《後編》
七生夜はすっかり、九郎のペースに乗せられてビーズの歴史を拝聴した上に、日泉の作品を見て感動していたのだが、そこから肝心だったのだ。
「日泉の作品が素晴らしいのはわかった」
七生夜は手芸部員の三人から聞いた話を整理して伝えた。
「作品が失くなる……ねぇ」
七生夜の話を聞き終わった九郎は、それは楽しそうな笑みを浮かべていた。
「おまえ、日泉の作品を見て、三人の話を聞いてもまだ、犯人がわかってないのか?」
九郎の笑みは、にやにやを通り越し、にたにたとした嫌な笑みを浮かべていた。
「え……今の内容で、もう犯人を特定できたのか?」
「自分で答えを言っているのに、気が付いていないのか?」
九郎の言葉に、七生夜は首を思いっきりひねった。
情報を整理してみようと七生夜は手芸部の三人から聞いた話を思い出す。
手芸部の部長である日泉は、ビーズを使ったすごい作品を作る人物だ。手芸部員は副部長を除く全員が日泉のファンだという。ブログを開設しており、そこで販売もしていて、売れているらしい。
文化祭では日泉の個展を開き、そこで展示品と手芸部の部員たちが作った作品を販売しようとしている。
ところが、日泉の作品がなぜか失くなっていっているという。
「犯人は……日泉と言い争いをしていた、副部長……か?」
「それは単純思考過ぎるだろう」
七生夜はわからなくて、眉間にしわを寄せた。
「ちなみに、オレもおまえと同じ情報しか知らない。まあ、日泉のことは知っていたから、フェアになるように知っている情報は提供した」
七生夜はもう一度、手芸部三人からもたらされた内容を反芻する。
話のどこにも犯人を決める決定打を見つけることができないでいた。
「ヒントをやるよ」
九郎はミルクココアを飲み終え、空になった紙カップを握りつぶして七生夜を見た。
「副部長が日泉に言った言葉を思い出せ。おまえもなにか引っかかって、三人に質問をしたんだろう?」
そう言われて、七生夜は記憶をたどる。
『日泉さん、片付けてください。なんですか、この黒い羽根!』
そうだ、言い争っていたという割には、まったくそういった気配を感じさせない言葉と、そして黒い羽根ということが気になって……。
「黒い……羽根?」
「そうだ。そこから簡単に結論を導き出せるだろう?」
九郎の得意満面の笑みに、七生夜はいくら考えても分からず、降参した。
* * *
七生夜は九郎の助言に従い、すべての授業が終了して、部室棟の中にある手芸部の部室の前に来ていた。
待っていると、ほどなく茶髪の重井友香が現れた。
「あれ? 保健室の?」
七生夜は会釈をして、笑みを浮かべた。
「なにか……?」
「ああ、日泉部長の作品を盗っていった犯人がわかったんだよ」
その言葉に、なんとも言えない表情を返された。
「今日、ちょうどそのことでミーティングをする予定なんです」
三人は雑談のように話していたが、思ったよりも深刻な状況だったようだ。
「ボクも出席、させてもらっていいかな?」
友香はうつむき、なにか考えているようだった。かなり間が空いたが、友香は顔を上げ、七生夜から少し視線を外して口を開いた。
「ちょっと待ってもらえますか? 部長に相談をしてきますから」
そういうと、友香はあわただしく部室へと駆け込んでいった。
そして、それほど待たされることなく、七生夜は部室内へと通された。
中は思ったより広く、一般講義室の半分くらいの広さで、長方形だ。出入り口は横に取り付けられた扉一つ。
窓際には前から後ろへと作り付けの棚があり、そこには目隠しのために布が垂れ下がっていた。窓は棚から上、室内の壁全面につけられていた。九郎が窓に注意しろと言っていたが、その意味がよくわかった。後ろと思われる天井に近い部分に思っていた以上に大きな穴が開いていたのだ。
七生夜はうなずきながら視線を落とし、前と思われる部分を見た。黒板が取り付けられていて、文化祭までのスケジュールが書かれている。
部屋の反対側は掲示板になっているようで、さまざまなプリントが画鋲でとめられていた。
そして、扉の横の壁に沿って長机がずらりと並べられていて、その上にビーズで作られた作品が所狭しと並べられていた。思っていた以上に数が多かった。
真ん中の空間にコの字に机が並べられていた。
「失礼します」
七生夜はおずおずと口にした。
「僕の作品が失くなった理由を突き止めてくれたとか?」
その声の主を、七生夜は思わず、凝視した。
ひょろりとした人が一人。真っ黒な髪で、癖のないさらさらストレートは肩口できれいに切りそろえられている。
僕の作品、と言ったところを見ると、部長の日泉……なのだろう。
七生夜は手芸部というからてっきり、女性だと思っていたのだが、どう見ても男……にしか見えない。
いや、ボクっ娘という可能性もある。
七生夜は慎重に観察してみる。
……喉仏が見えるし、髪を振り払う指は節くれだっていて、とても女性の手には見えない。
ちょっとなよっとしているが、どう見ても男性のようだ。
あの作品を作ったのが彼と知り、七生夜は激しく落胆した。
「ほかの部員が来る前に、僕たちだけに真相を教えてもらえますか?」
女学生が困っていると知り、華麗に解決すれば株が上がる! という下心を実は持っていた七生夜は、急激にやる気を失くした。しかし、ここまで来て犯人が分かったと言った手前、前言撤回はできない。
「どこからかビデオカメラを二台、借りてきてください」
七生夜のやる気のない声に、日泉と友香は首をかしげた。
「一つはこの作品たちがよく映る位置に、もう一つはあそこの穴を撮ってみてください」
「……それで犯人がわかるのですか?」
「はい、わかります。ミーティングをするのは、その結果がわかってからでも遅くないかと」
七生夜のその指示に、二人はさらに首をかしげたが、すぐにビデオカメラをどこからか調達してきて、設置したようだ。
* * *
それから数日後。
保健室はまた、にぎやかな声に包まれていた。
「先生、すごいですね! 犯人がわかりましたよ!」
興奮気味の声に、七生夜はあいまいな笑みを返す。
解決できたようなのだが、すべては九郎のおかげだ。しかし、他言しないと約束をした手前、そのことを言うことはできない。
自分の功績ではないのだが、事情を知らない彼女たちは七生夜が解決してくれたと思っている。
「まさか、裏山のカラスが盗んでいたなんて……」
「気が付かなかったよね?」
「うん、ほんと。よくあれだけでわかりましたね!」
「部長の作ったあの作品が素晴らしくて、あの隙間から室内に入り込み、盗んでいたんだろうね」
「カラスまでも魅了してしまう作品を作るなんて、ほんと、すごいです!」
興奮気味の三人に、七生夜は笑みを浮かべる。
「カラスはボクたちが思っている以上に頭がいいし、それに、宝飾品やガラス製品など光るものを集めるという習性があるんだよ」
そして、九郎から聞いた受け売りを口にする。
「神社の賽銭箱からお金を盗み出し、自動販売機で販売している鳩の餌を買って食べていたという事例もあるくらい、頭もいいんだよ」
「へー! そうなんですかぁ」
尊敬の視線を受け、七生夜は居心地が悪い。逃れるようにデスクに座り、仕事をしているフリをした。
「あたし、犯人は絶対に副部長だと思っていたのに!」
「犯人が分かった途端、まさか……」
「ほんと、まさかねぇ」
三人の思わせぶりな言葉に、七生夜は少しだけ視線を上げた。
「副部長が部長に告白するなんて!」
「部長も真っ赤になりながら、僕も好きだったんですなんて言って!」
「もうね、なんなのよ! って感じよね!」
「アンバランスカップルよねぇ」
七生夜は副部長に会えなかったが、三人の話を総合すると、線が細くて色白な部長に対して、少し太めで色黒な副部長は不釣り合いなカップルのようだ。
「こういったらなんだけど、部長って見た目、オタクっぽいから、彼氏にはちょっと」
「作品は素敵だけど……ね」
ひそひそ声で話す内容を聞き、七生夜は苦笑する。
「あの空いていた穴、事務室にお願いして、ふさいでもらいました」
その仕事をだれがやったのか、なんとなく七生夜にはわかって、口の端が思わず、上がる。
「ちょっと薄汚いおじさんにも、カラスは光るものが好きだから気を付けてねって、言われました」
その一言に、七生夜は思わず噴き出した。
「……先生?」
「あ、失礼」
今の言葉、九郎が聞いたらどう思っただろうと七生夜は考え、この件だけは報告するまいと心に決めた。
「ま、そんなわけで、解決しました!」
「ありがとうございます」
そういうと、三人はにぎやかに保健室から出て行った。
「お礼にまた、増量ミルクココアをおごってやるか」
七生夜はそう口に出し、薄汚いおじさんという言葉を思い出し、思わず、にやにやと笑みを浮かべてしまった。
【完】