第79話:去年の雪辱
ルヴィリスとエルスメリアは互いに演習場の舞台へと降り立ち、静かに相対した。
「もちろん、手加減なしでいくわよ」
「ええ。あなたと王女殿下の試合を見て、手加減なんて甘い考えはとうに捨てていますわ」
互いに不敵な笑みを浮かべ、それぞれの魔導兵装『リンク・ウェポン』を展開して構えを取る。
試合開始の銅鑼が鳴ったと同時に、ルヴィリスは得意の遠距離戦(弓モード)に持ち込むべく、素早く後方へと跳躍して距離を取ろうとした。
しかし、エルスメリアはそれを完全に読んでおり、重装備とは思えない速度で一気に接近戦へと持ち込むべくルヴィリスを追いかける。
「来ると分かっていれば、対処のしようはあるわ!」
ルヴィリスはエルスメリアの接近を想定し、去年の魔導大会でも使用した『炎の壁』による隠蔽魔法を自身の眼前に展開した。
だが、エルスメリアは一切怯むことなく、展開した『浮遊盾』に風の魔法を纏わせ、炎の壁ごと強引に吹き飛ばして突進を続ける。
目隠しを破られたルヴィリスは即座にリンク・ウェポンを『剣モード』に切り替え、肉薄してきたエルスメリアへと鋭く斬りかかった。
エルスメリアは咄嗟に浮遊盾を動かしてその剣撃を完璧に防ぐと、そのまま盾を前へと押し込み、ルヴィリスの体勢を大きく崩した。
「隙だらけですわよ!」
バランスを崩したルヴィリスに対し、エルスメリアが容赦なく重厚なメイスを横薙ぎに振るう。
ルヴィリスは反射的に剣を盾にしてメイスの一撃を防いだものの、エルスメリアの規格外の腕力に耐えきれず、後方へと大きく弾き飛ばされてしまった。
だが、ルヴィリスはただでは吹き飛ばされない。
空中で体勢を立て直しながら、火炎魔法『ファイアランス』を無詠唱で放ち、追撃しようとするエルスメリアの足を止めさせた。
「……逃げ足の速い。距離を取られてしまいましたわね」
「ふふっ、ここからが私の本領よ」
エルスメリアが苦い顔で浮遊盾とメイスを構え直すと、着地したルヴィリスはリンク・ウェポンを再び『弓モード』に戻した。
すると、弓を構えたルヴィリスの両脇に、見慣れない『二つの浮遊物体』がふわりと姿を現した。
「……ルヴィ。それは、一体何ですの?」
「これ? グランが半年の定期点検の時に、私のリンク・ウェポンに【アップデート】を施してくれたのよ」
「なっ……ずるいですわ! 私のにはまだそんな機能追加されていませんのに!」
エルスメリアが声を荒げて抗議すると、ルヴィリスは少し自慢げに胸を張った。
「グランは『リンク・ウェポンを完全に使いこなせるようになったらアップデートしてやる』って言っていたから、遅かれ早かれみんなの武器もやってくれるはずよ。でも、私が一番早かったってことね!」
「ぐぬぬっ……!」
エルスメリアはハンカチを噛むような顔で悔しがりながらも、ルヴィリスの周囲を回る謎の浮遊物に対する警戒を最大まで引き上げた。
(グラン君がわざわざ手間をかけて作ったリンク・ウェポンの新機能……それが、大したことのない見掛け倒しなわけがありませんわ!)
エルスメリアが浮遊盾を前面に展開し守りを固めると、ルヴィリスは弓を引き絞り、炎の矢を複数同時に放った。
エルスメリアはそれを浮遊盾で的確に防ぎつつ、再び間合いを詰めようと前進する。
――しかし次の瞬間、死角となっていた浮遊盾の側面に、強烈な衝撃が走った。
「くっ!? 今度はどこから……!」
盾の陰になって見えていなかった、あの『浮遊物』が独立して攻撃を仕掛けてきたのだ。
エルスメリアの防御陣形が一瞬乱れたその隙を逃さず、ルヴィリスはさらに精度の高い炎の矢を放つ。
エルスメリアは咄嗟に魔力を練り上げ、強力な結界魔法を展開して炎の矢を防ぎ切り、大きく距離を取って体勢を立て直した。
「なるほど……それは、ディアの『ソードビット』みたいなものですのね」
「そうね。攻撃にも防御にも使える万能ビットよ。もちろん、私の意志で自在に操れるわ」
エルスメリアは冷や汗を流した。ただでさえ厄介なルヴィリスの遠距離攻撃に、完全に独立して動く二つの手数が加わったのだ。その脅威は計り知れない。
その後も、ルヴィリスは弓とビットによる変幻自在の波状攻撃を仕掛け続ける。
対するエルスメリアも、鉄壁の浮遊盾で多方向からの攻撃をいなしながら、時折『暴風の弾』を魔法で発射してルヴィリスを追い詰めようと応戦する。
ルヴィリスはビットを巧みに操って攻防を切り替え、エルスメリアの猛攻を躱しながら、互いの持ち味を極限までぶつけ合う熾烈な距離戦が続いていく。
エルスメリアは突如として、自身の前面に展開していたすべての浮遊盾を背後へと移動させた。
ルヴィリスはその異様な行動に驚愕しつつも、次に何をしてくるのかと最大限の警戒を向ける。
すると次の瞬間、エルスメリアの背後にある浮遊盾から、まるでジェット噴射のような凄まじい勢いで『暴風魔法』が発動した。
「行きますわよっ!」
その莫大な推進力を利用し、エルスメリアは重装備の常識を覆すほどの超スピードで、一気にルヴィリスとの距離をゼロにまで詰めてきた。
「くっ……!」
ルヴィリスは咄嗟にリンク・ウェポンを『剣モード』に切り替え、二つのビットに魔力を最大限まで注ぎ込んで自身の前面に防壁として展開する。
そして、超加速が乗ったエルスメリアのメイスと、ルヴィリスの全魔力を込めたビットが正面から激突した。
ズドォォォォンッ!!
演習場全体を揺るがすような、凄まじい衝撃波と爆音が会場を包み込む。
「きゃあっ……!」
ルヴィリスはその規格外の威力に耐えきれず、後方へと大きく吹き飛ばされてしまう。
しかし、激突したエルスメリアもまた、その凄まじい反動を殺すためにすぐさま暴風魔法を逆噴射させ、必死に自身の体勢を立て直していた。
エルスメリアは体勢を崩したルヴィリスに追撃をかけるべく、メイスを大きく振りかぶった。
しかし突如、エルスメリアの背中に強烈な衝撃が走った。
ルヴィリスの放った『ビット』だ。
彼女は先ほどの激突で吹き飛ばされる直後、密かに上空へビットを飛ばしておき、時間差で死角から攻撃に転じさせたのだ。
まさかの背後からの強襲に、さしものエルスメリアも体勢を崩し、一瞬の決定的な隙を作ってしまう。
ハッと前を向くと、そこにはすでに弓を引き絞ったルヴィリスの姿があり、そのまま紅蓮の炎の矢が放たれた。
エルスメリアは咄嗟に浮遊盾を前面に展開して矢を防ぐが、今度は二つのビットが左右から同時に迫ってくる。
彼女は浮遊盾を左右の防御に回し、前方の守りは強固な結界魔法を展開して補おうとした。
しかし、前方にいるはずのルヴィリスの姿が忽然と消えていた。
「どこへ……!?」とエルスメリアが視線を彷徨わせた直後、頭上高く跳躍していたルヴィリスから、雨霰のような炎の矢が降り注いできた。
エルスメリアは慌てて上空へ結界を張るが一歩間に合わず、降り注ぐ炎の雨によってライフゲージに確かなダメージを負ってしまう。
そのままエルスメリアの頭上を飛び越えて背後へと着地したルヴィリスは、弓に極限まで魔力を溜め始めた。
エルスメリアも即座に振り向き、浮遊盾のすべてに魔力を注ぎ込んで全方位の絶対結界を張り巡らせる。
ルヴィリスが構える弓の真横に二つのビットが滞留し、同じように眩い魔力の光を放ち始めた。
そして、必殺の矢が放たれた。
射出された炎の矢を、二つのビットが周囲を高速回転しながら追従し、推進力と破壊力を極限まで底上げしてエルスメリアの盾へと激突した。
凄まじい轟音が演習場を揺るがし、この試合で一番の巨大な砂埃が舞い上がる。
やがて砂埃が晴れると……そこには、必殺の一撃を正面の結界で見事に防ぎ切ったエルスメリアの姿があった。
だが――彼女のすぐ背後には、いつの間にか『剣モード』に切り替えたルヴィリスが立ち、その切っ先をエルスメリアの背中にピタリと突き付けていた。
「……まさか、私が完全に背後を取られるなんてね。降参だわ」
エルスメリアがふうっと息を吐いて負けを認めると、審判からルヴィリスの勝利が高らかに宣言された。
四聖華同士の次元の違うハイレベルな攻防戦に、場内の観客たちは総立ちとなって大歓声と拍手を送った。
その後、二人がSクラス専用の観覧席へ戻ってくると、メンバーたちは皆で立ち上がり、その素晴らしい試合内容を褒め称えた。
「くっ……今回はリンク・ウェポンのアップデートがあったにせよ、完全に戦術でしてやられましたわ」
エルスメリアは悔しそうな顔をしながらも、清々しい笑顔でルヴィリスの健闘を称えた。
「ふふっ。でも、ビットの存在が秘密だったから勝てたようなものよ。もし最初から見せていたら、あなたなら絶対に対策していたはずだわ」
ルヴィリスも友の鉄壁の防御力を心から認め、謙遜するように微笑んだ。
そして、ルヴィリスはビシッと指を突き出し、その切っ先をグランへと向けた。
「去年の魔導大会では一番初めにあなたに負けたけれど……今回の決勝は、私が勝つわよ!」
「ああ。去年より遥かに強くなったルヴィと戦えるのを、心から楽しみにしている」
グランは力強く宣戦布告をしてきたルヴィリスの成長に目を細め、静かに闘志を燃やしながら、いよいよ始まる『決勝戦』の舞台へと足を運ぶのだった。




