第96話:夏合宿ビーチバレー対決
グランは近づいてくる侯爵たちを見ながら命の危険を感じていたが、よく見ると彼らの顔は赤く、足元も少しおぼつかなかった。
どうやら朝からずっと酒を飲んでいたせいなのか、そこそこへべれけになっているようだった。
侯爵夫人たちも近づいてきて、「あらあら、若いっていいわね」と微笑んでいる。
しかしさすがは父親たち、『蒼白銀の翼』のメンバー全員を砂浜に正座させると、厳しいお説教を始めた。
ただ、たまにろれつが回っておらず、威厳は少し欠けているような感じだった。
とりあえずどうしてこうなったのかを侯爵たちが確認すると、娘たちがグランとの距離を詰めるためにやったのだと白状し、父親たちは深く頭を抱えた。
逆に侯爵夫人たちは、「やるわね」と娘たちの積極性を褒め称える。
グランは(俺は悪くないだろ!)と叫びたかったが、事実としてエスカレートした原因は自分のキスにあると自覚していたため、ぐっと胸の内に留めておいた。
やがて説教を終わらせた侯爵たちは、酔いがさめたのかバレーコートを見て「ふむ」と呟き出した。
「それじゃあ気分を変えて、我々も交えて対決をしようじゃないか。勝てばグランが何か願いを叶えてくれるだろう」
(えっ! 俺また景品にされるの!?)
グランが内心で突っ込むが、グラン以外の全員が「賛成!」と満場一致で賛同してしまう。
1対21という絶望的な状況で断ることなどできるはずもなく、7チームに分けてトーナメント戦を行うことになった。
チーム分けは、侯爵夫妻と娘で組んだ侯爵家が4チーム、オリヴィアとセルフィリアとクローディアのチーム、マルクとカロンとトレースの男組チーム、ベアトリクスとレキシとニーナの女組チームとなった。
公平なくじ引きの結果、シード枠は王女と皇女がいるチームに決定した。
皆が軽く準備体操をして「いざ始めよう」とした時、グランが待ったをかけた。
「どうしたんだ?」
「魔法を使うと平民組が圧倒的に不利になってしまうので、ここは魔法禁止でお願いします」
「確かにそうだな。だが、我々は自然と身体強化などが身についてしまっているから、それをあえて意識して抑えるのは難しいぞ」
侯爵たちの懸念を聞き、グランは収納魔法から一つのクリスタルを取り出した。
「これは聖域限定で使える結界装置で、エリア内の魔力を抑える効果を作り出せます」
「そんな便利なものがあるのか!」
侯爵たちが驚きの声を上げるが、グランは「あくまで聖域限定のものですし、これといって使い道もありませんよ」と謙遜する。
「では、それを設置してくれ」
侯爵に促され、グランがコートから少し離れた四隅にクリスタルを置くと、不思議な光が天井に向かって伸び、コート周辺を囲むように結界が展開された。
第1試合は、ヴァレンタイン侯爵家チーム対平民女チームの対決だ。
シードは王女チームで決まっており、さっそく第1試合の火蓋が切られた。
最初のサーブは平民女チームからで、ベアトリクスがボールを高く上げ、ジャンプして力強く打ち込む。
鋭いサーブが敵コート内に落ちるが、ルヴィリスが素早く飛び込んでそれを拾い上げた。
侯爵夫人がトスを上げ、ヴァレンタイン侯爵が強烈なスパイクを打つ。
鋭い球筋がニーナとレキシの間をすり抜けるが、ベアトリクスが間一髪で飛び込んでレシーブした。
そこからニーナがトスを上げ、レキシがスパイクを打つと見せかけて、フェイントをかけて相手ネット際にふわりと落とす。
侯爵夫人が即座に反応したもののあと一歩間に合わず、平民女組が見事に初得点を挙げた。
「やったね!」
平民女組がハイタッチをして喜ぶと、侯爵チームは「やられたな」と悔しそうに笑った。
「しかし、魔力が抑えられている感じも新鮮でなかなか良い鍛錬になるな。今後の鍛錬にも取り入れたいものだ」
ヴァレンタイン侯爵が何気なく呟いたその言葉に、外野で見ている平民の男組に戦慄が走る。
そして一進一退の白熱した攻防が続いたが、なんと平民女組が侯爵家チームに勝利してしまった。
ヴァレンタイン侯爵が素直に驚き、ルヴィリスも「魔法がないだけで、ここまで拮抗するなんて……」と舌を巻く。
「あああ……豊乳剣がーっ!」
(まだ諦めてなかったのかよ……)
嘆き悲しむ侯爵夫人にグランは内心でツッコミを入れつつ、次の試合のチームを呼び上げた。
続いて、ヴァスティール侯爵家チームと平民男チームの第2試合が始まる。
サーブ権はヴァスティール侯爵夫人で、彼女の構えは可愛らしいアンダーサーブだった。
平民男組はほわほわとした夫人の姿を見てすっかり和んでいた。
「そーれっ」
夫人がサーブを打つと、ひょろひょろっと高く上がったボールが相手コートの奥深くへと落ちていく。
トレースが拾おうと移動するが、マルクが「アウトだ!」と声をかけて触らないように指示を出した。
しかし、ボールはコートのラインぎりぎりのところにポトリと落ちた。
「ヴァスティール家にポイント!」
「おいおいグラン、今のはどう見てもアウトだろ!」
グランの宣言にマルクが抗議すると、グランは結界外でヴィジョン魔法を展開し、先ほどのサーブの一部始終の映像を空中に映し出した。
そしてコートの隅をアップにしてボールが落ちる瞬間を確認すると、本当にミリ単位でラインぎりぎりに入っていた。
マルクがまさかと思いヴァスティール侯爵夫人の方を見ると、彼女はニコニコと優雅に微笑んでいた。
「マルク……あれ、たぶん完全に狙ってやってるぞ……」
カロンとトレースが冷や汗を流しながら呟き、三人は改めて侯爵夫人の恐ろしさを目の当たりにする。
そして今度は、夫人がボールをかなり高めに打ち上げた。
(あれって、前世でいう『天井サーブ』だよな……)
グランが推測する中、カロンが「あの軌道だとネットを越えないぞ!」と叫ぶが、落下するボールはネットを際々で越えてマルクたちのコートにストンと落ちた。
「これは絶対にサーブを拾わないとダメだ!」
マルクたちは必死に食らいつき、次からはなんとかサーブを拾って相手コートに打ち返した。
しかし、どれだけ打ち返してもディアドラが完璧なレシーブですべて拾い上げてしまう。
そして最後はヴァスティール侯爵の凄まじいスパイクが叩き込まれ、平民男組はなすすべもなく敗れ去った。
結果、第2試合はヴァスティール侯爵家チームの圧勝となった。
第3試合は、ヴァーミリオン侯爵家チーム対ヴァレンシア侯爵家チームの対決だ。
侯爵家同士の対決ということで、どちらのチームも気合が十分に入っていた。
サーブ権はソフィアで、先ほど凄まじいサーブを打っていた彼女が、魔力を封印された状態でどれほどの球を打つのかが見ものだった。
ソフィアがボールを高く上げ、ジャンプしてサーブを打ち込む。
先ほどほどの威力やスピードはないものの、それでも非常に鋭く良いサーブだ。
それをヴァーミリオン侯爵がしっかりと拾い、侯爵夫人がトスを上げる。
そして、エルスメリアがそのボールを凄まじい威力のスパイクで相手コートへと叩き込んだ。
「魔力がない状態なら、鍛え抜かれた私の独壇場ですわ!」
エルスメリアは放漫な肉体の内に潜む、鍛え上げた筋肉を誇示するかのように、ビシッとポージングを決めた。
(そういえば、凄まじい筋トレをしてたな……)
グランは以前の彼女の修行風景を思い出し、これはヴァーミリオン家チームが有利かと考えた。
しかし、ヴァレンシア侯爵も侯爵夫人も若い頃から冒険者として鍛え抜いていた過去があり、そう簡単には得点を許さない。
両者一歩も譲らない拮抗した勝負が続いていたが、ここで誰も予想していなかった大事故が発生した。
ヴァーミリオン侯爵が打ったサーブをソフィアが拾い上げ、ヴァレンシア侯爵がトスを上げる。
そしてヴァレンシア侯爵夫人が、相手コートの奥の空いているスペースを的確に狙ってスパイクを打ち込んだ。
エルスメリアもヴァーミリオン侯爵も届かず、ヴァーミリオン侯爵夫人が勢いよく滑り込んでレシーブを試みる。
ボールにはわずかに間に合わず、ヴァレンシア家が得点を決めて嬉しそうにハイタッチを交わした。
「ふふっ、なかなかやるわね」
ヴァーミリオン侯爵夫人が砂浜から起き上がりながら笑ったその瞬間、勢いよく滑り込んだせいで彼女の水着が大きくズレ、豊かな胸がもろ出しになってしまっていた。
「何も見ていません!! 俺たちは何も見ていません!!」
平民の男たちは一瞬でコートから目を逸らし、砂浜にうつ伏せになって大声で叫んだ。
ヴァレンタイン侯爵とヴァスティール侯爵は、隣にいた自身の夫人たちによって両目を強く塞がれる。
「見てないです! 俺は何も見てないですからね!」
グランも慌てて後ろを振り向き、必死に潔白を主張した。
「あなた! 見ちゃダメよ!!」
ブスッ!
「ぐわあああっ!? 目が! 私の目がぁぁ!!」
ヴァレンシア侯爵に至っては、侯爵夫人から強烈な目潰しを食らい、両目を押さえて砂浜にうずくまってしまった。
ヴァーミリオン侯爵が慌てて自分の上着を夫人に羽織らせ、エルスメリアも母親の体を隠すように立ち塞がる。
もはや試合を続けられる状況ではなくなり、ヴァレンシア侯爵も名誉(?)の負傷によって途中棄権となったため、第3試合はヴァーミリオン侯爵家チームの勝利となった。
その後、グランはうずくまるヴァレンシア侯爵に聖域限定のエリクサーを渡し、潰された目を治してあげた。
「助かったよ、グラン君……」
ヴァレンシア侯爵がお礼を言って少しうなだれていると、ヴァレンシア侯爵夫人がズンズンと詰め寄ってきた。
「あなた、絶対見たでしょ?」
「あれは不可抗力で仕方がないだろう……!」
「ダメです! 絶対に許しません!」
言い訳も虚しく、ヴァレンシア侯爵は夫人に耳を引っ張られ、どこかへと連行されてしまった。
ソフィアとグランがその場に取り残されると、ソフィアが「私も審判を手伝いますね」と微笑み、ちゃっかりとグランの横のポジションを確保するのだった。




