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番外32 新人研修(BC)

 

 エリアル北街道の要衝スハイムを統べる由緒正しきアガッツァーリ侯爵家の5男フェオリーノ・グイノ・アガッツァーリは同じ境遇の貴族家の4人と共に、パルラ辺境伯から身柄を託されたビアッジョ・アマディという男に連れられて大きな建物に案内された。


 ビアッジョ・アマディからは配属前に新人研修とやらをすると言われており、その教官はバンビーナ・ブルコといい、あのドーマー辺境伯時代では娼館を運営を、魔女が町を占拠した後は、敵だったにもかかわらず信用を得てそのまま部下になった女傑だと説明されていた。


 その2階建ての建物の入口には「パルラ生活協同会社新入社員研修会会場」という即席の看板が掲げられ、その前にはふくよかな中年女性が立っていたのでどうやらあれがその女傑のようだ。


「ブルコさん、今回ユニス様が雇い入れをした新入社員を連れてきました」

「分かったさね。お前達そこに並びな」


 集められたのは貴族家出身の4人と平民16人の計20人だ。


「私の名はバンビーナ・ブルコ、パルラ辺境伯様からお前達の新人研修を任されているさね。今日から10日間、みっちり仕込むからちゃんと付いてくるんだよ」


 フェオリーノは自分達が平民と一緒に扱われる事に不満を持った。


「待て、俺、いや俺達は貴族家の者だぞ。なぜ、平民と一緒なのだ?」


 するとブルコは「はぁ」と深いため息をついた。


「お前達はパルラ生活協同会社に雇用される。この会社ではお前達はただの新入社員でしかないさね。新入社員の出自なんて関係ない。全員下っ端さね。下っ端は、下っ端らしく大人しく会社の方針に従いな」


 フェオリーノは自分達を尊重しないその物言いに腹が立ったが、父親からの使命があったので侮辱されたと辞める訳にもいかなかった。


 だが、こちらを見下してくるあの糞ババアには、絶対仕返ししてやると誓っていた。


 この日は住む場所の手配とこれからの訓練スケジュールの説明等で終わり、明日の早朝集合という事になった。


 翌朝フェオリーノは訓練場に向かう途中で、自分と同じ貴族家出身のアッスント伯爵家の3男ペッピーノ・ロモロ・アッスントにそっと話しかけた。


 自分自身は父親である侯爵からパルラの状況と辺境伯の人となりを調べてこいと言われているので悪目立ちする訳にはいかないが、他の奴が文句を言う分にはなんら問題ないからだ。


「おいペッピーノ君、俺達は貴族なんだ。こんな扱いは抗議すべきだと思わないかい?」

「あ、いや、確かにそうなんだが、今はまだ辺境伯に嫌われる訳にはいかないんだ。お前だってそうだろう? 俺は暫く様子見をさせてもらうよ」


 ちっ、駄目か。


 訓練場で待っていると、覇気のない男2人を従えた糞ババアがやって来た。


 そして俺達を見渡すと手に持った鞭を自分の左掌に当て「ピシッ」という音を響かせた。


「これから新人研修を行う。研修の間は、私の言葉は、辺境伯様の言葉だと思うように」


 そこで再び鞭をピシッと打ち鳴らした。


「そして相手が誰だろうと手加減はしないし、贔屓もしない。私が研修終了後、合格と認めなかったらクビさね。分かったね?」


 フェオリーノは糞ババアが「分かったね」と言った瞬間、俺の顔を見たのを見逃さなかった。


 それは俺に対する挑発と捉えていいだろう。



 フェオリーノは慣れていない礼の訓練を受けていた。


 この俺に頭を下げろというのか。


 いつか不敬罪で罰を与えてやろうと思っていると、糞ババアからの厳しい声が飛んできた。


「おい、そこの青二才、角度がぬるい。もっと頭をさげろ」


 そして頭を下げていると、糞ババアが目の前にやって来て手に持った鞭で後頭部を抑えてきた。


「ほら、角度が浅いって何度言わせるんだい。もっと下げな」


 おい、俺の頭を下げるな。不敬だろうが。


「お、おい、俺はアガッツァーリ侯爵家の」


 フェオリーノがそこまで言ったところで、糞ババアの鞭が後頭部に命中した。


「やかましい。最初にいったさね。私はパルラ辺境伯様から全面的な信認を得て直接あんたらの指導を行っているんだ。それが理解できないのなら晩飯は抜きだ」



 くそったれ、今に見ていろよ。


 次の行われたのは発声練習で、フェオリーノ達20人は2列横隊で並ばされた。


「よし、全員そろっているね。それじゃあ、次の訓練は発声練習さね。私について大声で叫びな」


「いらっしゃいませ」

「「「いらっしゃいませ」」」

「糞ババア」


 ブルコは新入社員を見回してから渋い顔をした。


「もっと声を出しな。それと声が合っていないよ。さあ、続けな。ありがとうございました」

「「「ありがとうございました」」」

「糞ババア」


 ブルコは手に持った杖を掌でぴしゃりと打った。


「なんかさっきから雑音が聞こえるね。真面目にやりな。またのお越しをお待ちしております」

「「「またのお越しをお待ちしております」」」

「くたばれ糞ババア」


 するとブルコの目が細められた。


「ちょっと待ちな。今糞ババアと言ったのは誰だ?」


 拙い、あの糞ババア意外と耳が良いようだ。


 誰も名乗り出ない事にいら立った糞ババアの顔は、みるみるうちに赤くなっていった。


「そうかい誰も名乗り出ないのなら、お前ら全員腕立て伏せだ。男は500回、女は200回だ。出来なかったら飯抜きだからね。さっさとやりな」


 それでも皆が戸惑っていると、ブルコから「サボった奴は全員飯抜きだよ」と怒声が飛ぶと一斉に地面に両手を突いた。


 くそっ、500回だと、俺の腕を破壊する気か。


 それでも貴族である俺様が空腹で腹を鳴らすなんて恥ずかしい事は絶対にできないので、必死に数を数えていた。


 必死の思いで500回達成した時は、もはや腕がヘロヘロで立ち上がる事も出来なかった。


 俺が地面に仰向けになって息を整えていると、糞ババアは4本脚のゴーレムを連れてきた。


 何をするのかと見ていると、糞ババアはそのゴーレムの1体の傍にしゃがみこむと後ろ足の間にある膨らんだ部分を優しく撫でた。


「これはパルラ辺境伯様が自ら造られた魔素水運搬用ゴーレム『ホルスタイン』だ。お前達はこのゴーレムから魔素水を抜き取る訓練をしてもらうさね」


 実演は糞ババアの獣人の部下が行うようだ。


 そいつはゴーレムの後ろに回ると先ほど糞ババアが撫でていた部分から突き出した親指大の突起を握ると、そこから透明の液体を絞り始めた。


 絞った液体は下に置いたバケツに溜められていった。


「ちょっと待て、俺は貴族だぞ。そんな事やった事も無いが、やるつもりも無いぞ」


 フェオリーノがそう叫ぶと、糞ババアは眉間に皺を寄せた。


「またお前か」


 その言動にムッとしたフェオリーノが声を荒げた。


「おい、俺は、エリアル北街道の要衝スハイムを統べる由緒正しきアガッツァーリ侯爵家の5男フェオリーノ・グイノ・アガッツァーリだぞ。不敬罪になりたくなかったら敬え」

「不満があるなら解雇するさね。とっとと荷物をまとめて家に帰りな」


 くそっ、ここでのこのこ帰ったら、父親である侯爵に使えない奴とレッテルをはられてしまう。


「お前に俺を解雇する権限があるとでもいうのか?」

「あるさね。私は、辺境伯様からお前達が使い物になるのかどうかの見極めを命じられたんだ。私が駄目だと言えば、当然解雇さ」


 糞ババアはそう言うとこの俺を見下してきやがったが、ここは我慢だ。


「いいかい、このホルスタインが運んでくる魔素水は、この町の特産品であり、お前達が食べる食材を美味しくしてくれるとても大事な水さね。辺境伯様から与えられる貴重な魔素水がこの町に行き渡るように、お前達はその技術をみがくのさ。分かったら、さっさと魔素水絞りをしな」


 だが貴族家のフェオリーノにとって頭を下げるとか跪くといった屈辱の姿は忌避するものであるので、どうしてもうまくいかなかった。


 するとまた糞ババアの厳しい声が響いてきた。


「まったく、貴族家の連中はど下手だねえ。ひょっとして足の筋肉が足りないんじゃないのかい? それじゃあこの町ではやっていけないさね。スクワット100回やりな」

「な、おい」


 フェオリーノが抗議しようとすると、直ぐに糞ババアの冷たい声が飛んできた。


「早くやりな」

「くそっ」


 +++++


 執務室で書類と格闘していると、ビアッジョ・アマディが入って来た。


「辺境伯様、ブルコさんにお願いしている新人研修がそろそろ終わるので、配属先について相談したいのですが?」


 ああ、そう言えば頼んでいたなと思い出した。


「人手が不足している部門に割り振ってもらえばいいわよ」

「ちょっとユニス、一応雇用主なんだから、少しは気に留めてあげた方がいいんじゃないの?」

「うっ」


 ジゼルにそう指摘された俺は、確かにそうだなと考え直して新人研修をしている人達の状況を確かめてみる事にした。


「それじゃあ、研修を受けている人達の応援を兼ねて見学に行ってみましょうか」

「ええ、それがいいと思うわ」

「では、私もご一緒します」


 俺が手に持った書類を未決の箱に戻すと、ジゼルとビアッジョ・アマディを連れて研修をしている魔素水浴場に向かった。


 俺達が魔素水浴場に到着すると、裏庭の方から大声で何かを叫ぶ声が聞こえてきた。


「あれは何?」

「多分ですが、発声練習ではないでしょうか?」

「え、発声? そんな事までするの?」

「ええ、普通、ですよね?」


 え、これが普通なのか?


 新人研修って、普通は会社の事業内容とか組織説明とか、ルールなんかを説明するんじゃないのか?


 もしかして、異世界ではこれが普通なのか?


 ま、まあ、接客もやるし、お客様へ歓迎の挨拶とかするのだろうな。


「それじゃあ、中に入ってみましょうか」


 声がする方に行くと、そこでは大声を上げた後腕立て伏せをする組とホルスタインから魔素水を給水してからスクワットをする組に分かれていた。


 俺はあまりの異様さに思わず声を零していた。


「ブートキャンプ?」


 思わず俺がそう呟くと、ビアッジョ・アマディが声を上げた。


「素晴らしい訓練ですね。辺境伯様」


 うん、訓練?


「えっと、新人研修、よね?」

「ええ、そうとも言いますね」


 俺が疑問を口にしたが、ビアッジョ・アマディはそれがまるで当たり前かのように肯定した。


 やっぱり、この世界ではこれが普通なのか?


 俺が悩んでいると、俺達の姿を見たバンビーナ・ブルコがやって来た。


「これは辺境伯様、ようこそお越しくださいました」


 ブルコの口調もいつもと違うぞ。


「せっかく来ていただけたのですから、新人に声をかけてやってください」

「え、ええ、分かりました」


 俺はブルコに促されて20人の新人の前に立たされた。


「皆さん、パルラ生活協同会社の新人研修に参加頂きましてありがとうございます。研修期間は会社の内情等を知って頂く貴重な時間となりますので、しっかりと学んでくださいね」


 俺がありきたりな事を言うと、直ぐにブルコが後を継いだ。


「これで私が辺境伯様からお前達の研修を任されている事が分かったね。分かったなら、さっさと続けな」


 ブルコがそう言いうと、新人達は何故か絶望にも似た表情になっていた。


 あれ? 俺何かやらかしたか?


 俺が戸惑っていると再びブルコが声を上げた。


「辺境伯様、お言葉ありがとうございます。後はこちらでやっておきますので、もう結構ですよ」


 そう言うと邪魔者は去れとでも言いたげに俺を押してきた。


 仕方が無いので、俺はジゼルとビアッジョ・アマディを連れて魔素水浴場から外にでた。


 するとビアッジョ・アマディが満足そうな顔をしていた。


「辺境伯様、この分なら頼もしくも即戦力となる人材が直ぐに配属されそうです」


 なんだか引っかかるものはあるが、受け入れ側のビアッジョ・アマディが満足しているのならまあいいかと思い直した。


いいね、ありがとうございます。


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