5
翌朝目覚めたキラは、今し方見た夢をベッドの中で反芻していた。
「不思議な夢だった。行ったことも見たこともない場所だったのに……すごく懐かしかった」
ぼんやりと考え込んでいると、お腹がぐうっと鳴った。
「夕べのご飯、食べていなかったな。お腹が空いた」
ベッドから飛び起き、着替えて食堂へ降りていくいるうちに、夢は記憶から薄れていった。
一階の食堂へ入って行くと、ターニャとミーニャは既に朝食を終える頃だった。
「キラ。熱が下がったのね。良かった」
「心配してたのよ。でも、父様は心配いらないって言ったの。魔法使いになる……つうか……通過儀礼? だって」
魔法学校から連絡が来ていて、熱が出ることを義父や義母は知らされていたようだ。
「うん。もう大丈夫みたい。お腹が空いて寝ていられなかった」
義母が、大きなオムレツとサラダ、バゲットやスープをキラの前に置く。
「夕べは熱のせいで食べられなかったものね。さあさ、たっぷりとお食べ」
朝食のあとは、部屋に戻って、魔石に魔力を通す練習をした。
一週間は学校を休むように言われたため、家で自主練するしかなかった。
引き出しの中に入れてあった魔石を取り出す。
じっくりと魔石をのぞき込むと、灰色の魔石の中に小さな点々が見える。
黒と赤の粒が数個あり、ゆっくりと動いているのが見えた。
「先生が言っていた、属性って、これのことかな」
その粒を自分の意思で動かせるようになれば、魔力操作が出来ていることになる。
暗記した本の内容が浮かぶ。属性には、闇、光、火、水、風、土がある。
黒が闇で、赤は火だ。
校長先生に持たされた他の魔石は、違う属性が籠もった魔石だったのだろう。
「僕に馴染む属性が、闇と火なんだろうか」
生まれつきの魔石にも、馴染みやすい属性が有るのだろうか。
教科書には、始めは自分が埋め込んだ魔石の属性に引きずられると書いてある。
だが、努力をすれば六属性すべてを得ることが出来るという。
力の有る魔法使いといわれるには、より多くの属性に馴染む必要があるのだそうだ。
「僕の魔石は他の生徒の魔石とは違う……六属性全部を学べるだろうか?」
キラは、自分の額にある魔石が気になってきた。
小さな手鏡をターニャから借りて、じっくりと額を見てみる。
今まで、なるべく目に入れないようにしていた魔石だ。魔物の体内にある魔石が自分にもある。
この国では、気味悪がれる事はなかったが、村ではいつもビクビクと隠していた額の魔石。
だから、自然とクラスメイトたちの魔石からも目をそらしていた。
額を覆っている金色の髪の毛を手で押さえ、直径三センチほどの半球状の魔石を観察すると、中で、様々な色の小さな粒がくるくると動くのが見えた。
「金、黒、赤……全部あるな」
キラは、首をかしげて考え込んだ。
他の生徒の魔石も同じなのだろうかと。
みんなの魔石も、もとは魔物の体にあったものだ。僕の魔石も、それと同じなのかもしれない。
でも、キラは生まれつき魔石をもっている。自分が恐ろしくなってきた。
「でも、僕は魔物じゃない……人間だ。そのはずだ……」
頭を振りって気を取り直すともう一度額を見る。
額の魔石の中で、小さな色とりどりの粒が勢いよく動いているのは、おそらく教師が魔力を通したせいで活性化したのだろう。
こうなることで、初めて魔力が体を巡り、魔法が使えるようになるのだ。
そして長い時間をかけて魔法について学んだ魔法使いたちは、すごい魔法を発現出来るようになるという。
魔石があるだけではだめなのだ。
持っているだけで魔法が使えるなら魔物でも使えるはずだ。
魔法を使う魔物は父からは聞いたことがない。
キラが知らないだけかもしれないが、もしいたとしても、魔の森の奥深くへ入って行かなければ出会えないだろう。
「魔物は、獣が魔素に長い間晒されて変化したものだ。だから見た目は獣と変わらんが、大きく成長するし、凶暴になる。魔の森の縁でさえこうだ。奥にはどんな魔物がいるかも分からん。絶対にこれ以上深く入ってはだめだぞ」
父親の言葉がキラの脳裏をよぎった。
獣が魔素に晒されて魔物に変化するのなら、キラのいた村も魔素が濃かったのではないのか?
魔の森のすぐ傍にあった村には、キラのような魔石持ちが数年に一度は生まれていた。その赤ん坊は人知れず始末されていると父から聞かされた。
「わし等は子を諦めていたんだ。せっかく生まれてきてくれたキラを殺すなど考えられんかった。お前は賢くて、素晴らしい子に育ったしな」
「……大きくなったら僕も凶暴になるのかな……」
「人間は獣ではない。心を強く持っていれば大丈夫だ」
父はキラの肩を強く掴み、目を見ながらこう言ったのだった。
在りし日の父親の姿が目に浮かび、キラの目からつうっと涙が零れた。
自宅で休養している間、一日中魔力操作をしていたキラは、何とか属性の粒を動かせるようになっていた。
そして、登校する日が来た。
登校したキラは校長室へ連れて行かれ、魔力操作の試験を受けた。無事に合格することができた。
これで皆と同じ授業が受けられる。
この学年はあと半年で卒業なので急ぎ足で皆に追いつかなければならないだろう。
彼等が今やっているのは自分の得意属性を見極めて、それを延ばすことらしい。
皆、得意不得意があり、偏りがあって不得意を伸ばすには難しいそうだ。
数種類の魔石が属性ごとに分かれていた。それを持って、中の粒を動かせれば、その属性への適性があると判断されるようだった。
呪文を小さく唱える生徒や、なにも唱えずに念じている生徒など、発現方法は様々だった。
キラもやってみたが、特にこれが得意というのはなかった。
どの属性にも魔力を通せるキラを見て、教師は驚いている。
「すごいな。もうすべてに魔力を通せるのか。では、特に魔力の通りがいい属性はあるか?」
強いて言えば、闇は魔力の通りが良いような感じがする。そう伝えると、教師は言った。
「闇か。魔物のほとんどが持っている属性だな」
魔物は、闇の属性が強いそうだ。だが、人は闇に馴染むのに時間が掛かると言う。
キラはその言葉を聞いて冷や汗をかいた。生まれつきの魔石持ちであることはここでは明かしていない。
――魔物――やはり僕は魔物になってしまうのだろうか。
「いや。心を強く持てば大丈夫だとおっとうが教えてくれたんだ」
父親の言葉を頼りに恐れを封じ込め、その教えを肝に銘じて生きていこうと、キラはその時誓った。
これまで、クラスメートとの接点は全くない。そろそろ友達が欲しいなと思うキラだった。
得意属性に分かれて魔法の練習をするのだが、闇が得意なのはキラしかいない。
「失敗した。また一人になってしまった」
水属性や火属性のところには、生徒が多く集まっているようだ。あっちが得意だと言っておけば今頃は皆と授業を受けられたのに、間が悪いキラだった。
ふと見ると、キラの前方で一人で練習している生徒がいた。
彼が、唱えているのは、光の属性を発現させる呪文だった。
おそらく、闇と同じく光を得意属性とする者も滅多にいないのだろう。
ここは思い切って声を掛けるときだ。
生まれて初めて同年代の友人が出来るかもしれない。キラは彼に声を掛けてみることにした。
「君も一人……だね。光も珍しい属性なんだね」
「光は確かに通じるのは難しいけど、俺の得意属性は違うよ。本当は土属性が得意なんだ。だけど、俺の実家は神殿だ。どうしても光を覚えたくてね。不得意を伸ばすことは難しいけど、こうして頑張っているんだ。」
と言ってニヤリと笑った。
何となく良い感じだ。友達になってもらえるかも知れない。
光はキラも使える。一緒にやろうという事になった。教本の光の項目が頭の中に流れていく。それをなぞって魔法を使っていく。
「オー、もう出来てるじゃないか。俺にも教えてくれないか。」
「良いよ。僕の言ったとおりに魔力を流してみて。」
ただ、教本に書いてあるとおりに誘導してゆく。しばらくすると彼の持つ魔石にうっすらと光が浮かび上がった。
彼は大喜びをしてキラに感謝をしている。
――彼は、本当は光も得意だったんじゃあないのか? 本の読み込みが足りないだけだったような気がする。
こっそり、キラは考えていた。
彼の唱えていた呪文は、数カ所間違っていた。
長い時間、間違った呪文を唱えていたため、何度やっても、同じ箇所で間違えてしまう。キラが、呪文の代わりに光のイメージを教科書通りに伝えて誘導すると、彼は光を通せるようになったのだから。
しかも彼は、目に魔石を埋め込んでいる。
以前聞いた『頭に近づくほど魔石の効果は強い』というのが本当なら、他の生徒よりも魔力が強いはずだ。
「俺はスタントン・マイヤーって言うんだ。よろしくな。」
「僕はキラ、えーと、キラ・ドルトン」
「知ってる。君は有名だ。すごい天才が来たって」
天才だと言われて、こそばゆくなったキラは、目をそらす。
王都に来て、家族や知り合いが出来た。そして友達も出来そうだ。
スタントンとは、それから毎日一緒に魔法の練習をする仲になった。
「俺は本当は死んでたかも知れないんだってさ。」
「何故?」
「この目に埋めた魔石のせいだ。頭部に魔石を埋めるのは死ぬ確率が高いんだ。しかもこの魔石は密度が高い。俺が耐えきれなかったら、魔石を埋めた処から腐ってしまっただろう。女の子や高位貴族の子どもは手に埋めているだろう? あれは失敗したら片手を切り落とす事が出来るようにしているんだってさ」
恐ろしいことを聞いた。そこまでして、魔法使いになりたいなんて、よく理解できないキラだった。
「君の実家は神殿だっていってたね。神殿ではどんなことをしているの?」
「薬を作ったりしている。神殿で作った薬は人気があるんだ。効き目が良いといわれているけど、俺には市井で売られている薬と同じに感じるけどね。後は孤児院もある」
そしてこっそり教えてくれたのは、実はスタントンは孤児だと言うことだった。
小さいときに魔石を埋められ成功したので養子にしてもらえたのだという。三人の孤児が選ばれ、魔石を埋め込まれた。生き残ったのはスタントンだけだったそうだ。
何となく、神殿のイメージが悪くなった。キラが考えていた神様に仕える人たちが集う場所とは違いすぎた。
人体実験に子供を使っているような、嫌な感じだ。
何にしてもこの国は魔法使いが重宝されている。
考えてみれば、キラも同じだ。魔石があったから、養子にしてもらえたのだから。
この国は、魔法使いが作る魔具や力で発展してきたという。
土地は痩せて、作物もよく育たないここでは、他にめぼしい産業がない。
「昔、ここへ逃れてきた偉い賢者が考えだした秘術。それが、神殿で行われている魔石の埋め込みなんだ」
スタントンは誇らしげにそういって胸を張った。




