12
カマドーラの刺すような眼差しにキラは怯えた。
「ぼ、僕は賢者にはなりません。ごめんなさい!」
賢者と別れ、走って大学の敷地を後にしたキラは、逃げるようにドルトンの家に帰ってきた。
汗びっしょりになったキラを、義母は心配そうに見ている。
「どうしたのキラ。また熱を出したの?」
「ううん。走って帰ってきたから……」
「あら、じゃあ、お腹を空かせているわね、クッキーを作ったから食べましょう」
「お腹は空いていないんだ。あとでいただきます」
そう言うとキラは自室のある二階へ駆け上がった。
部屋に閉じこもって、ようやくほっと息を吐いたキラだった。
カマドーラの見透かすようなあの眼差しを思い出す度、体が震えてくる。
生まれつきだということを、ひた隠しにしてきた自分の魔石。
生まれた村で、いつも向けられていた村人の眼差しや、浴びせられた罵倒が思い出された。
『魔物め』
『魔物は早いうちに始末しなければ、取り返しが付かなくなる』
『気味が悪い。どこかへ行ってしまえ』
頭の中にその時の声がわーんと響き、次第に大きくなっていく。
「僕の生まれつきの魔石のことは、セレスティンは知っている。相談に乗ってくれるだろうか」
次の休みの日、セレスティンの商会へ行った。
キラを見たセレスティンは驚いている。
「どうした、キラ君がここに来るのは初めてだ。何かあったのか」
「相談があって……」
セレスティンはキラの怯えた様子を見て、自宅へ連れて行った。
ミルクを出されて、キラはちびちびと飲んだ。
「一体、相談ってなんだい?」
「僕。もしかしたら、魔物かもしれない……」
「はぁ?」
そこで、今まで漏れ聞いた話をセレスティンに語って聞かせた。
「サムの住む地域では、人が魔物化するそうだ。それに……僕のように、生まれつき魔石を持っている人は、ほかに知らない。きっと、魔物に変化してみんな討伐されてしまったんだ。そのうち僕も、魔物に変化するかもしれない……」
賢者の研究には触れなかったが、これだけでも深刻な話だとキラには思えた。
「……そうか……それは初耳だな」
セレスティンが、心持ちキラから距離を取ったように感じたキラは、さらに落ち込む。
「でも、魔物に変わる人間って、魔の森の傍に住む部落の話だろう」
「僕の生まれた村も、魔の森の傍だった。だから村人は危険な魔石もちを始末していたんだ。僕は、どうすればいい? みんなの迷惑にならないうちに、どこかへ消えた方がいい?」
今まで、商会は相当な金額をキラのために支払っている。それが、何とも申し訳なく思うキラだった。
「キラ君。もう少し、様子を見ようじゃないか。キラ君のように、体の外に魔石ができた人は、魔物化しないかもしれない。万が一、魔物に変わったとしても……」
その先の言葉は小さくなったが、キラには想像できた。
――魔物化したら、騎士に討伐される。
「実は、一週間前、図書館で賢者に会ったんだ」
「え、賢者って……あの賢者か?」
「うん。賢者の弟子にならないかって誘われた。怖くなって逃げ出したけど、僕は賢者のところに行った方がいいのかもしれない」
――力ある賢者なら、僕が魔物化してもすぐに……対処してくれる。
セレスティンがしばらく考え込んでいる。
腕組みをしてじっと天井を睨むセレスティンの決断を、キラは不安になりながら待った。
「賢者の弟子か。キラ君、すごいことだぞ。是非弟子にしてもらいなさい。賢者の弟子なら、貴族や国から横やりは入らない。商会にとっても利益になるはずだ」
賢者の弟子になることが、どうして商会の利益に繋がるのかよく分からないキラだ。
首をかしげていると、セレスティンが説明してくれる。
「賢者は、この国では誰も手出しができない存在なんだ。たとえ国王でもね。だから、キラ君が賢者のもとで修行して、商会に魔具を納めてくれても、誰にも文句は言われなくなる。商会は、キラ君が優秀すぎて、そのうち国に奪われるのではないかと危惧していたんだ」
それから商会は、すぐに賢者に連絡を取ったようだ。
賢者は、いそいそと商会にやってきた。
「キラ君、弟子になる決心がついたんだな。いい決断だ」
そう言って上機嫌なカマドーラ賢者に、商会長は揉み手をして話し出す。
「キラ・ドルトンは我が商会が見つけ出し、これまで世話をしてきたんです。どうか、彼が魔法使いとなった暁には、我が商会へ、魔具を納めてくれるよう、お願いできますか」
「魔具が欲しいなら、わしがここへ卸してやる。キラはこれから修行に明け暮れるため、そんな時間はないじゃろう」
その言葉に、商会長は小躍りした。
何せ天下の賢者が直々に魔具を卸すというのだから。
だが、一瞬後、商会長は恐る恐る値段の交渉に入った。
「そんな物は好きに決めよ。金など腐るほどある。弟子さえこちらにくれたら、ただでも魔具を卸してやる」
賢者はそう言いながら、何も無い空間から、大量の魔石や魔法鞄、そして数々の魔具を出してその場に積み上げた。
周りにいた商会の人たちは口をあんぐりと開け、その光景を見ていた。
キラも同じだった。
そんなキラに、賢者は得意げに語って聞かせる。
「お前も出来る様になるぞ。これは今のところわしにしか出来ない「空間庫」というものじゃ。魔の森で、魔物を倒し、魔力を高め、たくさんの知識を詰め込む。それがキラの修行となる。大学などという幼稚な場所へ行く必要はない」
そこでキラは、高等魔法学校の友人たちの顔を思い浮かべた。
せっかく出来た友達とも、会えなくなってしまう。
でも、もしキラが魔物に変化したら、彼らにも危険が及ぶ。今後二度と会えないかもしれない。魔物化しないと分かったとしても、当分、魔の森にあるという賢者の塔にいることになってしまうのだから。
商会は、賢者からこれだけの魔具をもらったのだから、今までキラに使った分の見返りは得られただろう。
だけど、賢者には、自分が生まれつき魔石を持っていることを、まだ明かしていない。
賢者の塔へ行ってから打ち明けるつもりだった。
だまし討ちだと思われるだろうか。
それから一ヶ月間、キラは方々の挨拶回りで忙しかった。
高等魔法学校で退学の手続きをした際には、先生たちに別れを惜しまれた。
「賢者様の弟子となるのなら、引き留めることは出来ぬな」
メンデル導師からは、そう言われた。
サムには、
「賢者の塔は、我が部落の近くにある。その内訪ねて行ってもいいかな」
といわれて、すぐには答えられないキラだった。
もしキラが魔物に変わっていれば、会うことは出来ないだろう。おそらく賢者に始末されて、この世にはいなくなっているはずだ。
でも、キラは「待っているよ」と、手を差出し、握手を交わして別れた。
ドルトン家のみんなとも涙で別れた。
「たまにでいいから、修行の合間に顔を見せに戻ってくるのよ」
「……はい」
デストロルやベンゼルには、「やっぱりそうなったか」と言われてしまった。
スタントンには会えなかったし、フェリーヌたちにも会えなかったが、デストロルから、噂は既に広まっていると言われた。
「今、王都では、賢者の弟子が現れたという話で持ちきりだ。知らない魔法使いなどいないさ」
商会が用意してくれた服と少しの私物を魔法鞄に詰め、魔の森にあるという賢者の塔へ向かう。
王都を出た先の平原で待つように言われていた。キラが馬車から降りて待っていると、そこへ飛竜が舞い降りてきた。
飛竜からゆっくりと降りて来たのは賢者と、もう一人、中年の男だった。
彼は片腕が……左の手首がなかった。代わりに鈎のような義手を装着している。
キラが見ているのに気がついた彼は、「これは魔石の埋め込みの失敗によるものだ」と教えてくれた。
飛竜には鞍が取り付けられていて、キラは座り心地の悪い鞍に尻をもじもじさせながら座った。
中年の男が、残った腕と鈎の義手で器用に飛竜の手綱を取って飛竜を飛び上がらせる。
「魔石がなくても風魔法が使えるの?」
キラが思わず疑問を投げかけると、彼の代わりにカマドーラが答える。
「飛竜を操るのに、魔法は要らぬ。馬を御すのとたいして変わらぬ」
では、飛竜隊はなぜ風魔法が必要なのかと聞くと、「飛竜から転げ落ちたときに使うんだろうな」と、賢者が馬鹿にしたように言った。
中年の男は、そんな賢者を咎めるように見つめ、キラに事情を話して聞かせる。
「私は、魔具を装着している。だから万が一落ちても大丈夫だ。賢者様が作ってくださったのだ。この魔具を飛竜隊に売り込んだが、売れなかった。それを根に持っていらっしゃるのだよ、この方は」
「当たり前ではないか。飛竜を操るのに魔法は要らぬのじゃ。飛竜が増えれば、平民を乗せて国中を短時間で回れるようになるのじゃ。それを、まことしやかに魔法が使えねば飛竜を操れぬかのように触れ回っておる。貴族はいけ好かぬ。この国の経済の発展を妨げておるのじゃぞ」
それから一時間、カマドーラは塔に着くまで一時も口を休めず、キラに語って聞かせた。
平民にも竜を与えるべきだ。ドラン国では既にそうしているとか、餌は、魔の森に溢れているとか、そんなことだ。
さすがに平民が卵を採りに行くのは無理だが、それは、ふんぞり返っている騎士たちにさせればいいと息巻いていた。
以前大地竜の討伐に来た魔法騎士たちは、そんなに威張っているようには見えなかった。
この賢者は、思い込みが激しいようだ。大丈夫だろうかとキラは不安になった。
「飛竜隊に入るのは、魔法騎士にもなれぬ落ちこぼれの貴族子息たちじゃ。自分の地位が脅かされるのを恐れているのじゃ。馬鹿馬鹿しい」
そんな愚痴もようやく終わった。キラの眼下に夕日を浴びて、あかね色に染まっている塔が見えてきた。
その塔のすぐ傍に飛竜が舞い降りる。
キラ達が竜から下りると、片腕の男は飛竜の世話をすると言って、離れて行った。
赤いと思っていた塔は、近くで見ると白っぽい石材で作られていた。
「この塔は、何でできているんですか? こんなに綺麗ですべすべな石、見たことがありません」
「ほほう。よう気が付いたの。これは土魔法で作り上げたものじゃぞ。すごかろう?」
ここは魔の森と言ってもほんの外縁だ。
魔物はいるが、塔には近づいて来る事は無いという。
塔の天辺に、模様が刻まれた巨大な魔法石が据えられているところを見ると、どうやら結界が張られているようだ。
塔の周りの地面は広く均されていて、近くには飛竜が数頭寝そべってくつろいでいる。
「結界が張ってあるんでしょう。飛竜は魔物に数えられていないの?」
だが、せっかちな賢者はキラの手を引き、「質問は後で聞く。塔の中に早く入れ」と促した。
塔の中は、外から見た印象よりも広い。質問は控えたが、不思議に思って賢者を見ると、その視線に気づいたのか、答えてくれた。
「これも空間魔法の一部じゃ。実際の三倍の広さにしておる」
「すごい。空間魔法って――」
「ああ、質問は明日からにしてくれ。キラのために歓迎会をしようと待っている者たちがいるからな。待たせては可哀想じゃろう」
――寂しい老人だと言っていた賢者なのに、他にも一緒に暮らす人がいるんじゃないか。
こんな魔の森に暮らす奇特な人がいたとは、キラにとっては嬉しい誤算だった。
老人と二人っきりでここに閉じ込められるわけではなかったと。
塔の中心には柱があり、その柱には扉が付いていた。
カマドーラは「これは昇降機というものだ。わしの発明品だ」と教えてくれる。
扉を開けて中に入る。しばらくすると、ふわりと体が浮くような感覚があった。
そのときキラの脳裏に、「エレベーター」という言葉が浮かんだ。




