。
グレイ先生は、私のスカートの裾を指で摘むと引っ張った。
ざっくりと切れているスカートの隙間から、太腿が丸見えになっている。私は激しい羞恥心を感じて両手で顔を覆った。
「せ、先生、先生……っ、駄目です……っ」
オスカー様は、困ったような表情で視線をそらしてくれている。
レオン様は頬を染めながら私達の様子をじっと見ている。
もう駄目だ、お嫁にいけない。
こんなに沢山の男性の前で肌を晒してしまうだなんて、私はふしだらな女になってしまった。
「怪我はないな。良かった。君の白い肌に傷がついたかと思って、心配をした」
先生は怪我の確認をしたかったらしい。
それは良いのだけれど、有り難いのだけれど、先生の手がスカートの隙間から私の太腿に軽く触れる。
「ひ、ぁ……っ」
奇妙な声が喉の奥から漏れた。
ひやりとした手の感触に、私は体を震わせる。
『案件、案件よ、あんけんよおぉおおおっ!』
マリアンヌの悲鳴が頭に響く。
グレイ先生の手がスッと離れたと思ったら、切れたスカートが元通りになおっていた。
怪我の確認をして、スカートを直してくれようとしただけ。
それだけだと言い聞かせても、血液が沸騰してしまったかのような羞恥心と混乱で私は意識が遠のいていくのを感じた。
グレイ先生の傍に行くと死ぬわよ、とマリアンヌが何度も言っていた言葉の意味がやっと分かったような気がした。




