家人を心配させないため、外出許可を得ましょう
砂糖を塗した薔薇の花弁が浮かぶ紅茶に口をつけると、甘さと清涼感が口の中に広がる。
料理が得意なルーファスは、お茶菓子も手作りしてくれている。
王都には有名なお店が沢山あるので買ってきてくれても良いのだけど、料理はルーファスの趣味らしいので、時間をかけて小さなケーキや焼き菓子を作るのは苦ではないらしい。
お店を出せばきっと繁盛するだろうなと思う。
そういえば、マリアンヌにらーめんとかつどんが何なのかを尋ねるのを忘れていた。
レシピを聞いてルーファスに教えてあげようと思っていたのに、残念ね。
マリアンヌのお仕事についても知りたいし、彼女がいる世界の話も聞いてみたい。
時間はいくらあっても足りないのに、私が落ち込んでばかりいるせいでマリアンヌは自分の事を話す暇はないのだろう、私を励ましてくれてばかりいる。
次はもっと楽しい事をお話ししたい。
明日もきっと話せると思うと、とても楽しみ。
「……お嬢様、学園で困ったことがあったのかと思いましたが、なんだか楽しそうですね。安心しました」
「えぇ。私は大丈夫よ。心配かけて悪かったわ。……私にはルーファスや、シャルルがいるもの。私にとって大切な人たちについて考えていれば、レオン様やコゼットさんのことは気にならないとわかったの」
黙っているのもおかしいだろうと思い、私はその話題に触れることにした。
ルーファスは「私は、お嬢様の味方ですよ」と短く言って微笑んでくれた。
「実はね。また、レオン様とコゼットさんに会ってしまったの。何人かの女生徒が、私の為といってコゼットさんを取り囲んでいて、コゼットさんを地面に突き飛ばしたの。私はそんなことは望んでいないから、助けに入ったのだけれど」
「お嬢様が? デンゼリン男爵令嬢を助けに?」
「見てしまったのだもの、放ってはおけないわ。本当は関わりたくはなかったのだけれど、私のせいでコゼットさんが責められるのは、違うと思うのよ。だって私は別に怒っていないのだし」
「その女生徒たちも、自分たちの憂さ晴らしをしたかっただけかもしれませんね」
「そうね。私の為とは言うけれど、私はあの子たちと話した事なんて一度もなかったのよ。顔も名前も、なんとなくは分かる程度だったわ」
申し訳ないけれど、全ての生徒の名前までは把握していない。
「それで……、コゼットさんを助けに入ったのは良いのだけれど、ちょうどレオン様もその場に来てしまってね」
「誤解されましたか?」
「よく分かるわね」
結論を言う前にその場で起きたことを言い当てたルーファスに、私は感心した。
「レオン殿下は短慮なところがありますからね。悪い方ではないのでしょうが、ティグレ殿下に比べると単純で直情的です。物事の表面しか見ないと言いますか」
「随分レオン様に厳しいのね」
「大切なお嬢様を預ける婚約者の方ですので。王子と言えども、どんな人物かは観察させていただいていますよ」
「そうなのね。私、レオン様についてはそこまで深く考えたことはなかったわ。ただ、第一王子としか思っていなかったの。それはそれで、申し訳ないと思うわ」
「そんなことはありませんよ。お嬢様をきちんと見ようとしていなかったのは、殿下の方ですからね。お嬢様がどれほど努力なさっても、殿下が距離を縮める気が無ければ親しくなるのは難しいでしょう。でもいつかきっと、真面目で賢明なお嬢様の姿を見て殿下も考えを改める日がくると、思っていたんですよ。……思っていたというか、期待していた、というか」
ルーファスがそんな風に考えてくれているなんて知らなかった。
話してみないと分からないことが、沢山あるものね。
私もシャルルとばかり話すのではなく、もっと沢山の方々と交流を持つべきなのだろう。
それこそ、マリアンヌの言うとおりに。
いろんな男性と交流して相手を理解することで、レオン様とは違い私を愛してくれる素敵な方がみつかるかもしれない。
「私、知らない事ばかりだわ。レオン様に誤解をされて叱責されてしまって……、なんとなく学園にいづらくなって、午後は礼拝堂で過ごしていたの」
「そうですか。寮に帰られても良かったのでは?」
「そうね。でも、クロノス様の傍に居た方が心が休まる気がして……、ごめんなさい、ルーファス。あなたの傍にいるのが嫌だとか、そういうわけではないのよ? ルーファスは私の家族のようなものだし、でも家族だからこそ知られたくないと、思ってしまったのかもしれないわ」
「……そうですね、その気持ちは分かる気がします。私を家族と思っていてくださるなんて、有難い事ですね。けれどお嬢様、私はただの使用人です」
「ルーファスは、私の兄よ。ずっと、そう思って育ってきたわ。今更違うなんて思うのは、難しいわ」
勿論少し前までの私は、マリアンヌと話をするまでの私は、ちょっと違っていた。
レオン様の婚約者であり、王妃としての正しさばかりを求めて生きていたので、ルーファスのことも使用人として認識しなければいけないと思い込んでいたし、使用人とは必要以上に親しくしてはいけないと思っていた。
だから余計な話もしなくなってしまったのだろう。
今日あったことを気兼ねなく話すことができる今の方が、ずっと心が軽い。
なんだか婚約者に選ばれる前の自分にだんだんと戻っていくようだ。
そのころの私はまだ十歳に満たなかったので、自分自身がどんな形をしているのかもあまり理解していなかったのだけど。
ルーファスに対する気持ちは、兄を慕う気持ちに似ているような気がする。
ルーファスは少しだけ目を細めた後、「有難うございます」と言って微笑んだ。
「あのね、ルーファス。今日は、オスカー・ストライド様ともお話をしたの」
「オスカー様といえば、ストライド家のご長男ですね。学園を卒業されたら、聖クロノス騎士団に入る、という話ですね。今は我が国には大きな争いはないので、騎士団の仕事は犯罪者の取り締まりや、魔物の討伐が主だという話ですよ」
「そうなのね。私は魔物と戦ったことは無いけれど、こわいものなのかしら」
「お嬢様が魔物と戦うなどとんでもないことです」
「でも、騎士科や魔法科の授業では、実践の授業もあるわ。学園の奥には魔物も飼育されているのよ」
「学園に居るのは、スライムや食中花や、紫蜥蜴や虹色狼といった比較的無害なものでしょう。街の外にいるものもそれらとあまり変わりませんが、もっと森の奥や未開の地にいくと、翼竜や地竜といった凶悪なものもいるのですよ」
「騎士団は、そういったものも討伐しているの?」
「それらが街に近づいてしまった場合や、大量発生した場合は討伐に向かいますね。普段は近づかなければ問題はありませんよ。物好きな冒険者などは、良質な素材や魔石を手に入れるためにわざわざ戦いに行ったりもしますが」
私たちの使用している魔石は、魔物の体や魔物の住む場所から多く手に入る。
魔物を倒した時、その体は死骸ではなく素材と魔石に変わるのだ。
魔族の体に流れている魔力というものは、私達人間にはないけれど、大地には満ちていると言われている。
魔石が出来たのが先か魔物が出来たのが先なのかは分からないけれど、魔物の死骸は魔石を産み、魔石が魔物を産むと言われている。
私達魔力のない者はそれを使用し魔法を使ったり、燃料にしたりと様々な活用をしている。
私たちの生活が便利になったのは、魔石のお陰である。
時折発生する魔物の大群は、原理はよくわかってはいないらしいけれど、豊富な魔石を手に入れる機会ともいわれている。
危険ではあるけれど、私たちの暮らしには無くてはならないものである。
「ルーファスは魔物と戦ったことはあるの?」
「えぇ、まぁ……。これでも魔族の端くれですから、魔法を使えますし。……お嬢様を守るための訓練の一環として、討伐隊に参加したことはありますね」
「本当に私は何も知らないのね……、そんな危険な事をしてくれていたのね」
「いえ。レミニス領は魔族の国と隣接していますから、魔物も良く湧くので、戦えて困ると言うようなことはないのですよ」
「魔族の国には、魔物が多いの?」
「そうですね。クロイツベルト王国に比べると、土地に満ちる魔力量が違いますから。魔族の国は魔石も多ければ、魔物も多いです。とはいえ、住んでいるのは魔族が殆どなので、魔石を使う必要はあまりないのですけどね。半獣の国と取引をして魔石を売っているようですよ。半獣族の国は魔石の量が少ないですから」
「……詳しいのね」
「レミニス家の執事として、そういったことを学ぶのは重要ですので。……お嬢様がそんなことを聞かれるなんて、魔物について興味があるのですか?」
「たまには、外に出てみたいなと思ったの。オスカー様は時折街の外に行かれているそうよ。レオン様との事を心配してくださって、気晴らしに外に出てはと言われたの。護衛を、してくれると言ってくれて」
ルーファスに黙って外出するのは、良くない。
余計な心配をかけてしまうし、嘘をつくのはいけないことだと思う。
オスカー様と出かけるのであれば、きちんと許可を取っておきたい。
ルーファスは少しだけ難しい表情をした後に、静かに頷いた。
「ストライド様なら、護衛としては申し分ないでしょうね。ですが、お嬢様。私もお嬢様を守ることができます。時々は、私も護衛として連れて行って欲しいものです」
「良いの? 外に行きたいと言っても、怒らないの?」
「どうして怒る必要がるのですか? せっかくの王都です、たまには出かけられても良いと思いますよ」
私は嬉しくなって、ルーファスの手を握ると軽く振った。
マリアンヌの話では、これぐらいでははしたなくはないらしい。
だからきっと、クロノス様も許してくださると思う。
ルーファスは驚いた顔をしていたけれど、私に掴まれた手を振りほどく様なことはしなかった。




