第81話:宝石たちの夜会
グランたち平民組が交流パーティーの会場に到着し、その名が呼ばれて入場すると、それまでざわついていた会場が水を打ったように静まり返った。
Sクラスの平民組が堂々と入場していく姿に対し、一部の貴族至上主義の生徒たちは、やはり面白くないのか冷ややかな視線を向けていた。
しかし、そんな周りの目など一切気にすることなく、グランたちは会場で合流したベアトリクスと共に端のテーブルに陣取り、さっそく並べられた豪勢な料理を食べ始めた。
淡い緑色のドレスに身を包んだベアトリクスも、平民組に混ざって屈託なく笑い合いながら食事を楽しんでいる。
「平民は食事の作法もなっていないのか」と、周囲からヒソヒソと嫌味な小言が聞こえてくるが、グランたち六人はどこ吹く風で料理を堪能し続けた。
少し時間が経った後、会場の入り口でオリヴィア、セルフィリア、ルヴィリス、エルスメリア、ディアドラ、ソフィアの名が高らかに読み上げられた。
その瞬間、会場中の視線が入り口へと釘付けになった。
ルヴィリスは赤、エルスメリアは緑、ディアドラは白、ソフィアは青、オリヴィアは白金、そしてセルフィリアは黒。
それぞれのパーソナルカラーを象徴する最高級のドレスに身を包んだ六人が、この世の春を集めたように優雅に会場を歩いていく。
新入生から同級生、上級生に至るまで、誰もがそのあまりにも美しく神々しい姿に見惚れ、息をするのすら忘れて固唾を呑んだ。
歓声とため息が交錯する中、六人はきょろきょろと視線を彷徨わせ、やがて端の席でマイペースにご飯を食べている『蒼白銀の翼』のメンバーを見つけた。
「もう、グランってば。まだ本格的な食事の時間じゃないでしょ?」
呆れたように歩み寄ってきたルヴィリスが小言を言うが、グランは悪びれもせずに肩をすくめた。
「そうは言っても、大会終わりでみんな腹が減ってるんだから仕方ないだろう」
「それより、みんなこっちをすっごく見てるわよ」
ルヴィリスが周囲の視線を気にすると、マルクがわざとらしく大きな声で笑った。
「ああ! さっきまで『平民は食事の作法がない』って、嫌味な陰口が聞こえてきてたからな!」
マルクのその一言を聞き、先ほどまで小言を言っていた貴族たちは、高位貴族たる六人の不興を買うことを恐れて一斉に顔を青くし、目を逸らした。
「マルク、あんまりいじめてやるな。」
「……高位貴族が来たら黙るくらいなら、初めから言わなければいいのにな」
「まあ、学園内に『実力主義』が完全に浸透するには、まだ少し時間がかかるんだろうさ。まだ俺たちの伝説は始まったばかりだ。これから少しずつ、奴らにも嫌というほど認めさせてやればいい」
グランが堂々と笑い飛ばすと、平民組の面々も頼もしそうに頷いた。
そして『蒼白銀の翼』のメンバー全員がテーブルに集まり、賑やかな食事の時間が始まるかと思いきや、いつものように六人による『グランの隣の席』の争奪戦が勃発しそうになった。
しかし、グランがそれを優しく制した。
「今日は、魔導大会でルヴィが一番頑張ったんだから……ルヴィに俺の隣へ来てほしいな」
その言葉を聞いた瞬間、ルヴィリスはぱぁっと花が咲いたような極上の笑顔を浮かべ、嬉しそうに椅子を引いてグランにぴったりと密着するように座った。
「……ぐぬぬっ」
「今日は仕方ありませんわね……」
他の五人は悔しそうに唸り声を上げながらも、今日の主役であるルヴィリスに譲る形で、渋々それぞれの席へと座っていった。
一方、グランの反対側の隣に座っていたマルクが、気を利かせて立ち上がろうとした。
「グラン、俺の席も誰かに譲ろうか?」
「いや、お前の横にはレキシがいるだろう? そのままでいいさ」
グランがそう言うと、マルクの隣に座っていたレキシが、からかうように上目遣いで微笑んだ。
「マルクが私から離れちゃうのは、ちょっと嫌かなー?」
「……っ! じ、じゃあ仕方ねえな!」
レキシの可愛らしい言葉に顔を真っ赤にしたマルクは、照れ隠しのようにぶっきらぼうに言い捨て、ドカッと勢いよく自分の席に座り直すのだった。
しばらくすると、一人の貴族の女子生徒が緊張した面持ちでテーブルに近づいてきた。
どうやら『蒼白銀の翼』のメンバーに話があるようだ。
「あの……少しだけ、お話しよろしいでしょうか」
グランがキョロキョロと周囲を見回し、「誰に用なんだ?」と尋ねると、女子生徒は「グラン様に」と答えた。
「俺に? 何の用だ?」
「私、先日の四聖華様方の16歳の誕生日パーティーに参加しておりまして……その時に、あなたが四聖華の皆様ととても親しげに踊られているのを拝見したのです。もしかして……グラン様は、皆様の『婚約者』なのでしょうか?」
グランは一瞬にして嫌な汗を滝のように流し、「い、いや、決してそんなんじゃないぞ!」と慌てて否定した。
しかし、当の四聖華たちは余裕の笑みを浮かべながら「ふふっ、いずれそうなるのよ」と女子生徒をあしらい、グランに向けて『逃がさないわよ』という強烈な無言のプレッシャーを一斉に放った。
「っ……すまん、少し夜風に当たってくる」
四方八方からの重すぎる愛情とプレッシャーに耐えきれず居心地が悪くなったグランは、逃げるように席を立ち、テラスへと向かった。
冷たい夜風に当たりながらふうっと息を吐いていると、背後からテラスに誰かが入ってくる気配がした。
「ん? 誰だ?」と振り返ると、そこにはルヴィリスの弟であるルークが立っていた。
ルークは鋭い目でグランを睨みつけ、「僕の姉を穢したやつ……!」と敵意をむき出しにして迫ってきた。
「おいおい、人聞きの悪いことを言うな。俺はルヴィにそんな真似はしていないぞ」
「じゃあ、なぜ姉の気持ちに応えない! 気持ちがないのなら、変に期待を持たせずにさっさと手を引けばいいだろう!」
ルークの痛いところを突く言葉に、グランは表情を引き締め、真妙な顔で答えた。
「……ルヴィへの気持ちがないわけじゃない。だが、俺はまだ、彼女たちの中から誰かを選ぶことができないんだ」
「ふざけるな! お前は確かに学園最強かもしれないが、強いからといって女心を弄んで好き勝手に遊んでいいわけじゃないぞ!」
「……お前の言う通りだな。俺の態度は、不誠実だと言われても仕方がない」
グランが反論せず、ルークの真っ直ぐな怒りを静かに受け止めた、その時だった。
「やめなさい、ルーク!!」
いつの間にかテラスまで追いかけてきていたルヴィリスの怒声が、夜の空気を切り裂いた。
予想外の姉の登場に、ルークはビクッと肩を震わせて驚き、振り返った。
「ルーク、いい加減になさい。私が誰を愛するかは、私の自由よ。あなたに口出しされる筋合いはないわ」
「姉さん、目を覚ませよ! この平民は、色んな女に手を出して弄び選ぼうとしないクソ野郎だぞ!」
姉を想うがゆえのルークの叫びだったが、その言葉を聞いた瞬間、ルヴィリスの顔にこれまでにない激しい怒りが浮かんだ。
パァァァンッ!!
小気味良い平手打ちの音が、静かなテラスに鳴り響いた。
「なにも知らないくせに、私の最も大事な人を侮辱しないでちょうだい!!」
赤く腫れた頬を押さえて呆然とするルークに対し、ルヴィリスは悲痛な、しかし確固たる意志を持った声で鋭く言い放った。
しばしの静寂が、冷たい夜風と共にテラスを包み込んだ。
すると、ルヴィリスはそっとグランの腕に自分の腕を絡ませ、ルークへ向けて凛とした声で紡ぎ始めた。
「私はたとえ最後に選ばれなかったとしても、それまではずっとグランを愛し続けるわ。それが私の偽らざる気持ちよ。お父様もお母様も、私のその覚悟をちゃんと分かってくれている。でも……あなただけは、最後まで分かっていなかったのね」
ルヴィリスは少し悲しそうな声で続ける。
「だからこそ、私の16歳の誕生日パーティーの時、あなたは両親から『裏で大人しくしていなさい』と釘を刺されたのよ」
「私のことを大事に思ってくれているのは分かるけれど、自分のちっぽけな価値観だけで物事を推し量らないで頂戴。あなたがそのくだらない貴族主義の思想に囚われ、平民だからといって彼を見下し続ける限り……私はもう、あなたを弟とは思わないわ」
そしてグランに顔を向け歩み始める。
「行きましょう、グラン」
ルヴィリスは冷たく言い放ち、グランと共にテラスを後にして煌びやかな会場へと戻っていった。
ルークは、優しかった姉に初めて手を上げられたショックと、完全な拒絶の言葉から抜け出せず、ただ一人暗いテラスで立ち尽くしていた。
交流パーティーも中盤に差し掛かると、もはや恒例行事となった『六人全員と踊らなければならない』という過酷な時間がグランを襲った。
ルヴィリス、エルスメリア、ディアドラ、ソフィア、オリヴィア、セルフィリア。
各自と2曲ずつ、計12曲ものステップをノンストップで踊り切ったグランは、さすがに体力を消耗して少し疲労の色を見せていた。
先ほどのテーブル席に戻って一息ついていると、今度は見知らぬ貴族の女子生徒四人組がこちらへ近づいてきた。
一人の小柄な少女がもじもじと俯いており、他の三人が「ほら、頑張って!」と背中を押すように応援の声をかけている。
そして、覚悟を決めたように顔を上げたその少女は、真っ赤な顔でグランを見つめて口を開いた。
「あ、あのっ! 去年の魔導大会の時から、ずっとグラン様のファンでした!今日、もしよろしければ……一生の思い出にしたいので、私と一曲だけ踊ってくれませんか?」
勇気を振り絞った申し出を聞き、隣にいたマルクが「おいおい、モテすぎだろお前」とニヤニヤしながら茶化した。
しかし、それを聞いていたカロンが「おい、まずいぞ……」と顔を引きつらせて後ろを振り返った。
グランも釣られて振り返ると、そこにはドレス姿の四聖華と王女、そして皇女の六人が、文字通り『凄まじい目』でこちらを睨みつけていた。
「あ……っ。やっぱり、皆様がいらっしゃるからダメですよね……」
背後からのすさまじいプレッシャーに気づき、ファンの少女はしょんぼりと肩を落として去ろうとする。
だが、グランは無言のまま立ち上がり、去ろうとした少女の小さな手を優しく取った。
そして、王女、皇女、四聖華の視界など気に留める様子もなく、そのままスマートに少女をフロアの中央へとエスコートした。
優雅なワルツの曲が始まると、グランは驚く少女を完璧にリードし、華麗なステップで踊り始めた。
少女は最初こそ戸惑っていたものの、憧れの彼が自分と踊ってくれていることに感激し、やがて満面の笑顔を咲かせてステップを合わせた。
そして一曲が終わり、グランが静かに手を離して一礼する。
「本当に、一生のいい思い出になりました! ありがとうございます!」
少女は涙ぐみながら深くお辞儀をし、友人たちのもとへと嬉しそうに駆け出していくのだった。
席に戻ってきたグランを、四聖華と王女と皇女は腕を組んでジト目で待ち構えていた。
「……気持ちは分かりますけど、いくらなんでも優しすぎじゃありませんこと?」
エルスメリアが少し頬を膨らませて咎めると、グランは困ったように頭を掻いた。
「そうは言っても、勇気を出して声をかけてくれたんだ。あのまましょんぼりさせて放っておくわけにはいかないだろう」
『ふふっ。この調子だと、近いうちに、マスターの【公式ファンクラブ】でもできるんじゃないですか?』
脳内でアンサートーカーまでが面白がるように茶化してくる。
そんな六人から詰め寄られるグランの修羅場めいた姿を見て、マルクとカロンは「俺たちは絶対に自分の彼女一筋でいよう」と心の中で固く誓うのだった。
やがて交流パーティーも終盤に差し掛かり、学園長が壇上に立ってマイクを握った。
「今年からは完全な実力主義を掲げ、初めての魔導大会となった。今までは平民と貴族で分けていたが、どうだ諸君。身分の差によって初めはどうしても魔力や技術に差は出るが、努力次第では完全に逆転できるということは、このSクラスを見れば分かったはずだ」
学園長の言葉に、会場に集まった生徒たちは真剣な表情で頷き合う。
「王国学園はこれからも実力主義を貫き、学生たちの強さの質をさらに引き上げていく。そのことを、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
そして学園長は、ニヤリと悪戯っぽく笑って視線をグランへと向けた。
「では最後に、我らがSクラスの頂点、グランよ! 締めの一言を頼むぞ!」
「なっ……!?」
学園長の突然の無茶振りに、グランはたまらず頭を抱えた。
しかし、大勢の視線を集める中で断るわけにもいかず、ため息をつきながら壇上へと向かった。
(何を話そうか……そうだ。ちょうどいい機会だし、蒼白銀の翼の入部試験について告知しておくか)
マイクの前に立ったグランは、静まり返った会場を見渡して口を開いた。
「4月にも言った通り、この魔導大会が終わったタイミングで、俺たち『蒼白銀の翼』の入部試験を行う。日取りは5日後だ。希望する者は、忘れずに入部試験の申し込みをしてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、会場中の生徒たちの目の色がさっと変わった。
「試験内容は、面接と模擬戦だ。俺たち蒼白銀の翼の各メンバーが試験官を担当させてもらう」
「ただ……簡単な試験ではないとだけ言っておく。もちろん、基準に達しなければ合格者ゼロということも大いにあり得る」
どよめく生徒たちに向け、グランは力強く言葉を続けた。
「だが、勘違いしないでくれ。入部の条件に『今の強さ』は関係ない。俺たちが見るのは、どちらかといえば君たちの『心』だ」
「そして、見事試験に合格したとしても、俺たちからの本格的な指導が始まるのは2学期からになる。それだけは了承しておいてくれ」
「それでは……まだ見ぬ新入部員の諸君。これからよろしく頼む!」
グランが見事に締めの挨拶を言い放つと、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
交流パーティーがお開きとなり、仲間たちのもとへと戻ってきたグランを、四聖華たちは笑顔で出迎えた。
「グラン、今の挨拶すっごくかっこよかったわよ!」
「ああ、ありがとう。……まったく、学園長にはしてやられたがな」
一方、マルクやカロンたち平民組は、すでに気合十分といった様子で軽く体を捻っていた。
「よっしゃ! 5日後の入部試験に向けて、俺たちも試験官としての調整をしておかないとな!」
グランはそんな仲間たちの頼もしい姿を見ながら、(俺も入部試験の準備を進めないといけないな)と気を引き締め、充実感と共に煌びやかなパーティー会場を後にするのだった。




