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第一話「絵師が来た」
フィレンツェは、石でできた街だった。
石畳の道があり、石造りの建物が並んでいた。
川が流れていた。
橋があった。
ミーナは、薬種商の娘だった。
二十歳だった。
父の店を手伝いながら、帳簿をつけ、薬草の管理をしていた。
ある春の朝、店の前の広場に、男が来た。
画板を持っていた。
広場の石畳に座り、絵を描き始めた。
ミーナは、店の窓から見ていた。
描くのが速かった。
手が、迷わずに動いていた。
昼になっても、男はそこにいた。
夕方になっても、そこにいた。
日が暮れた頃、ミーナは水を持って行った。
「長い時間、お疲れでしょう」と言った。
男は顔を上げた。
三十前後だった。
手に、絵の具がついていた。
目が、描いていた絵と同じものを見ていた。
「ありがとうございます」と男は言った。
ミーナは、絵を覗いた。
広場の絵だった。
石畳の細かい模様まで、描いてあった。
光と影が、入り混じっていた。
「美しい絵ですね」とミーナは言った。
「まだ途中です」と男は言った。
「途中でも、美しい」とミーナは言った。
(第一話 了)




