第86話:2年目の夏
入部試験から数日が経ち、今日は待ちに待った終業式の日である。
学園の講堂で終業式がつつがなく終わり、『蒼白銀の翼』のメンバーたちは専用の演習場へと集合していた。
グランは早速、新人の二人に約束していた『魔力操作の極意』を伝授していた。
「……このような非常識な鍛錬方法は、今まで一度も聞いたことがありません」
トレースは自身の体内に流れた魔力の感覚に驚きつつも、真剣な眼差しでグランを見据えた。
「しかし、これを反復することで強くなれると言われれば……先輩方の圧倒的な強さを見ていれば、その結果には完全に納得できます。夏休み中はずっと、この鍛錬をひたすら続けていきたいと思います!」
「ああ、頼んだぞ。地味でキツイが、絶対に裏切らない鍛錬だからな」
グランが力強く頷くと、続いてクローディアにも伝授を行うため、彼は懐から久しぶりに買った真新しい『白手袋』を取り出して着用した。
そして、クローディアの小さな両手をそっと握り込む。
「あっ……」
クローディアは、平民であるはずのグランがわざわざ白手袋を付けて自分に触れたことに驚き、目を丸くした。
「……グラン先輩は、未婚の貴族令嬢の素手に直接触れてはいけないという、貴族のマナーをきちんとご存じなのですね」
彼女が少し頬を染めながら感心して言ったその言葉は、奇しくも去年の魔導大会でルヴィリスが言った言葉と全く同じだった。
『でも四聖華や王女様、皇女様にはもう素手どころか、いろいろとはっちゃけてますよね。よっ!プレイボーイ。』
(アンサートーカー、お前、あとでしばく!)
グランはクローディアの体内に魔力を流し込む直前、心の中でアンサートーカーに彼女の身体の分析を頼んだ。
(『解析』、アンサートーカー、解析結果を報告しろ)
『……原因判明。生まれついた魔力回路の異常です。かなり珍しい症状ですが、マスターの魔力操作の極意による鍛錬で治ります。一ヶ月間みっちり鍛錬を行えば魔力回路が鍛えられ、魔法の出力も安定するでしょう』
その的確な報告を聞いてグランは安堵し、しっかりとクローディアの目を見据えて伝えた。
「今、体内に魔力が流れた感覚を絶対に忘れるな。これを夏休み中ずっと続けるんだ。そうすれば、お前の魔法は必ず正常になるはずだ。俺を信じて鍛錬に励んでくれ」
「はい! 必ずやり遂げてみせます!」
その言葉を聞いたクローディアは力強く頷き、決心を固めたように宣言した。
そしてその日の演習は少し早めに切り上げ、皆で街へ繰り出して王都の流行りの店でケーキやお茶菓子を食べながら交流を深めた。
店を出て学園の前に戻ってきたところで、グランは「それじゃあ夏休みは皆、各自で鍛錬に励んでくれ」と自然な流れで解散しようとした。
「ちょっと! 何普通に終わらせようとしているの!」
すかさず王女と四聖華たちから鋭い声が飛んできた。
(くそっ、やっぱり流せなかったか……)
グランが内心で舌打ちしていると、すかさずアンサートーカーから的確なツッコミが入る。
『あれで流せると思っているマスターの思考回路の方がひどいと推測します』
「……どうした?何か問題があったか?」
グランがあえてとぼけてみせると、四聖華たちは互いに顔を見合わせ、代表してルヴィリスが一歩前に出た。
「今年も当然、『聖域』で夏合宿をするに決まっているでしょう!」
「そうですわ! 今年は私も連れて行ってくださる約束でしょう!」
ルヴィリスの宣言にオリヴィアも同調し、詰め寄るように声を上げる。
その言葉を聞いた瞬間、マルクたち平民組とベアトリクス、そしてセルフィリア皇女は信じられないものを見るように目を丸くした。
「せ、聖域って……あの聖域!? あんな恐ろしい場所で合宿するの!? いくら何でも命がいくつあっても足りないわよ!」
セルフィリアが驚愕の声を上げると、マルクやレキシ、カロンやニーナも「いくらグランでもそれは無理だろう」と呆れ気味に呟いた。
ベアトリクスは「グランだからあり得るのかなと一瞬思ったけど、やっぱりみんなそういう認識だよね」と苦笑いしている。
「あ、あそこは各国が定めた禁足地のはずです……! 一度入ったら最後と言われるような場所ですよね……?」
新入生であるトレースとクローディアも、恐れおののきながら同意した。
グランはまさかこのタイミングで堂々と言い出されるとは思わずルヴィリスたちに視線を向けた。
だが、ルヴィリス、エルスメリア、ディアドラ、ソフィアの四人はグランの目をじっと見据え、まるで「絶対に逃がさないわよ」と言わんばかりの凄まじいプレッシャーを与えてくるのだった。
グランは観念して大きく息を吐いた。
「……ああ、分かったよ。今年もやればいいんだろ? じゃあ来るのは、ルヴィ、エル、ディア、ソフィ、それにオリヴィア様ですね」
グランが渋々そう言うと、そこへたまらずセルフィリアが突っ込んできた。
「いや、本当に行くのあなたたち!? 一体どういうことか説明して頂戴!」
グランがどう説明しようか迷っていると、ルヴィリスが代表して口を開いた。
「私たち四聖華は去年、夏休みにグランと四侯爵夫妻と一緒に『聖域』で鍛錬をして、さらに強くなったのよ。だから今年も行くのは当たり前でしょ」
「去年は私だけ行けませんでしたから、今年は絶対に行きたいんです!」
オリヴィアも目を輝かせて主張し、それを聞いたセルフィリアは信じられないものを見るような目をしていた。
しかし、さすがは帝国の皇女である。それが冗談ではなく本当のことだと気づくと、セルフィリアは慌てて声を上げた。
「待って、私も行くわ!」
「はぁ!? 帝国の皇女様に、あんな危険な場所で万が一のことがあったらどうするんだよ!」
グランがすかさず反対するが、セルフィリアは上目遣いで痛いところを突いてくる。
「オリヴィアが行くのに、私はダメなの……? やっぱり私は、帝国から来た『よそ者』だから……?」
しおらしく俯く彼女の演技に、グランはさすがに断りきれなくなった。
「……分かったよ、連れて行くよ」
グランが折れると、セルフィリアはそれを聞いた瞬間にパッと花が咲いたような笑顔になり、飛び上がって喜んだ。
対して四聖華たちは、(せっかくの夏休みなのに、グランとイチャイチャできる時間が減ってしまう……)と内心で不満を募らせていた。
すると、横で聞いていたベアトリクスまでもが「私も行くわ!」と言い出した。
「俺たちも行くぜ!」
マルクたち平民組もそれに同調し、さらには新入生たちも手を挙げた。
「わ、私たちも行きたいです……! もちろん、グラン先輩に従いますが」
(結局、全員来るのか……)
グランは内心で深いため息をつき、「……それなら、全員に試練を与える」と切り出した。
「四聖華たちは、俺の見立てならソロで第3層まで来れるはずだ。それができたら夏合宿の参加を許そう」
四聖華たちはそれを聞いて互いにうなずく。
「オリヴィア様はセルフィリア様と組んで、二人で第2層を突破してください。それなら参加を許可します」
オリヴィアとセルフィリアはお互いに目配せをして静かにうなずく。
「ベアトリクスとマルクたちはソロはまだ早いから、パーティーを組んで第2層を突破してくれ。」
ベアトリクスと平民組は少し緊張した様子になるがそのままグランが言葉を続ける。
「もちろん全員、ヤバくなったら俺が助けに入る」
そこまで告げた後、グランは新入生たちへと視線を向けた。
「そして新入生たちだが、悪いが自力で聖域を突破するのは絶対に無理だ。お前たちは夏休み中、俺が教えた魔力操作の鍛錬に集中してほしい。……それでもどうしても来たいというなら、俺が直接連れて行ってやろう。ただし、皆全員『保護者の許可』を取って来てからだ」
グランが絶対の条件を提示すると、四聖華たちは顔を見合わせた。
「親たちに言ったら、絶対来るわよ。特にお母様たちはエステと温泉が忘れられないとか言ってたし」
「まあ、言えば来るかもしれないし、内緒にしたら去年のように強行突破してくるだろうな」
グランが半ば諦め気味に言うと、マルクが王族二人に尋ねた。
「王女様と皇女様は、どうやって許可を取るんですか?」
「私は父に言えば大丈夫ですわ」
「私も、留学中の身の振り方は自己責任だから何の心配もないわ」
オリヴィアとセルフィリアは全く問題がないと胸を張った。
「うちのお父様は蒼白銀の翼の件もあってか、グランのことには絶大な信頼を置いているのよ。たぶん、聖域でグランと一緒に修行するって言っても『行ってこい!』って言うと思うわ」
ベアトリクスもあっけらかんと言い放つ。
「俺たちの親も、俺たちが強くなって有名になったのは全部グランのおかげだって伝えてあるから、心配ないぜ!」
マルクたち平民組も元気よく答えた。
「僕も、『蒼白銀の翼』の合宿に行くと言えば、きっと親は喜んで送り出してくれると思います」
トレースが頷くと、最後にクローディアが自嘲気味に笑った。
「私は落ちこぼれ扱いなので、親は私が何をしても興味がないと思います。なので、聖域に行くと言っても『何言ってるんだこいつは』と呆れられるだけでしょう」
グランは各自の事情を聞き終え、思わず頭を抱えた。
(……このままだと、間違いなく全員来るな。せっかく久しぶりに聖域で一人で大暴れしたかったのに)
だが、皆がここまでやる気を出している以上、その気持ちを無下にするわけにはいかない。
「……仕方ない。3日後に聖域で一番近い街に集合してくれ。そこで一度合流しよう」
そしてみなを見渡しグランは声を上げる。
「それじゃあみんな、3日後また会おう。……解散!」
グランが号令をかけると、メンバーたちは一斉に喜びの声を上げた。
(夏休みも、やっぱり一人では過ごせないんだな……)
グランは騒がしい仲間たちを見つめながら内心でため息をつき、学生寮に戻って自室を掃除し、明日の帰省の準備に取り掛かるのだった。




