深夜三時のノイズ
「おい、ふざけんなよ! なんで俺が半分もテロップ入れなきゃいけないんだよ!」
深夜三時。六畳一間の安アパートに、奏多の怒鳴り声が響いた。
デスクの上のモニターには、動画編集ソフトのタイムラインが広がっている。僕たちのYouTubeチャンネル『奏響のオカルト・スポットライト』の、次回の投稿動画だ。
「……奏多、落ち着けって。お前はカメラの前で喋るだけだろ。カットも、色調補正も、音量調整も全部僕がやってる。テロップの文字起こしくらい分担しないと、週二回投稿なんて維持できないよ」
僕――高坂 響は、できるだけ声を低く抑えて返した。
僕たちのチャンネルの登録者数は、現在『1642人』。
収益化の基準である1000人は超えたものの、毎月の広告収入なんて二人で分けても数千円だ。割に合わない労働、深夜の睡魔、そして伸びない再生回数。
僕たちの関係は、限界寸前までギスギスしていた。
「喋るだけ? 簡単に言うなよ!!
心霊スポットで身体張ってんのは俺だぞ!
お前は後ろでカメラ構えてるだけだろ!」
「それは――」
「あーもうクソ、やってられっか! 今日の分の編集はお前に任せたわ。俺は寝る!」
奏多はキーボードを乱暴に叩くと、床に敷いた布団にダイブし、すぐに背を向けてしまった。
部屋に残されたのは、換気扇のブーンという鈍い音と、僕の溜息だけ。
「……はぁ」
僕はイライラを鎮めるように、愛用の高音質ヘッドホンを深く被った。
僕は昔から、人より少しだけ耳が良い。
ただ聴力が高いわけじゃない。雑音の中から特定の音だけを脳内で「視覚的な波形」として切り離し、クローズアップして聴き取ることができる。僕がこのチャンネルで音響編集を担当しているのも、そのささやかな特技があるからだった。
ヘッドホンから、一昨日ロケに行った『旧・山鳴トンネル』の環境音が流れ出す。
奏多がカメラに向かって、大袈裟なリアクションで心霊スポットの解説をしている。僕はその声の裏にある、不快な風の音や、水滴の落ちる音を一つずつ削っていく。
――その時だった。
「……ん?」
作業用モニターの音声トラック。その、風の音のさらに奥。
人間の耳には到底聞こえないはずの、超低周波の領域に、奇妙な『波形のブレ』を見つけた。
ヘッドホンを耳に押し当てる。
『……なーう……、……なーう……』
小さく、間延びした音が聞こえた。
「猫……か?」
心霊トンネルの奥に、野良猫でも迷い込んでいたのだろうか。
だが、何かがおかしかった。音が、あまりにも一定のテンポすぎる。まるで、あらかじめ録音された音を等間隔で再生しているかのような、機械的な不気味さがあった。
胸の奥がざわつく。僕は寝ている奏多の肩を揺さぶった。
「おい、拓海。起きろ、ちょっとこれ聴いてくれ」
「……あ? うるせえよ、寝かせろって……」
「いいから! ロケの時、近くに猫とかいたか?」
「はぁ? いるわけねえだろ、あんな山奥のトンネルに……」
不機嫌そうに身を起こした奏多に、僕はヘッドホンを引ったくるようにして押し付けた。
「何も聞こえねえよ。ただの風の音じゃん。お前、耳が良すぎて神経質になってんだよ」
「違う、よく聴いてくれ。音量を上げるから」
僕は編集ソフトのオーディオエフェクトを立ち上げ、その『猫の鳴き声』の周波数だけをピンポイントで指定した。そして、音量を限界――+24デシベルまで一気にブーストする。
ジ、ジジッ、という酷いデジタルノイズと共に、スピーカーから爆音が鳴り響いた。
『――ミャーう……、――ミャーう……』
「ほら、やっぱり猫だろ。何ビビって――」
奏多が鼻で笑った。
だが、僕の耳は騙せなかった。
音量を上げたことで、その音の『輪郭』が、はっきりと脳裏に浮かび上がってしまったのだ。これは、猫の発声パターンじゃない。
「……いや、まだだ。高音をカットして、ピッチを下げる」
僕はマウスを狂ったように動かした。
猫特有の高い鳴き声をイコライザーで削り落とし、音が響いている中低音域だけを抽出する。さらに、再生速度をほんの少しだけ引き上げた。
スピーカーから流れる音が、歪み、変貌していく。




