二話 縛られた命
「待て」
フリードは考えるよりも先に言葉を発していた。自分は死ねなくなった?英雄を斃して欲しい?自分と同じような奴が他にもいる?既視感のあるその髪は──言い終えてから疑問が列を成す。
「そもそもここがどこかすら分かっていもいないんだ。まず順を追って説明してくれ」
今確かなのはこの女の名前がカテナであること、やはり自分は死んでいたこと。当然だがそれだけでは判然とせず、慌ててカテナを制止する。
「あぁ、失礼しました。なにぶんフリード様は永い間眠られていましたので、つい浮き足立ってしまいました。」
指摘されたカテナは直ぐに毅然とした表情に戻り、フリードの疑問に答える。
「先程も述べましたが、ここは幽滓の庫と呼ばれる、かつてヴァルトリアという大国の領内に建てられた書庫です。歴史書、英雄譚、冒険譚、奇譚、戦記、伝承録..遍く世界の物語や史書が保管されています」
「要は何でもある図書館ってことだな。だがそれだけじゃないな」
「はい。ではそんな書庫に何故貴方がいるのか、何故死ぬとここに還ってくるのか」カテナの返答にフリードも小さく頷く。
「ここにはもう一つの役割、そして権能がありました」
「それはこの水晶を触媒として伝承の存在を喚び降ろすことが出来る」
「魔法の一種か?」かつてフリードがいた国やその近辺、及び自身も魔法は使っていた。しかしそんな魔法は聞いたことがない。
「..ということは」そして理解した。
「はい。貴方はここに喚び降ろされたのです」
「信じ難いが、現にここにいる以上信じるしかねえな」荒唐無稽。しかし信じようが信じまいが事実として起きている。
カテナは続ける。
「まず喚び降ろす者の情報を集め、対象となる者の輪郭を象る必要があります。ここには無数の書物がありますので、情報には事欠きません」
「だが本に書かれていることが全て正確という訳でもないだろ?史実に基づいていたとしても物語として脚色されている可能性もあるんじゃないか」
「重要なのは正確性ではなく、人々は対象をどのように思い描いていたかです。時を経てより勇壮な英雄として畏怖されているなら、それは祈りに等しく喚び降ろした者の力として還ります。」
「つまり召喚した奴は本来とは必ずしも完全に同じという訳ではないのか。実際は大したことない奴でも大英雄として崇められていればそうなると」
話を聞く程に訝しげな顔になる。人を召喚し、あまつさえ他者の想像が本人を形作る要素となる。ならば今こうしている自分は何なのか。
「そうして形成した輪郭とその者の名を想見し、水晶に触れ祈ります」
「それで成功すれば召喚できるのか」
「こちらの祈りに応じる者には条件があります。一つは既に死んでいること。もう一つは..」
やはり自分は死んでいた。分かっているつもりだったが、掌がじわりと熱くなるのを感じた。
「生前に未練や渇望から強く生を望んでいたこと」
どこか感傷的になっていたが一瞬で引き戻された。そんな訳は無い。あの戦いに悔いは無かった。戦士としての死に不満は無かった筈──
分からない。しかしそれ以上に現状を確かめるのが先である。フリードは直ぐに平静を取り戻し、問答を続ける。
「..成程。俺は蘇ったのか。死ぬとここに戻ってくるのもその召喚の機能なのか?」
「いいえ。これについてはヴァルトリアという国の成行きをお話しする必要がありますが、お付き合い頂けますか?」
「構わない。得れる情報は少しでも欲しい」言葉には僅かながら好奇も含んでいた。
「ありがとうございます。ヴァルトリアは他国からの侵攻が絶えない国でした」
「何とか跳ね除けてきましたが、戦力は削られていく一方でした。消耗していく中、私の一族がヴァルトリアに流れ着きました」
「私達の一族は稀有な術を扱う事ができ、その事を国に売り込むとたちまち重宝され、戦力の中枢となりました」
「その術とは、生物及び物質を転移させるというもの」
先端が青くなった白い髪に転移の術。もはや疑う余地も無い。
「一族の祖先ってのは、もしかして」
「はい。私達は水の国を統治していたエーゼルの血を引く者です」
分かりきってはいたが改めて驚かされる。
「ともすればルイノスはお前たちの先祖になるのか?」聞く他無かった。
「はい。私達はその末裔ということになります。ルイノス様は貴方との戦いの後、戦争を速やかに平定しました。終戦後ルイノス様は皇帝に即位しましたが、程なくして水の国は崩壊しました。僅かな間に一体何が起きたのか、ここにあるあらゆる書物を調べましたがそれらしき記録は一切ありませんでした。既に往昔の出来事といえど不自然な程です」
「国亡き後、一族は散り散りになり中でもヴァルトリアに流れ着いたのが私の祖先です」
祖国は十中八九敗け属国にでもなっているかと思ったが、まさか水の国すら滅んでいるとは予想だにしなかった。口ぶりからしてかなりの時が経っているらしい
「祖先は兵の配置、武器や食糧の支給といったように転移の術を用いてヴァルトリアに多大な貢献を齎しました」
「そして、この国には独自の鍛錬法がありました。戦技を極めた者の幻影を水晶を通じて作り出し、手合わせするというもの。それが行われていたのがこの場所でした」
カテナは静かに右手を伸ばすと、伸ばした先には大きな扉が構えていた。
「あちらの扉の向こうはかつて修練所として使われていました。ヴァルトリアに伝わる剣術の開祖となる者や魔術を興した者の幻影を作り、兵士たちは実際に目にし倣い鍛えていました」
「私の祖先はそこに目をつけ、自らの転移の術と合わせ新たな魔術を生み出さんとしました」
「一族の血をひびを入れた水晶に注ぎ、三日三晩祈詞を捧げました。過酷な儀式を経て祖先は喚び降ろしを完成させました」
「幻影は残滓を元に再現したに過ぎず、この書庫を離れる事も出来ませんでした。ですが転移の術が混ざり合い肉体と記憶を完全に再現することが可能となり、水晶から離れて行動も可能になりました。以降は私たち一族以外の者は扱えなくなりましたが一大戦力となりました」
伝承上の英雄を再現し兵力とする。結果がどうであれ多大な消耗を強いられる戦争において夢のような話だ。
「再現..ということは俺も再現された個体ということか?」
自分は模造品なのかと胸がざわつく。
「いいえ。フリード様は先程お話した召喚方法とは異なり、本人そのものです」
「どういうことだ?」
「英雄達の再現を確立し確固たる戦力を得たヴァルトリアですが、より更なる力を欲しました」
「それが再現ではなく本人を降ろすこと。既に死した者のみという制約こそ加わったものの、魂の喚び降ろしを試み遂に成功し、死亡した瞬間に自動的に水晶を通じて召喚される不死性すらも獲得しました」
「俺はそうして召喚されたのか」
カテナははい、と頷く。
「強く祈った影響か、人々の想像すらも力になるという副次効果も相まりヴァルトリアは最盛となりました。やがて..他国への侵攻が議決されました」
「力を前にした国王の意思は、私達の一族を含めた反対も叶わず、押し切られる形で最高戦力たる十三人の英雄が喚び降ろされました。私もかつて英雄達の姿を見えましたが、その威厳は他を隔絶していました」
「そして、その一人にルイノス様もいました」
戦争を平定し一族の英雄であるルイノスを召喚していることは寧ろ納得だった。
「錚々たる英雄達を従え、磐石かに思われましたが、それは突然起きました」
「英雄達が反乱です」
「ヴァルトリアの侵攻を快く思わなかった者、二度目の生を受けさらなる力を求めた者、己を不死を絶とうとした者..本人を完全に降ろした影響か、或いは本来転生するはずの魂を捻じ曲げ私用した事への神罰か..暴走した英雄達は割拠せんとし、不死が故に止めることすら出来ません」
「混乱の中喚び降ろしを作り上げた張本人はその命を代価に、英雄を書庫ごと異なる空間へ転送しました」
「つまりここは、ヴァルトリアでも、死後の世界でもない魂が転生するために通る道筋に移された場所なのです」
どこでもない場所。人智を超えた御業により、神の怒りに触れたとでもいうのか。
「数少ない一族も転移され、英雄達を鎮める方法を探していました。そんな中唯一私達に助力してくださったのがルイノス様でした」
「一族の祈りが入り込んだのか、ルイノス様は強力な英雄として喚び降ろされていました」
「どうにか私達は他の英雄達を書庫の各部屋を切り離し閉じ込めましたが、英雄達は強大で部屋に干渉し、それぞれが縁深い地に変質させました」
「一族の一人がルイノス様の剣に命を以て祝福を施し、ルイノス様の剣は英雄達を斃せる武器となりました」
「ルイノス様はその剣を以て英雄達を次々と鎮めていき、順調かに思えましたが、七人目を斃した時に異変が起こりました」
「ルイノス様の自我が蝕まれかけていました。己の暴走を悟ったルイノス様は自分も封印するように命じ、後に託したのです」
「今はまだ封印という均衡が保たれていますがこれが崩れた時、英雄達は更なる力を欲し転生に向かうあらゆる魂を取り込むことが予見されます。そうなれば命は巡らなくなり、やがて絶えてしまう」
「私達はルイノス様を含めた英雄達を斃しうるのは誰なのか..そこで白羽の矢が立ったのがかつてルイノス様と肉薄したと記録が残っている──」
「俺になった、という訳か。俺が死ねるようになることと英雄とやらを殺すことに何の関係があるんだ?」
「水晶を砕けば不死は解かれるのですが、今の英雄達の魂と水晶は強く結びついており英雄達を完全に斃さない限り砕くことが出来ません」
「このような形で貴方を喚び降ろしてしまい申し訳ありません。..長くなりましたがフリード様には残るルイノス様を含めた六人の英雄達を倒して欲しいのです」
「なるほどなァ」
首を回しながらフリードは逡巡する。押寄せる情報に頭が痛くなり、御伽噺のような内容は尚も受け入れ難い。しかし、もう一度死ぬため、いや、あいつともう一度戦うため。己の本音に内心呆れつつもフリードは言葉を発した。
「いいだろう。折角蘇ったんだ、古今東西の英雄とやらと戦えるなんてまたとない機会だろうしな」
「ありがとうございます。ではこちらをお受け取りください」カテナが短く唱えると目の前にかつて愛用していた大剣が現れたが、よく見ると意匠が変わっている。想像により姿が変化すると言っていたが、ともすればその影響だろうとフリードは気に留めなかった。
「ルイノスの剣は他の英雄を殺せると言っていたが、俺の剣はどうなんだ?」ルイノスの剣と同じように祝福を施されていなければ英雄を殺すことは出来ないはずだ。
「ルイノス様は封印される前に御自身の剣を私達に託しました。誰かがこの剣を以て自分達を殺せるように、と」
「フリード様を喚び降ろした際、貴方が使っていた大剣も一緒に現れました。転移の術が一度対象を分解するという性質を利用し、フリード様とルイノス様の剣を同時に転移させ、同じ地点に出現させました。そうしてフリード様の剣にはルイノス様の英雄を鎮められるという性質が合わさるようになりました」
「要は融合させたのか..よぉしわかった」
剣を手にしたフリードは周りを見渡す。
「で、英雄達はどこにいるんだ?」
「フリード様が指定した英雄がいる空間へ私がこの水晶を介して貴方を転移させます。その前に..」
「ルイノスだ」遮るようにフリードはその名前を発していた。
「とりあえず戦ってみりゃわかるだろ。説明は死んで戻ってきたら聞こう」
「..よろしいのですね」躊躇った様子だったが止められないと察したのだろう。
「あぁ、転移してくれ」
「分かりました。転移を始めます」カテナは水晶に触れ、詠唱を始めた。すると水晶が赤く明滅しだした。その赤は鮮血を思わせ、水晶が脈動しているかのよう。
フリードの足元に紋章が浮かび上がり、感覚が薄れていくのを感じる。その瞬間視界が閃光のように白くなり、思わず目を閉じる。
宙に浮いているような感覚がしばらく続き、目を開けると荘厳な城の中のようだった。白い建材で建てられた城は神々しさすら感じさせる。そして──
「久しぶりだな、ルイノス」
これは運命か、或いは。己を殺した男との再戦が始まる。




