第83話:抗う力
入部試験の2日目、今日のグランの面接ペアは王女オリヴィアだった。
朝早くからメンバー全員で集まり、1日目の午後や今日の朝一番の状況について意見交換を行った。
それはまるで、前世で会社の会議や進捗報告をしているような感覚だったが、やはりどのペアのところにも『良い人材』は現れていなかったようだ。
「みんな、あと二日頑張ろう」
グランが全体に発破をかけ、各ペアは面接を行うための空き教室へと向かっていった。
教室に入ると、オリヴィアが優雅に微笑みかけた。
「今日は私とですね。一日、よろしくお願いしますわ」
そう挨拶をしたかと思えば、二人きりになった途端、オリヴィアはスッと距離を詰め、グランの腕に自分の腕を親しげに絡ませてきた。
「……王女様たる高貴な王族が、一介の平民にこんなに気安く触れていいのか?」
グランが苦笑しながらたしなめるが、オリヴィアは全く離れる素振りを見せない。
「あら。グランとはもうダンスも踊りましたし、デートもしたじゃありませんか。……何だったら、私の『中身』を隅々まで見ているでしょう?」
『中身(物理)ですね、分かります』
オリヴィアが艶然と微笑みながら際どい発言をすると、すかさず脳内のアンサートーカーが冷静な声で茶化してきた。
(お前は黙ってろ……。)「はぁ、仕方ないな。人が来るまでですよ、オリヴィア様」
グランが観念したように息を吐くと、オリヴィアは嬉しそうに目を細め、さらに身を寄せてグランの体温を感じていた。
そして面接開始の時間になり、腕を離して席についた。
その後も生徒たちが次々と教室に入っては出ていくが、これといった熱意や覚悟を持つ者はやはり現れなかった。
少し志願者が途切れて間が空いたタイミングで、グランとオリヴィアは顔を見合わせて息を吐いた。
「やはり、純粋に強さを求める者よりも、『蒼白銀の翼』という名声や権威の目当ての方が多いですね……」
「ああ。元々は、学園のバランスを考えた第3の勢力として作った修練会だったのにな。まさか、ここまで学園内での立場が逆転するとは思わなかったよ」
グランが苦笑いすると、オリヴィアも「本当に、不思議なものですね」と柔らかく微笑んだ。
そして昼休みになり、昨日と同じようにメンバー全員で集まって昼食を取りながらの意見交換が始まった。
しかし、やはり状況は昨日からあまり変わっていないようだった。
そんな中、今日ソフィアとペアを組んでいるカロンが、顔を引きつらせながら報告を始めた。
「聞いてくれよ、グラン。今日の午前中、面接に来た貴族の男子生徒がお前のことを馬鹿にしやがってさ……隣のソフィア様が、本気でそいつを氷漬けにしかけたんだぜ」
「おいおい……」
グランは頭を抱え、隣に座るソフィアへ視線を向けた。
「ソフィ。俺のことで怒ってくれるのは素直に嬉しいが、あんな奴らのために、お前の貴重な魔力を使うのはもったいないぞ」
「……グラン様を侮辱するような愚か者は、この世から跡形もなく消し去ります」
ソフィアは美しい笑顔のまま、一切の冗談を含まない恐ろしいことを平然と言ってのけた。
(こ、これは……愛が重すぎるな……)
グランが顔に冷や汗を浮かべて引きつった笑いを浮かべていると、アンサートーカーが追い打ちをかけてきた。
『マスター。もし将来、ソフィア様を選ばなかったりしたら……マスター自身が氷漬けにされて、彼女のお屋敷に永遠の彫像として飾られそうですね』
(お前、シャレにならないことを言うな……)
グランが内心でアンサートーカーにツッコミを入れていると、あろうことか、他の四聖華や王女、皇女たちまでもがソフィアの過激な意見になぜか深く頷き、賛同し始めていた。
「「「ええ、その通りですわね」」」
(……この学園のトップたち、色々と大丈夫なのか?)
平然と怖いことで意気投合し始めているヒロインたちを眺めながら、グランは学園の未来に一抹の不安を覚えるのだった。
午後になり、引き続き面接を行っていたグランとオリヴィアのもとに、一人の男子生徒がやってきた。
「1年Bクラス、平民のトレース・エルマンです」
午前中からぱっとしない志願者ばかりが続いており、もはや事務作業のようになっていたグランは、淡々と志望動機を尋ねた。
「自分は、王都で商いをしている商家の跡取りです。魔法に適性があったため、今年からこの高等部に入学しました」
トレースは少し緊張した面持ちで語り始める。
「学園には、将来に向けた『人脈づくり』をするようにと親から言われて入学しました。私もそれは当然のことだと思い、この1学期の間、色々な生徒を見て回っていたのですが……これといって太いパイプになりそうな方は見つかりませんでした。……ただ、王国史上最強世代の方々の噂は以前からお聞きしておりました。とはいえ、平民ごときが王女殿下や皇女殿下、四侯爵令嬢の皆様にお近づきになれるはずもない。高嶺の花どころか、住む世界が違うに等しい状態でした」
トレースは少し間をおいて言葉を続ける。
「それでも、蒼白銀の翼にいらっしゃる『同じ平民出身の先輩方』が、高位貴族の方々と対等に仲良く談笑している姿を見て……自分にもチャンスがあるのではないかと思った次第です」
そこまで聞いたグランとオリヴィアは、内心で(また四聖華や王女の権威目当てか)と呆れ、小さくため息をつきそうになった。
しかし、トレースはそこで言葉を切らず、さらに真剣な眼差しで話を続けた。
「自分は、平民向けの商材を扱う商家の生まれです。この国は貴族主義の意向が強く、平民の商家だとまともに相手にされないことや、貴族から不当な安値で買い叩かれることも日常茶飯事です。それは、この国の身分制度においては『仕方がないこと』なのでしょう。……ただ、私はそれを『仕方がない』で終わらせたくはないんです」
トレースの瞳に、強い意志の光が宿る。
「貴族か平民かというだけで白黒が変わってしまうのであれば、法律などないも同然です。結局、理不尽を退け、最後にものを言うのは『力』なんです。相手が不当に権力を振りかざしてきた時、それに対抗できる力がなければ、ただ泣き寝入りするしかありません」
そして、何かを思い出すかのように言葉を区切り、また話始める。
「先週行われた魔導大会での、青白銀の翼の皆様の凄まじい試合を見て確信しました。……強くなければ、何も守れないのだと」
トレースは自身の両手を強く握りしめた。
「自分の商家も、そこで働く従業員たちも、支えてくれる同業者や、お店を愛してくれるお客さんも。理不尽から彼らを守れるような『力』が欲しいんです。そして、叶うことなら、もし私に『高位貴族との人脈』という抑止力があれば、横暴な貴族主義から彼らを守ることができる……そう思ったからこそ、入部を希望いたしました」
彼の真っ直ぐな言葉を聞き終え、グランは腕を組んで鋭い視線を向けた。
「……改めて聞くが。お前が『高位貴族との人脈目当て』でここに来たのなら、合格は諦めた方がいいぞ?」
グランが試すようなプレッシャーをかけて問い詰めるが、トレースは全く怯むことなく首を横に振った。
「私は、高位貴族の方々と商売の取引がしたいわけではありません。あくまで、自分の平民向けの商家を守りたいだけです。極端な話、ある貴族が横暴な値下げを強要し、それを拒否すると店に嫌がらせをしてきたりもします。実際、他の商家がそうやって潰されていくのを見てきました」
そしてトレースは力を入れその言葉を話す。
「私は、その理不尽をなくしたい。ただそれだけです。自身にある程度の強さがあれば、直接的な嫌がらせにも対抗できます」
トレースは深く頭を下げ、グランを真っ直ぐに見据えた。
「せっかく魔法の適性を持ってこの魔導学園に入学できたのです。今、『蒼白銀の翼』という学園の頂点に挑めるチャンスがあるのなら……私は、是が非でも入り、強くなりたいと思っています!」
グランはその言葉を聞いて、ふと自身の前世の記憶を思い出していた。
大企業の圧力によって不当な値下げを強要され、小さな会社が理不尽な損失を被らされる。
そんなものは、前世の社会でもよくある話だった。
生存競争を生き残るためには人の心を捨てろと人は言うが、心を捨ててしまえばそれはもうただの獣だ。
自分は獣に成り下がるくらいなら、不器用でも人として生きたい。
そう思って生きたからこそ、前世でもそれなりに人生を楽しめたし、信用できる人脈も築くことができた。
前世の自分には理不尽に抗うほどの絶対的な力はなかったが、それでも心を捨てるくらいなら理不尽と戦う道を選びたかった。
目の前にいるこの学生は、かつての自分が持っていなかった『理不尽に抗うための力』を真剣に求めているのだ。
グランは自身の前世と少し重なる彼に親近感を抱き、一つのチャンスを与えてみようと決めた。
「……明日の面接がすべて終われば、次は模擬戦だ。明日の午後、蒼白銀の翼の専用演習場に来てくれ」
突然の合格宣告にオリヴィアは内心驚いたが、そこはさすが王族であり、表情を一切崩さずにトレースへと釘を刺した。
「模擬戦に進んだことは、誰にも口外しないでくださいね」
それは、事前にメンバー間で決めていた絶対のルールだった。
模擬戦に進んだことが周囲に知れ渡れば、それ目当てで対策を練る者が出てくるし、何より平民が次の試験に進んだと知れれば、嫉妬した貴族から嫌がらせや脅迫を受けるかもしれない。
この守秘義務は、試験の公平性を保つためだけでなく、志願者自身を守るためのものでもあった。
トレースは一瞬キョトンと考え込んだが、やがて自分が『面接に合格した』という事実に気づき、パッと顔を輝かせて喜びを露わにした。
しかし、商家の跡取り息子らしくすぐに感情をクールダウンさせ、深く一礼した。
「本日はありがとうございました。明日の模擬戦、よろしくお願いいたします!」
そう力強く言い残し、トレースは足取りも軽く教室を出て行った。
彼が去った後、オリヴィアが不思議そうにグランに問いかけた。
「なぜ彼を選んだのですか? 高位貴族の人脈が欲しいと、はっきり口にしていましたのに」
「今までそういう理由で来たやつは、高位貴族と繋がりを持ってそれを笠に着て威張り散らすようなやつしかいなかった」
グランは感心したように腕を組む。
「だが、アイツはあくまで『自衛目的の抑止力』だと言い切った。それに、おそらくアイツはよほどのことがない限り、高位貴族の名前を使わずに自分自身の力で解決しようとする気概を持っていた。力が欲しいのはそれが理由なんだろう。貴族の理不尽に抗う力が欲しいというアイツの言葉も、嘘じゃないと思う。……なら、あいつがどこまで俺たちの訓練に耐えられるか試してみたくてな」
グランは口角を上げ、少しだけ好戦的な笑みを浮かべた。
「本気なら必死についてくるだろうし、それが嘘偽りならすぐに逃げ出すだろうさ。うちの部活は、そんなヤワな訓練はしていないからな」
グランの確固たる意見を聞き、オリヴィアも納得したように微笑んだ。
「では、初の合格候補者は彼ということになりますね」
「ああ、まあそういうことになるだろうな」
グランとオリヴィアは、ようやく現れた見込みのある志願者に少しだけ安堵し、引き続き残りの面接を再開した。
しかし、その後はやはりこれといった志願者は現れず、入部試験2日目の面接はそのまま終了の時間を迎えるのだった。




