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夜明けの絵師――フィレンツェの恋  作者: Kentarou Tou / Kentarou Theater


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7/10

第七話「川沿いの話」


ある夕方、二人でアルノ川の橋まで歩いた。


父が外出していた。


その隙に、出た。



川が流れていた。


橋の上から、川を見た。


夕暮れの光が、川に映っていた。



「きれいですね」とミーナは言った。


「きれいです」とハルヴィオは言った。「描きたいです」


「今は、画板がありません」


「目で描きます」とハルヴィオは言った。「目で見て、覚えます。後で描きます」


「目で覚えられるんですか」


「覚えられます」とハルヴィオは言った。「光の角度。水の色。橋の石の感じ。全部覚えます」


「記憶の中に、描くんですね」とミーナは言った。


「そうです」とハルヴィオは言った。「記憶の中に、たくさんの絵があります」



ミーナは川を見た。


「私も、記憶の中に帳簿があります」と言った。


「帳簿が」


「数字を、覚えます」とミーナは言った。「父の店の、何年分もの売上が、記憶の中にあります」


「絵師の記憶と、薬種商の記憶は、似ているかもしれません」とハルヴィオは言った。


「見たものを、覚えておく」とミーナは言った。


「そうです」



川が流れていた。


二人は並んで、川を見ていた。



「縁談のことを、どう思っていますか」とハルヴィオは言った。


「どうして聞くんですか」


「聞きたかったので」とハルヴィオは言った。


「絵師は、直接ですね」とミーナは言った。


「描く時も、直接描きます」とハルヴィオは言った。「回り道が苦手です」



ミーナは、川を見た。


「まだ、決めていません」と言った。


「そうですか」とハルヴィオは言った。


「あなたは、フィレンツェにいつまでいますか」とミーナは言った。


「絵が完成するまでは」とハルヴィオは言った。「それから先は、分かりません」



川の音がした。


夕暮れが、深くなっていった。



(第七話 了)


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