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セレスティンは、とんでもない相手に出会ってしまったと思った。
キラは、生まれつきの魔石持ちだったのだ。
セレスティンの勤める商会は、魔道具と魔法用品を主に扱っている。
貴族ともつながりが深く、魔法使いにまつわる話を耳にする機会も多い。
貴族のほとんどは、一族に魔法使いを抱えている。
この国の貴族にとって、魔法使いは必要不可欠な存在になっていた。
魔法兵士や騎士は、魔の森に入って魔石を手に入れ、魔法使いギルドの錬金術師たちは魔具を作り出す。
それが貴族の収入にもなっているためだ。
魔法使いになるには、神殿で魔石を体に埋め込む施術を受ける必要がある。
だが、その施術は危険だった。
五人に二人は助からない。
だから貴族でさえ、施術を受けさせるのは、家を継ぐ見込みの薄い幼い子に限ることが多かった。
また、側室の子や妾の子に手術を受けさせることもよくある。
平民が魔法使いを目指すのは、なおさら難しい。
大金をつぎ込んでも、せいぜい質の悪い魔石を同化させる手術を受けさせてもらえる程度なのだ。
耳にした話では、裕福な商人が子を神殿へ送り、莫大な金を支払ったとしても、成功率は貴族の子より低いという。
魔石は、魔物から抜き取ったものを使う。
そのため、魔物によって質に大きな差が出る。
強い魔物から採れる魔石ほど高価で、それを手に入れるには、強い魔物を倒せる腕の立つ冒険者も必要だった。
だが、平民には、いくら金を積んでも質の高い魔石は回ってこない。
たとえ自分で魔石を仕入れたとしても、神殿へ持ち込めば別のものにすり替えられてしまうという。
確かに、平民の魔法使いも少ないながらいるにはいるが、貴族の魔法使いとは圧倒的な力の差がある。
力ある魔法使いを欲しても、魔石を埋め込む術は、神殿が秘匿しているため他に手立てがないのだ。
魔法使いの特権は、貴族が握っていると言ってもいい。
魔具のような価値ある品を生み出せるのは、魔法使いたちなのだ。
その利権を、貴族たちが手放すはずもない。
オルドラン国は、魔法使いの数では、他国より抜きん出ていた。
それもこれも、昔の賢者が編み出したというこの施術のお陰だった。
魔法使いがいれば、貴族に頭を下げずとも、魔法鞄を扱えるようになる。
子飼いの魔法使いは、どの商会にとっても喉から手が出るほど欲しい存在だった。
だが、ほとんどの魔法使いは貴族出身だった。平民の商会に雇われる筈もない。
生まれつきの魔石持ちならば、神殿へ行って危険を冒すこともない。
セレスティンは、すぐにこの話を商会長へ持っていった。
キラは八歳で、学校へ入れるには二年ほど遅い。
それでも、まだ間に合うだろうという見立てだった。
「なんという幸運だ。商会で全面的に後ろ盾になろう」
商会長は即座にそう言った。
「ひとまず私が後見人になる。手続きはこちらで進める。
君はその子から目を離すな。逃げられてはかなわん。
当面、商会の仕事はしなくてよい。しばらく張りついていろ」
そんなこととは露ほども知らず、キラはセレスティンの下宿で眠っていた。
旅の疲れが一気に出たのか、熱を出してしまったのだ。
夢を見た。
空を飛ぶ見知らぬ乗り物に乗って、地上を遠くから見下ろしている。
次の瞬間には、見たこともないほど大きな建物の中にいた。
さらに場面は変わり、四角い板のようなものが白く光る前に、自分はじっと座っている。
どれも意味がわからない。
そして最後に、何もかもが不意に闇へ沈んだ。
これって、一体何だ。
額が痛い。
魔石のある場所が、ぎりぎりと締めつけられるように脈打っていた。
そこだけ熱を持っている。
額には手ぬぐいが巻かれていた。
キラがうっすら目を開けると、すぐそばにセレスティンの顔があった。
心配そうに、じっとこちらを見ていた。
「キラ君、具合が悪いのか?」
「頭が凄く痛いです。」
赤くほてった顔で苦しそうに横たわるキラを見て、セレスティンは顔色を変えた。
せっかく見つけた子供を、こんなところで死なせるわけにはいかない。
セレスティンは用心のためにキラの額を布でぐるぐると覆っておくことにした。キラの額を隠す手が震える。
キラのことが貴族に知られれば、奪われるかもしれない。 キラの額にある魔石は、今まで見た魔石よりも綺麗な澄んだ色をしている。きっと相当な力があるはずだ。
後見人の手続きなど、まだ仮の囲いにすぎない。
本当に守るには、もっと強い後ろ盾がいる。
その後、階下へ駆け下り、下宿の女将に看病を頼むと、自分は神殿へ急いだ。
神官は薬師の役目も果たしている。熱さましをもらわなければならない。
神官を連れて戻ると、キラの熱は少し下がっていた。
どうやら峠は越したらしい。
「ただの風邪じゃな。滋養のあるものを食わせて休ませておけばよい。薬はいらん」
神官はそう言って帰っていった。
セレスティンはほっと息をつき、キラのそばへ寄った。
「具合はどうだ。もう起き上がれそうかい」
「はい。心配をかけて、申し訳ありませんでした。僕はもう大丈夫です」
何となく、キラの雰囲気が少し変わったような気がした。
だが、病み上がりだからだろうと考え、セレスティンは気に留めなかった。
そのころには、キラの養子先も決まりつつあった。
相手は元貴族、子爵家の三男だった三十五歳の商店主である。
娘が二人いて、年は十五と十二。
「我が家に生まれつきの魔法使いを迎えられるとは、何とありがたいことでしょう。できる限り力になります」
実直で、裏表のない男だった。
商売の才はさほどでもない。
だが元貴族という肩書きがあり、後ろ盾としては悪くない相手だった。
「キラと申します。これからお世話になります」
「キラ君。今日からは、キラ・ドルトンと名乗るんだ」
「はい」
そう返しながらも、名字が出来た事にキラは少しだけ落ち着かなかった。
キラの村では、「山の村の誰それ」という風に名乗るのが普通だったから。御領主様や、騎士さまのようだと、キラは少しだけ腰が引けた。
一方、セレスティンはようやく肩の荷が下りた思いだった。
キラの行き先は決まり、これからは魔法学園へ通うことになる。
周りはほとんど貴族の子弟だろう。
もっとも、家を継ぐような子供は少ないはずだ。
そう考えれば、キラが強い疎外感を抱かずにすむ可能性もある。
学園へ入る前に文字を覚えさせようと、セレスティンは教師役を引き受けた。
だが、教え始めてすぐに驚かされる。
キラは一度教えただけで文字を覚えてしまった。
計算も、習っていないはずなのにできる。
奇妙ではあった。
だが、生まれつきの魔法使いには、こうした才まで備わるのかもしれない。
セレスティンはそう考えて、それ以上は追及しなかった。
はじめて会ったときより大人びた雰囲気なのも、きっと緊張のせいなのだろうと思った。
***
キラはドルトン家に引き取られ、その家の子として暮らし始めた。
「自分の家だと思って、気楽にしてちょうだいね」
奥方はやさしそうな人だった。
新しく姉になった二人は十五歳と十二歳で、王都の学園に通っているという。
「その学園って、魔法学園とは違うの?」
「違うわ。私たちが通っているのは、普通の商人の子が入る学校よ。
魔法使いになるには神殿で怖い処置を受けるんですって。とんでもない話よね。
あ……ごめんなさい。キラくんはそれに耐えたのね。偉いわ」
「……うん」
キラは処置は受けていないため、ターニャに褒められて決まりが悪かった。でも、セレスティンとの約束だ。生まれつきの魔石だとは打ち明けられない。
十五歳のターニャは、こっそりとキラに耳打ちした。
「うちのお父様ね、もとは子爵家の三男坊だったの。
神殿へ行かされて、魔石を埋め込む手術を受けるはずだったんですって。
でも怖くなって、逃げ帰ってきたの。
それからお屋敷で肩身が狭くなって、十六になるとすぐ家を出されたらしいわ。
それで商人を目指したんですって」
ターニャの話では、昔は十歳ごろになってから、魔石を埋め込む処置を受けさせていたらしい。
だから父親も、逃げ帰ることができたのだという。
けれど今では、年齢はもっと下がっていた。
神殿へ連れて行かれるのは、二歳から六歳までの子どもたちだ。
「考えてみれば、もう逃げて帰ってくるなんて無理よね」
ターニャは首を振りながら、キラを哀れむように見ていた。
キラに与えられたのは、二階の一人部屋だった。
義姉たちは、三階の部屋を二人で使っていた。
キラの部屋には、天蓋付きのベッドと綺麗な家具が据えられていた。義姉たちの部屋よりも広く、家具も立派だった。
まるで客室のようで、キラは落ち着かなかった。
「僕、こんなに良くしてもらって、いいのかな」
セレスティンが訪ねてきた折にこぼすと、彼は笑いながら答えてくれた。
「ドルトンは、それに見合う金を商会から受け取っているんだ。気にすることはない。君は堂々としていればいいんだ」
そして、セレスティンは真顔になり、キラに言い聞かせた。
「キラ君は、これから魔法学校へ行く。そこで勉強して魔法使いになれば、商会は助かるのさ。先行投資というやつだ。ぶっちゃけた話、君は私たちの商会にとって金の卵だ。君の魔石には、それだけの価値があるということだ」
セレスティンが、キラの出自を尋ねてきた。
ここまで良くしてもらっているので、キラは正直に答えることにした。
「僕は、実は隣国オルンスから抜け出してきました。あそこでは、僕のような魔石持ちは、赤ん坊のうちに殺されるか、見世物小屋に売られてしまうんです」
「……そうだったのか。君はオルンス国から来たのか」
「はい。オルンスでは、たまに僕のような魔石持ちが生まれるそうです」
「聞いたことはあるな。だが、あの国はここ五十年ほど……いや、もっとか。鎖国状態だ。かつては、神の国とまで言われていたらしいがな……そうか、オルンスでは魔石持ちが多いのか?」
そう聞かれても、キラには分からなかった。
生まれ育った村は、辺境にあった。村を出たのも、今回が初めてだった。
自分の国がどんな国なのかも、キラはほとんど知らなかった。
「僕の村は、魔の森のすぐそばにありました。オルンスの首都からは、だいぶ離れていると思います。だから、詳しいことは知りません」
「魔の森って……そんな場所に人が住めるものなのか!?」
「おっとうは、獣を捕るために山や森へ入っていました。でも、魔物の糞を体にすり込めば、魔物には狙われないと教えてくれました」
「そうなのか? この国では、魔の森へ入るのは冒険者や騎士だけだ。危険な場所だと聞いたことがある」
キラが自分の住んでいた国のことさえろくに知らないと分かると、セレスティンは、色々と話して聞かせた。
この大きな島には、四つの国があること。
島のほとんどを魔の森が占め、四つの国はそれぞれ、島の東西南北の海岸沿いにあることなどだ。
「ほら、見てみろ。これが島の地図だ」
古ぼけた羊皮紙には、国の名前が記されていた。
なるほど、四つの国は海岸沿いに細く伸びている。
地図の中央は黒く塗りつぶされていて、何も分からない。森を取り囲むように、山脈を表すらしい記号が描かれ、国同士も山で隔てられていた。
オルンス国、サミア国、ドラン国。そして、今キラがいるオルドラン国。
「ドラン国とオルドラン国は、もともと同じ王が治めていたが、王子たちが喧嘩別れしたんだ。このオルドラン国は一番小さいが、魔の使い手が魔具を作ることで発展してきたんだぞ。他の国は、それを高い金を払って買っているんだ」
セレスティンのような商人は、長い旅をして商品を運んでいるという。
「こんなに危険な旅をしても、儲けの大半は国に吸い取られてしまう。割に合わないだろう? だから、キラ君がいれば、商人は助かる」
「僕は何をすることになるの?」
「魔法鞄の持ち主を登録したり、その登録を変更したりする仕事だね。魔具の製作までできるようになれば、すごく助かる」
魔法鞄には、持ち主本人でなければ中身を取り出せない仕組みがあると、セレスティンは教えてくれた。
そのお陰で、大事な商品を安全に運べるうえ、身軽に旅ができるという。
「魔法鞄を作れるのは力ある魔法使いだし、持ち主の登録も魔法使いにしかできない。商人たちは魔法使いギルドに大枚を払って鞄を買い、登録してもらうんだ。目の玉が飛び出るほど高い。そのうえ、鞄は登録しないと、危険で使えないんだ。野盗に狙われて、盗まれてしまうからな。登録の書き換えの際も金がかかる。これで分かっただろう。キラ君がそれをしてくれれば、どれだけ助かるか」
盗まれたと報告をすれば、魔法鞄を辿る術があると聞き、キラは感心してしまった。
「この間のような馬鹿な野盗は稀だ。目端の利く盗人は、魔法鞄には手をかけない。足が付いてすぐにお縄になってしまうからな」
魔法使いギルドは国が運営する機関で、多くの貴族も関わっているらしい。
この国では、魔法使いこそが資源だと言っても過言ではないと、セレスティンは言った。
「僕が、もし魔法使いになれたとして、魔法使いギルドに入らなければ、国に罰せられない?」
「……大丈夫さ。第一、平民は魔法使いギルドには入れないしな。商会にも一人平民出の魔法使いがいる……ただ、力が小さすぎて、魔法鞄の再登録しか出来ないがな」
セレスティンは、生まれつきの魔石持ちであることを絶対に明かさないよう、キラに再度釘を刺した。
「生まれつきの魔石持ちは、この国では珍しい。ドルトンは元貴族だから、彼が保護者になっていれば、何とか隠せると思う……」




