一話 戦士としての死
死地──
死闘のさなか脳裏によぎる。
フリードは呼吸を整え長身の大剣を握り直す。
「限界が近いと見える」
正面に立つ、死闘の相手であるルイノスが見透かしたように言った。若草を思わせる緑の瞳に、先端が青みがかった澱みの無い白い長髪。正に美丈夫と呼ぶに相応しい青年だった。
ルイノスの見立ては当たっていた。戦いが始まってから数十分は経過しており、フリードは疲労と負傷が蓄積していた。
しかしルイノスも傷を負い、構えている直剣の切先が僅かに揺れている。
「そうかもな」
フリードはお互い様だろと言わんばかりに口元に僅かな笑みを浮かべながら返した。
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フリードとルイノスは隣り合う国同士に生まれ、フリードの国は鋼を主に鉱物が豊富であり、それらから鍛え上げた武具は国を支える柱となり鉄の国と呼ばれるほどであった。ルイノスの国は異質な水源に恵まれ、及びそれを媒介とした魔術によって隆盛を誇り他の国々に畏敬の念を込めて水の国と称されていた。
鉄の国は建国当初こそ水の国が歯牙にかけぬほどの小国だったが、鉱物の鍛造法を確立してからは目覚ましい発展を遂げていった。
フリードは平民の出であり、早々に王国軍の兵に志願した。武器は下級兵に支給される粗製の剣のみにも関わらず向かう敵を払い、国のもとに屍と勝利を積み上げ、怒涛の勢いで国王直属の部隊に籍を置き王国きっての将星となった。
遠き昔、特異な術を継承する一族がいた。この秘術は血によってのみ受け継がれ、この血に連なる者たちが水の国を幾代にわたり統べていた。
ルイノスは幼少に相伝の術の核を掴み、これに胡座をかかず武術を次々と収めていった。その天賦は現皇帝の実子でありながら少数の精鋭を率い前線で戦うことが許されるほど。
両国は長い間不可侵を保っていたが、水の国の皇帝の崩御を契機に、鉄の国が侵攻を開始。稀な水源を武力として欲してのことであった。
崩御の混乱に乗じ攻め入った鉄の国だが、水の国の戦力と統率は尚も強固であり、ルイノスが率いる部隊が次々に返り討ちにしていった。
押し返されつつある鉄の国はフリードを最前線に投入。ルイノスの部隊と接敵後、瞬く間にルイノスの部下を瞬殺。周りに生きた人間は最早ルイノスとフリードのみであり、双方の増援もすぐには期待できない。
斃れれば国がそのまま傾く。この戦いはそういうものだった。
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両者は確信していた。次の斬り合いで生死が決まると。
先手を取ったフリードだった。瞬時に踏み込み瞬く間にルイノスの眼前に迫り、大剣を真一文字に振り抜く。
ルイノスはフリードにそこまでの余力が残っていたことに驚いたが、瞬時にルイノスが持つ剣では受けきれず剣ごと両断されると判断、これまでの戦いからフリードは爆炎の魔法を剣に付与し威力、剣速の上昇、爆炎による目眩しといった使い方をしていた。
このことからフリードは補助魔法は不得手、あるいは使用できないと結論付ける。
だが、ルイノスは飛んだ。躱すために空中に逃げたとしても爆炎と剣撃からは逃れられないはずである。
ルイノスがこれまでに見せた手の内は剣術と風魔法、及びそれを応用した補助魔法のみである以上、ルイノスが空中で追撃から逃れる術はないとフリードは訝しみながらも判断する。
しかしフリードも当然これを見逃さず爆炎を伴った斬撃で勝負を決めにかかる。終わったと殆ど確信し、剣を振り上げようとするが、ルイノスの手から剣が消えており、同時に背中に奇妙な感覚が走った。
奇妙な感覚が激痛に変わり、視線を落とすとルイノスが持っていた剣がフリードの胸を貫いていた。苦痛と混乱の中、下段に構えた大剣が手から落ちた。
「隠していたのか..」
痛みに苛まれながらも、フリードは地上に戻ったルイノスに投げかける。
「転送魔法、我が一族エーゼルの人間のみが扱える秘術だ」
「この魔法は徹底して秘匿されている、知らぬのも無理はない」
「だったら..何故、最初から使わなかった?」
「この魔法は本来地面に紋章を描き、幾つかの工程を経て対象を一度分解、指定した座標で再構築するものだ」
「距離は限られるが工程を省き簡易的な転送も行えるが、その場合──」
その瞬間フリードを貫いていた剣が砂のように粉々に砕ける。
「再構築が不完全のため、転送されしばらくすると崩壊してしまう」
「だったら..剣でも槍でも..何本も武器を持っておけばいいじゃねえか」
全身の力が抜けつつもフリードは浮かんだ感想を投げかける。
「武器を複数持っていれば相手は必ず何かしらの術があると踏んでくるだろう、仮に剣が折れたとしても魔法がある」
「そもそも簡易的なものとはいえこの魔法は消耗が激しいのだ、乱発できるものではない」
「仮に私の秘策が転送魔法ではなかったとしても、万全の状態のお前なら逃げ場のない空中に避けた時点で警戒しただろう」
「最後の最後で勝ちを急いだのだ、お前は」
「ご忠告..どうも」
痩せ我慢か、あるいは完全に出し抜かれ諦めが着いたのかフリードは笑みを浮かべていた。
「お前の剣を拝借する」
ルイノスはフリードの大剣を手にし、フリードの首の上に掲げた。
「最期に言い残すことはあるか?」
ルイノスの言葉に、フリードは一瞬の間の後口を開いた。
「特にねえな。だが」
「これが..俺の最後の戦いになるなら悪くなかったな」
思いもよらないフリードの言葉にルイノスは目を見開くが、かすかに口元に笑みを宿し
「私もお前と死合えたことを、忘れることは無いだろう」
「さらばだ」
フリードは目を閉じ、今まで感じていた痛みが消えたのを感じつつ、意識を手放した。
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死んだはずだった。己に肉薄する強者と戦い、切り結び、持てる全てを出し切り負けた。祖国に対し悔恨はあれど、戦士としてこれ以上に無い死に充足感があった。
─だが、生きてる。身体に疲労感は無く、傷も見当たらない。俺は生かされた?戦争はどうなった?どれ程の時が経った?そもそもこの場所は?目を覚ましたフリードは頭に溢れる疑問を揺蕩わせながら、視界に入る情報を確認する。
室内であろう場所に、自分は簡素な寝台に乗せられていた。部屋はそこまで大きくなく、周りにはもう幾つかの寝台と本棚が並んでおり、奥には扉とその横に等身大の鏡が置かれていた。
立ち上がり本棚に近付くと、余すところなく本が並べ立てられていた。だが奇妙なことに背表紙に書かれている文字に見覚えが無かった。
祖国とその周辺の国々は大元の言語は共通であり、国によって訛りや文法が多少異なる程度の違いだったため、ここがかつていた国どころか大陸から遠く離れた場所であるとフリードは推測を立てる。
本を一つ棚から引き出し、開いてみるもやはり知らぬ言語が羅列されており、内容はわからない。
埒が明かないと部屋を出ようとする。扉に向かい手を伸ばそうとすると、視界の端に鏡に映った自分が見えた。鏡に目を向けると、若い頃の父と同じ先端が少し赤みがかった黒い髪に、薄い橙色の瞳。長年鍛えた身体もそのままで、紛れもない自分である。手に刻まれたしわと厚くなった皮が証明していた。
改めて扉に手をかけ、部屋を出ると一際大きな広間に繋がっていた。広間には無数の本棚が並んでおり、先程までいた部屋の比ではなかった。部屋の上部にはランタンが規則的にかつ隅々にランタンがかけられている事も踏まえまるで巨大な図書館のようだった。
一際目を引くのが中央に置かれた水晶。長身なフリードが見上げるほどであり、その威容はさながら透き通った岩石であった。水晶の足元には幾何学模様とそれに沿うように先程目を通した本と同じと思われる言語が描かれていた。水晶を含め何かしらの魔法的な儀式を行うためのものであることは想像に難くなかった。
未知の言語といい奇怪な水晶といい得た情報に対して変わらない現状に吐く息が重くなるが、確認の為にも水晶に足を向ける。
目前に迫った水晶に、思わず息を呑んだ。末端付近には多少ヒビや曇りがあるが、殆どは向こうが透けるほどに澄んでいた。眺めていると、水晶の反対側から足音が聞こえてくる。
「お目覚めになられましたか」落ち着き、凛とした声がした。
水晶に映るのは黒い法衣を着た女性だった。その髪は、肩程の長さのある白髪に先端が淡く青かった。
「ここがどこなのか、なぜ自分が生きているのか..分からない事が多いのでしょう」回り込みこちらに向かいながら女性は続ける。
「私はカテナ。この幽滓の庫を管理し、紡ぎ止める者」
「フリード様、貴方は確かにあの時の戦いで死にました。ですが」僅かな間の後、カテナが言葉を繋ぐ。
「今の貴方は死んでもここに還ってしまう。だから、あなたの在るべき死を取り戻す為にも」
「ここに眠る六人の英雄を斃して欲しいのです」




