番外33 ダラム戦争1(BC)
王家直轄地であるダラムの治安を守る警備隊長リエト・ニコレッティは、昨晩行われた闇組織の掃討作戦で捕らえた捕虜の尋問に向かう途中だった。
昨晩襲撃したのはドーマー辺境伯時代から巣くっていた『土蜘蛛』という名の犯罪組織でダラムの治安を悪化させる原因の1つだった。
ここで捕まえたのは、なんと土蜘蛛に8人居るとされる幹部の1人だったのだ。
近年まれにみる大手柄を上げたリエトは、上機嫌で幹部を尋問するため拘束している部屋に向かっていた。
通路に警備兵が立っている扉の前まで来ると、警備兵が扉をノックしてくれた。
すると中から扉が開かれ、部下の1人が顔をだした。
「隊長、どうぞおはいりください」
「うむ」
そこにはソファにふんぞり返り、こちらに敵意を込めた視線を送る男が待っていた。
こいつ、自分の立場を分かっているのか?
男と対峙するようにソファに座ると、こちらも負けずと足を組みふんぞり返った。
「おい、お前、自分の立場が分かっているのか?」
態とゆっくりそう言ってやると、男は口をきゅっと引き結んだ。
「それじゃあ仲間の名前と居場所をゲロしてもらおうか?」
「それは言えない」
「なら、拷問が待っているぞ」
「待て、取引をしないか?」
こいつは何を言っているんだ。
全部ゲロさせるに決まっているだろう。
「お前は馬鹿なのか。俺達が犯罪者とどうして取引しなければならないんだ?」
「公国はどうやって最悪の魔女を味方に付けたんだ? おかげでパルラから得ていた稼ぎが無くなって、俺達の商売はあがったりなんだぜ」
そんなの知った事か。
お前達のような連中が消えてくれた方が、俺の仕事も減って助かるというものだ。
「話を逸らすな」
「まあ、そう急くなって。少しは会話を楽しんだ方が人生楽しいもんだぜ」
「黙れ、お前にそんな事を言われたくない。話を逸らすのが取引だというのなら、後は拷問が待っているぞ」
リエトがぴしゃりとそう言うと、男はちょっと困った顔になった。
「そうか、それは残念だな。俺が握っている情報は時間制限があるから、それまでなんとしても黙っている事にしよう。だが、重要な情報を手に入れるチャンスを逃した事がパルラに居る魔女にバレたら、お前ら不興を買うことになるぞ」
男の余裕のある表情と突然出てきた魔女様の名前に、リエトの頭の中には警戒警報が鳴った。
「はあ、ここでどうして魔女様、いやパルラ辺境伯様の名前が出て来るんだ?」
「そう言う情報を持っているからだよ」
これは苦し紛れの嘘ではないのか?
「お前達が、パルラで事を起こすのか?」
「違う、俺達じゃない。俺達は魔女の恐ろしさを知っているからな。絶対に手を出したりしないさ。だが、それが分からない連中もいる、という事さ」
この男が言う事が真実なら、分からない連中というのはこいつらの対立相手か。
「お前の言い方だと、その連中は虹蠅とかいう連中の事か?」
「ああ、そうだ」
ふん、はやりそうか。
自分達と対立している相手を、俺達を使って潰そうという魂胆か。
「虹蠅はお前達の商売敵だろう? 俺としてはお互いつぶし合ってもらった方が手間いらずで助かるってもんだ」
「ふん、あんなぽっと出の連中に俺達が負ける訳ないだろう。だが、連中が魔女に手を出して、そのとばっちりが俺達に向けられるのは困るんだ。魔女が復讐にやって来たら、俺達は迷わずお前達が情報を握りつぶしたと言うぜ。それを知った魔女はどう思うかな?」
こいつ、俺達を自分達の泥船に乗せようというのか。
俺のような下っ端でも、陛下がパルラにいるあの魔女様に最大限の配慮をしている事は知っていた。
なら、どうする?
「ふん、お前の言葉だけでは信じられん。証拠を出せ」
「その前に俺の身柄を解放すると約束してもらおうか」
それには行政官の許可が必要だが、これだけの情報では無理だろうな。
「駄目だ。第一、魔女様がそう簡単にやられると思うか?」
俺がそう言うと、目の前の男は「はぁ」とため息をついた。
「だが、パルラの町に被害が出たら、領主ごっこを楽しんでいる魔女が怒るとは思わないのか?」
男は俺達が被るだろう被害の大きさを予想して、楽しそうに笑みを浮かべていた。
こいつ他人事だと思って、楽しそうだな。
だが、自身の保身のためにも、行政官に一言断っておいた方が良さそうだという事は分かった。
リエトはメモを書くと、部下にダラムのトップとなるベニート・モンダルト行政官への報告を命じた。
そしてこの男とにらみ合いが続く中、行政官への連絡を命じた部下が戻って来て、そっとリエトにメモを渡してきた。
行政官からのメモに書かれていた内容は、リエトが予想したとおりのものだった。
「分かった。お前のネタが予想通りだったら取引に応じてやろう」
「なら俺が話したら、解放してくれるんだな?」
「お前が持っているネタがそれに値する価値があれば、だ」
すると男は勝利を確信しているのかニヤリと口角を上げた。
「ガサ入れした拠点の談話室に絵が飾ってあっただろう。あの額縁の裏に証拠がある」
「分かった。尋問はその後で行う」
リエトは現場を警備している部下達に指示書を送ると、結果が来るまで暫く待つことにした。
そして現場を捜索していた部下が報告に帰って来た。
「隊長、指示された絵を額縁から外したら中に書類が入っていました」
そう言って差し出された書面を見たリエトは、それを手にすると直ぐに男を拘束している牢に向かった。
リエトは再び男と対峙した。
お前が言った場所から1枚の紙が出てきた。
そう言って男と隔てるテーブルの上にその紙を置いた。
「これは募集広告か?」
「ああ、俺達のような裏社会の人間が使う求人広告さ。虹蠅の奴ら、これで暗殺者を募集したんだよ」
「ここに書いてある魔眼持ちというのが、魔女様の友人だというのか?」
「ああ、そうだ」
「たかが1人の友人の生死が、魔女様にはそんなに重要なのか?」
リエトが重要性を確かめるため態とそう言うと、男は目を見開いた。
「いいか、良く聞け、魔女は自分の所有物には異常なほど執着するんだ」
「はぁ?」
「以前、魔女の友人が奴隷商人に攫われた時、魔女は一切の躊躇もなくそいつを追って王国まで行ったんだ。どうなったと思う?」
魔女様の実力を勘案すれば、当然奪還したんだろうな。
「当然、奪い返したのだろう?」
「ああ、そうさ。そして奴隷商人は施設ごと破滅して、王国も土地を奪われたんだぜ。俺の情報を魔女に知らせずに問題が起こったら、お前達はどうなるんだろうな?」
虹蠅の暗殺対象が、魔女様が王国まで奪い返しに行くほどだとしたら、これは注意しなければならないな。
だが、何故、虹蠅は魔女様の友人を狙うんだ?
「奴らが魔女様の友人を狙う理由は何だ?」
「パルラには娯楽があるだろう。そういう町には自然と人が集まる。人が集まれば、裏の商売に関する需要も生まれるんだよ。だが、あの町で商売する事が出来ないんだ」
「何故だ?」
「俺達の素性を見破る奴がいるからさ」
「それが魔女様の友人だと言うのか?」
「ああ、そうだ。そんな奴が居たら邪魔だから排除したくなるだろう?」
「まあ、確かにそうだな」
ここまで言われて、ようやくリエトにも事情が見えてきた。
これは拙いのでは?
こんな事を知っていながら黙っていたなんて事があの魔女様に知られたら、どんな報復を受けるか考えるだけでも震えがくる。
それがダラムだけなら諦めもつくが、公国全体に及ぶような事があれば国が滅んでしまう。
「それにしても魔眼とは、恐ろしく有能な能力だな」
「ああ、魔眼持ちの子供が魔眼を発現するのはかなり難しいんだが、あの魔女はそれを成し遂げた」
成程、魔女様が手間暇かけて育てた相手だ。
ならず者共に暗殺されたら、そりゃあ怒るだろうという事も理解できた。
「分かった。これはお前を解放するだけの情報だ」
「ああ、助かったよ」
男はそう言って口角を上げた。
+++++
ダラムの貧民街にある半ば崩れかけた建物の地下に、地上の建物からは想像も出来ない程豪華な地下室があった。
そこではドーマー辺境伯時代から活動していた闇組織「土蜘蛛」が所有しており、幹部8人の仮眠ベッドを備えた個室のほか、会議室、談話室、給湯室、武器庫などが揃っていた。
6人の幹部が集まった談話室では、今では殆ど流通しなくなった紫煙草のタバコをくゆらせた幹部達が歓談していた。
「ああ、このタバコも貴重になってしまったなぁ」
「仕方が無いだろう。パルラの町が魔女に占領されてしまったのだからな」
「あのドーマー辺境伯も簡単にやられてしまったからなぁ」
「それどころかこのダラムの俺達の立場も虹蠅とかいう連中のせいで、随分窮屈になって来たよなぁ」
「それよりも拠点が1つ潰されて8つ目が捕まってしまったというのに、どうして1つ目は動かないんだ?」
幹部達が自分達の将来に不満を口にしていると、談話室の扉が開いて組織のトップである1つ目が入って来た。
その姿を見た2つ目が声をかけた。
「なあ1つ目、俺達は今の状況に不満を持っているんだ。是非とも1つ目から説明を聞きたいんだが」
2つ目から説明を求められた1つ目は、談話室に集まった幹部を見回した。
「お前達の不満は虹蠅か? それとも先日ガサ入れされた件か?」
「両方さ」
「1つ目よ、何か考えがあるのなら教えてくれないか」
談話室に集まった他の幹部が皆頷くのを見て、1つ目はニヤリと笑みを浮かべた。
「分かった。それなら話すが、これは一切口外するなよ」
「ああ、分かったよ」
2つ目がそう言いうと、他の幹部も全員頷いた。
「まずは拠点を失った件を話そう。あれは虹蠅を潰す為の計略だ。8つ目が捕まったのもその作戦の一環さ」
「作戦で8つ目を切り捨てたのか?」
「そんな事はないさ」
「え、どういう意味だ?」
「それはこういう意味だよ」
後ろから聞こえた声に全員が振り向くと、そこには8つ目が立っていた。
「お、お前、捕まったんじゃ?」
「連中と取引して解放させたんだよ」
「8つ目、ご苦労だったな」
「ああ、1つ目、連中は思惑通り動いてくれたよ」
「ふふふ、誰だって魔女の機嫌を損ねるのは怖いものさ」
1つ目が上機嫌に笑うと、他の幹部達が色めきだった。
「「「1つ目」」」
「ああ、すまない。虹蠅がパルラへの潜入を試みているのは知っているな?」
「ええ、でも潜入に成功したっていう話は聞きませんよね」
「それを言うなら俺達もだろう。魔女にパルラを占拠されてから一度もあの町に戻れていないのだ」
4つ目と5つ目がそう言うと、直ぐに2つ目が原因を口にした。
「あの町には魔眼を持つ獣人が居るんだ。どうやったってバレてしまうさ」
幹部達の言葉を聞いていた1つ目は、にやりと笑みを浮かべた。
「虹蠅の奴ら、その邪魔者を排除するため闇の募集広告を出したんだ」
「え、まさか」
「ああ、そうだ。あの魔眼持ちを暗殺する事を考えているようだ」
「へえ、連中がそれをやってくれたら我々も助かりますが、大丈夫なんですか? 万が一失敗、いや、そんな事を計画している事が魔女にバレたらって、まさか」
1つ目は自分の計画に気が付いた幹部に肯定するように頷いた。
「ああ、あの魔女が黙っている筈がない。全力で連中を潰しに来るだろう」
「成程、虹蠅の始末を魔女に押し付けたんですね」
「ああ、だが、それだけじゃないぞ。魔眼持ちが片付いたら俺達が再びパルラの根を張る事も不可能ではないぞ」
「「「おお~」」」
談話室では、明るい未来を思い描いた幹部達が拍手する音が響いていた。
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