第84話:守る力
入部試験3日目の午前。
今日の午前で面接が終わり、午後からは合格者のみによる『模擬戦』が控えていた。
しかし、今のところ面接を通過したのは、2日目に合格した男子生徒のトレースただ一人である。
(このままだと、今年の新入生はあいつ一人だけになりそうだな……)
グランは誰もいない空き教室で名簿を眺めながら、内心でそう思っていた。
最終日である3日目、グランの面接パートナーを務めたのは皇女セルフィリアだった。
完全な実力主義である帝国から来た留学生の彼女は、未だに貴族主義が抜けきらない王国学園の生徒たちに対し、あまり良い印象を抱いていないようだった。
「……グランには悪いけれど、王国の学生は帝国に比べて質が良くないわね」
セルフィリアは少し退屈そうに頬杖をつき、率直な感想をこぼした。
「貴族主義の思想が根強く残っているから仕方ないのだろうけど、『蒼白銀の翼』というこれほどの恵まれた環境があるのに、強くなりたいという必死さが全く感じられないわ。もし帝国にこれほどの猛者たちと修練環境があれば、強さを求める者たちが連日門を叩きに来て、ちょっとした暴動になるくらいよ」
彼女の厳しい評価に対し、グランは苦笑いしながらも静かに首を横に振った。
「まあ、王国の実力主義は今年から始まったばかりだからな。ずっと実力主義の歴史を歩んできた帝国と比べたら、今の生徒たちの意識が低いのも当然のことだろうさ」
グランは窓の外に広がる学園の景色を見つめ、前向きな言葉を紡ぐ。
「だが逆に言えば、俺たちは今から『王国が変わっていくその過程』を最前線で体験できるんだ。古い歴史が塗り替えられ、新しい歴史の一端を自分たちが担えるなんて、なんだかすごいことだと思わないか?」
「……まあ、私は帝国の皇女だからね。歴史の転換点というあなたの言葉の意味は、何となく分かるわ」
セルフィリアはグランを見つめ、熱を帯びた瞳で微笑んだ。
「でも、それよりも……私にとっては、あなたに出会えたこと自体が私の歴史の中で一番の衝撃だったのよ。きっと、これからの私の人生において、あなた以上の衝撃は絶対に現れないと思うわ」
そう言うと、セルフィリアはグランの腕に自分の体をぴたりとくっつけ、甘えるようにすり寄ってきた。
「おいおい、もうすぐ面接が始まる時間だぞ」
グランが苦笑いしながら窘めるが、セルフィリアは上目遣いで「少しだけだから……」とあざとくおねだりをしてくる。
「……本当に、少しだけだぞ」
グランがため息まじりに許容すると、セルフィリアはパッと花が咲いたような明るい笑顔になり、思い切りグランの体に抱きついてきた。
「お前なぁ、遠慮ってもんがないのか」
「ふふっ。だって、こんな風に二人きりで堂々と甘えられる機会なんて、中々ないんですもの」
そんな微笑ましいやり取りを経て面接の時間になったが、やはり現れるのはパッとしない志願者ばかりだった。
面接官のセルフィリアもすっかり退屈し始めた頃、ついに『最後の面接者』が教室へと入ってきた。
「1年Dクラス、クローディア・アシュクロフトです。アシュクロフト伯爵の次女でございます」
グランは彼女の自己紹介を聞き、思わず眉をひそめて驚いた。
貴族の令嬢、しかも高位である『伯爵家』の出身でありながら、最低クラスのDクラスにいるというのは明らかにおかしいからだ。
そもそも王国の貴族は、代々魔法適性の高い血筋同士を掛け合わせてきた歴史があるため、基礎的な魔法適性は総じて高い傾向にある。
「確認だが……伯爵家ほどの御令嬢であれば高い魔法適性があるはずだが、なぜDクラスなんだ?」
グランが率直な疑問をぶつけると、クローディアは一度悲しそうに俯き、やがて覚悟を決めたように顔を上げて語り始めた。
「私は生まれつき、何故か極端に『魔法適性』が低いのです。魔力そのものは体内に十分にあるのですが、なぜかその魔力を使って魔法の術式を構築し、行使することがうまくできません。」
クローディアは少し間を置き、話を続ける。
「両親も初めは心配して色々な高名な医者や魔導士に見せてくれましたが、どれだけ調べても体には何の異常も見つかりませんでした。おそらく生まれつきの特異体質だという結論になったあの日から……私は伯爵家の『落ちこぼれ』として烙印を押されたのです」
彼女は自身の無力さを噛み締めるように、両手をギュッと握りしめた。
「どれだけ必死に頑張っても、まともに魔法が使えない。色々な文献を漁り、帝国の資料まで読み漁りましたが、何も変わりませんでした。私は一生、落ちこぼれの烙印を押されたまま日陰で過ごすのだろうと諦めていました。しかし1年前、お父様から『どうせ大した魔法が使えないなら、魔導学園に入学してせめて人脈でも作ってこい』と言われ、私は魔導大会の視察も兼ねて王都へやってきました」
クローディアの瞳に、その時の興奮を思い出したかのような強い光が灯る。
「そこで、王国史上最強の世代と言われたあの魔導大会を見て、私は震えました。四聖華様たちの圧倒的な魔法と実力。そして……その四聖華様たちを次々と打ち破り、平民出身のあなたが頂点へと勝ち進んでいくその姿にです」
クローディアはその時を思い出していたのか少し間が空いた。
「私は、平民の方でこれほどまでに強い人を初めて見ました。おそらく、私だけでなくあれを見た王国中の人間が同じ衝撃を受けたと思います。そしてあなたが作り上げた『蒼白銀の翼』の噂も聞きました。もはやそれは、王国の学生の間では伝説扱いとされています」
クローディアは隣に座るセルフィリアを一瞬だけ横目で見てから、真っ直ぐにグランを見据えた。
「いくら王女殿下や四聖華様たちがいようと、学園の猛者100人を相手に勝てるわけがない。ましてやまだ学生の身、蹂躙されて終わるだけだと言われていたのに……結果は完勝。そして、学園選抜で長年負け越していた帝国に対する圧倒的な勝利。帝国の象徴であったセルフィリア皇女殿下を、文字通り正面から打ち破ったこと」
クローディアの熱弁を横で聞いていたセルフィリアは、怒るどころか、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
「ですが、やはり私が一番驚いたのは……その伝説の修練会のメンバーが、王女殿下や四聖華様たちだけでなく、半数近くは『平民出身の方たち』で構成されているということです」
クローディアは深く息を吸い込み、自身の胸の内に秘めた本音を打ち明けた。
「はっきり言います。私の実家は、凝り固まった貴族主義です。……しかし、私自身は貴族主義ではありません。なぜなら、魔法が使えず落ちこぼれとして家族から蔑まれていた私を、いつも裏で励まし、優しく支えてくれたのは……家で働く平民出身の使用人たちだったからです」
クローディアは自分を励ましてくれていた使用人たちを思い浮かべる。
「私の姉や兄は、平民に対して良い感情を持っていませんし、彼らを道具のように扱います。ですが私は、落ちこぼれの私を蔑む家族や貴族たちよりも、自分の身になって親身に接してくれる平民の人たちのことを、次第に心から大切に思うようになりました」
クローディアの目から、決意の涙が微かに滲む。
「私は、私を支えてくれた優しい人たちを、貴族主義の悪意や理不尽から守れる力が欲しい。そして、『蒼白銀の翼』という最高の環境に入り、今の落ちこぼれの自分が一体どこまで強くなれるのかを知りたい……!そう強く思い、この入部試験に応募いたしました!」
グランは隣に座るセルフィリアを一度見やり、セルフィリアもそれに呼応するように静かに頷いた。
「午後から蒼白銀の翼の専用演習場で模擬戦を行う。準備をしておいてくれ」
クローディアは一瞬何を言われたのか分からずきょとんとしたが、自分が面接に合格したのだと理解すると、パッと顔を輝かせて喜びを露わにした。
「だが、午後の模擬戦の結果次第で落ちることもある。まだ喜ぶのは早いぞ」
グランが釘を刺すと、クローディアもハッとして表情を引き締め、「はい!」と力強く頷いた。
そして彼女は深く一礼し、足取りも軽く教室を後にした。
「やっと、まともな子が来たわね」
セルフィリアが伸びをしながら言うと、グランも「そうだな。今年の新入生はあの二人になりそうだ」と答える。
「あら、模擬戦の結果次第で落とすかもしれないんでしょう?」
「よほど戦いに向いていないと判断した時だけだな。それに……トレースはともかく、クローディアの体質は少し気になる」
グランは腕を組み、「あれだけ魔力があるのに魔法が使えないなんて、何か根本的な原因があるのかもしれない」と推測を口にした。
「そうね。帝国の資料まで取り寄せたと言っていたし、よほど特殊な体質なのかもしれないわね」
クローディアが最後の面接者だったため、グランは「さあ、後片付けをして昼飯にしよう」と促し、教室を出ようとした。
すると不意に、背後からセルフィリアが抱きついてきた。
「おいおい、またかよ……」
グランが呆れたように言うと、セルフィリアは背中に顔を埋めたまま「次にいつこういうことができるか分からないし、お願い……」と甘えた声を出した。
「……仕方ないな」
グランは苦笑いしながら、彼女が満足するまでしばらくその場でじっと立ち止まっていた。
少し経つと、セルフィリアは「充電できたわ」と満足げに微笑み、名残惜しそうに体を離した。
お昼休み、いつもの談話室で皆で食事を取りながら、グランは面接が無事に終了したこと、そしてメンバー全員の三日間の頑張りと協力に感謝を伝えた。
蒼白銀の翼のメンバーたちは、テーブルに置かれた合格者二人の『入部申込書』を見ながら意見を交わしていた。
「エルマン商家って、王都でもそこそこ規模のでかい平民の店だな」
マルクがトレースの書類を見ながら、「俺もたまに生活用品とか買いに行くぞ」と呟いた。
「だけどグラン、こいつ面接で『高位貴族の人脈が欲しい』って普通に言ってたんだろ? なんで合格させたんだ?」
マルクの疑問に対し、グランは静かに答える。
「人脈を使って店を不当に拡大しようって感じではなく、あくまで『自衛目的』の抑止力として求めているように感じたからな」
グランは面接の時のトレースを思い出しながら言葉を続ける。
「それに、面接での態度を見る限り、本当にどうしようもない危機に陥った時以外は、すべて自分の力で解決しようとする気概があった。あいつが『強くなりたい』と言ったのは、貴族主義の理不尽な圧力に自分自身の力で対抗するためなんだろう」
グランはトレースの芯の強さを思い出しながら、「おそらくあいつは、高位貴族の人脈を悪用することは、貴族が平民にしている理不尽な行いと同じだと分かっているはずだ」と付け加えた。
「なるほどな。まあ、もし入部後に舐めた真似をしたら、その時に退部させれば済む話だしな」
マルクも納得したように頷き、トレースの件は満場一致で受け入れられた。
一方、エルスメリアはクローディアの入部申込書を見つめながら、少し考え込んでいた。
「エル、どうしたんだ?」
グランが尋ねると、エルスメリアは真剣な表情で顔を上げた。
「この子の話が本当なら、なぜ魔法がまともに使えないのか原因を知りたいわね。私が以前患った『魔力核欠乏症』というわけでもなさそうだし、何か別の特殊な要因があるのかしら?」
「俺もそこが一番気になっているんだ」
グランは頷き、「それでも強くなりたいと願い、優しい人たちを守りたいという、今までで一番明確で強い『心』を持っていたから合格させたんだ」と理由を語った。
「私も元は落ちこぼれでしたから、彼女の気持ちは痛いほど分かります」
ソフィアも自身の過去と重ね合わせるように、「それに、私も優しい人たちに囲まれて救われたので、その人たちを大切にしたいという思いも共感できます」と優しく微笑んだ。
誰もがクローディアの入部に肯定的な意見を持つ中、なぜかルヴィリスだけが一人、ひどく難しい顔をして書類を見つめていた。
「ルヴィ、どうかしたのか?」
グランが心配そうに声をかけると、隣にいたディアドラが静かに口を開いた。
「ルヴィ。……彼女が『アシュクロフト家』の出身であることが気になっているのか?」
ルヴィリスはディアドラの言葉に静かに頷いた。
「ええ。アシュクロフト伯爵家は、代々続いている名門中の名門よ。だからこそ、貴族至上主義の思想がひどく強いの」
グランはそれを受けて口を開く。
「それについては、面接でクローディアも言っていたな。だが、あいつ自身は違う。落ちこぼれ扱いされていた自分をいつも励ましてくれたのは平民の使用人たちで、その人たちを守りたいと言っていた」
グランはクローディアの面接のときの言葉や表情を思い出す。
「あの言葉やあの目に、嘘偽りはなかったと俺は思うぞ」
グランが力強く断言すると、ルヴィリスも首を横に振った。
「彼女自身に問題がないことは分かっているわ。ただ、実家の方の反応が少し気になるのよ。『平民が代表を務める修練会になんか入るな』と、家から横槍が入るかもしれないから」
すると、横で話を聞いていたオリヴィアが優雅に微笑みながら口を挟んだ。
「ただ、彼らが『蒼白銀の翼』に対して直接何かをしてくることはないと思いますわ」
オリヴィアは王女としての風格を漂わせながら、自信を持って告げる。
「なにせこの修練会には、王女である私をはじめ、帝国の皇女殿下、そして四侯爵令嬢の皆様が揃っていますからね。これだけの権力に対して正面から文句を言えるのは、この国では私の父である国王陛下くらいなものです」
オリヴィアは自信たっぷりに言葉を続ける。
「そして、もし父が何か言ってきたとしても、私の方できっちりと抑えられますから、何も心配はいりませんわ」
オリヴィアの頼もしい言葉を聞き、ルヴィリスの顔からもようやく険しさが消え、ふっと柔らかな笑みがこぼれた。
「……そうね。もし彼女の実家から何か言われたとしても、何があっても私たちが彼女を守ればいいだけのことよね」
「ああ、その通りだ。うちの部員に理不尽な手出しはさせないさ」
グランも力強く頷き、頼もしい仲間たちを見渡してパンッと一度手を叩いた。
「よし! 不安要素もなくなったことだし、さあ、みんなも午後からの模擬戦の準備をしよう」
グランの号令でメンバーたちは一斉に返事をし、充実した面持ちで昼食の席を解散して、それぞれの準備へと向かうのだった。




