第92話:月下の宴と新たな決意
侯爵たちが前人未到の聖域第4層を突破したその夜は、まさにお祭り騒ぎだった。
広場ではヴィジョン魔法で第4層での死闘の映像を繰り返し放送し、皆が興奮冷めやらぬ様子で盛り上がる中、グランは一人で必死に大量の肉を焼いていた。
隣でマルクたち平民組が手伝ってくれていたが、踏破に気を良くした侯爵たちが「お前たちも座って食べなさい」と気前よく声をかけたため、手伝いはいなくなってしまった。
結果、グランはひたすら肉を焼き、皆に配り、飲み物を調達するという、まさに完全なワンオペ状態で宴会を回していた。
『マスター、お手伝いしてくれる方が欲しいですね』
(まあそうだが、せっかくの祝勝会で皆を働かせるわけにもいかないだろう)
グランがアンサートーカーと脳内でやり取りしながら汗を流していると、侯爵夫人が第4層のドロップアイテムである巨大な魔石を見て優雅に微笑んだ。
「ふふっ。これほどの魔石なら、売れば新作のアクセサリーがいっぱい買えるわね」
その言葉に、先ほどまで豪快に笑っていた侯爵たちはピタリと凍りついた。
四聖華たちはそれを見て苦笑いしつつも、目の前にある魔石の圧倒的な大きさと純度に目を輝かせていた。
そんな中、オリヴィア王女は王国に新たな歴史が刻まれた事実を素直に喜び、侯爵たちにある約束を交わした。
「王家がこの魔石を無理に要求するようなことがあっても、私が必ず跳ね除けるように手を打ちます。王国の貴族とはいえ、皆様が命を懸けて踏破したのです。その偉業を王家が掠め取るようなことは、絶対にあってはなりません」
ヴィジョンで見た凄まじい光景に、王女なりに深く思うところがあったのだろう。その誠実な言葉に、侯爵たちも深く感謝の意を伝えた。
やがて酒盛りが本格的に始まると、侯爵たちはすっかり出来上がった様子で平民の男組に発破をかけた。
「お前たち! 明日からはさらに気合を入れて鍛錬をしてやるからな!」
「「はいっ!」」
平民組の男たちも、ヴィジョンであの凄まじい魔法の連携を直に見たからか、侯爵たちへ強烈な憧れと尊敬の眼差しを向け、元気よく返事をした。
そして宴会も終わりが近づいた頃、帝国の皇女セルフィリアがそっとグランのそばにやって来て小声で話しかけた。
「ねえ、グラン。聖域第4層突破の事実が世界に知れ渡ったら……うちの皇帝(お父様)は少し焦るかもしれないわ」
「どうしてだ?」
「聖域は世界共通で危険極まりない禁足地であり、踏破することなど絶対に不可能だという認識だったの。でも、それが『踏破可能』だと知れれば、帝国からも無謀な挑戦者や軍隊が派遣される可能性があるわ」
セルフィリアは真剣な表情で懸念を語った。
「そもそも聖域は王国と面している部分が大きいけれど、帝国とも面しているの。二ヵ国で探索が過熱すれば、競争が激化して国際問題になりかねないわ」
「確かにそうなるかもしれないが……第1層や第2層が突破されても、第4層を突破しない限りはドロップアイテムも持ち帰れないからな。よほどの規格外な実力者を連れてこないと無理なんじゃないか?」
「確かにそうね……。帝国の皇女としては、王国に一歩先を行かれたような悔しい気持ちもあるけれど。でも、私は別に王国と聖域を巡って戦争なんて起きてほしくないし、何よりここのみんなはとても優しいもの。私は、みんなと絶対に戦いたくないわ」
「そこは大丈夫だと思うぞ」
「えっ……どうして?」
「君が皇女だからだ。君なら、俺は信用できる」
グランが迷いなくそう断言すると、セルフィリアは嬉しそうに微笑み、「もし本当に戦争になりそうなら、私が全力で止めるって約束するわ」と言って、グランの腕に甘えるようにしなだれかかった。
「あっ! また抜け駆けして! あなたって人は、本当にいつも抜け目がないんだから!」
「だって、グランが隙だらけなんだもーん」
セルフィリアもすっかり調子を取り戻し、いつものような賑やかな状態へと戻っていった。
それからしばらくして、今度は新入生二人が興奮した様子でグランに話しかけてきた。
「グラン先輩! こんな貴重で歴史的な瞬間を目の前で見られただけでも、一生の自慢になります! 合宿に連れてきてくださり、本当にありがとうございました!」
「せっかくの合宿だ、学べることはどんどん学んでくれ。それと、魔力操作の鍛錬は引き続き継続しろよ」
トレースが深々と頭を下げて礼を言い、グランが激励すると、クローディアも目を輝かせて続いた。
「実家に『侯爵様たちが聖域の第4層を突破しました』と報告すれば、きっと両親もひっくり返ると思います! 本当にありがとうございます!」
「クローディアも、この合宿ではまず魔力操作の鍛錬に集中して、身体の魔力回路と魔力核をしっかり鍛えろ。夏休みの終盤に、一度お前の魔法適性の状態をしっかり見てやるからな」
「はいっ! 分かりました!」
グランの言葉に、クローディアも元気な声で力強く頷いた。
そしてその日は夜遅くまで宴会が続き、その後は男女別に分かれ、身分も関係なく皆でグランが作った大きな露天風呂へと浸かった。
男湯では、月明かりを背景に侯爵たちがご機嫌で月見酒を楽しみ、学生たちは第4層での死闘について熱く語り合った。
女湯でも同じく侯爵夫人たちが優雅に月見酒をしながら、侯爵たちとの出会いや若い頃の惚気話などを披露し、年若い女学生たちを大いに盛り上がらせた。
そして翌日の早朝。
聖域の温泉の効能で二日酔いもなくばっちり体調を整えた侯爵たちは、約束通り平民の男組の鍛錬に付き合い、共に汗を流していた。
侯爵夫人たちも、実技を交えながら女性陣への高度な魔法講義を再開している。
(みんな、それぞれの目標に向かって切磋琢磨しているな……。俺も負けずに頑張らないとな)
グランはその姿を見て気合を入れ直し、膨大な魔力を練り上げながら、広場の片隅で一人静かに鍛錬にいそしんだ。
『今日も相変わらずのボッチですね』
(うるさいっ!)
アンサートーカーの容赦ないツッコミに、グランは顔をしかめて抗議するのだった。




