第88話:各々の競争
3日後、聖域に一番近い町で待ち合わせをしていたグランは、平民向けの食堂で昼食をとっていた。
『おそらく、侯爵夫妻たちも来るでしょう』
アンサートーカーの予測に、グランも(まあ、来るだろうな)と内心で同意する。
すると、食堂にマルクたち平民組がやってきて、グランを見つけるなり手を振って合流した。
「まあここに来ている時点で分かるが、ちゃんと親の許可は取れたのか?」
「ばっちりだぜ! ただ冷静に考えたら聖域での生活はどうするんだと思ったけど、たぶんグランに任せれば大丈夫だろうと思って、着替えだけ持ってきたよ」
「安心しろ、部屋はちゃんと個室を用意してあるからな」
「すげえ豪華だな!」と、マルクたちは感動の声を上げた。
続いてベアトリクスも食堂に登場し、同じように席について昼食を注文した。
「はいこれ。お父様がグランに世話になっているんだから持って行けって、魔物の肉を加工した特製ジャーキーを持たせてくれたわ」
「俺がこれ好きなの、知っていたのか?」
グランが驚いて尋ねると、ベアトリクスは得意げに笑った。
「お酒も飲まないのに、たまに食べてる時があったからね、よく見てるでしょ?」
「むしろ、あれでバレてないとでも思っていたのかよ」と、マルクたちからも呆れたようにツッコミを入れられる。
皆がご飯を食べ終えて外へ出ると、新入生の二人がきょろきょろしながら辺りを見回しているのを見つけ、声をかけた。
新入生の二人はグランたちの姿を見つけて安堵し、駆け足で近づいてきた。
「二人とも、無事に許可が取れたのだな」
「はい。親の下心が大いに関係していますが、私自身にはそのつもりは一切ありません!」
「そこはお前を信頼しているぞ。……それより、クローディアは浮かない顔をしているが、どうかしたのか?」
「初めは反対されましたが、王女殿下や四聖華様のお名前を出したら許可されました。ただ……実家からの要望もあるので、皆様にはきちんとお話ししようと思います」
「分かった。俺でフォローできるところがあればするから、そんなに緊張するな」
グランの優しい言葉にクローディアは泣きそうになるが、グランは二人の変化に気づいて微笑んだ。
「二人とも、ちゃんと言われた通り常に魔力操作の鍛錬を続けているな。偉いぞ」
それから少し時間が経つと、豪華な馬車が何台も連なって街に入ってきた。
中からオリヴィアとセルフィリアが一緒になって出てくると、続いて各馬車から四侯爵夫妻と四聖華たちが次々と降りてくる。
侯爵たちはグランを見るや否や手を上げ、挨拶に向かったグランの肩を叩いた。
「今年の夏も頼んだぞ、グラン! 以前の宿泊施設はそのままで使えるのか?」
「ええ、もちろんそのまま維持しております」
「それはありがたい! 今年は予定をしっかり調整してきたからな、ギリギリまで滞在できるぞ!」
侯爵が軽快に笑うと、侯爵夫人たちも「エステと温泉が楽しみでね〜」とグランに優雅に微笑みかけた。
全員が揃ったところで、いよいよ聖域に向けて出発することになった。
さすがにこの大所帯をグランの『ゲート』で送るのは、ここまで馬車で来たから逆に目立つという侯爵たちの判断で、入り口までは馬車で向かうことになった。
もちろん侯爵たちが手配した身内用の馬車なので、情報が漏れる心配はない。
数時間揺られて聖域の入り口付近へと到着し、馬車を見送った後、グランは皆に向かって説明を始めた。
「蒼白銀の翼のメンバーは、予定通りここから試練を開始する。今の聖域は魔素の影響か、『凪の里』までは他の者と合流することができなくなっている。だから、パーティーを組むメンバーは、必ずパーティーメンバーを思い浮かべながら一緒に入るように」
(ほ、本当に聖域に入るんだ……!)
新入生の二人は、目の前に広がる恐ろしい禁足地を前に改めて思い知り、ひどく緊張していた。
一方、四聖華や王女、皇女たちは、やはり『誰が一番早くたどり着くか』という競争を始め、勝手に盛り上がっていた。
「優勝の景品は『グランと一日一緒にいられる券』ですわね!」
(おい、俺の人権はどこに行ったんだよ……)
『マスターに人権などないですね』
(ひでえなお前!)
アンサートーカーの冷たいツッコミにグランが内心で抗議していると、それを聞いていた侯爵夫妻たちも火がついてしまった。
「ふむ。若者たちが競うなら、わしらも勝負しようじゃないか。侯爵と夫人で別れて、勝った方が負けた方の要望を聞くというのはどうだ?」
「いいわね。私たち、最近発表された新作のアクセサリーが欲しいから絶対に買わせてもらうわよ」
夫人たちの、どう見てもたかるつもりな宣言を聞いた侯爵たちは冷や汗をかき、なんとしても勝たねばならないと必死に気合を入れるのだった。
そしてグランは、ベアトリクスと組む平民組のパーティーに向き直り、「各自が訓練通りに動けば、必ず突破できるはずだ」と告げて一つの魔道具を渡した。
「グラン、これは?」
ベアトリクスが不思議そうに尋ねると、グランはその用途を説明した。
「聖域内で使える、次の階層へ行くための方角を指し示すコンパスだ。本当は訓練がてら、自分たちで索敵や地形の把握などもしてほしいんだがな」
「分かったわ。本当に迷ってどうしようもなくなった時だけ使うわ!」
「ああ、いい心掛けだ」
グランが満足げに褒めると、スタートラインに並んだ四聖華たちが「グラン、スタートの合図だけ出して!」と急かしてきた。
「グラン君、私たちにもお願いね」
侯爵夫人たちもやる気満々で合図を求めてくる。
「分かりました。……それでは、位置について。よーい……スタート!」
グランが高らかに叫ぶと、ヒロインたちと侯爵夫妻のパーティーは一斉に凄まじい勢いで聖域内へと突撃していった。




