第二話「ハルヴィオのこと」
男の名は、ハルヴィオといった。
フィレンツェ生まれだったが、ヴェネツィアで絵を学び、各地を旅して描いてきた男だった。
翌日も、広場に来た。
また、絵を描いていた。
ミーナは、また水を持って行った。
「また来たんですね」と言った。
「この広場の光が好きで」とハルヴィオは言った。「朝と昼と夕方で、全部違う光になります」
「気づきませんでした、そんなことに」とミーナは言った。
「毎日いると、気づかないものです」とハルヴィオは言った。「よそから来た者の方が、見えることがあります」
ミーナは、広場を見た。
いつも見ている広場だった。
しかし、ハルヴィオが言うと、違うものに見えてきた。
「あなたは、絵師ですか」とミーナは言った。
「そうです」とハルヴィオは言った。「しかし、腕のいい絵師ではありません」
「そうは見えません」
「技術はあります」とハルヴィオは言った。「しかし、本当に描きたいものが、まだ分かっていません」
「本当に描きたいもの」
「旅をして、描いて、探しています」とハルヴィオは言った。「何年も探しています」
ミーナは、ハルヴィオを見た。
「見つかるといいですね」と言った。
「見つかるといいのですが」とハルヴィオは言った。「フィレンツェに来て、少し何かに近づいた気がしています」
「広場の光ですか」
「それだけではないかもしれません」とハルヴィオは言った。
広場に、夕暮れが来ていた。
石畳が、橙に染まっていた。
(第二話 了)




