第95話:ご褒美の行方
ソフィアに呼ばれてビーチバレーのコートへ向かうと、そこではちょうど3対3で勝負をしているところだった。
(ビーチバレーなのに、2対2じゃなくて3対3なのかよ……)
グランが内心でツッコミを入れていると、マルク、カロン、トレースの男チームと、レキシ、ニーナ、クローディアの女チーム、ベアトリクスが審判をして和気あいあいと楽しんでいた。
勝負は僅差でマルクたち男チームが勝利し、皆でハイタッチを交わしてまったりと休憩に入った。
するとソフィアがグランの元へやって来て、「次は私たちの番ですよ」と告げた。
コートに入ったのは、ソフィア、ルヴィリス、セルフィリアのチームと、エルスメリア、ディアドラ、オリヴィアのチームだった。
「あれ、俺はどっちのチームに入ればいいんだ?」
グランが尋ねると、ソフィアは満面の笑みで答えた。
「グラン様は、勝ったチームにご褒美をあげる係です!」
(……俺、また景品扱いなのかよ)
グランは自分が景品として呼ばれた事実に愕然とした。
『マスターには本当に人権がありませんね』
(もう、どうにでもなれ……)
アンサートーカーの容赦ないおちょくりに、グランは半ばやけくそ気味にため息をついた。
そして、ヒロインたちによる本気の勝負が始まった。
最初のサーブ権はソフィアだ。
ソフィアはボールを高く放り投げると、空中で腕を思いっきり振り下ろした。
凄まじく速くて重いサーブが、相手コートの砂浜に激しく叩きつけられる。
ズドォォォン!という音と共に、ボールがぶつかった地面にはちょっとしたクレーターができあがっていた。
「……これ、死人が出るんじゃないか?」
グランが冷や汗を流す中、強烈なサーブを決めたソフィアはルヴィリスやセルフィリアとハイタッチを交わした。
「このままストレートで勝ちます!」
ソフィアが意気込むと、対するエルスメリア、ディアドラ、オリヴィアの三人も「なかなかやるわね!」とバチバチに闘志を燃やした。
ルールは一般的なバレーとほぼ同じで、特に厳格な縛りもなく、得点した側がサーブ権を継続し、3回以内に相手コートへ返すという適当なものだ。
1セット10点先取で、2セット取ったチームの勝利というルールは、スピード感もあってちょうどいい塩梅だった。
ただ、試合が進むにつれて彼女たちはだんだんエスカレートしていった。
時折しれっと魔法を混ぜてくるため、砂埃が舞い上がり、とんでもない衝撃音が鳴り響くなど、もはや命懸けのスポーツと化していた。
激闘の末、結局は僅差でソフィアのチームが勝利を収めた。
試合を終えた三人が、満面の笑みを浮かべてグランの元へと近づいてくる。
「私たちが勝ったので、約束通りご褒美をください!」
「……何がいいんだ?」
グランが恐る恐る尋ねると、ソフィアが突然グランに密着してきた。
「既成事実です!」
「いや、それは無理だから! 他のことを言ってくれ!」
ソフィアに続いてルヴィリスとセルフィリアも負けじと密着してくるため、グランは激しい身の危険を感じてストップをかけた。
「じゃあ、キスしてください」
「本当に遠慮がないな……」
グランは呆れながら、ふと侯爵たちがいる方向を確認した。
彼らは夫婦同士でまったりとくつろいでおり、こちらの状況は全く見ていないようだった。
グランは皆には見えないよう死角を作りながら、ソフィアの肩を掴んでそのおでこに軽くキスを落とした。
それを見ていたマルクとカロンはヒューヒューと口笛を吹き、ベアトリクスやレキシとニーナは「キャーッ!」と黄色い悲鳴を上げる。
トレースとクローディアに至っては、グランを何か別の生き物を見るような驚愕の眼差しで見つめていた。
グランは続いてルヴィリスにも同じようにおでこにキスをした。
「セルフィリア様はどうするんだ?」
「私はこういうの初めてだから……口にしてほしいな」
「いや、さすがに帝国の皇女相手にそれはマズイだろ……」
グランが戸惑っていると、セルフィリアは上目遣いで甘えるように言った。
「大丈夫、自己責任だから。……それとも、私とするのは嫌?」
そんなしおらしい態度を取られ、グランが固まっていると、外野からマルクとカロンが「キッスしろ! キッスしろ!」と煽り始めた。
ベアトリクス、レキシ、ニーナも面白がって手拍子を合わせる。
「グラン先輩……すごすぎます……」
「私もいつか、素敵な人と……」
トレースがただただ圧倒される中、クローディアは顔を赤くして小さな声で呟くのだった。
グランは意を決してセルフィリアの両肩に手を置き、再度確認した。
「本当にいいんだな?」
グランがそう尋ねると、セルフィリアは顔を真っ赤にしながらゆっくりと目を閉じ、少しだけ顔を上げた。
グランは周囲から見えないように自身の体で上手く隠しながら、セルフィリアの唇にそっと口づけをした。
唇が離れた後、セルフィリアは少し潤んだ瞳でグランを見つめ、自身の口元に指を当てて幸せそうな表情を浮かべていた。
その光景を見ていたエルスメリア、ディアドラ、オリヴィアの三人は激しく悔しがった。
「もう一度勝負よ!」
「望むところですわ!」
オリヴィアたちが再戦を要求すると、ソフィアとルヴィリスも強気に言い返す。
セルフィリアはしばらくの間立ちすくんでいたが、やがて我に返るとグランのそばに寄り添ってきた。
「とってもいい思い出になったわ」
彼女は甘い声で囁き、まるで花が咲いたような極上の笑顔をグランに向ける。
「……お前、皇女なんだからあまりそういうことを言うなよ」
グランがその笑顔に少し照れながら忠告すると、セルフィリアは「私は、あなたならいいわよ」と言い返し、にししと悪戯っぽく笑った。
『とても小悪魔ですね』
(ああ、全くだな)
グランは脳内でアンサートーカーの感想に深く同意した。
そして始まった二試合目は、執念を燃やしたエルスメリアチームが見事に勝利を収めた。
「もちろん、既成事実ですわ!」
案の定、エルスメリアがそう叫びながら勢いよくグランを砂浜に押し倒す。
押し倒されたグランは慌てて起き上がろうとするが、エルスメリアが馬乗りになってお腹の上に乗り、ディアドラとオリヴィアが左右からグランの両腕をがっちりと掴んで離さない。
敗北したソフィア、ルヴィリス、セルフィリアの三人は、止めるどころかハンカチを噛むような勢いでただ悔しがっている。
マルク、カロン、トレースの男組は、「これ以上見たら不敬罪で確実に死ぬ!」と本能で悟り、すぐさま砂浜にうつ伏せになった。
一方、ベアトリクス、レキシ、ニーナ、クローディアの四人は両手で顔を覆い隠していたが、明らかに指の隙間を大きく開けてガン見していた。
(マジでやばい! アンサートーカー、本当に助けろ!)
グランが脳内で必死に助けを求めると、なんと通信越しに女神アリスティアが『いいわよ! その調子よ!』と嬉々として割り込んできた。
(……さらば、俺の貞操)
グランが身の危険を感じてついに諦めかけたその時、遠くから侯爵たちの怒鳴り声が響き渡った。
「お前たち! そこで何をしているんだ!」
侯爵夫人たちは「もう、邪魔しちゃダメよ」とニコニコして眺めていたが、侯爵たちは真昼間から娘たちが節操なく乱れている姿を、さすがに父親として我慢できなかったようだ。
(た、助かった……!)
グランは一瞬安堵したが、激怒してこちらに歩いてくる侯爵たちの顔を見て、(いや、これ侯爵たちに殺されるのでは……?)と新たな恐怖を覚えた。
(どっちにしろ、俺は死ぬ運命なんだな……)
グランは砂浜に仰向けに倒れたまま、静かに絶望の空を見上げるのだった。




