第78話:追いついた背中
エキシビジョントーナメントはいよいよ佳境に入り、準決勝の幕が切って落とされようとしていた。
第1試合はグラン 対 ディアドラ。
去年の魔導大会において、ディアドラは試合開始前に自身の『未来視の魔眼』の秘密を自らグランに明かし、対等の条件で戦おうとする高潔な精神を披露した。
そして今回、彼女は聖域や『蒼白銀の翼』での過酷な鍛錬を経て、さらにグラン自身が創造した魔導兵装『リンク・ウェポン』を手にしてこの舞台に立っている。
互いにすべての手の内を晒し切っている、まさに偽りなしの総力戦だ。
舞台の中央で対峙する二人。
ディアドラは凛とした表情で、グランに真っ直ぐな視線を向けた。
「グラン殿。一年前の魔導大会の時、私はあなたと『対等の条件』で戦おうと意気込んでいた。だが、今となっては……あなたは私の尊敬する師であり、誰よりも大切な人だ」
ディアドラの頬がほんのりと朱に染まるが、その瞳に宿る闘志は少しも揺らいではいない。
「だからこそ、私はこの大舞台で雪辱を果たしたい。あなたの背中を追うだけでなく、あなたの隣に堂々と立てる自分であると証明するために……全力で参る!」
「ああ。俺も、ディアのその強い意志に全力で応えよう」
グランが優しく、しかし確かな戦意を込めて頷くと、脳内でアンサートーカーが呆れたような声を上げてきた。
『未来視の魔眼を持つ相手に、あんなチート級のリンク・ウェポンまで与えて……。まるで敵に塩を送るような真似をしましたね』
(別に塩を送ったわけじゃない。あれはディアの身を守り、強くなってもらうために、彼女を想って贈ったものだ)
『はいはい、お熱いですね。しかしマスター、客観的に見て今回の彼女は今までで一番厄介ですよ。次期剣聖とまで謳われるほどに磨き上げられた剣技と、ソードビットによる死角のないオールレンジ攻撃。それに加えて、相手の行動を予測し最適解を導き出す未来視の魔眼。手強いことこの上ありません』
アンサートーカーは冷静にディアドラの戦力を分析し、最後にこう付け加えた。
『おそらく、去年の大会でマスターが見せた超高速の『魔導瞬天撃』も、すでに対策済みだと思われます』
(ああ、分かっている。……だが、だからこそ、そのすべてを超えて勝つから楽しいんだ)
『……本当、マスターは修羅ですね』
アンサートーカーが深い溜め息をつくが、グランは意識を目の前の戦いへと完全に切り替えた。
試合開始を告げる銅鑼が、演習場に重々しく鳴り響く。
ディアドラはリンク・ウェポンを一つの長剣モードで両手に構え、グランの真正面へと切っ先を向けた。
対するグランも静かに腰を落とし、素手のまま無駄のない構えを取る。
しかし、試合が始まっても二人はすぐには動かなかった。
互いにじりじりと、数ミリ単位で間合いを測り合うような静かな時間が流れていく。
派手な魔法の応酬を期待していた一般の観客たちは、なかなか動かない二人の様子に「どうしたんだ?」「お見合い状態か?」と不思議そうにざわめき始めた。
だが、専用観覧席から見守るSクラスの面々は、その静寂の中に潜む異常なほどの緊迫感を正確に感じ取っていた。
「まずこれだよな、あの二人の戦いは。一歩でも間合いを間違えたら、一瞬で首が飛ぶようなヒリヒリした空気だぜ」
マルクが額に汗を滲ませながら呟くと、隣で見ていたセルフィリアも興奮したように身を乗り出した。
「本当にそうね。お互いの間合いに入るまでの牽制のしあい、このじりじりとした緊迫感……見てるこっちまで痺れてくるわ!」
「ええ……。グラン様と対峙した時は、間合いに入っても一切の隙を見せてくださらないから、なかなかこちらから手を出すことができないのです。痺れを切らして先に攻撃を仕掛けても、完璧な『後の先』を取られていなされてしまいますし……かと言って逆に待ちすぎると、グラン様に一瞬の意識の隙を突かれて、見えないほどの速さで攻撃を受けてしまいます。あの絶妙なタイミングの駆け引きは、対峙している者にとって本当に恐ろしい圧力なんです」
ソフィアがかつての模擬戦での経験を思い出し、身震いするように語った。
「そうですわね、完璧な隙のなさゆえの膠着状態というわけですね。でも、ディアには『未来視』があります。グラン君の絶妙なタイミングの攻撃も、ある程度は予測できるはずですわ」
エルスメリアが冷静に分析すると、ルヴィリスが真剣な眼差しで舞台を見つめながら口を開いた。
「きっと、グランもそれが分かっているのよ。未来視で自分の攻撃が読まれると分かっているからこそ、あえて自分からは動かず、ディアが仕掛けてくるのを待っているのかしら……」
Sクラスの面々が息を呑んで見守る中、演習場の舞台上では、極限まで研ぎ澄まされた二人の間合いがいよいよ交錯しようとしていた。
息を呑むような静寂を破り、先に動いたのはグランだった。
グランはディアドラの間合いに入る寸前、一気に踏み込み、目にも留まらぬ速さで飛び出した。
だが、ディアドラはもちろん『未来視』でそれを完全に予測しており、完璧なタイミングで迎撃の突きを繰り出す。
グランは紙一重でその切っ先を躱し、そのままディアドラの懐へ潜り込んで反撃しようとする。
しかし、ディアドラはその躱される未来すらも事前に把握しており、突きからの戻しの手首を返し、そのまま流れるような軌道でグランの首を狙って刃を薙いだ。
グランも即座に対応し、腕を超高密度の魔力で覆ってその剣撃をガードしようとする。
その瞬間、ディアドラは握っていたリンク・ウェポンの長剣を分離させ、『二刀流』へと変化させて反対側からもう一撃を仕掛けた。
グランはそれを魔力を纏わせた足で正確に蹴り上げて防ぐと、一旦大きく後方へ跳躍して距離を置いた。
一瞬の間に何度も繰り広げられた、次元の違う攻守の応酬。
その息もつかせぬ神業の連続に、観客席からはどよめきと大歓声が沸き上がった。
「未来視があるにせよ、あのグラン相手に極限の反応速度であそこまで手数を繰り出すなんて……」
「ええ、それに瞬時に対応してのけるグラン様もさすがとしか言えませんわね」
Sクラスの面々も、二人の凄まじい攻防のレベルの高さに改めて驚嘆の声を上げる。
「すごいな、ディア。完璧な連携だ」
「未来視がなければ、最初の突きを躱された時点で私の負けで終わっていた」
「だが、それだけの未来視を連続使用して、眼や脳への負担は大丈夫なのか?」
「ふふっ。そこは大丈夫だが……試合中に相手の心配をするなんて、グラン殿にはまだ余裕があるのだな」
「いや、気分を悪くさせたならすまない。純粋に心配になっただけで、舐めているわけじゃないんだ」
「分かっている。グラン殿がそういう意味で言っているのではないことも、純粋に私を心配してくれていることも……だからこそ、私はあなたを超えたい!」
ディアドラの頬が少し赤く染まるが、彼女はすぐに闘志を再燃させ、リンク・ウェポンの『ソードビット』を空中に展開した。
そして二刀流の剣身に眩い光の魔力を纏わせ、神速の踏み込みでグランへと突撃してくる。
グランは即座に絶対防御の魔法『イージス』を展開し、光を纏った神速の二刀流の突きを正面から受け止めた。
しかし、ディアドラは突きをイージスに押し当てたまま、展開していたソードビットの群れを一斉にイージスの防壁へと突撃させた。
『警告。イージスの防御機能が低下しています』
脳内で響くアンサートーカーの警告に応じ、グランはイージスの魔力出力を一気に引き上げる。
しかし、ディアドラの双剣とソードビットがイージスの一点を集中して押し込む。
彼女はイージスの防壁に突き刺さった二本の剣に渾身の力を込め、両腕を横に大きく広げるようにして防壁を物理的かつ魔力的に『押し破った』のだ。
それはまるで、かつてグランが得意とするオリジナル技の一つ『魔導無双剣』を彷彿とさせるような、理外の破砕技だった。
イージスを打ち破ったディアドラは、その隙を逃さずグランに斬りかかる。
グランは咄嗟に両手を合わせ、合わさった二刀の振り下ろしを『ソードブレイク』の要領で挟み込んで防ぐ。
しかし、剣に込められた魔力が強すぎて折るまでには至らず、完全な『白刃取り』の形で拮抗してしまう。
その無防備になった背後から、先ほどのソードビットが容赦なくグランへと襲い掛かった。
グランはなんとか白刃取りの剣を横に弾き払いディアドラの体勢を崩し、背後から迫るソードビット群に向けて『マルチロック』からの『ロックオンレーザー』を一斉に放った。
だが、ディアドラは未来視で、グランがその迎撃手段に出ることも完全に読んでいた。
彼女はあらかじめ、ソードビットを精密に調整し、放たれたロックオンレーザーがグランを巻き込む様に配置していたのだ。
「なっ、しまった……!?」
グランはたまらず自身のレーザーを腕で防御するが、相殺しきれずにダメージを受け、ついに彼のライフゲージがごっそりと減少した。
「嘘でしょ!? グランのライフゲージがあんなに減るなんて……!」
「す、凄い戦いだ……もしかして、グランが初めて負けるのか?」
Sクラスの面々が驚愕の声を上げる中、ヒロインたちはその見事な戦いぶりに息を呑みながらも、「グランに最初に膝をつかせるのは自分でありたかった」という悔しさを各々に滲ませていた。
ステータス値を調整しているとはいえ、自身の絶対防御である『イージス』を力技で破り、さらにこちらの迎撃を利用してまともなダメージを与えてきたディアドラに、グランは内心で驚愕していた。
『イージスを破るとは、想定以上の攻撃力でしたね。ただ……ディアドラ様も、ここで勝負を決めるつもりだったのでしょう』
アンサートーカーが冷静に分析を告げる。
『魔導無双剣の模倣とはいえ、イージスを破るほどの強引な魔力行使。その消費は膨大です。目に見えて疲労していますよ』
その言葉通り、グランが視線を向けると、ロックオンレーザーの余波に巻き込まれないために、距離を離していたディアドラは、激しく肩で息をしていた。
グランは自身のライフゲージ(擬似ダメージのメモリ)を確認する。 残りはごく僅か。ちょっとした攻撃でもくらえば、ライフゲージはゼロになってしまうだろう。
(もう一撃もくらうわけにはいかないな……)
グランは気を引き締めるが、いかんせん相手は『未来視の魔眼』を持つディアドラだ。
そうやすやすとこちらの攻撃を避けさせてはくれないだろう。
(俺が、初めて敗北するかもしれない……)
そんな焦りの感情と、極限状態をどう覆してやろうかという戦士としての高揚感が入り混じり、グランは口元に笑みを浮かべながら静かに構え直した。
対して、ディアドラも満身創痍だった。
グランにまともなダメージを与えた代償は大きく、リンク・ウェポンの『ソードビット』は完全に破壊されていた。
自動修復機能はあるものの、内蔵された宝石に貯めていた魔力はすでに空であり、この試合中に修復されることはない。
そして何より、ディアドラ自身の残存魔力もほぼ底を突いていた。
(……次に未来視を使えば、完全に魔力が枯渇するかもしれない。なら、極限の一瞬を見極め、そのタイミングで使うしかない……!)
ディアドラは覚悟を決め、リンク・ウェポンを再び一つの『長剣』に戻して正眼に構えた。
演習場に、再び重苦しいほどの静寂が訪れる。
グランとディアドラは互いにゆっくりと摺り足で近づき、極限の集中力で相手との間合いを測り合う。
そして、互いの致死の間合いが触れ合った瞬間、両者は同時に弾かれたように飛び出した。
「はああああっ!」
ディアドラの鋭い剣筋を、グランは完全に動きを見切って完璧に躱す。 そしてすれ違いざま、グランはディアドラの利き腕である『右腕』を狙って強烈な手刀を繰り出した。
だが、ディアドラは即座に長剣を二刀流に分離させた。 あえて自身の『右腕』を犠牲にしてグランの攻撃を受けさせ、がら空きになった胴体へ、残った左腕の剣でトドメを刺そうと踏み込む。
(もらった……!)
しかし、右腕を狙ったグランの手刀は『フェイント』だった。
グランは手刀を途中で止め、同時に一年前の大会で見せた超高速の踏み込み技『魔導瞬天撃』を放つべく、姿勢を極端に低く沈め込んだ。
だが、ディアドラはその瞬間を待っていた。
「ここだっ!」
ディアドラは残された最後の魔力を振り絞り、『未来視』を発動。 グランが放つ『魔導瞬天撃』の軌道を完全に予測し、最小限の動きでその超高速の一撃を躱してみせた。
グランの渾身の拳が空を切る。
「これで、終わりだ!」
ディアドラは勝利を確信し、左腕の剣をグランの背中へと振り下ろした。 誰もが、ディアドラの勝利を信じたその瞬間。
グランは空を打った体勢のまま、最後の力を振り絞って身体のバネを限界まで捻り上げ飛び込む。
「『魔導無双剣』……!」
「えっ……?」
剣が届くよりも早く、ディアドラの未来視の効力が切れた隙を狙い、神速の貫手「魔導無双剣」が、ディアドラの胴体へと深く突き刺さった。
ピピッ、という電子音と共に、ディアドラのライフゲージがゼロになる。
同時に、致命傷を防ぐ演習用の魔導具が発動し、光の粒子がディアドラの体を包み込んだ。
「勝負あり! 勝者、グラン!」
審判の宣言が演習場に響き渡る。
力が抜け、崩れ落ちそうになるディアドラの体を、グランは素早く引き寄せてしっかりと抱きとめた。
「っ……ああっ。まだ、届かないのか……」
グランの胸の中で、ディアドラは悔しそうに目を潤ませて唇を噛んだ。
「いや、素晴らしい戦いだった。今まで生きてきた中で、一番追い詰められたよ。ディアは本当に強くなったな」
グランが頭を撫でながら最大限の賛辞を送ると、ディアドラは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「グラン殿。……私をそこまで褒めてくれるなら、一つ『ご褒美』をいただきたい」
「ん? ああ、俺にできることなら何でもいいぞ」
「ふふっ。では……このまま、専用観客席にまで運んでくれないか」
ディアドラが甘えるように腕を首に回してくると、グランは苦笑しながら「お安い御用だ」と呟き、彼女を軽々とお姫様抱っこで抱きかかえた。
そのまま演習場を後にする二人を見て、観客たちは「凄まじい戦いだった!」と割れんばかりの拍手と歓声を送った。
ただ、一部下級生である1年生の貴族主義の強い生徒たちからは、不満の声も漏れていた。
「高貴なる侯爵令嬢が、あのような平民に抱きかかえられるなど、いかがなものか……」
しかし、その言葉を聞き咎めたそばの貴族の生徒が、慌てたようにその口を塞いだ。
「馬鹿野郎、滅多なことを言うな! あの平民は、裏で王族と四侯爵家の庇護下にあるという噂なんだぞ!」
「なっ……ほ、本当か!?」
「ああ。平民だからといって不遜な態度を取ったり馬鹿にしたり、ましてや危害なんか加えたりしてみろ、俺たちの一族ごと大変な目に遭うかもしれない。絶対にやめておけ!」
その事実を聞かされた貴族たちは、青ざめた顔で互いに固く口を閉ざすのだった。
一方、Sクラス用の専用観覧席。 グランがディアドラを抱きかかえたまま戻ってくると、メンバーたちは口々に二人の健闘を称えた。
「ちょっとディア! いつまでグラン様にひっついているの!」
ソフィアが羨ましさと嫉妬の入り混じった声で苦言を呈する。
「ふふっ。勝者の特権、というやつだな」
ディアドラがグランの胸の中でドヤ顔を決めるが、ソフィアはすかさずツッコミを入れた。
「あなた、負けたでしょ!」
プンプンと頬を膨らませるソフィア、そしてグランはディアドラを優しくソファーに降ろし、次に控える二人へと視線を向けた。
「次はエルとルヴィだな。お前たちも、いい試合を期待しているぞ」
「ふふん。言われなくても、あなたたちには負けないくらい会場を沸かせてみせるわ!」
「ええ。私たちも、四聖華の名に恥じぬ戦いをいたしますわ」
ルヴィリスとエルスメリアは互いに不敵な笑みを交わし、次なる準決勝の舞台へと颯爽と足を運んでいくのだった。




