第76話:エキシビジョン第1回戦
第一試合はベアトリクス対カロン。二人とも肉弾戦を主流とするスタイルだ。
「身体強化の精度と出力には、ベアトリクスの方に一日の長があるな」
特別観覧席から舞台を見下ろし、グランは冷静に分析する。
「対するカロンも、鉄壁の防御からのカウンターを狙う足技は脅威だ」
ベアトリクスが勝つなら、カロンの防御を削り切って沈めるパターン。
逆にカロンが勝つなら、ベアトリクスの突進にカウンターの足技をもろに叩き込むパターンだろう。
グランがそう予想する中、試合開始の合図が鳴り響いた。
直後、ベアトリクスは高度な身体強化魔法で自身の肉体を強化し、弾丸のようにカロンへと肉薄する。
カロンも瞬時に身体強化を施し、ベアトリクスが突っ込んでくるタイミングに合わせて鋭い右足の回し蹴りを繰り出した。
しかし、ベアトリクスはそれを野性的な勘で紙一重で躱し、そのままカロンの懐に潜り込んで殴りかかる。
だが、カロンもやられっぱなしではない。
空ぶった右足の遠心力を利用し、体を独楽のように回転させて、そのまま左足でもう一度ベアトリクスに裏回し蹴りを放った。
予想外の軌道から飛んできた二撃目に、ベアトリクスは一瞬遅れて腕を交差させガードする。
しかし、回転の遠心力が乗った蹴りの威力は凄まじく、さしものベアトリクスも後方へ数メートルほど吹き飛ばされた。
「やるねえ、カロン! 痺れる一撃じゃん!」
ベアトリクスは腕を払いながら、心底楽しそうに獰猛な笑みを浮かべる。
「……マジですか。今のを完璧にガードするんですか……」
カロンは冷や汗を流し、若干呆れ気味にぼやいた。
その後、カロンは自身の基本スタイルである『防御』に徹し始めた。
ベアトリクスの猛攻を捌きながら、隙を見ては前蹴りや飛び膝蹴りなどのカウンターを繰り出していく。
だが、あと一歩のところでベアトリクスの超反応に阻まれ、致命傷を与えるには至らない。
やがて、ベアトリクスもさらにギアを一段階上げた。
先ほどとは比べ物にならないスピードと手数で、怒涛のラッシュを仕掛ける。
カロンの防御がその連撃を捌ききれなくなり、体勢が崩れかけたその時だった。
カロンはわざと致命的な隙を作り、ベアトリクスの大振りのパンチを誘い出した。
そして体を深く沈め込み、渾身の力を込めた蹴り上げを顎目掛けて繰り出した。
完璧なタイミングのカウンターに、誰もがカロンの一撃が入ったと思った。
しかし、ベアトリクスはそのカウンターすらも完全に読み切っていた。
「甘いよっ!」
上体だけを後ろに逸らす見事なスウェーで蹴り上げを躱すと、隙だらけになったカロンの無防備な顔面へ、容赦のない連続パンチを叩き込んだ。
「がはっ……!?」
特に顎へもろに重い一撃を食らったカロンは、脳を揺らされ、そのまま舞台の上へと崩れ落ちた。
ベアトリクスは確かな手応えを感じながらも、決して油断はせず、距離を取って審判のカウントを待つ。
「……八! 九!」
カロンは意識を取り戻し、ふらつく足で立ち上がろうと必死にもがく。
しかし、強烈な脳震盪の影響で足元がおぼつかず、十のカウントの間に完全に立ち上がることはできなかった。
「勝負あり! 勝者、ベアトリクス!」
審判の声が響き、エキシビジョントーナメント第一試合はベアトリクスの勝利で幕を閉じた。
「負けたか……。でも、カロンの奴、あそこまで動けるようになってたんだな」
敗れはしたものの、カロンが見せた著しい成長と強さに、グランはひどく満足げな表情を浮かべていた。
観客たちの熱狂が冷めやらぬ中、グランは次なる戦いの行方を見守るべく、静かに視線を舞台へと向けた。
第一試合の熱気が冷めやらぬ中、舞台はすぐに整えられ、エキシビジョントーナメント第二試合が開始された。
第二試合は、四聖華の一角であるソフィア 対 平民組のレキシ。
試合開始の銅鑼が鳴った瞬間、先に仕掛けたのはレキシだった。
「行きますよ、ソフィア様!」
レキシは得意としている風魔法を自身の脚に纏わせ、目にも留まらぬスピードで舞台を駆け回る。
彼女の戦法は、その圧倒的な機動力を生かした『ヒット&アウェイ』だ。
ソフィアの長柄の武器であるハルバードの大振りを巧みに誘い出し、生まれた僅かな隙を突いて、鋭い打撃や風の刃を的確に当てていく。
「ふふっ、本当にいい動きね、レキシ! なら、これならどうかしら?」
ソフィアは後輩の目覚ましい成長に嬉しそうな笑みを浮かべると、自身の魔導兵装『リンクウェポン』を起動した。
握られていた長大なハルバードがカシャリと音を立てて分割され、取り回しの良い双戟へと変形する。
そこからは、ソフィアの双戟とレキシの機動力が激しく交錯する、息を呑むような攻防が続いた。
それは真剣勝負でありながら、どこか普段の演習場での『鍛錬』を思わせるような、心地よい緊張感に包まれた試合だった。
(……さすがに、正面から四聖華のソフィア様に勝てるとは思っていない。でも!)
レキシの瞳には、決して諦めの色はなかった。
グランの過酷な指導に耐え、血のにじむような努力で培ってきた『今できることのすべて』を、この大舞台でソフィアにぶつけようとしているのが、その洗練された動きから痛いほどに伝わってくる。
ソフィアもまた、そんなレキシの熱意と覚悟を真正面から受け止め、一切の手抜きなしで全力で応えていた。
そして、決着の時は訪れる。
「これで、おしまいっ!」
ソフィアが双戟を大きく振るうと同時に、彼女の得意とする強力な『氷魔法』が舞台を駆け抜けた。
瞬く間に避けきれなかったレキシの足元が厚い氷で覆われ、自慢の機動力を完全に封じられてしまう。
「ああっ、しまった……!」
足が縫い止められ、身動きが取れなくなったレキシ。
その細い首筋に、ソフィアの冷たい双戟の刃が交差するようにピタリと寸止めされた。
「……私の負けです、ソフィア様」
レキシは悔しそうにしながらも、どこか全力を出し切ったような爽やかな笑顔で降参を宣言した。
「勝負あり! 勝者、ソフィア!」
再び歓声が沸き起こる中、ソフィアは武器を収めると、足元の氷を溶かしてレキシに優しく手を差し伸べた。
「レキシも自分の長所を完全に理解して、素晴らしい戦い方をしていたな。……ソフィも、ちゃんと胸を貸して良い指導をやっている」
専用観覧席からその様子を見ていたグランは、二人の健闘を称えるように満足げに微笑みながら拍手を送った。
続く第三試合は、四聖華エルスメリア 対 平民組マルクの対決だった。
「おおぉぉぉっ!」
開始の合図と共に、マルクは鋭い踏み込みから怒涛の連撃を放ち、エルスメリアの鉄壁の防御をなんとか崩そうと試みる。
しかし、エルスメリアは魔導兵装『リンクウェポン』を展開し、浮遊する双盾でマルクの重い打撃を的確にいなしていく。
さらに、防御の合間を縫って繰り出されるエルスメリアのメイスの一撃は、風を切る音だけでも底知れない重量感が伝わってくるほどだった。
マルクは身を捩ってメイスを躱し、時には弾いて軌道を逸らすが、エルスメリアの完璧な防御陣形をどうしても崩すことができない。
攻防が続く中、エルスメリアの双盾から突然、強烈な『暴風魔法』が発射された。
「っと危ねえ!」
マルクが咄嗟にステップを踏んで暴風を避けた直後、その風を隠れ蓑にして一気に距離を詰めてきたエルスメリアのメイスが、マルクの眉間でピタリと寸止めされた。
「……かーっ! やっぱり勝てねえか!」
マルクは降参のポーズを取りながら、頭を掻きむしって悔しがった。
「ふふっ。それでも、なかなか良い攻撃でしたよ、マルク」
「いやいや、エルスメリア様にはちっとも効いてるようには見えませんでしたぜ」
苦笑いするマルクだったが、専用観覧席から見ていたグランの評価は違った。
(マルクの一撃は、以前より格段に威力が上がっている。あのまま鍛錬を続けていけば、いつかはエルスメリアの防御を崩せるようになるかもしれないな)
グランは親友の確かな成長に、頼もしさを感じていた。
そして一回戦の最終試合となる第四試合。
オリヴィア王女 対 平民組ニーナが舞台へと降り立った。
「手加減はしませんよ、ニーナ」
「はい! 私にも、手加減はしないでください!」
気合十分のニーナに対し、オリヴィアが優雅に微笑む。
試合開始の銅鑼が鳴った直後、オリヴィアは王女としての圧倒的な魔力を見せつけ、自身の周囲に『全属性』の魔法陣を多重展開した。
色とりどりの極大魔法がニーナへ向けて放たれようとした、まさにその瞬間。
ニーナは両手から自身の得意とする『魔力の弾丸』を連射した。
しかし、それはオリヴィアを狙ったものではなく、空中に展開された『魔法陣』そのものへと正確に撃ち込まれた。
パリンッ、パリンッ! とガラスが割れるような音を立て、オリヴィアが構築した魔法陣が次々と霧散し、魔法が中断されていく。
「えっ……!?」
さしものオリヴィアも驚愕に目を見開いた。
「魔法陣を直接破壊したというの? 一体どうやって……」
「魔法陣の魔力構造の『弱いところ(結節点)』を突けば、発動前に崩せるんじゃないかと思って……特訓で試してみたんです!」
ニーナがえへへと笑いながら答えると、オリヴィアは感嘆の溜め息をこぼした。
「素晴らしいわ、ニーナ。まさかそんな芸当ができるなんて……なら、これならどうかしら!」
オリヴィアは魔法陣の構築を止め、今度は一切の隙を与えない『無詠唱』での高速魔法を次々と繰り出し始めた。
先ほどの多重魔法陣ほどの威力はないものの、その圧倒的な弾幕の雨にニーナは一気に防戦一方となる。
「くっ……!」
ニーナは水魔法で防壁を作り、魔力の弾丸を撃ち返しながら必死に躱し続けるが、絶対的な魔力量の差はいかんともし難い。
天才的な魔法陣崩しの技術を見せたニーナだったが、王女の底なしの連撃の前に次第に魔力を削り取られ、最後は完全に魔力切れを起こして膝を衝いた。
「そこまで! 勝者、オリヴィア!」
審判の宣言と共に、観客席からは今日一番の大きな拍手が送られたのだった。
トーナメント表です




