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キラは魔法学校に途中編入された。
一年生は六歳の子供ばかりだった。八歳のキラは一番背が高い。
何となく身の置き場に困ってしまう。
「キラ・ドルトンです。よろしく」
今年の初等科は貴族の子供ばかりと聞いて、緊張していたキラだが、周りにいるのは小さな子ばかりで、大きいキラに懐いてくる。お兄さんのように感じているのだろうか。
彼等は皆キラと同じように魔石が身体の一部に付いていた。ここではキラは忌み嫌われない、自然にみんなと仲良く出来る。
「キラ君はどこの神殿で魔石を同化した?」
キラが慎重に首を横に振る姿を見て、その子は納得したように頷いた。
「そうか。小さいときに同化したんだね。僕もそうだよ」
「うん……覚えていないくらいずっと前だった」
キラに質問してきたこの男の子は、二年前に魔石を同化したという。
「僕は遅い方だった。でも、平気だった。眠っている間に処置が済んだから、ぜんぜん怖くはなかったよ」
「……偉いね」
彼の右のほっぺたに、二センチくらいの魔石がくっ付いていた。
ほとんどの生徒が、頬や、耳の後ろに魔石が埋め込まれている。
子供達は男の子の比率が高いが、女の子も一人二人いた。女の子の場合、掌に魔石が埋め込まれていた。
「すごいよ。キラ君の魔石は額にあるんだもの。とっても危険な施術を生き残ったんだね」
このクラスにはいないが、目に魔石を埋め込んだ生徒もいると嬉々としてキラに教えてくれる。
頭に近い方が魔石の効果が高いが、死ぬ確率は跳ね上がるそうだ。そんなことを人ごとのように話している子供達を見て違和感があった。
生き残った側だからだろうか。魔法使いになれば、家族の中で大切にされる。そう彼らは信じているようだった。
長男は大切な跡取りで、次男はスペアだ。
三男以降は魔法使いとして魔石を埋め込まれるらしい。
その中には失敗して亡くなる子どもも多いと聞く。
貴族にとって、彼らは大切な金の卵。セレスティンがいった言葉が蘇る。
――生まれは違っても、僕も同じようなものなんだろう。
二歳の頃、何も分からないまま同化の手術を受けている子が殆どで、なにが行われているか、どんな危険があるかなど理解できなかったのだろう……。
彼等の将来は決まっている。貴族の魔法使いとして働く。
騎士や錬金師になって、一族を潤すようになるのだ。
優秀な者は国に召し抱えられるという。魔法使いとして英才教育を受け、それぞれの分野でトップに立つのが彼らの夢だそうだ。
「力が弱くても魔法が使えるというだけで優遇されるのよ」
そう教えてくれたのは女の子の生徒だ。
何でも結婚する際には、有力な貴族へ嫁ぐことが出来るという。
最初の授業は座学だった。薄い教本を渡され、それを暗記するのが初等科の授業だった。
子ども達は、まだ文字が読めない者がほとんどだった。
教師の後に従い、声をそろえて皆で読み上げる。それが終われば、その教師が内容の解説をする。
キラは直ぐに覚えてしまった。母親からよく言われていたように、一度見たものは記憶に刻み込まれてしまう。
そんなキラに、教師は違う教本を与えた。それも、ぱっと見ただけで直ぐに記憶してしまった。
それを見て女性教師が戸惑った。
初等科は、まず、文字や歴史、算術を教えるのが主な教育内容だと先生は言う。
キラは、算術も出来る。
セレスティンのお墨付きだった。
「貴方にはここで教わることはないわ。直ぐにクラスを変えねばなりません。明日からはここではなく、年齢に見合った二学年上のクラスにしましょう。」
次の日、キラは同じ八歳の中等科のクラスに入った。クラスの人数は十二人で三クラスあった。
六歳のクラスは五十人ほどが一クラスに詰め込まれていたが、この学年からは少数教育になるようだ。
身長も同じくらいなので、クラスで浮くという事は無くなった。
魔石のことは話題に上らなかったので、至って普通に受入れられた。
ここでは、キラも目立たないようだ。一安心したキラだった。
またクラス替えになってしまうのはいやだったので、教科書を暗記してしまっても黙っていることにした。
教本はかなり厚くなった。魔法の属性ごとの教本になって、六冊渡された。
やはり、パラパラとみるだけで、総て内容が頭に入ってしまう。
教師の言っていることもぼんやり聞いていても頭に入っている。
授業は面白いのかどうなのか分らない。総て教本通りなので、キラは退屈に感じてしまった。
「キラ君、退屈かね?」
一人の教師がずばりと言ってきた。
「い、いえ、面白い授業です」
「嘘を言っているね。君を見ていれば分るよ。教師の間で、天才が来たと話題になっているが、本当のようだ。明日からは二学年上の最終クラスに移ってみよう。その方が面白い授業を受けられるよ。」
と言ってまた違う教本を持たされてしまった。こんなに沢山の教本を持って帰るのは大変だった。迎えの馬車にやっと乗り、何とかドルトン家へ持ち帰り、自室へ行って本を読み進めて明日に備えた。
教科書は似たような内容だった。学年が上がる度に、難しい言葉に置き換えられただけのものだった。
その中でも、詳しく書かれている部分だけを、もう一度読み直す。
キラが教科書を見ていると、ドルトンが部屋に入って来た。ずいぶん機嫌が良さそうだ。
「キラは優秀だってね。私は鼻が高い。頑張って立派な魔法使いになってくれ。」
養父はニコニコ微笑んでいた。もう話がこっちにまで来ていた。
ドルトン家は、元貴族のわりには生活は豊かとは言えないようだった。
「キラが来てくれたお陰で、ターニャやミーニャにも十分な教育をさせてやれる。ありがとう」
「そうよ。キラは、我が家の福の神だわ」
養母も朗らかに笑いながら、いつもそう言ってくれる。
――良い人たちに巡り会えて、僕も幸運だった。
キラ自身も、実の親のことをときどき忘れてしまうほど、ここに馴染んでいった。
キラの授業料は、商会からでているそうだ。キラが魔法学校を卒業すれば、商会の魔法使いとして働くことになるのだろう。
拾い上げて貰いこんな気味の悪い自分を忌避しないで、親切に面倒を見てくれる。
金の卵と言われたときは面食らったが、貴族の子どもでも同じような扱いだ。身寄りがない自分をここまで世話を焼いてもらった恩は返そうと心に刻んだキラだった。
次の日、十歳のクラスへ編入されたキラだったが、皆キラより大きい。下の学年から飛び級してきたキラは皆から遠巻きにされて、居心地が悪かった。
何となくみんなから視線を感じる。初等科でも注目されたが、ここでは違う意味合いの視線に感じた。
もしこのクラスからも飛び級となれば学校が変わって、高等魔法学校へ行かなければならなくなる。
それは何とか阻止したい。懸命に賢明に教師の目を見て、一心に聞いているそぶりをした。その様子を見て教師は満足したのか今回は飛び級はなかった。
魔法学校の最終学年は実技がある。
今日はキラにとって初めての実技の講座がある日だった。期待が膨らみすぎて、夜中に何度も目が覚めてしまった。
――いよいよ、実際に魔法を使ってみる事ができる。
教師に連れてこられたのは、広い講堂だった。ここが魔法の実技をする場所だった。
十二人の生徒たちは銘々離れた位置に立ち、集中している。
しばらくしてかれらは、思い思いの魔法を手に持った魔石から出しはじめた。
うそくの炎ほどの小さな火を出してみたり、足元に据えた盥に水をちょろちょろと流したり、体の周りに風を廻らしたりしていた。
キラは、その様子を羨望の眼差しで眺めていると、初老の男が近寄ってきた。
「面白いかね?」
「はい! みんなすごいです。僕も早く魔法が使えるようになりたいです」
目を輝かせて答えると、男は「うむ」と頷いてキラの額の魔石をじっと見ている。
「何、あれは初歩の魔法だ。君ならすぐに使えるようになるはずじゃ。その前に特別な処置が必要だな」
そう言って彼は、キラの額に手をかざした。すると、額の魔石から、じくりと鋭い痛みが走った。
魔力の通貫という処置で、これによって初めて魔法が使えるようになると説明された。
顔をしかめながら額を撫でているキラを、教師は気遣わしそうにのぞき込んだ。
「痛かったかな? だが、もう済んだ。井戸の呼び水みたいなものだ」
ポンプに呼び水を入れると水を汲み上げられるようになるのと、同じ仕組みだという。
魔法が上達すれば、自分の魔力だけでなく周りにある魔力にも干渉できるようになるという。
「今は補助の魔石に魔力を通して魔法を発現するのが精一杯じゃが、その内、補助無しでも魔法が使えるようになる。埋め込んだ魔石を成長させて行くのが、君たちの仕事じゃな」
キラに魔力の通貫を施してくれたこの初老の男が、この学校の校長だと、あとで知った。
「他の生徒達は、この処置がこの学年に進級したときにすでに終わっている。だから、キラ君は特別じゃな」
キラは今後、彼等と同じ授業をするために、次は魔力操作を覚えなければならない。
「キラ君、ここに魔力が通っているのが分るかい?」
直径三センチほどの丸い魔石を渡され、魔力が通っているかどうか確かめるように言われた。
ぎゅっと握った手の中の魔石からは、何も感じられない。
「いえ、分りません」
キラは途端に自信を無くした――自分には、本当は魔力などないのではないか。
しゅんとなってしまったキラに、校長はゆっくり頷いて肩をポンポンと叩いた。
「埋め込んだ魔石の適性がそれぞれ違うからな。なに、心配要らないよ。こちらで、試してみなさい。力を抜いて軽く握るだけでいいぞ」
もう一つの魔石を渡され、言われたとおり軽く握り込んだ。すると、掌にピリッときたような気がした。静電気よりも弱いちょっとした痛みだった。
もしかして、さっきの魔石もこうだったかもしれない。あまりにも微妙な刺激だから、気づかなかったのかもしれない。
「少しピリッとしました」
「では、君の魔力をこの魔石に少しだけ入れてみなさい。君なら、簡単にできそうだぞ」
――出来るかな。
魔力の呼び水効果なのか、キラの中には大きな塊が頭から体中をすごい速さで回っているのが感じられるようになっている。
これから少しだけ引っ張り出すことは無理だ。
ちょっとでも触れると、出口を見つけた力が、飛び出しそうな勢いだった。
ほんの少しだけストローで吸い上げるイメージで魔石に流してゆく。
「うん、出来ているね。これを毎日できるだけ長く続けなさい。それが出来る様になれば皆と同じ授業が受けられる。今日はこれで終わりだ。教室に戻って帰る支度をしなさい。」
帰されてしまった。
クラスの皆は講堂から戻り、次の授業の準備をしているのに、キラだけ帰り支度をしている。
皆の視線がこちらに向いているようで、居心地が悪い。
キラだけが早退させられたのは、魔力の通した直後は体に負担がかかるためだからだそうだ。
今夜は発熱するかもしれないからと、家でゆっくり休むように言われたのだ。
「この魔石で、毎日練習するんだよ。でも、今日はゆっくり休むことだ。いいね」
「……はい」
校長に魔石を手渡されたときはそう答えたが、一日も早く皆と同じになりたいキラは、たとえ熱が出てもすぐに練習したいと魔石を握りしめた。
だが、夕方から高熱が出た。
熱に浮かされたキラは、見たこともない狭い部屋にいた。
低い机に向かって座り、本を読んでいる。
薄いペラペラの紙を束ねた分厚い本だ。細かい字がビッシリと並んでいる。
それが『辞書』だとなぜかキラは分かっていた。
夢の中のキラは、目の前にある辞書をものすごいスピードでめくっている。
明晰夢――キラの頭にその言葉が自然と浮かぶ。夢だと分かっているのに、妙に馴染みのある場面だった。




