第94話:開放的な季節
次の日、待ち合わせをしていた侯爵夫妻と『蒼白銀の翼』のメンバーは、グランのゲート魔法で第5層のリゾート地へと到着した。
グランはすでにリゾートらしい豪華なホテルを建てており、「各部屋には完璧な防音魔法などを施してあります」とあえて付け加えた。
それを聞いた侯爵夫人たちは、意味深に目をきらりと光らせた。
そして各人で部屋を決めて着替えた後、浜辺に集合することになった。
男たちは着替えが簡単なため、すぐに準備を終えて先に浜辺へと到着する。
マルク、カロン、トレースの平民組は、一般的な半ズボンの水着に上半身はシャツを羽織るという爽やかな格好だった。
一方、侯爵たちもハーフパンツにカタログでアロハシャツが目についたのか、みながそれを着ていたが、全員なぜかサングラスをかけており、その鍛え上げられた肉体美も相まって、グランから見れば前世の『イタリアンマフィア』そのものの風貌であった。
特にヴァレンタイン侯爵は、グランが用意したトロピカルジュースの入ったワイングラスを片手に木製のサマーベッドでくつろいでおり、完全にそっちの道のドンであった。
「女は準備に時間がかかるからな、先に酒でも飲んで始めるか」
侯爵たちがキンキンに冷えた洋酒を取り出すと、平民の男たちはこれまでの鍛錬で培われた縁なのか、何の違和感もなく素早く酒を注ぎ、配り始めた。
(完全に親分と舎弟だな……すっかり侯爵たちに教育されてるじゃねーか……)
グランは苦笑いしながらその様子を眺めていた。
そして侯爵たちが平民の男たちも座らせて乾杯し、グランが前もって焼いておいた肉を皆で仲良く食べていると、ついに女性陣が浜辺へとやってきた。
「お待たせー!」
「遅いぞ、お前た……ち……」
ヴァレンタイン侯爵が振り返って文句を言おうとした瞬間、あまりの衝撃に手に持っていた肉をポトリと落とした。
ヴァレンシア侯爵とヴァスティール侯爵も、飲んでいた酒を盛大に吹き出してむせ返る。
平民の男組は「こんな高貴な方々のあられもない姿を見たら絶対に殺される!」と本能で悟り、すぐさま砂浜にうつ伏せになって目を伏せた。
(豊乳剣、マジで全員使ったのかよ……)
グランは内心で呆れ果てたが、さすがに目のやり場に困ったため、平民の男組と一緒にうつ伏せになり、視界に入らないように顔を伏せた。
そこには、信じられないほど胸が豊かになった水着姿の女性陣が勢揃いしていた。
「あなた、どうかしら?」
侯爵夫人たちは、目を丸くして固まっている夫の侯爵たちへと色っぽく歩み寄っていく。
レキシとニーナも、それぞれうつ伏せになっているマルクとカロンのそばにしゃがみ込んだ。
そしてグランの周りには、四聖華と王女、皇女がずらりと囲い込むように立ち並ぶ。
「トレース、どう? 似合ってる?」
ベアトリクスが大胆にポーズをとってトレースに尋ねる中、クローディアは少し恥ずかしそうに胸を隠しながらグランのそばにしゃがみ込んだ。
「あの、グラン先輩……ど、どうですか……?」
グランはうつ伏せのまま「ぜ、全員すごく可愛いよ!」と必死に叫んだ。
しかし、四聖華や王女、皇女たちは「誤魔化さないでちゃんと見なさい!」と怒り、グランの腕を無理やり掴んで引っぱり起こした。
結果、グランは逃げることもできず、至近距離から凄まじい『胸の暴力』に襲われることになってしまった。
同じくうつ伏せになっていたマルクやカロンも、レキシとニーナによって無理やり引っ張り起こされ、顔を真っ赤にしている。
トレースは決してベアトリクスの方を見ようとせず、「と、とても似合ってます!」と半ばやけくそ気味に叫んだ。
クローディアはもじもじしながらも、「グラン先輩になら、見られても恥ずかしくありません」とさらに距離を詰めてくる。
グランはふと(侯爵たちはどうなっているんだ?)と思い視線を向けると、彼らも夫人たちに激しく迫られ、大変な事態に陥っていた。
ただ一人、ヴァーミリオン侯爵だけは夫人の天然の豊満さに慣れているのか、あまり騒動を起こさずに落ち着いている。
だが、娘のエルスメリアがグランにぴったりと密着しているのを見て、ひそかにグランへ向けて「健闘を祈る」と無言のエールを送っていた。
(だめだ、このままじゃ完全に食われる……!)
グランは身の危険を察知し、女性陣の囲みをすり抜けて急いで海へと向かって全力で走り出した。
それに続くように、他の侯爵や平民の男たちもたまらず海へと逃げ出した。
海に逃げ込んだ男たちは焦っていたが、海の心地よい冷たさが少しずつ彼らに冷静さを取り戻させていった。
自分の妻や彼女が、まさかここまで大胆になるとは思っていなかった。
だが、自分のためにここまでしてくれていることに少し感動と申し訳なさを感じ、このまま逃げるのは男として情けないと思い直す。
侯爵たちや平民の男たちは、少し経ったら浜辺へ戻って伴侶たちと逢瀬を楽しもうと考え始めていた。
トレースも、ベアトリクスに平民の婚約者がいることはこの合宿中に聞いていた。
彼女のあのあっけらかんとした性格に下心を全く感じないことで安心し、自分は最年少らしく肉の配布や飲み物の追加など下働きに徹しようと決めていた。
だが一人、グランだけは激しい身の危険を感じていた。
四聖華と王女、皇女に加え、なぜかクローディアまで増えて、明らかに虎視眈々と自分を狙っている。
そう思うと、グランは恐ろしくて海から出ることができなかった。
しかし、この第5層に作ったリゾート地は少し遠浅の海であり、非常に過ごしやすい地形になっている。
彼女たちがいつ牙を剥いて海に入り、追いかけてくるかは時間の問題だった。
(アンサートーカー、どうやったら逃げられる!?)
グランが脳内で必死に尋ねると、アンサートーカーからは冷めた返事が返ってきた。
『逃げる必要なんてあるんですか? 全員受け止めてあげたらいいんですよ』
(この野郎……全く答えになってない!)
グランが内心で毒づきながら、ふと浜辺に視線を向ける。
すると、そこには四聖華と王女、皇女、そしてクローディアの姿がなくなっていた。
(あれ?)と思い、浜辺の端から端まで見渡しても彼女たちの姿は発見できない。
まさかと思い、グランが視線を海面へと向けた瞬間、ガッと何者かに太ももを掴まれ、海中へと力強く引きずり込まれた。
いくら少し遠浅とはいえ太ももを掴まれれば、容易に海中へ引きずり込まれる。
引きずり込まれたグランはガボガボと海中へ沈んでいく。
すると目の前には、とても大きなお胸が六つ並んで泳いで向かって来ていた。
グランが水中で顔を確認すると、それはルヴィリス、ディアドラ、クローディアの三人だった。
さらに背後からは肩に抱きつかれ、豊かな感触と共にぴったりと密着される。
セルフィリア皇女とオリヴィア王女だった。
そして引っ張られた足元を確認すると、水中でエルスメリアとソフィアがグランの足をがっちりとホールドしていた。
(……俺は、死んだ)
グランは水の中で、静かに自分の運命を悟るのだった。
そして海から顔を上げ、周りを見回すと7人に完全に囲まれていた。
ルヴィリスが「グラン、どうかな……?」と少し恥じらいながらも胸を強調してくる。
エルスメリアは「私はいつもと変わらないわ」と誘惑するようなポーズをとる。
ソフィアも負けじと「いつでも準備はできてますよ」とグランに迫る。
ディアドラは少し恥ずかしいのか胸を隠してもじもじしていたが、勇気を出して手を離し「どうかな……?」と聞いてきた。
オリヴィア王女は「王族たるもの堂々としなければいけませんわ」と意味の分からないことを言い出し、肩に胸を押し付けてくる。
セルフィリア皇女も負けじと「グラン、どう? 大きくなったよ」と反対の肩に密着してくる。
クローディアは先輩方の積極的な行動に圧倒されながらも、「グラン先輩、私もどうですか……?」と聞いてくる。
(このままじゃ、本気で食い散らかされる……!)
危機感を覚えたグランは、頭をフル回転させ、いつぞやの建国祭でエルスメリアに見せたプレイボーイモードを全力で発揮することにした。
まずルヴィリスの顔に手を当て耳元で「この前は嫌がっていたけど、やっぱりこういうのが好きなんだな」と囁き、エルスメリアには両腕をつかみ「相変わらずいけない子だ」と甘く囁く。
続けてソフィアには「大きくなくても君は可愛いよ」と頭をなでながら微笑みかけ、ディアドラには「勇気を出して見せてくれたんだね、ありがとう」と優しく手を絡ませ囁いた。
それを聞いた四聖華たちは一瞬で顔を真っ赤にして崩れ落ち、そのまま海の中へと沈んでいった。
そして体に絡みついているオリヴィアとセルフィリアを優しく振り払うと、逆に二人の腰に手を回して抱き寄せた。
「王族なのに平民相手にふしだらなことをして……本当にいけない子たちだな。お仕置きが必要だ」
グランが体を密着させるように抱き込み、二人の耳元に熱い息を吹きかける。
グランの予想外の反撃に皇女と王女は心臓を跳ね上がらせ、そのままへたり込んで真っ赤になり、顔を半分だけ水面に出し、ブクブクと泡を吹き始めた。
最後に残ったクローディアに対し、グランは静かに両肩にやさしく手を置き、「あまり自分を安売りするんじゃないぞ」と耳元で囁いて見事に撃沈させた。
なんとか全員を振り払って浜辺に戻ってくると、マルクやカロン、そして侯爵たちがグランを見て「お前、すごいな……」と感心した様子で頷いていた。
ヴァーミリオン侯爵も我が子の敗北に感心し、侯爵夫人たちは「あらあら、娘たちは完全敗北ね」と楽しそうに笑っている。
レキシやニーナも、「グラン君って意外と大人なのね」と頬を染めていた。
トレースに至っては、「先輩、あの高位貴族の令嬢たちに一歩も引かないなんて凄すぎます!」と斜め上の評価をしてくる始末である。
(みんな他人事だと思って、好き勝手言って……)
グランは内心で呆れながらも、貞操の危機から無事に脱出できたことに深く安堵するのだった。
そしてベアトリクスが近づいてきて、「グランは将来7人娶るんだね」ととんでもないことを言い出した。
グランは「勘弁してくれ……」とこぼし、サマーベッドに深く体を預けた。
そこへトレースが気を利かせてジュースと肉を持ってきてくれたため、グランはようやく落ち着いて食事にありつくことができた。
少し経つと、完全に回復した四聖華や王女、皇女、クローディアが浜辺へ戻ってきて、グランの周りで談笑を始めた。
「さすがにこのままだと目のやり場に困る……」
グランはそう言って収納魔法から羽織る用の上着を取り出し、女性陣全員に配って回った。
侯爵夫人たちも含めて全員が素直にそれを受け取ってくれたため、事なきを得てようやくまともな食事が始まった。
グランは再び肉を焼く係となり、大忙しで鉄板の前に立つ。
侯爵夫妻たちはいちゃつきながらまったりと酒を飲み、平民組のカップルも同じようにいちゃつきながら食事を楽しみ談笑している。
トレースとベアトリクス、クローディアの三人は、仲良く談笑しながら和やかにご飯を食べていた。
しかし、四聖華と王女、皇女の六人は、必死に肉を焼いているグランの姿を色っぽく見つめ、頬を赤らめていた。
グランはその熱い視線に気づき、「どうしたんだ? お腹が空いているのか?」と尋ねる。
「そうやって、必死に何かに打ち込んでいる姿って……すごくかっこいいね」
ルヴィリスが素直な言葉で褒めると、グランは「そっか、ありがとう」と照れくさそうに笑い、焼き上がった肉を皆に渡した。
肉を受け取った六人はグランの周りに椅子を並べ、談笑しながら食事と飲み物を楽しみ始めた。
そして時々、グランに肉を「あーん」と食べさせたり、飲み物を持ってきたりと、甲斐甲斐しく世話を焼き始める。
お腹も膨れ、皆がまったりと過ごしていると、グランがふと思い立ったように声を上げた。
「そういえば、遊び道具があったんだった」
グランはリゾートホテルまで戻り、聖域の素材で作ったビーチボールや浮き輪などの遊び道具をいくつか持ってきた。
ヴァーミリオン侯爵が手伝って風魔法で空気を入れてくれたため、準備はあっという間に終わった。
「好きなものを持っていって遊んでくれ」
グランが言うと、各々が浮き輪やフロートベッドなどを持って海へと駆け出し、水面に浮かんでパシャパシャとはしゃぎ始めた。
沖には安全のための結界が張られているので、流される心配もなく、皆が夏らしい遊びを満喫している。
しばらくすると、不意にアンサートーカーを通して女神アリスティアから通信が入った。
『グラン! そろそろ女の子たちといちゃいちゃしなさいよ!』
(さっき散々いちゃついただろ!)
『足りない!足りない!』
(うるさい! そういうのは人から言われてやるもんじゃないんだよ!)
グランが抗議すると、アリスティアは『私が言わないと、あなたずっとやらないでしょ!』と怒り出した。
(そういうのはな、ちゃんとそういう雰囲気になってからするもんなんだ。無理やりするのは違うだろ)
『ぐぬぬ……まあいいわ。夏はまだ始まったばかりだし、せいぜい楽しみにしておくわ』
アリスティアはそう言い残し、一方的に通信を切ってしまった。
グランは激しく疲れ果て、アンサートーカーに愚痴をこぼした。
(……俺はどうしたらいいんだ?)
『くそ女神様の言う通り、素直にいちゃつけばいいのでは?』
(お前に聞いた俺が間違いだったよ……)
グランが愕然としていると、海の方から「グラン様!」とソフィアの声が聞こえた。
どうしたのかと尋ねると、「ビーチバレーをするので来てください!」と満面の笑みで誘われた。
グランも余計なことは考えず、気持ちを切り替えて全力で遊ぼうと決意し、彼女たちの元へと走って合流するのだった。




