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【電子書籍化*コミカライズ】夜の街のオネエ様に憑依されている私は、乙女ゲームの当て馬ちゃんと呼ばれています  作者: 束原ミヤコ


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グレイ先生はハイスペック王子様 1



 放課後になり、私はグレイ先生に謝りに行くことにした。

 グレイ先生から呼び出されたわけではないけれど、礼儀は大切だ。

 心配してくれた手前、素知らぬ顔をして過ごすのは間違っている。

 マリアンヌには何度か『アリスちゃんてほんっとに真面目よねぇ』と言われたけれど、グレイ先生は先生で目上の方なので、その辺りはきちんとしておかなくてはいけない。

 校門まで公爵家へ帰る馬車が迎えに来ているシャルルと、地底蛸を捕獲してくると張り切っているコゼットに別れを告げて、私はグレイ先生の教員室へと向かった。


 先生たちの部屋は、教室のある校舎から向かって左側。食堂とは反対側の棟にある。

 入学してから特に用事はなくて行ったことがなかった場所だ。

 放課後に先生に質問をしたい生徒などは足繁く通っているようだ。

 一学年の生徒が質問に行くのは算術や言語学の担当の先生が多く、それらの担当教員の一人一部屋用意されている教員室の前には生徒達が並んでいる。

 グレイ先生はどことなく近寄り難い雰囲気があるのだろう。

 グレイ・ドミニオンという名前が掲げられた教員室の前は閑散としていた。

 私に道を譲ってくれる他の生徒たちに会釈をしながら、私はグレイ先生の部屋の扉を叩いた。


「どうぞ」


 誰かと聞かれることもなく、返事をいただいた。

 扉を開くと、グレイ先生が沢山の本が整然と並んだ部屋の中央奥の机の椅子に座っているのが見える。

 机の上には魔石と思しき手のひらに収まる程度の、虹色に煌く美しい石がいくつか並んでいた。


「アリスベル・レミニスです。失礼いたします」


「アリスベル君か、珍しい」


 午後の柔らかい日差しがグレイ先生の背後の大きな窓から差し込んでいる。

 窓からは式典などに使われている大集会場の豪奢な建物が見える。

 魔族の方というのはどことなく色香が強い雰囲気がある方が多い。

 教室の中では気づかなかったけれど、二人きりで狭い部屋にいるとグレイ先生の強い魔力が体から立ち上っているように思われて、不思議な目眩を感じた。


『ちょっとお待ちなさい! アリスぅうう? 何大人の色気にくらくらしてるのよ! 案件警察が出動するわよ、サイレン鳴り響かせるわよ!』


 あ、あんけんけいさつって言う意味が分からないわマリアンヌ!

 ともかく私はマリアンヌに大声でうーうー唸られて、我にかえった。

 今のは何だったのかしら。

 ぼんやりするし目眩もする。

 マリアンヌの言う通り、今私は完全にグレイ先生の不思議な魅力に飲まれていた。

 何だかまずいような気がする。早々にこの場を立ち去らないと、よくないことになる予感がひしひしする。


『別に良いのよ……、あんたの世界じゃ十六歳で結婚できちゃうんだものね。そりゃ、グレイセンセーが魔族界の王子様で、魔力が強いせいで長命で、そりゃもう若く見えるけどもう百歳過ぎだとしても私は構わないのよ。でもね、でもやっぱりあたしは心配よおおぅ、あんたなんか、純粋無垢が服を着て歩いてるような子なんだから、ひとたまりもないわよ。イチコロよ。一撃でコロコロされちゃうわよおおっ』


 一撃でころころされるというのは、一撃で殺されると言うことなのだろうか。

 グレイ先生は私に危害を加える様には見えないけれど、もしかしたら上位魔族の方というのは恐ろしい存在なのかもしれない。


『まぁ、それでも良いわ。同じようなもんよ』


 それは、気を付けなければ。

 ありがとうマリアンヌ、忠告してくれて良かった。

 危うく無防備にグレイ先生に近づいてしまうところだった。

 良好な関係とはいえ種族が違うのだから、考え方も多少は違うのかもしれない。そのあたりを何も考えずに交流を持つのは、グレイ先生に失礼というものだろう。 


「……どうした? 何か用事ではなかったのか?」


 扉の前に突っ立ったまま動かない私を気遣うように、グレイ先生が言う。

 うう、大人だわ。

 色気も物凄い。グレイ先生に比べてしまったら、レオン様やティグレ様の持つ魔性の魅力なんてまだまだ可愛げがあるように感じる。

 グレイ先生と二人きりになってはいけない。私は心底思い知った。

 ルーファスも魔族なのだけど、側にいてもこんな奇妙な感覚はない。

 それはルーファスに私が慣れているからかもしれないし、グレイ先生が王子様だからなのかもしれない。

 よくわからないけど、危険だというのは理解できた。


「あの、グレイ先生」


「そんな入り口に立っていないで中に入ると良い。アリスベル君が僕に個人的に会いに来るのははじめてだったか。遠慮はしなくて良い。これでも僕は君たちの担任だ」


『ひぃいい、優しいわぁああっ、どうしようアリスちゃん、アリスちゃんがグレイ先生の大人の魅力でコロコロ、コロコロされちゃうわよおおっ、あたしってば無力、見ている事しかできないのねぇぇええ!』


 マリアンヌの口調は激しいけれど、心配しているんだか楽しんでいるのだか、判別がつかなくなってきた。

 さめざめと泣いているようでいて、嬉し泣きのようにも聞こえる。

 私はこの場から立ち去った方が良いのか、グレイ先生に従った方が良いのか、どちらなのだろう。


『ごめんねぇ、アリスちゃん。案件警察が出動しているのに、ちょっと萌えちゃったわよ。燃え滾っちゃったわよ。純粋無垢で生真面目なアリスちゃんと、良くも悪くも大人でスパダリなグレイ先生とか良いかもしれないわって、あたしの乙女ゲーレーダーがビンビンに反応してるのよぅ』


 もう、最初から最後まで意味が分からない。

 今日はずっと静かだったけれど、話し始めたらいつも通りのマリアンヌだったので私はほっとした。

 私に構ってばかりいて疲れてしまったらどうしようと思っていたけれど、元気そうだ。声量で分かる。


「ありがとうございます」


 悩んだけれど、折角の好意を無下にできないので、私はお言葉に甘えてグレイ先生の部屋へと入ることにした。

 奥の仕事机の手前にあるソファセットに座るように促されて、黒い皮張りの硬い質感のソファに腰を下ろした。

 グレイ先生が私の前に座って、軽く指を振る。

 きらきらとした粒子がグレイ先生の長い指に纏わりつき、あっという間に私たちの目の前にはティーカップが並び、深い黒茶色の液体が並々と注がれていた。

 香ばしくて、良い香りがする。


『あぁああ、魔法の使い方がスマート! そしてそこはかとない大人の色気! これは不味いわぁ、アリスちゃんがいちころコロコロになっちゃうじゃないのっ、なんていう罪深さなの、少女の心を掴んで離さない魔性の魅力よおおおおっ!』


 大丈夫よマリアンヌ。

 確かにグレイ先生はとても素敵だけれど、マリアンヌの声がうるさくてそれどこじゃない。

 グレイ先生の魅力に浸る余裕などないぐらいに、脳内のマリアンヌが騒がしい。


「アリスベル君は、珈琲は飲めるか? 苦い、かな。砂糖を入れる?」


「はい、お願いします」


 グレイ先生が手を翳すと、何もない空間から角砂糖がカップの中に二つ程ぽちゃんと落ちた。

 私たちは魔石がないと使えないし、何かと制約がある魔法を、息をするように扱う光景はとても不可思議だ。

 ルーファスがたまに使っているのを見たことがあるけれど、そこまで回数は多くない。

 それにルーファスは、グレイ先生のようには日常的に魔法を使用しない。

 グレイ先生のそれは、私達が手を使うのと同じように、その延長で魔法を使っているように見えた。先生にとってはごく自然なことなのだろう。

 せっかく入れていただいたので、お礼を言ったあとに一口口をつけた。

 ルーファスの入れた紅茶はよく飲むのだけれど、珈琲はあまり馴染みがない。

 苦くて甘くて、心が落ち着く味がする。


「あの、先生」


「うん?」


 グレイ先生は、私の目の前に座っている。

 大きな羽が邪魔にならないのかなと思ったけれど、畳まれて仕舞われていて、羽ごと背もたれに凭れているようだ。

 痛くはないのかしら。


「昨日の午後、なのですけれど。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」


「あぁ。僕の方こそ、真面目に授業に取り組んでいるアリスベル君がいないものだから、気になって君の執事に連絡をしてしまってすまなかった。終業のあと、すぐに寮に戻ったのだろう。先走ったかな」


「いえ、無断で授業を欠席したのは私ですので、ご迷惑をかけてしまった事反省しておりますわ」


 マリアンヌの言う通り、グレイ先生の対応はまさしく落ち着いた大人、といった感じだ。

 同じことをしたら私の専属教師などは怒りに怒った挙句、物差しどころではなく鞭で私を打ったのではないかと思う。

 それなのに、グレイ先生は全く怒っていないようだ。

 それどころか私を気遣ってくれている。

 なんて良い先生なのかしら。

 いままで授業以外では関わった事が無かったけれど、グレイ先生が担任で良かった。

 そうじゃなければ、私は教師という職業に苦手意識を持ち続けていたかもしれない。


「それで、立ち入った事を聞くようだけれど、アリスベル君は大丈夫なのか?」


「私が、ですか?」


「あぁ。……一応、僕の耳にも様々な噂は届いている。噂だけで物事を判断するのは愚かな事だし、生徒たちの個人的な事情には余程のことがなければ介入はしないが、授業に出たくないほどのことがあったんだろう?」


 まさか、先生の耳にまで入っているとは思わなかった。

 それだけレオン様と私とコゼットは目立つ、ということなのだろう。

 恥ずかしいやら申し訳ないやらで、私は顔に熱が集まるのを感じた。


『うぅう、それとない気遣いっ、ご近所の優しいお兄さんのようなぁ、遠くから見つめてくれる白馬の王子様のような、押しつけがましくもなく面倒でもない、心の籠った気遣いよおおっ、さすがスパダリ、ハイスペック王子様だわぁあ! まるで、紫の薔薇の人ねぇ!』


 はいすぺっく、王子様。

 紫の薔薇の人とはいったいどういう人なのだろう。グレイ先生は、紫の薔薇が似合いそうではあるけれど。


『ハイスペックスーパーダーリンってのは、つまり、なんでもできて完璧で、文句のつけようもない素敵な男性の事よ! レオンの馬鹿なんて足元にも及ばない思慮深さと頭の良さだわ! レオン王子がグレイ先生に勝てる要素があるとしたら、顔の良さぐらいね。どっちもイケメン! よって、勝者はグレイ先生~!』


 レオン様は今日はティグレ様にもコゼットにも、マリアンヌにも酷い言われようだ。

 確かに私は一方的に責められたし、「はぜろ!」というかなりの悪口を言ってしまったけれど、流石に可哀想になってきてしまった。



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