第91話:聖域第4層
【今後の投稿スケジュールに関する大切なお知らせ】が活動報告にございます。本作をお読みいただいている皆様には、ぜひご一読いただけますと幸いです。
次の日の朝、侯爵たちはまだ見ぬ第4層への挑戦を前に、少しわくわくしていた。
前人未到の第4層は、グランという規格外の存在を除けば、その全容は誰にも知られていない。
自分たちが一番初めに足を踏み入れるという事実に、彼らは少年心をくすぐられたように浮き足立っていた。
しかし、そこは百戦錬磨の貴族社会を生き抜いてきた侯爵たちである。すぐに高ぶる気持ちを静め、グランを落ち着いて出迎えた。
「おはようございます。皆様、お体の調子はどうですか?」
「あの温泉のおかげだな、すこぶる調子がいいぞ」
ヴァレンタイン侯爵が快活に答えると、他の侯爵たちも口々に今の心境を語った。
「私も、年甲斐もなくわくわくしているよ」
「まさか生きているうちに聖域の第4層に行ける日が来るとは思わなかった。これも神の縁に感謝だな」
「冒険者の中でも、聖域は特別な場所だ。あそこを探索して生きて帰ってくるだけでも名誉が上がるというものだ」
彼らの頼もしい様子を見て、グランは一つ提案をした。
「第4層の環境やルールについて、ここで先にお話ししますか? それとも、実際に足を踏み入れてからになさいますか?」
「ふふっ、中に入ってからにしてくれ」
少年の心を忘れていない侯爵たちから満場一致でそう返され、グランは「分かりました」と頷いた。
そしてグランは万が一の事態に備え、各侯爵に聖域限定で効果を発揮する『蘇生薬』『エリクサー』『転移スクロール』をそれぞれ手渡した。
侯爵たちもその意図を察してありがたく受け取り、いざ出発しようとすると、各侯爵夫人と四聖華たちが無事を祈るように彼らを抱擁して見送りに出た。
皆に見送られる中、グランは広場にヴィジョンをセットする。
(誰一人、絶対に死なせるわけにはいかないからな。……アンサートーカー、場合によってはフルパワーで行くぞ)
『承知いたしました。いつでもリミッターを解除できるよう準備しておきます』
脳内でアンサートーカーとやり取りを交わし、グランは第4層へのゲートを開いた。
「では皆様、まだ見ぬ未開の地へご案内します」
「おおーっ!」
侯爵たちは気合の入った声を上げ、次々とゲートをくぐっていった。
聖域第4層『灼熱の砂漠』。
ゲートをくぐった瞬間、侯爵たちは猛烈な暑さと強烈な直射日光に思わず顔をゆがめた。
だが、さすがは歴戦の戦士たちである。すぐに各自で薄く魔力の防護膜を張り、暑さと日光に瞬時に対応してみせた。
「ただ、防護膜を張っていても暑さで体力を奪われていくので、こまめな水分補給はしてください」
グランから手渡された水を、侯爵たちも感謝して一口飲んだ。
「ここの階層は特殊で、エリアのボスが縦横無尽に移動しています。そのボスを倒せば、次の第5層へ繋がるゲートと、凪の里へ戻るゲート、そして聖域の外に直接出られるゲートが出現します」
グランはさらに、第4層から適用される重要なルールについて説明を続けた。
「そしてこの階層からは、クリアするごとに数は限定されますが、戦利品を選んで持ち帰ることができるようになります」
「……なるほど。だから第1層や第2層で戦利品を拾っても、聖域を出れば消えてしまっていたのか」
ヴァレンタイン侯爵が納得したように頷くと、ヴァスティール侯爵が疑問を投げかけた。
「それは一体なぜなんだ?」
「聖域の素材は、たとえ第1層のものであっても市場では貴重です。少し力があるからといって第1層で乱獲し、それが大量に市場に流れれば、間違いなく経済が崩壊します。だから、本当の実力が試される第4層を突破してから持ち帰れる仕組みになっています」
「……確かに。そういう仕組みにしておかないと、冒険者たちが今頃大挙して押し寄せ、聖域で好き勝手に活動しているだろうからな」
ヴァレンシア侯爵がその合理性に感心すると、ヴァーミリオン侯爵も深く頷いた。
「なるほどな。それなら、ここからが本番だということもうなずける。そもそも実力のない者が聖域に入ること自体あり得ない。どちらかといえば、外部からの一種の防衛目的と安全策といったところか」
そして、灼熱の砂漠を歩き始めながら、グランは侯爵たちに尋ねた。
「モンスターなどの詳細な情報はお聞きになりますか?」
「気持ち的には聞きたくないところだが、そうも言ってられんな。皆はどう思う?」
ヴァレンタイン侯爵が意見を求めると、ヴァレンシア侯爵が顎に手を当てて提案した。
「冒険者としての思考的な意見で言えば、事前準備という意味でも聞いておきたい。だが、初めて未開の地を探索する気分も味わいたいからな……グラン君、本当に危険な魔物だけ教えてくれないか?」
グランが他の侯爵たちにも視線で確認すると、全員が満場一致でその意見に賛成した。
「分かりました。ここのエリアで特に危険なのは『オメガ・サンドワーム』です」
グランは一つ頷き、その魔物の特徴と対処法を説明し始めた。
「奴は自身のテリトリー内に入った獲物の音を聞きつけ、地中から足元めがけて飛び出し、一気に丸呑みにしようとしてきます。対処法としては、ギリギリまで引きつけてから躱し、奴が再び地中に潜る前に一気に攻撃して倒し切るという戦法になります」
それを聞いた侯爵たちは、即座に臨戦態勢に入り、周囲への警戒を強めた。
ヴァスティール侯爵は自身の得意とする土魔法を展開し、まるでソナーのように地中の索敵を開始する。
他の侯爵たちも、いつ足元から攻撃されても即座に対応できるよう、体内に濃密な魔力を練り上げていた。
(アンサートーカー、周囲の状況は?)
『前方にオメガ・サンドワームが潜んでいます』
脳内での報告を受けたグランは、あえてその事実を口には出さず、(ここは侯爵たちの対応に任せてみよう)と静かに彼らの手腕を見守ることにした。
「前方に反応あり! サンドワームか? むっ、こっちにくるぞ! 避けるタイミングは合図する、構えろ!」
ヴァスティール侯爵が鋭く声を上げると、他の三人はその言葉を聞いて即座に身構えた。
張り詰めた緊張感が走る中、ヴァスティール侯爵が再び叫ぶ。
「今じゃ! 散開しろ!」
その合図を聞き、侯爵たちは一斉に後ろへと飛び退いた。
すると次の瞬間、地中から巨大なモンスターが鋭い牙の並ぶ口をガチガチと鳴らしながら、天に向かって勢いよく飛び出してきた。
そのあまりの巨大さに、広場のヴィジョン越しに見守っていた『凪の里』の面々は驚愕し、夫人たちも思わず夫の身を案じて息を呑んだ。
だが、さすがは歴戦の侯爵たちである。
巨大なサンドワームが空中に姿を現した絶対の隙を逃さず、瞬時に攻撃へと転じ、各々が得意とする強力な魔法を一斉に浴びせた。
サンドワームは四人からの魔法の集中砲火をまともに食らい、そのまま地面に倒れ伏すと、白い粒子となって消え去った。
「お見事です」
グランが称賛の声をかけると、侯爵たちは確かな手応えを感じて気を落ち着かせた。
「事前情報がなかったら、確かにあれは危なかったな」
「うむ。だが地中からの奇襲なら、わしの土魔法で感知できるから問題なさそうじゃな」
ヴァレンシア侯爵とヴァスティール侯爵が言葉を交わすと、ヴァーミリオン侯爵がグランに尋ねた。
「グラン君。このまま奥へと進んでも問題なさそうか?」
「ええ。サンドワームの対処さえできれば、侯爵様たちの実力なら道中は全く問題ないと思います。あとは地上と空にいるモンスターが出現しますが、目視できるのでサンドワームほどの警戒は必要ありません」
グランが太鼓判を押すと、ヴァレンタイン侯爵が少年のようにニヤリと笑って言った。
「それを聞いたら、どうせならこのまま第4層を踏破したくなってくるな」
グランも脳内でアンサートーカーと話し合い、今の彼らの実力なら問題なく踏破できるとの見解を得て、引き続き四侯爵と一緒に第4層を歩いていく。
そして一行は、巨大なサソリ型の魔物『アサルトスコーピオン』と対峙した。
「あれは魔法は使いませんが、表面の装甲が非常に硬く、尻尾にある毒は少量でも致死量になります。弱点は節々の柔らかい隙間なので、そこを切断すればダメージを与えられます」
グランが素早く弱点を説明すると、侯爵たちは阿吽の呼吸で連携を取り始めた。
ヴァーミリオン侯爵が鋭い風の刃で的確に尻尾を切り落とし、ヴァレンシア侯爵が水流をカッターのように操って片方のハサミを切断する。
そして、ヴァスティール侯爵がその隙を突いて反対のハサミを剣技で切り落とし、中身が露出したところにヴァレンタイン侯爵が強烈な爆炎魔法を叩き込んでトドメを刺した。
流れるような見事な連携で魔物を倒す姿に、ヴィジョンで見守っていた『凪の里』の面々も、ひりつくような戦いに食い入るように見入っていた。
さらに、ラクダと馬を合わせたような魔物『ヤクトチェイサー』の群れが高速で突撃してくるが、それも侯爵たちは難なく対処していく。
(さすがは侯爵様たちだ)
『去年、凪の里へ来た時の実力では到底倒せなかったでしょう。おそらく侯爵様たちも、マスターが教えた魔力操作の極意の鍛錬を毎日続けていたのでしょう』
(そうだな。侯爵だからこそ、努力もしないで強くなれるとは思っていないだろうからな)
グランが内心でアンサートーカーと頷き合っている間にも、侯爵たちはサンドワームを何匹も倒し、完全に余裕を見せていた。
しかし不意に、地中の索敵を続けていたヴァスティール侯爵が立ち止まった。
「グランよ……まさか、この第4層のボスはサンドワームなのか?」
(ついに来たか)
グランは一つ頷き、侯爵たちに警告を発した。
「このエリアのボスはサンドワームの親玉みたいなもので、『ヨルムンガンド』と言います。超巨大なサンドワームで、強力な土魔法も使ってきます。どうか気をつけてください」
「……先ほどのサンドワームのサイズとは、比べものにならないくらい巨大な反応だ。皆の者、避ける時はさっきよりも大きく避けた方がいい!」
ヴァスティール侯爵の言葉を聞き、他の三人はさらに警戒心を高めて身構えた。
すると、砂漠であるにも関わらず、ゴゴゴゴゴと重い地響きが聞こえ始めた。
「来るぞ、構えろ! ……今じゃ!」
ヴァスティール侯爵の絶叫と共に、四人は大きく飛び退き、一斉に魔法を放った。
しかし、砂を巻き上げて現れた超巨大な『ヨルムンガンド』の表皮にはほとんど魔法が効いておらず、すぐに地中へと潜ってしまった。
ヴィジョンで見ていた凪の里の者たちはあまりの迫力に唖然とし、侯爵夫人たちも夫たちの魔法が効かなかったことに内心で焦りを覚えた。
しかし、夫人たちは皆の手前、年長者としての余裕を崩すことなく静かに見守り続けた。
「はっはっは! さすがはボスじゃのう! この程度では死なんというわけか!」
「どうする、皆?」
ヴァレンタイン侯爵が豪快に笑い飛ばすと、ヴァーミリオン侯爵が素早く問いかけた。
「今は少し離れたが、また必ず来るぞ」
「表皮が駄目なら中身だろう。あいつの剥き出しの顔をピンポイントで狙おう」
ヴァスティール侯爵の報告に、ヴァレンシア侯爵が提案し、皆も「それしかなさそうだな」と覚悟を決めて構えた。
彼らは次にヴァスティール侯爵が合図を出すと同時に避け、顔めがけて特大の魔法をぶち込むべく、体内の魔力を限界まで練り上げる。
「来るぞ、構えろ! ……3、2、1……今じゃ!」
カウントダウンと共にヴァスティール侯爵が叫んだ瞬間、四人は各々が持てる力をすべてぶつけるほどの特大魔法を一斉に繰り出した。
ヨルムンガンドは飛び出したと同時にその集中砲火を顔面にまともに食らい、すぐには潜れず、激しいダメージを負ったのか身を大きく揺らして悶え苦しんだ。
歴戦の戦士である彼らが、この絶対の隙を逃すはずがない。
四人はこの隙に終わらせようと、ありったけの魔法を休むことなく連発し続けた。
ヨルムンガンドも抵抗し、地中に潜らずに強力な土魔法で激しい地震を起こそうとする。
しかし、ヴァーミリオン侯爵がとっさに風魔法を使って全員を空中に浮遊させ、地震の被害を完全に無効化した。
そしてヴァレンシア侯爵が水魔法のウォーターカッターでボスの顔面を激しく切り裂き、中身が露出したところにヴァレンタイン侯爵の爆炎魔法が直撃する。
最後に、ヴァスティール侯爵が剣に極限まで土魔法を乗せ、渾身の一撃を顔面に叩き込んだ。
弱点である顔に強力な攻撃を浴びせ続けられたヨルムンガンドは、ついに耐えきれなくなったのか、天を仰いで断末魔の雄叫びを上げながら地面に倒れ込んだ。
その巨大な質量が砂漠に叩きつけられた衝撃は、ただ映像を見ているだけの『凪の里』にまで轟音と地響きが伝わってきたかと錯覚するほどの凄まじい迫力だった。
やがてヨルムンガンドは白い光の粒子となって消え去り、その場にドロップアイテムを残した。
パーティーを組んで討伐したため、ドロップ数は均等に4つ、それぞれ両手に収まるほどの巨大な魔石が落ちていた。
侯爵たちは油断なく周囲を警戒し、完全に安全であることを確認すると、ついに雄叫びを上げて互いの健闘を喜び合った。
そして、ドロップアイテムを見た瞬間に全員が固まった。
「こ、これほどの大きさと純度の高い魔石は……生まれて初めて見たぞ」
「グラン君、これは持ち帰れるのか?」
「ええ、もちろんです」
グランが笑顔で答えると、各侯爵は少し緊張した面持ちで、その貴重な魔石を自身の収納魔法へと大事にしまい込んだ。
すると周辺が眩く光り、次の階層へ進むゲート、凪の里へ戻るゲート、外へ出るゲートの三つが現れた。
「第4層踏破、本当におめでとうございます」
グランの言葉に、各侯爵は高らかに拳を突き上げて勝利を喜んだ。
彼らは前人未到の聖域第4層を踏破したという事実に、貴族という身分も忘れ、少年のような笑顔で互いに抱き合って喜びを分かち合った。
ヴィジョンでその様子を見ていた凪の里でも、特に四聖華と侯爵夫人たちは安堵の涙を流しながら、夫であり父である彼らの偉業を噛み締めていた。
「どうしますか? 戻りますか、それとも進みますか?」
グランが尋ねると、ヴァレンタイン侯爵が少し名残惜しそうに答えた。
「本音を言えばこのまま進んでみたいが……一度戻ろうと思う。皆はどうだ?」
「ああ。ここで無理に進んでも仕方ないし、それにここの詳細な情報をまとめたい」
「それなら、我々四人の連名で情報をまとめて公表しようじゃないか」
「まさかこの歳になって、歴史に名を残すほどの偉業を達成できるとはな!」
四人が満足げに笑い合うのを見て、グランも頷いた。
「それでは、凪の里に戻りましょう。もちろん戻ってもドロップアイテムは消えませんし、聖域を出る時にどれを持ち帰るかゆっくり決めることができますから」
そして五人が凪の里に続くゲートをくぐって広場へ戻ると、待っていた侯爵夫人たちは無事に戻ってきた夫たちに歓喜の涙で抱きついた。
娘である四聖華たちも、父の偉業を誇らしく思い、笑顔で労いの言葉をかけるのだった。
ヨルムンガンドの魔石は本来ならもっと大きいサイズです。
パーティーを組んだことによって4等分にサイズが分かれて、ドロップしました。
評価とかレビューをもらえたら嬉しいです。
すでに活動報告にてお知らせした通りですが、誠に勝手ながら6月23日は投稿をお休みさせていただき、6月24日以降の投稿は「7:00」と「20:00」の1日2話更新となります。いつも更新を楽しみにしてくださっている皆様には大変申し訳ございませんが、これからも安定して物語をお届けしてまいりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




