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二週間経つとSクラスにも慣れてきた。

たった五人のクラスなのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

一人、豪族の子どもがいて、その子とは特に親しくなった。

サムという簡単な名前だったことにも親しみを覚えた。

サム・トンプソン。


それが彼の名前だった。このオルドラン国が立ち上がる前にこの地を仕切っていたのが彼の一族だという。


ドラン国の王族が跡目争いをした。争いに敗れたドラン国の王太子が、この地を実効支配してオルドラン国を起こしたのだという。

ドラン国から逃れてきたその一派と、この地に古くから住んでいたサムの部族は交戦状態に陥った。そして、サムの部族は魔の森の傍に追いやられた。


「ドラン国から逃げてきた王太子は、ドラン国を二つに引き裂いたんだ」


元は一つの国だったが、ここはドラン国からは取るに足らない痩せた土地だと見なされていたそうだ。

サムの曾祖父は、仕方なく新しい王に膝を着いて、今は、辺境を治める豪族ということになった。


そして――彼の部族が治める土地では、人間が魔物化するという。

キラは、その話を聞いて心臓をぎゅっと鷲掴みにされたようだった。


「……に、人間は、どんな風に魔物化するの?」


「ふん。獣と同じだな。思考力が低下して好戦的になる。何より体が急に大きくなって力がすごいことになるんだ。倒された魔物を解体すると、中から魔石が出てくる。な、魔物と同じだろう?」


キラはただ頷くしか出来なかった。

サムの話では、住人が、ある日魔物に変化するそうだ。


「う、生まれた時は、普通だったんだよね……」

「ああ、見た目では区別がつかない。だが、魔物に変わるんだ。滅多にないことだがな」


体の中に出来た魔石と、額に浮き出た魔石。キラはその違いに希望を持つしかない。


――おっとうは言ったんだ。心をしっかり持っていれば大丈夫だと。



Sクラスの授業内容は、他のクラスとまったく同じだった。

デストロルから教科書を見せてもらって知ったことだ。

クラスを分ける意味が分からない。

たった五人の生徒のために教師を割くのは非効率ではないのか。


その事をサムに言うと、彼は、「それは違う」と言った。


「俺たちの授業の進みは、他のクラスとは段違いに早い。あと一週間もすれば、魔の森へもまっ先に行ける。他のクラスとは足並みが揃わないんだ。俺たちは優秀だから」


得意げにそう話す。


教師はメンデル導師だけだった。


第二級魔法使いのメンデル導師は、錬金術から国の成り立ち、各国の関係性まですべて受け持った。


「疑問があれば、自分で調べることも大事だぞ。人から聞くだけではだめだ。大学の図書館も利用しなさい」


Sクラスのバッジを見せれば、大学の校舎へも自由に出入りできるという。

人には聞けないことも調べられる。

キラは、早速図書館へ行った。


高等魔法学校と大学は、三メートルほどの高さの塀で区切られている。門には警備員が立っていた。キラが襟に付けているバッジを見せると、門の脇の小さな扉を開けてくれた。


「君が高等魔法学校生? ずいぶん小さいな。発育不全か……」


そんな、失礼なことを言われたが、聞き流して扉を抜けた。


門から抜けてすぐ目の前に広場がありその奥に、屋根がドーム状になった建物がある。それが大学の図書館だった。


係員にもバッジを見せて図書館の中へ入った。

エントランスを抜けると両開きの重厚な扉があり、その中へ足を踏み入れる。


キラは、本棚が二階の高さまである巨大な空間に圧倒されて、口を開けて見ていた。


高い場所の棚に沿って、細い通路がある

狭い幅のはしごを登り、上の本棚を見てみることにした。


下の方の棚には、一般的な知識を扱う本があるはずだ。キラが知りたい知識は、おそらく世間では一般的な知識ではないと考えたためだ。

受付にも聞けない内容のため自分で調べるしかない。

「魔物化する人間」もしくは、「魔物化の仕組み」または、「生まれつき魔石を持つ人間の実態」


一区画の本棚をザッと見回しただけで、キラの脳裏に題名が刻まれてしまう。

「ここには、魔石に関連した本はないな」

それでも、「大いなる島の成り立ち」の本を抜き出してパラパラとめくって読んでみた。


「大いなる島」に関する本や、他国の歴史書が置かれたコーナーらしい。

大いなる島とは、キラが住むこの大陸の呼び名だ。セレスティンは、「大きな島」と教えてくれたが、正式には「大いなる島」と言う。


魔法学校で既に教えられた知識だったが、平民の間では、「大きな島」の呼び名で通っているようだった。

呼び方にはそれほど違いがないが、「大いなる島」には特別な意味がある。

この大陸には、他の島や大陸にはない「魔素」が存在する。

魔素のある島を象徴する言葉であり、呼び名。それが「大いなる島」なのだ。

魔物も、それから採れる魔石も、他の島には存在しないらしい。


大陸の外に魔石を輸出しているのはサミア国だ。

大いなる島の南東側には列島があり、大陸の東端に位置するサミア国は、その島々にある大小の国々と交流している。

そのためサミア国には外国から取り寄せた珍しい物がたくさんあるそうだ。

以前、公爵家へ手土産として持たせられたナッツも、サミア国の特産ではなく、海外からの輸入品なのかもしれない。


「サミア国か。行ってみたいな」


手に取っていた本を本棚に戻し、次の区画へと順に進んで行った。


奥まった場所まで来ると、飛竜についての本があった。

竜騎士が乗る飛竜も魔物だ。

この本には、竜種は魔物の中でも比較的穏やかな部類だと書かれている。竜騎士たちは、魔の森まで入って卵を持ち帰り、卵から孵して手なずけていくそうだ。


飛竜がいれば、国々を隔てる広大な魔の森の上も通り抜けられる。そうなれば、商人はサミア国へも行けるのに、事はそう簡単には運ばない。

魔の森には危険な火竜や野生の飛竜がたくさんいてその上空は危険だそうだ。

それに、飛竜を育てるには、手間と広い敷地と飛竜を手なずける為の専門職、そして餌代として莫大な費用がかかる。

一介の商人にはとても手が出ない代物なのだ。

結局、平民の商人は、大いなる島を馬や徒歩で隣国まで移動するしかないのだ。

隣国ドランには、サミア国の物資も入ってきてそこで、ドラン国の農作物やサミアからの珍しい物資を仕入れてくるそうだ。

そんなことを考えていると、キラの脳裏に絵が浮かぶ。

「空飛ぶ物体……」

また、いつもの幻視だ。

この頃、幻聴や幻視が頻繁に起こり、時には知らないはずの考えまで浮かんでくるようになった。


これは、魔物化するという予兆なのかと、キラは人知れず怯えた。


「今日は諦めて帰るか」


左側の本棚は大方探し終わった。今度来たときは右側の本棚を調べようと決めて、元来た通路を戻り、はしごを伝って下りていると、はしごを上って来ようとする老人と鉢合わせした。

後ろ向きで下りていたキラは老人がいることが分からなかった。

老人も、おそらくはしごの段ばかり気にしていて、キラに気が付かなかったのだろう。

老人は、キラに気づくと短く叫び、はしごの一段目を踏み外し、バランスを崩した。

慌てたキラが、老人の腕を掴んで、事なきを得た。

大した高さではないが、八十歳くらいに見える老人だ。少し転んだだけでも大怪我になりかねなかった。


「ごめんなさい。僕が不注意でした」

「いや、それはわしもじゃ。やれやれ……年を取りたくないものだ。ありがとう……君は、この大学の生徒ではないな」


「はい。キラ・ドルトンといいます。高等魔法学校の生徒です」


「わしは、ルスコネル・カマドーラ。世間では賢者で通っておる」

「……っ!」


賢者――この国に一人しかいないという賢者。キラは賢者カマドーラをまじまじと見つめてしまった。

カマドーラの額にもキラと同じような魔石があった。


賢者も、生まれつきの魔石持ちかもしれないとキラは目を輝かせたのだ。

賢者カマドーラは、キラにお礼をしたいと言って、図書館のエントランスにあるカフェに連れていく。


ミルクとケーキがキラの目の前に置かれ、賢者には不思議な香りの赤茶色いお茶が出された。


「これは、紅茶というものだ。サミア国からの輸入品じゃ」


この国で普段出されるお茶は、ハーブを乾燥させたものだ。「紅茶」は名前の通り薄紅色で、えもいわれぬ香りだった。

それを美味しそうに飲んだ賢者は、キラの額をじっくりと見ている。そして徐に聞いてきた。


「その魔石、北の神殿で埋め込んだのだろう?」


「……覚えていません」


賢者のこの言葉にキラはがっかりした。額への魔石の埋め込みは珍しいものの、北の神殿では施術を行っていると分かったからだ。

キラは、額に魔石が出来るのは生まれつきの魔石持ちの特徴ではないかと予想していたが、その予想は外れ、自分は人として生きていけるという希望が打ち砕かれた瞬間だった。


「ふむ。よく成功したものじゃ。神官も研鑽を積んでいるようじゃな。僥倖じゃ」


よく成功したものだという言葉に違和感があった。賢者の額にも魔石があるではないか。


「賢者様も、北の神殿で施術なさったんでしょう」


「いや、わしは、先代の賢者に埋め込まれた。先代の賢者はごく初期に、北の神殿に魔石の埋め込み方法を知らせておったが、これまで額に埋め込んだ成功例は聞かされておらん。なぜわしに知らせなんだか……」


魔石の埋め込みは先代賢者が発見した技術だ。

北の神殿は、先代の賢者が初めに立ち上げた神殿だという。

オルンス国から迫害されてこの地に逃げ込んだ初代賢者は、三人いたそうだ。

キラが今まで知らなかったことが、カマドーラから次々と明かされていく。

キラは、食い入るように賢者の話を聞いた。


「このオルドラン国は歴史が浅い。賢者を匿ってくれた礼として、魔の技術をこの国の王に分け与えたのじゃ。互いに国を逃れた者同士、肩を寄せ合って、国作りをしたそうじゃ」


魔石を埋め込まなければ、魔法は使えない。

神殿を建て、そこを魔石を埋め込む施術所としたのが始まりだという。

カマドーラに施術した賢者は既に寿命が尽きかけていた。


「弟子を鍛える間もなく亡くなった。わしは残った二人の賢者に育てられ、知識も授かった。その賢者らも既に亡くなった。今は、魔の森の傍で、魔物の研究をしている寂しい老人じゃ。どうじゃ、キラ君。わしの弟子にならんか?」

カマドーラは、キラの額を見つめながら、誘いをかけてきた。


キラは魔石に手をかざして隠した。答えに窮していると、カマドーラは、身を寄せて小さな声でこう言った。


「魔物の研究は、面白いぞ。今わしのところには、グリーンエイプがいるが、そやつは人のように話す。これはわしの、魔石に力を与える実験の成果じゃ。今は魔物に、魔法を仕込んでおる。できてはおらんがの。誰にも言ってはならぬぞ。怖がられてしまうからのう」


キラの心臓がどくどくと脈打った。

――魔物が、言葉を理解し魔法を使うようになる? 人間と同じように……。











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