第77話:エキシビジョン第2回戦
1回戦が終了し、熱狂冷めやらぬ演習場。
グランは2回戦の第1試合に向けて準備をしようと席を立ったが、通路へ向かう途中で四聖華の四人に呼び止められた。
「みんな、揃ってどうしたんだ?」
グランが不思議そうに尋ねると、代表するようにルヴィリスが一歩前に出て、ジト目で口を開いた。
「まさかとは思うけど、ベアトリクスに花を持たせるような、手を抜く真似はしないわよね?」
「うっ……。さすがに俺の全力は出せないが、それでもこのトーナメントに向けて調整したステータス値で、しっかり戦うつもりだぞ」
グランがそう答えると、エルスメリアはふっと微笑んで頷いた。
「それなら何の問題もありませんわ。グラン君には、常に私たちの高き目標であってほしいですから」
「ええ。それに一年前の魔導大会では、私たちはみんなグラン様に負けています。普段の演習場でいくら鍛錬の相手をしてもらっていても……やっぱり、こういう大舞台でリベンジを果たしたいと、みんな思っています」
「ソフィの言う通りだ。我らは常に、お前の背中を追っているのだからな」
ディアドラも熱い闘志を瞳に宿して同意する。
ルヴィリスは腕を組み、「だからね」と真っ直ぐにグランを見つめた。
「ベアトリクスだって、きっとあなたにリベンジを果たしたいと思っているはずよ。だから、ちゃんと高い壁として受け止めなさいよね」
「……分かった。俺は現王国最強世代の覇者だ。それ相応の強さを見せよう」
グランは四人の真剣な思いを受け止め、力強く頷いてから演習場の舞台へと向かった。
グランが姿を現した瞬間、観客席からは凄まじい歓声が沸き起こった。
去年の『最強世代』が残した伝説の数々。そのすべてが、この男を中心に回っていることはすでに学園中の誰もが知っている。
先ほどのエキシビジョンで規格外の力を見せたSクラスの、その『最強の象徴』が一体どんな戦いを見せるのか。新入生や他学年の生徒たちは、憧れと期待を胸に抱きながら固唾を呑んで見守っていた。
舞台の中央で、グランはベアトリクスと対峙した。
「去年も2回戦で当たったよね。私たち、色々と運命で結ばれてるんじゃない?」
ベアトリクスが獰猛な笑みを浮かべて言うと、グランも不敵に笑い返した。
「去年は俺の勝ちだったが、今年も負けるつもりはないぞ」
「ふふっ。私はグランに、本当に感謝してるんだ。……だから、私の全力を受け止めてね!」
試合開始の銅鑼が鳴り響く。
瞬間、両者は同時に高度な身体強化を施し、ベアトリクスが一気に間合いを詰めてグランへと怒涛の乱打を浴びせた。
グランは手に魔力を纏い、その重い打撃を最小限の動きでいなしていく。時折フェイントを交えた多彩な攻撃がグランの服を掠めるが、彼の表情にはまだ余裕があった。
「まだまだぁっ!」
ベアトリクスがさらにギアを一段階上げ、威力とスピードを跳ね上げて襲い掛かる。
(すごいな。去年とは比べ物にならないくらい、打撃が研ぎ澄まされている……!)
グランは内心で感心しながら、ベアトリクスの攻撃のタイミングに合わせ、カウンターのパンチを放った。
しかし、ベアトリクスはそれを完璧に読んでいた。
「もらった!」
ベアトリクスはグランの腕を掴み、そのまま一本背負いのように投げ飛ばそうとする。
だがグランは、床に叩きつけられる寸前で空いた腕を突き立てて体を支え、見事な受け身を取ってベアトリクスの追い打ちを回避した。
「……驚いた。今の、わざと俺のカウンターを誘ったのか?」
「あはは、バレた? 去年の大会でグランにそれをされて負けたからね。今回はあえてそれを狙ってたんだ」
「過去の敗北から学び、それを実戦の、しかも俺相手に試すとは。見事だ」
グランが素直に称賛すると、ベアトリクスは嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
「でも、避けられちゃったわ。さすがは私の師匠ね」
「ベアトリクス。俺も、君のその成長に全力で応えよう」
グランは右手に『蒼白銀』の超高密度の魔力を纏わせ、静かに構えた。
その瞬間、ベアトリクスは全身の肌が粟立つような、凄まじいプレッシャーを感じた。
(これが、本気のグランのプレッシャー……!最高じゃない!)
ベアトリクスは歓喜の笑みを浮かべ、全身全霊の防御態勢を取る。
グランは一瞬でベアトリクスの懐へと肉薄し、右拳を振り抜いた。
「『魔導烈衝拳』!」
限界まで身体強化を引き上げたベアトリクスの両腕に、グランの拳が直撃する。
ズドォォォンッ!! という爆発音と共に、ベアトリクスは必死に足を踏ん張ったものの、その圧倒的な衝撃を殺しきれず、舞台の端から場外へと一直線に吹き飛ばされた。
審判がカウントを開始するが、防御越しでもダメージの蓄積が想定以上だったのか、ベアトリクスはふらふらと膝を突き、カウント内に舞台へと戻ることができなかった。
「勝負あり! 勝者、グラン!」
審判の宣告と共に、観客席はどよめきと熱狂に包まれた。
「おい、今の見たか!?」
「魔法の属性を使わない、ただの魔力と身体強化の打撃だぞ!? なんだあの威力は!」
「あれを食らって立ち上がろうとするベアトリクス様もヤバすぎるだろ……」
グランはすぐに場外のベアトリクスへと駆け寄り、「大丈夫か?」と肩を貸した。
「あーあ、やっぱり勝てないかぁ。でも、最後のは凄い攻撃だった! グランに初めてオリジナルの技を使わせたんだから、私の勝ちみたいなもんね」
「ははっ、そうだな。……魔力操作をさらに極めれば、お前にもこれに近い技は使えるようになるぞ」
「本当!? 絶対に練習して、私の必殺技にしてやるんだから!」
清々しい笑顔で語り合う二人を、観客たちは割れんばかりの拍手で見送った。
続いて第2試合。ソフィア 対 ディアドラという、今回初となる『四聖華同士の対決』が告げられると、会場の熱気はさらに跳ね上がった。
舞台上で向かい合った二人は、同時に自身の魔導兵装『リンクウェポン』を展開した。
「さっきの試合でも思ったけど、あの変形する武器、すげえよな……」
「ああ。噂じゃ、四聖華様しか持っていない超一級品の魔導具らしいぜ。全員が16歳の誕生日に、特別な方から贈られたって話だ」
「でも、あんな複雑な兵装を展開して使いこなすには、膨大な魔力量と精密な魔力操作がないと絶対に無理だ。それを当たり前のようにやってのけるなんて、次元が違いすぎる……」
観客たちが愕然とする中、ソフィアとディアドラは互いに『二刀流モード(双戟と双剣)』で激しく打ち合い始めた。
ディアドラは固有魔法『未来視』を駆使し、ソフィアの動きを先読みして着実に攻撃をヒットさせていく。
対するソフィアは、まさに『肉を切らせて骨を断つ』覚悟でディアドラの剣を受けつつ、氷の魔術を織り交ぜた死角からのカウンターを返し、互いのライフゲージがゴリゴリと削れていく。
やがてディアドラは一度距離を取ると、リンクウェポンの『ソードビット』を展開し、再び突撃した。
未来視と連動し、四方八方から襲い掛かるソードビット。ソフィアは氷魔法で舞台を凍らせ、スケートのように滑りながらその連撃を捌き、いくつかのビットを叩き落としていく。
しかし、空中に逃れたソフィアの『着地地点』を、ディアドラの未来視はすでに見切っていた。
「そこだっ!」
着地の瞬間、ディアドラの渾身の一撃がソフィアにクリーンヒットし、ソフィアのライフゲージがゼロに達した。
「勝負あり! 勝者、ディアドラ!」
「くっ……負けましたわ」
悔しそうに息を吐くソフィアに、ディアドラは冷や汗を拭いながら歩み寄った。
「かなり危なかった。最後、もしソードビットの牽制がなければ、逆に私がやられていたかもしれない」
互いの実力を認め合い、反省点を語り合いながら舞台を降りる二人の四聖華。
その圧倒的な実力に、観客たちはただただため息を漏らすことしかできなかった。
第3試合は、セルフィリア 対 エルスメリア。
まさに『最強の矛』と『鉄壁の盾』の対決だった。
魔剣のないセルフィリアは帝国の業物を使用していたが、神速の剣技をもってしても、エルスメリアの膨大な魔力とリンクウェポンの『浮遊盾』による完璧な防御陣を崩すことができない。
一方のエルスメリアも、ディアドラとはまた違う、本能と実戦経験に裏打ちされたセルフィリアの荒々しい剣技に翻弄され、得意のパリィがなかなか決まらない。
膠着状態が続く中、セルフィリアが賭けに出た。
大きく距離を取り、剣に尋常ではない量の魔力を込め、自身の最大奥義『オーバーエンド』の構えを取る。
対するエルスメリアも、すべての浮遊盾を前面に展開し、持てる魔力のすべてを注ぎ込んで『四重の光結界』を張り巡らせた。
「はあああああっ!」
セルフィリアがオーバーエンドを振り下ろす。
光の奔流と四重結界が激突し、凄まじい衝撃音と共に舞台上が真っ白な煙に包まれた。
やがて煙が晴れると、四重の結界はすべて砕け散っていたが――その後ろで、エルスメリアは盾を構えたまま見事に耐え切っていた。
「なっ……あれを防ぐの!?」
セルフィリアが苦い顔をした、まさにその一瞬の隙。
エルスメリアは瞬時に距離を詰め、風魔法を纏わせたメイスを全力で振り抜いた。
セルフィリアは咄嗟に剣を交差させて防御したが、大技を放った直後の限界を超えた負荷と、メイスの規格外の重量に耐えきれず、バキィッ! と音を立てて帝国の業物が真っ二つにへし折られてしまった。
エルスメリアのメイスが、丸腰になったセルフィリアの鼻先でピタリと止まる。
「……私の剣が折れちゃったわ。試合続行は不可能ね、降参するわ」
セルフィリアが潔く負けを認めると、エルスメリアはふうっと息を吐いた。
「もしセルフィリア殿下の武器がいつもの魔剣であれば、私の結界ごと真っ二つに斬られていたでしょうね」
「確かに武器の性能差はあったかもしれないけれど、それでも私の『オーバーエンド』を防ぎ切るのは、並大抵の魔力じゃ無理よ」
セルフィリアはエルスメリアの規格外の防御力と、あのヴァーミリオン侯爵夫人譲りの『豊満なボディ』をチラリと見て、どこか別の意味でも敗北感を感じながら苦笑いした。
「……色んな意味で、あなたとは相性が悪いみたいね」
最強の皇女を打ち破ったエルスメリアの姿に、観客たちは「蒼白銀の翼のメンバー、全員ヤバすぎるだろ……」と戦慄していた。
そして第4試合。オリヴィア王女 対 ルヴィリス。
試合開始直後、オリヴィアはいつものように複数の属性魔法陣を空中に多重展開した。
しかし、先ほどのニーナの試合を見ていたルヴィリスは、前進しながらリンクウェポンを『弓モード』に変形させ、魔法陣の結節点目掛けて正確に炎の矢を撃ち込み、次々と魔法陣を破壊していった。
「ふふっ。一度見ただけでニーナの戦法を模倣できるなんて、素直に感心するわ」
「そういう割には、保険として『無詠唱魔法』であちこちに罠を張っているでしょ? 王女殿下の多重起動は、本当に厄介ね」
ルヴィリスは弓を剣に切り替え、一気に接近戦を仕掛ける。
対するオリヴィアは小規模な牽制魔法で応戦しつつ、密かに仕掛けた魔法の罠へとルヴィリスを誘導しようと下がり続ける。
(このままではジリ貧ね……!)
ルヴィリスが罠に気づき、それを避けるために動きが鈍る――オリヴィアがその隙を狙って高火力の魔法を準備した、その瞬間だった。
「もらったわ!」
ルヴィリスは、あえて『罠を避けない』という選択を取った。
自身のライフゲージが削れるのを覚悟の上で、罠の爆発の中を強引に突き進み、王女の眼前にまで肉薄したのだ。
「えっ!?」
四聖華の中で最も高潔で、優雅な戦い方を好むルヴィリスの『泥臭い突撃』。
その予想外の行動に、オリヴィアは一瞬だけ反応が遅れた。慌てて障壁を展開するが、一歩間に合わず。
ルヴィリスの炎魔法と剣撃の合わせ技がオリヴィアの防御を打ち破り、王女のライフゲージをゼロへと削り切った。
「勝負あり! 勝者、ルヴィリス!」
審判の声を聞き、ルヴィリスは「ふうっ」と安堵の息を吐いた。
「まさか、あそこで罠ごと突っ込んでくるなんて思わなかったわ……」
「王女殿下なら、私が罠を避ける隙を必ず突いてくると思ったから。私の覚悟の勝ちね」
「ええ、完璧な読み合いの負けよ」
二人は清々しい笑顔で握手を交わし、舞台を後にした。
貴族でありながら優雅さを捨て、勝利への執念を見せたルヴィリスの戦いに、観客からは惜しみない称賛の拍手が送られた。
専用観覧席からその様子を見ていたグランもまた、ルヴィリスの行動に目を見張っていた。
(あのルヴィが、なりふり構わずあんな泥臭い戦い方ができるようになっていたなんてな……)
『しかも彼女、今回のトーナメントではリンクウェポンの新機能である【アップデート機能】をまだ一度も使用していません。あれを温存したまま王女殿下を破るとは、驚くべき成長速度です』
脳内のアンサートーカーの言葉に、グランは「ああ」と嬉しそうに頷く。
(もしあのプライドの高いルヴィが、勝利のためにすべてを投げ打ってくるなら……準決勝は、かなりの強敵になるな)
グランは教え子たちの目覚ましい成長に頼もしさを感じながら、次なる準決勝の舞台へと想いを馳せるのだった。




