お休ミミズクまた明日
寮に戻るまでの道では、誰とも出会うことがなかった。
コゼットやレオン様のことで何か噂話をされるのも嫌だったので、ほっとしたのも束の間、貴族寮の正面玄関にルーファスの姿を見つけて私は足を止めた。
普段ルーファスは私の身の回りの世話以外にも侯爵家から任された仕事もしている。それは王都の様子や、物価の変動の報告などだそうだ。
侯爵家は距離があるので王都は若干物の値段が違う。その違いを調べることが領地経営にもつながるらしい。
なので基本的にはルーファスは忙しい。
私の執事にはもったいないぐらい、とても働き者だ。
お兄様の傍についていた方が、侯爵家のためには余程良いような気もする。
ともかくそんなわけで、ルーファスが玄関まで私を出迎えることなど滅多にない。
最初は礼儀として行ってくれていたけれど、学園内には危険はないし私も恥ずかしいので、断ってしまった。
「お嬢様」
感情があまり篭っていない冷静な声が私を呼ぶ。
私はルーファスの前で足を止めると、朝見たばかりのいつもと同じ整った顔を見上げた。
表情もあまり変わらないので、ルーファスが何を考えているのかよくは分からない。
いつもは気にしたこともなかった。私にとってルーファスは家族と同じだったので、共にいるのが当たり前だったからだ。
今はなんとなく、落ち着かない気持ちになる。
それはレオン様とのことがあったからなのか、オスカー様とのことがあるからなのか、よく分からない。
『落ち着きなさいよね、あんた別に悪いことなんてしてないじゃない。浮気を見つかった時の駄目男みたいな慌てぶりよ、それじゃ。浮気のうの字もしてないわよあんた。オスカー様とのあんな可愛らしい会話が浮気なんていわれた日には、世界中の男は浮気してることになるじゃないの。それにそもそもあんたはルーファスと付き合ってるわけじゃないのよ。あたしにちょっと言われたからって、意識しすぎよ。そのうち意識しすぎて鼻血出して倒れるわよ?』
それはそうかもしれない。
鼻血を出して倒れるなんて情けない姿を晒すことは遠慮したい。
それこそ誰のところにもお嫁さんにいけなくなってしまう。
マリアンヌが『鼻血なんてチャームポイントのひとつじゃない~』とか言っているけれど、聞こえないふりをした。
いくらマリアンヌの言葉でも、鼻から血を流す姿が可愛らしいと褒められるとは思えない。
「お帰りなさいませ、お嬢様。……先程担任のグレイ先生から連絡を頂き、心配しておりました」
「グレイ先生から?」
『グレイ・ドミニオンね~!』
マリアンヌが反応している。
グレイ先生もコゼットの相手の一人ということよね、やっぱり。
グレイ・ドミニオン先生は私達の担任の先生だ。教科の担当は魔法学と魔法薬学。
それというのもグレイ先生が魔族であるからだ。
グレイ先生には立派な角と、飛竜のそれに良く似た黒い羽がある。
やや硬そうな髪質の黒髪と金色の三白眼は少し目つきが悪くて怖そうに見えるけれど、紳士的な優しい方だ。
二十代後半程度に見える見た目だけれど、実際の年齢は知らない。
大人の男性という言葉がぴったりくる人物である。
グレイ先生がどういった出自の持ち主かは知らないけれど、その見た目からしてかなりの魔力を持った魔族の方だということは分かる。
ルーファスが挨拶をした時も、羽も角もないルーファスをすぐに魔族だと言い当てていた。
きっと魔族同士、何か感じるものがあるのだろう。
それにしても、この学園にはあらゆるところにコゼットの相手がいるらしい。
私の執事であるルーファス、第一王子のレオン様、第二王子のティグレ様、次期騎士団長のオスカー様、担当教師のグレイ先生。
他にも誰かいるのかしら。
私の身の回りの関係者が多いような気がするのは、やはり私が『当て馬』だからなのかしらね。
例えば私も、この中の誰かに恋愛感情を抱くことがあるのかしら。
『よく考えなさぁい。結婚なんてのは、人生で一度か二度か、三度ぐらいしかできないんだからね。結婚は人生の墓場、なんて言葉があるけど、灰かぶりと王子様の世界なんだから、いつまでも幸せでした、めでたしめでたしの方が良いじゃない。あたしに夢をみさせて頂戴~。あんたには期待してるんだからね!』
ありがとうマリアンヌ。私、頑張る。
できることなら結婚は一度きりにしておきたい。
「午後の授業にお嬢様の姿が無いと。寮に帰っているかどうかの確認の連絡でした。午後の授業の終了と同時に知らせに来てくださったようで、私も先程知ったばかりです。今から探しに行こうと思っていたのですが、丁度お帰りになってくださり良かった。入れ違いになるところでした」
「ごめんなさい、ルーファス。心配をかけてしまいました」
「いえ、それは構わないのですが……。お嬢様、一先ずお部屋へ。お疲れでしょう。お着替えをすませたら、お茶にしましょうか」
『良いわねぇお茶。あたしもルーファスのお茶飲んでみたいわ~』
私もマリアンヌにルーファスの入れた紅茶を飲んでもらいたい。
実際に会うことができて、アフタヌーンティーを頂きながらお話が出来たらきっと楽しいだろう。
マリアンヌはシャルルとも気が合うかもしれない。いつか三人で話をしてみたい。
『ガールズトークねぇ~! 上がるわ~! でも今日はもう帰って寝るだけよね、あたしもちょっと疲れちゃったし、これからオシゴトもあるし、お休みするわ~』
うん。今日はありがとうマリアンヌ。
マリアンヌがいなければ、今頃はどうなっていたか分からない。
こんなさっぱりした爽やかな気持ちではいられなかったことは確かだ。
――またお話しできるのを、楽しみにしているわ、私の守護天使様。
『んふふふ、あんたほんとわかってるわ~。じゃ、恋の堕天使マリアンヌちゃんはちょっと寝るわね。おやすミミズクフクロウ科~!』
ミミズクとはフクロウ科の鳥。
マリアンヌの世界では、挨拶の時に動物の名前を入れるのが流行っているのかもしれない。
私もそのうち真似してみよう。
すっかり頭の中が静かになってしまい一抹の寂しさを感じながら、私はルーファスに連れられて自室に戻った。
ドレスを着る時などはコルセットも締めなければいけないのでルーファスに手伝ってもらうけれど、学生服や自室で着る簡素な服は簡単に脱ぎ着ができるため、一人で着替えを行なっている。
私は制服をクローゼットに戻した。制服は数着あって、定期的にルーファスが洗っては入れ替えてくれている。
白い飾りけの少ないワンピースに着替えると、ルームシューズに履き替えた。
学園では歩くことが多いので、自室の中まで革靴を履いて過ごすと足が痛くなってしまう。学園に入りたての頃にルーファスに相談したら、灰色羊の毛で編んだ柔らかい部屋用の靴を買ってきてくれた。
着替えを終えて部屋を出てリビングへと向かう。
ルーファスの部屋と私の部屋は隣同士で、扉を開くと広いリビングがある。
炊事を行うキッチンと、お風呂はリビングの左側にあって、基本的に全ての生活が寮の部屋でできるようになっている。
食堂もついているので食堂で食事を取る方もいるようだけれど、頼めば部屋へと運んでくれる。
執事やメイドがいなくても問題はないのだろうけれど、この寮にいる方々は私のように従者を連れているのが当たり前だ。
リビングに入ると、ルーファスが魔力蝶を飛ばしていた。
伝言を伝えることができる魔力でできた使い魔のようなものらしい。
私には魔力がないので自分で作ることができないけれど、魔石を使えば魔力がなくても使用することができる。
恐らくグレイ先生に私が帰って来たと伝言を伝えたのだろう。
ルーファスの瞳の色と同じ紫色の半透明な蝶々が、輝きながら窓から飛び立っていった。




