10
屋敷の中は、どこを見てもまばゆく輝いていた。
黒っぽい材質の扉は鏡のように磨かれ、金の装飾が施されている。
屋敷の中の一室に通されたキラは、目を丸くして部屋の中を見ていた。
その部屋にあとから次々と、スタントンたちが通されてくる。
ベンゼルは、大きなソファーの端に所在なさげに座っていたキラを見て、にやついている。
「すごいお屋敷だな。キラ、君初めてだろう。こんな豪華な部屋を見るのは」
「うん。どこにも触れないよ。怖くて……」
「手の跡がすぐつきそうだものな。実を言えば俺もこんなのは初めてだ」
「貴族でもそうなの?」
「俺の家はただの士爵家だからな。公爵家とは比べ物にならないさ」
キラの隣にどさっと座り込んできたのはスタントンだ。
「スタントン! ソファーが……」
「これくらいで壊れないさ。俺のいる神殿と似たり寄ったりだな。この屋敷は」
嘘だろう。神殿がここと同じくらい豪華なんて信じられないキラだった。
「神殿長の区画はもっとすごいぞ」
スタントンの養父は神官長で、神殿長の次に権力があるという。
孤児と聞かされて、スタントンに同族意識をもっていたキラだったが、ここで認識を改めた。
このオルドラン国は、魔法使いが幅を利かせている。その魔法使いを生み出す神殿は、大きな権力を持つのだろう。
神官のほとんどが貴族の子息だ。
スタントンのような孤児が神官になる場合もあるが、危険な施術が成功した場合に限るらしい。
「神殿長も他の神官も、手や耳の後ろに魔石を埋め込んでいるんだ。俺は久々に成功した例だ。目に魔石があるのは俺と神官長だけだな」
神官長も元は孤児だったという。
「だから、俺は、次期神官長になるはずだ」
ベンゼルが、偉そうにふんぞり返ったスタントンの頭を、つんと突っついた。
「分からないだろう。もっと優秀な孤児がいるかもしれない。他の子どもが魔石の埋め込みに成功したら、勉強嫌いのスタントンは追い越されてしまうぞ」
「……これからもっと勉強するさ……」
確かにスタントンは勉強が苦手そうだ。
光の呪文を間違えて覚えても気づかないような、うっかりしたところもある。
そんな神官に、魔石の埋め込みのような危険な施術を任せるのは少々不安だ。
キラは、スタントンを横目で見ながら、ベンゼルの言葉に同意した。
「スタントン。もっと注意して本を読むべきだよ」
「何だよ、キラまで。これから俺は勉強し直すんだ。神官長がつきっきりで教えてくれる。だから、大丈夫」
賑やかに騒いでいると、デストロルとその母親が部屋に入ってきた。
「まあまあ、賑やかね。他の方はまだ到着していないみたいだけど」
立ち上がって答えたのはベンゼルだ。
「ルシアーヌたちもすぐに到着するはずです。この度は、ご招待いただきありがとうございます。こちらは私の母からです」
ベンゼルが手土産を差し出したのを見て、キラも慌てて持たされた手土産を差し出した。
「養父ドルトンからです……」
「まあ、ご丁寧に。セバス」
「はい、奥様」
執事がそれらを受け取った。
お茶やお菓子をとりながらフェリーヌたちを待っていると、程なくして彼女たちも到着した。
その後は、別の部屋に通された。
十人ほどがつけるテーブルには花が飾られ、食器が整えられている。
ここで、食事を振る舞われるのだろう。
デストロルに言わせると、「大げさにしないで、こじんまりとした食事会にした」だそうだ。
デストロルの母親は、側室だという。
彼の下にも女の子どもがいて、まだ二歳だが今後魔石を埋め込む予定だそうだ。
公爵の子息なのだが、彼の魔石は頬に埋め込まれていた。
以前聞いた話では、高位貴族の子息や女性は手に魔石を埋め込むということだったが、デストロルの場合は事情が違うようだ。
「叔父上は、魔法使いギルドの顧問なんだ。だから将来は僕にギルドを任せたいんだって」
母親が、優しくデストロルの頭を撫でながら、胸の内を語ってくれた。
「当初、私は反対したんです。万が一の事があったら取り返しが付かないのですもの。成功したときは、神に感謝したものです」
魔石は、頭に近い場所ほど効果が高くなる。
魔法使いを束ねる役目なら、力が必要なのだろう。
無意識に、自分の額を撫でるキラを見て、デストロルの母親はキラに質問をした。
「その魔石はどこの神殿で施術なさったの? 聞くところによれば、頭に直接埋め込む施術は一番危険だと言われます」
「……よく覚えていません」
「まあ、内緒なのかしら。各神殿でそれぞれ技術を隠し持つというのは本当のことなのね」
生まれつきの魔石だとは明かせず、キラは煮え切らない態度を取った。それを、勝手に解釈して、勝手に納得してくれた。
キラは、ほっと胸をなで下ろした。
デストロルの母親は、少しお酒を飲んでいた。
その内に、愚痴めいたことを話し始めた。
「この子は、とても優秀なのに、側室の子どもだからと、危険な施術をさせられた。今は元気に育ったけれど、あまりにも非情な扱いだと思うのよ」
それからは今までキラが知らなかったことも、彼女は一人で話している。
キラ達は、ひたすら聞く役目だった。
この国には、三カ所の神殿があるそうだ。
それぞれが牽制しあって、魔石の埋め込みの技術を磨いているという。
その実験体として、孤児が使われているのかもしれない。スタントンのように……。
そんなことを考えているうちに食事会が終わった。
公爵は姿を見せなかったし、デストロルの兄弟にも紹介されなかった。
魔法使いは、あくまでも貴族の中では下の地位ということなのかもしれない。
***
高等魔法学校の入学式。
ローブに身を包んで、広い講堂にキラは緊張して立っていた。
王都の貴族街の奥まった場所にあり、王宮にも近い。大学も併設されている立派な建物だ。
ここには国内の他の魔法学校から、生徒が集まってくるため、新入生は百人ほどいた。
その中で一番背が低いキラは、心細い。
同じ魔法学校から、デストロルや他にも知った顔がいるのを見て心強く思った。
学園長の挨拶の中に、一つ怖い話があった。
「魔の森の課外授業は危険がつきものだ。毎回数人が魔物に倒される。君たちは、それを恐れず、研鑽を積み、魔力を育て、立派な魔法使いとなるように」
周りの生徒の顔を見れば、目を輝かせている。
どうやら、皆は怖いとは思っていないようだった。
魔法使いになるためには、勉強だけではだめなのだと、改めて心に刻むキラだった。
この高等魔法学校から少し離れた場所に、魔法兵士養成寄宿学校もあった。
ベンゼルは、そこに入学した。
デストロルと、その内訪問しようと話し合う。
スタントンとは暫くは会えないだろう。神殿に入ってしまえば籠の鳥だと、彼は悲しそうに話していたのだ。
ここには女子はほとんど見当たらない。
一人二人はいるだろうが、キラには見つけられなかった。
女子の姿を探してキラがキョロキョロしていると、デストロルは呆れたように話す。
「女性はすぐに花嫁修業に入るからな。魔法で身を立てることは無いと思うよ」
そういえば、フェリーヌとルシアーヌも魔法学校を卒業した後は進学しなかった。
平民の事情も似たようなもので、義姉のターニャも、商人学校を卒業した後は家業の手伝いをしながら、花嫁修業をしている。
「婚約が決まったの」
そう言ってほんのり頬を染めていたターニャの姿がふっと浮かんだ。
この高等魔法学校の修業年限は二年間だ。
だが、それは決まった期間というわけではなさそうだった。
優秀な生徒は飛び級できるし、規定値に達していない生徒は留年する。約半数が留年組だと聞く。
そのため、一学年の人数は百五十人もいた。
入学してきた生徒が百人だから、増えた五十人の生徒たちは留年したのだろう。
初めての授業は、筆記テストから始まった。テストの成績を見て、クラスの編成が行われるという。
入学式で使われた講堂で、百五十人が一斉にテストを受ける。
――まるで、入試みたいだな。
突然脳に響いた言葉に、一瞬、ペンを持つ手が止まったが「またいつもの幻聴か」と、気にしないことにしたキラだった。
筆記テストを書き終えた順に魔石の魔力を測る。
キラは書き終えてもしばらくじっとしていた。
また、おかしな飛び級になってしまうのを避けたかったからだ。デストロルと離れたくなかった。
デストロルが立ち上がったのを確認してから、キラも立ち上がる。
しばらくデストロルと並んで座って待っていると、魔力検査の順番が来た。
別室に用意された魔法陣の真ん中に立たされて、じっとするように言われた。
教師が、魔法陣に浮かぶ模様を記録しているようだった。
次の日学校へ行くと、クラス分けが記された紙が張り出されていた。
キラは、一年S組になっていた。
デストロルは一年A組ということだ。
「同じ組には入れなかったね……」
「キラ君は天才だもの、当たり前だよ。S組は、特別養成のクラスだ。早ければ数ヶ月で進級してしまう」
「……いやだな」
筆記試験では手を抜いたのにどうしてこうなってしまったのかと、悩むキラだった。
デストロルには、心当たりがあるようだった。
「筆記試験はS認定には関係していないはずだよ。叔父上によると、魔力検査では属性を見るそうだ。君は既に六属性に魔力を通せている。Sに認定されたのはそのせいかもね」
Sクラスにはキラを含めて五人しかいなかった。
他のクラスは三十人ほどなのに、ここはクラスメイトが極端に少ない。
しかも、知っている顔は皆無だった。
四人のクラスメイトは、地方の豪族や、有力貴族の子息だった。
キラは一瞬、この中に生まれつきの魔石持ちがいるのではと期待したが、それは外れた。
神殿で、いついつ施術を受けたと得意げに話していたからだ。
彼らは、魔の森に近い領地の出身者がほとんどで、幼いうちから魔の森の側まで行き、狩りをしていたという。
キラも、父と一緒に魔物は狩ったことがある。
だが、あの時はまだ魔石に呼び水――通貫をしていなかった。それをしなければ、魔石の成長が止まったままなのだろう。
「兵士に交じって、魔物を狩るのが力を付ける早道だと、第四級魔法使いの叔父上が教えてくれたんだ」
「Sに認定されて、父上は鼻が高いと仰った」
魔力が上がれば、属性に魔力を通しやすくなるのだろうか。
魔力自体の大きさも、S認定の理由なのかもしれない。
まだ、親しくなっていないクラスメイトに魔石を見せてくれとは言えないキラだ。
もしそれが出来れば、デストロルやスタントンの魔石をそれとなく観察したときのように属性が分かるはずだった。
魔石をじっくり見れば、キラは属性の粒が動いているのが分かる。以前、手鏡で額の魔石を見て判明したことだったが、他人にはこの力は明かしていない。
五人の前に立ったのは、六十代くらいの男性教師だった。
耳の下に魔石を埋め込んでいた。正面から見ると右耳の下からぼっこりと魔石が浮き出ているのがよく分かる。
キラ達の魔石よりも二回りほど大きかった。
「私は、第二級魔法使いのゴース・メンデルだ。メンデル導師と呼ぶように」




