第80話:Sクラスの頂点
決勝の舞台へと上がるべく、グランとルヴィリスは並んで薄暗い通路を歩いていた。
すると不意に、ルヴィリスがスッと距離を詰め、グランの腕に自身の腕を絡ませてきた。
「おいおい、俺たちは今から決勝戦を戦う相手同士だろう?」
グランが苦笑しながらたしなめるが、ルヴィリスは密着したまま離れようとしない。
「……ここまで来れたのは、グランが私のリンク・ウェポンにアップデートを施してくれたおかげよ」
「俺はあくまで機能を追加しただけだ。それを実戦レベルまで使いこなしたのは、ルヴィの血の滲むような努力の成果だろう」
「ふふっ、ありがとう。でも、グランってば魔導大会の本番まで、私がアップデート機能を持っていることを誰にも言わなかったわね」
「春休みの時いろいろあったしな。結局ルヴィが一人で来た時にメンテナンスとアップデートを行ったから、みんなは知る由もなかったし。それにルヴィが、演習場での鍛錬でも一回も使わずに隠していただろう? 使うならルヴィのタイミングで使うはずだと思って、俺もあえて黙っていたんだ」
「やっぱり、みんなにはギリギリまで秘密にしておきたかったから。……でも、まさか魔導大会のこの舞台まで隠し通すとは思っていなかったでしょ?」
「ああ。手の内を隠すにしては徹底しすぎていると、内心驚いていたよ」
ルヴィリスは少しだけ不安そうな瞳で、上目遣いにグランを見つめた。
「……ずるかったかしら?」
「いや、手の内を隠すのは戦いにおける基本中の基本だ。本物の命の取り合いなら当たり前のことだし、見事な作戦だったと思うぞ」
グランの力強くも優しい言葉を聞き、ルヴィリスは心底ホッとしたように、花が咲くような嬉しそうな笑みを浮かべた。
やがて、光が差し込む舞台の入り口前まで到着すると、ルヴィリスは名残惜しそうにゆっくりとグランの腕を離した。
「それじゃあ、お互いにベストを尽くそう」
「ええ、もちろんよ。……手加減なんて、絶対に許さないんだから!」
ルヴィリスが力強く宣言し、二人は並んで眩い光の差す演習場の舞台へと足を踏み入れた。
二人が姿を現した瞬間、観客席からは演習場が揺れるほどの割れんばかりの大歓声が沸き上がった。
Sクラスの決勝戦であり、事実上の『学園最強』が決まる一戦。
そして何より、今や学園の伝説となりつつある『蒼白銀の翼』の頂点を決める戦い。
会場中のすべての人間が固唾を呑んで見守る中、運命の決勝戦の開始を告げる銅鑼の音が、重々しく鳴り響いた。
試合開始の銅鑼が鳴り響くと同時、グランは静かに構えを取った。
ルヴィリスの最大の強みは弓とビットによる遠距離の波状攻撃であるため、当然距離を取ってくるだろうと予想していたグランだったが、次の瞬間に少し驚きを見せた。
なんとルヴィリスは弓ではなく『剣』を構えていたのだ。
グランが微かに見せた驚きの表情に、ルヴィリスはしてやったりの笑みを浮かべる。
彼女はそのままリンク・ウェポンの剣を握り、炎を纏わせた二つのビットを前方に展開しながら、グランへと真っ直ぐに突進してきた。
「はああああっ!」
グランは即座に『イージス』を展開して防ごうとしたが、ビットはイージスの防壁に激突する直前で器用に左右へと分かれ、防壁を迂回した。
グランが視線だけでビットの行方を追いつつ、目の前に迫ったルヴィリスの鋭い剣撃を紙一重で躱し、カウンターの拳を放つ。
しかしルヴィリスはそれを身を沈めて回避すると同時に、迂回させていた二つのビットをグランの左右斜め後ろへ取り囲むように回り込ませた。
「……ビットを直接ぶつけないのか?」
「そんな単純な真似、するわけないでしょ!」
ルヴィリスが叫ぶと同時、グランの背後に滞空した二つのビットから、高火力の『ファイアボール』が立て続けに発射された。
グランは鋭いステップで背後からの魔法を回避するが、その隙を突いてルヴィリスが横薙ぎに剣を振るってくる。
グランは身を捩ってその凶刃も躱したが、連携の鋭さに僅かに体勢を崩されてしまった。
その間にも、ルヴィリスのビットからは継続してファイアボールが固定砲台のように放たれる。
グランは魔力を纏わせた腕でそれらを的確に弾き落としていくが、弾ききれなかった爆風や熱波によって、微小なダメージが確実にライフゲージへと蓄積していく。
『マスター。あのビットに内蔵されている魔石化した宝石の魔力が尽きるまで、あの連射はずっと続きます。おそらく、この大会のために、魔力を溜め込み続けていたのでしょう』
脳内のアンサートーカーが、ルヴィリスの勝利への執念に驚愕するような声で告げた。
ビットから絶え間なく発射される正確な火炎魔法と、距離を取り直して弓での狙撃に切り替えたルヴィリス。
それはまさに、複数の熟練魔導士を同時に相手にしているような圧倒的な弾幕だった。
(まずはあのビットが邪魔すぎるな……!)
グランは複数の対象を同時にロックする魔法『マルチロック』を展開し、飛び回る二つのビットに照準を合わせた。
しかし、グランの魔法が発動した瞬間、ルヴィリスは自身のリンク・ウェポンを操作し、ビットを一瞬だけ空間に『収納(消去)』し、すぐさま別の場所へと再出現させた。
「なっ……!?」
ロックオンしていた対象が消失したことで、グランの『マルチロック』の魔法式が霧散してキャンセルされてしまう。
「驚いた。ルヴィ、マルチロックの弱点を知っていたのか?」
「ふふっ。以前、聖域でグランがマルチロックを使った敵を私が倒したら、敵に付与されたロックの紋章が、敵が絶命したのと同時に消えたのを見て思ったのよ」
ルヴィリスは再びビットをグランの周囲に展開し、火炎魔法の雨を降らせながら得意げに微笑んだ。
「もしかして、対象を一度収納して隠してしまえばロックも外れるんじゃないかと思って……。グランに直接聞くのもどうかと思ったからぶっつけ本番だったけど、成功してよかったわ!」
『……戦闘中の僅かな情報から弱点を見抜くとは、なかなか鋭い観察眼ですね』
(ああ、本当によく見ている。大したものだ)
『ほんと、お熱いですねぇ』
アンサートーカーの茶化すような言葉をスルーし、グランは戦況を冷静に分析した。
(このままではジリ貧だな。ビットを破壊しようにも、魔法を当てる前に消されて回避されるなら意味がない)
『どうするおつもりですか?』
「……なら、もうルヴィリス本体を直接狙って黙らせるしかないな」
グランは両手に『蒼白銀』の超高密度の魔力を集束させ、下腹部の前で球状に構えた。
その尋常ではない魔力の高まりを見て、ルヴィリスは即座に危険を察知し、弓に魔力を込め炎の矢を連射しながらビットの攻撃をさらに激しくする。
だが、グランは『サンクチュアリー』を展開しつづけ、炎の矢の雨を強引に防ぎながら、両手を一気に前方へと突き出した。
「『プレッシャー・カノン』!」
圧縮された蒼白銀の魔力弾がルヴィリスへと放たれた。
ルヴィリスはすぐさまビットを自身の前へと戻し、ビットに残されたすべての魔力を消費して極厚の多重結界を展開した。
ドゴォォォォンッ!!
プレッシャー・カノンがそのまま結界に激突する。
凄まじい衝撃と共に舞台の半分が真っ白な煙に包まれる。
グランはその煙を隠れ蓑にし、一瞬でルヴィリスの懐へと肉薄した。
しかし、ルヴィリスは自身の持つ『遠視と透視の魔眼』を起動し、白煙越しに接近してくるグランの姿を正確に捉えていた。
防御に使ったビットが破壊されたルヴィリスは、すぐに弓から剣へと切り替え、完璧なタイミングで近づくグランへと斬りかかる。
だが、グランはルヴィリスの剣が届く寸前でピタリと急停止し、タイミングを完全にずらして彼女の渾身の剣撃を空振りさせた。
「しまっ……!」
隙を見せたルヴィリスだったが、彼女はあえて剣を戻し弓を召喚し、同時に地面に仕掛けておいた『隠蔽魔法』のトラップを起動しつつ、至近距離から炎の矢を放った。
グランはそれを『イージス』で弾き飛ばし、そのままルヴィリスの弓を持つ腕をガシッと掴む。
ルヴィリスは負けじともう片方の空いた手で再び剣を取り出し、グランを斬りつけようとする。
しかし、それよりも一瞬早く、グランの蹴り上げ『魔導翔烈脚』がルヴィリスの身体を下から強烈に打ち上げた。
「きゃあっ!」
まともに蹴りを食らったルヴィリスの身体が宙に吹き飛び、地面を転がる。
だが、彼女のライフゲージはまだ僅かに残っていた。
対するグランのライフゲージも、これまでの蓄積ダメージで半分を切っている。このまま一気に追撃して勝負を決めようと、グランが地を蹴った瞬間だった。
「もらったわ!」
ルヴィリスが吹き飛ばされながら仕掛けていた『囮の隠蔽魔法』が発動し、グランの注意が一瞬そちらへと逸らされる。
その動きを予測していたルヴィリスは、グランが回避した先にある『本命のファイアウォールの隠蔽トラップ』を起動させた。
「ぐっ……!」
グランは避けきれずに炎の壁に包まれ、ついにライフゲージが限界ギリギリまで削り取られた。
お互いに、あと一撃でも入ればライフゲージが尽きるという極限状態。
ルヴィリスは最後の賭けに出た。
深く腰を落として弓を引き絞り、今自身の体内に残っている『すべての魔力』を一本の矢に注ぎ込む。
対するグランも、全身に蒼白銀の魔力を纏い、静かにルヴィリスの動きを待った。
「これで、おしまいっ!!」
ルヴィリスが指を離した瞬間、赤い光を纏った神速の矢が、空間を焦がしながらグランへと襲い掛かった。
だが、グランはその神速の矢を、まるで武器にソードブレイクをするかの如く、実体のない矢を両手で受け止める。
「えっ……」
驚愕で目を見開くルヴィリスの懐に、グランはすでに潜り込んでいた。
グランはルヴィリスの手首をふわりと掴むと合気道の要領で、綺麗に地面へと転ばせ、その喉元に手刀を突き付けた。
「……あの一撃を止められたら、もう私の負けだわ。降参よ」
仰向けに倒れたルヴィリスが清々しい笑顔で宣言すると、審判から高らかにグランの優勝が告げられた。
「本当にギリギリの戦いだった。強くなったな、ルヴィ」
グランが微笑みながら手を差し伸べると、ルヴィリスはその手を取らず、じっとグランを見つめて両腕を伸ばした。
「……ディアの時みたいに、私も抱っこして連れて行ってちょうだい」
「分かったよ」
グランは仕方ないなと笑いながら、ルヴィリスを優しくお姫様抱っこで抱きかかえ、大歓声に包まれる演習場を後にした。
学生たちの観客席は、Sクラスの圧倒的な強さへの興奮と、その頂点に立った『平民の男』に対する深い尊敬と畏怖の念で震えていた。
やがて学園長が舞台へと上がり、マイクを握る。
『皆の者、見たか! これが今の王国学園の頂点だ! 他の者たちも彼らを目標とし、さらなる精進に励むのじゃ!』
観客たちのボルテージが最高潮に達する中、熱狂に包まれた魔導大会は無事に閉幕の時を迎えた。
大会の後は、例年通り参加者たちによる大々的な『交流パーティー』が開かれることになっていた。
Sクラスの生徒は出欠自由であったため、グランは面倒くさがって辞退し、学生寮へと戻ろうとしていた。
しかし、通路を歩いているところで『蒼白銀の翼』のメンバー全員に見事に捕まってしまった。
「せっかくだから、みんなで出ましょうよ!」
「そうよ! 今年の大会で優勝し、Sクラスの頂点に立ったあなたが参加しないと、パーティーが締まりませんわ」
「いや、俺はああいう堅苦しい場所はめんどくさすぎるんだが……」
「どうせグランがめんどくさがって出ないなら、私たち『蒼白銀の翼』全員で参加して、外堀から埋めるしかないわね!」
結局、女性陣の押しと、平民組の「美味しいもの食べたい」という誘惑に負け、グランは無理やりパーティーへと参加させられることになった。
自室に戻り、「さて、何を着ていくか……」と悩んでいると、突如として空間が歪み、アリスティアの通信と共に『一つの包み』が転送されてきた。
『グラン。パーティー用の礼服なら、私の方で完璧なものを用意してるわ!これを着てみんなと踊りなさい!』
包みを開けると、そこには漆黒の最高級生地をベースに、各所に『蒼白銀』の鮮やかな差し色と意匠が施された、目を奪われるほどに美しい礼服が入っていた。
「……いやいや、これを俺が着るのか? 目立ちすぎるだろ」
苦笑いしながらも着替えを済ませたグランが寮のロビーへ降りていくと、すでに平民組の四人が待機していた。
「おっ、グラン!……って、すげえ礼服だな! どこの貴族かと思ったぜ!」
カロンが目を丸くして驚き、レキシやニーナも目を輝かせた。
「グラン君、それを着ているとまるで別人みたいね……!」
「すっごくかっこいい!」
「うるせえ。俺だって着たくて着てるわけじゃないんだぞ」
照れ隠しにグランが悪態をつくと、正装でビシッと決めたマルクが笑いながら背中を叩いた。
「王女様たち貴族組は、屋敷から直接会場に向かうってよ。だから、俺たち平民組だけで先に行こうぜ!」
「ああ、そうだな。行くか」
グランは一つため息をつくと、仲間たちと共に華やかな交流パーティーの会場へと歩みを進めるのだった。




