第93話:海と秘密のオーダー
夏合宿が始まってからというもの、『蒼白銀の翼』のメンバーと侯爵夫妻は相変わらず鍛錬に励む毎日を送っていた。
グランも時折組手などに参加しては、皆の弱点や長所を的確に指摘し、非常に充実した合宿生活を送っていた。
そして10日ほど経ったある日の昼食時、侯爵夫妻から一つの提案があった。
「いくら合宿とはいえ、体を休めることも大事だ。それに、お前たちはまだ学生だろう。青春を謳歌するのも学生の立派な仕事だ。明日から3日ほど、鍛錬を休みにしようじゃないか」
グランはもちろん承諾し、『蒼白銀の翼』のメンバーたちも直接指導してもらっている手前、何の異存もなかった。
「それなら、皆で自由に休みましょうか」
グランがそう言うと、不意にセルフィリアが周囲を見回して口を開いた。
「でも、聖域で休める場所って、ぶっちゃけここしかなくない?」
すると、四聖華や王女、ベアトリクスや平民組も「確かにそうだな」と頷き合った。
「ちなみに、去年の合宿の時はどうやって休んでいたの?」
「ここでティーパーティーを開いたり、グランが作ってくれたご飯を食べたりして、ひたすらまったり過ごしていたわね」
ルヴィリスが答えると、セルフィリアは少し残念そうに呟いた。
「うーん……せっかくの夏休みなんだし、海とかあれば行きたいねー」
「海ならあるぞ」
グランがあっさりと答えると、それを聞いた侯爵夫妻やメンバーたちは驚愕して目を見開いた。
「は!? ど、どこにあるんだ?」
「聖域第5層です」
その言葉を聞いたメンバーたちはひっくり返りそうになり、侯爵夫妻たちも苦笑いを浮かべた。
「そこに行くのは完全に命懸けだな……」
「さすがに遊びに行くのに命を懸けるのはちょっと……そもそもたどり着けるのか?」
ドン引きする皆に、グランは慌てて補足した。
「いえ、実は第5層にも『凪の里』のようなセーフティーエリアがあるんです。そこもゲートを使えば直接入れますよ」
「それは安全なのか?」
「ええ。それにそのエリアからは第5層の探索ルートには入れないようになっています、逆もしかりです。いわゆる隔離されたリゾート地のようなものだと認識してもらえれば」
それを聞いた途端、侯爵夫人たちの目の色が輝いた。
「海か……いいわね。どうせなら、私たちも久々に行ってみたいわね」
「確かに、しばらく海なんて行ってなかったな」
侯爵たちも頷き、四聖華や王女、皇女も「行ってみたい!」と賛同し、平民組のカップルたちも「去年は一緒に行ったな」と微笑み合った。
「じゃあ海に行くの? でも、私水着なんて持ってきてないわよ」
ベアトリクスが言うと、他のメンバーも同じように「それじゃあ仕方ないか……」と諦めかけた。
「……水着なら俺が用意できますけど、どうしますか?」
グランが提案すると、皆は不思議そうに「どうやって用意するんだ?」と首を傾げた。
「少し待っていてください」
グランは『凪の里』にある自宅に一度戻り、聖域ネットの機能を使って具現化した分厚い水着のカタログを持って戻ってきた。
「これを見て、欲しい水着があれば教えてください。明日にはここに届きます」
(一体どういう仕組みなんだ……?)
侯爵たちは一瞬疑問に思ったが、(まあ、すでにここは規格外の聖域だし、何でもありだろう)とすぐに思考を放棄した。
「なら、何の問題もないな!」
そして、男組と女組に分かれてそれぞれカタログを1冊ずつ持ち寄り、あれこれと言い合いながら水着選びを楽しんだ。
男たちはあまりデザインにこだわりがないのかすぐに決めると、昼食を済ませて再び鍛錬へと戻っていった。
一方、女たちは「あーだこーだ」と言いながら大いに迷っていたが、不意にヴァレンタイン侯爵夫人が「皆、ちょっと集まって」と呼びかけ、内緒話を始めた。
グランは特に気にしていなかったのでスルーしていたが、女組は顔を寄せ合ってヒソヒソと話し合い、たまに声を抑えた悲鳴のようなものが聞こえてきた。
しかし、男組はすでに外に出て鍛錬に集中していたため、その異変に気づく者は誰もいなかった。
やがて、ヴァレンタイン侯爵夫人が代表して各人の水着のオーダーをグランに知らせてきた。
「グラン。今日の夕食が終わったら、別館の大部屋に一人で来てちょうだい」
「? はい、分かりました」
グランは特に何も怪しまず、聖域ネットで水着のオーダーを通し、明日の朝には届くことを確認した。
そして夕食を終えて片付けをし、風呂に入ってから言われた通りに別館の大部屋に向かうと……そこにはなぜか、女性陣が一人残らず勢揃いしていた。
(……なんだこの嫌な予感は)
グランが思わず後ずさりすると、ヴァレンタイン侯爵夫人が目配せをし、出口をレキシ、ニーナ、ベアトリクス、クローディアの四人が素早く塞いだ。
「ちょ、ちょっと……一体何をするつもりなんですか?」
グランが冷や汗を流しながら尋ねると、侯爵夫人たちがズンズンと詰め寄ってきた。
「とぼけないでちょうだい。ルヴィリスに封印させられた『あれ』を出しなさい」
「あれって……まさか!」
グランが身の危険を感じて後ずさると、侯爵夫人たちはニヤリと笑った。
「そうよ。『豊乳剣』よ!」
「えっ! だからって、海であれを使うつもりですか!?」
グランが叫んでルヴィリスの方を見ると、なぜか彼女は気まずそうにスッと目を逸らした。
「大丈夫よ、皆で話し合って満場一致で賛成したから! それに、使うのは聖域内だけなんだからいいでしょ?」
ヴァレンシア侯爵夫人が強引に言い放つと、ヴァスティール侯爵夫人も悪戯っぽく笑った。
「これで、うちの旦那をびっくりさせてあげるのよ。……前みたいにね」
「いやいや! 海には俺たち平民の男もいますよ! 目のやり場に困るでしょうが!」
「ここまで寝食を共にしておいて、今更『不敬』だなんて言わないわよ」
侯爵夫人たちの勢いに押されていると、王女と皇女もプンプンと怒った様子で前に出てきた。
「ルヴィリスから前回の騒動のことは聞きましたけれど、そんな夢のような魔道具があったなんて、なぜ私に内緒にしていたのですか!」
「そんなことができるなら、マルクやカロンに見せてあげたいもんね!」
レキシとニーナが惚気ると、ベアトリクスもあっけらかんと言い放つ。
「大きすぎると動く時に邪魔になるけど、元に戻せるならたまにはいいわね!」
クローディアは皆の凄まじい勢いに圧倒されていたが、どうやら彼女も興味はありそうだった。
「私だって……グランが喜んでくれるなら、海では使いたいわ」
ルヴィリスやソフィア、ディアドラまで頬を染めて懇願してくる。
しかし、ヴァーミリオン侯爵夫人とエルスメリアは勝ち誇ったように言う。
「まあ私たちは使わないから、特に気にならないけどね。」
その言葉を聞いた女性陣は青筋を浮かべる。
(……ここまで来て「ダメです」なんて言ったら、たぶん俺は殺されるな)
グランは己の命の危機を悟り、渋々ながら収納魔法から封印していた『豊乳剣』を取り出した。
それを受け取ったヴァレンタイン侯爵夫人は満足げに頷き、出口を塞いでいた四人に目配せをして解放させた。
「さあ、ここからは女の園よ! 男はとっとと出て行きなさい!」
そしてグランは、あっけなく大部屋から放り出されてしまった。
扉の前に立ち尽くし、グランが唖然としていると、脳内でアンサートーカーの楽しげな声が響いた。
『これは……明日が楽しみですね、マスター』
(……明日はたぶん、阿鼻叫喚だろ)
グランは深くため息をつきながら、明日起こるであろう修羅場を想像して頭を抱えるのだった。




