第75話:鉄拳制裁
試合開始を告げる銅鑼の音が、演習場に鳴り響いた。
しかし、マルクはその場から一歩も動かず、自然体のまま静かに構えていた。
対するルークも、先ほどの傲慢な威勢はすっかり鳴りを潜め、剣を構えたままマルクを強く警戒している。
(さすがに1年の覇者まで勝ち上がっただけはあるな。怒りに任せた無謀な突撃はしてこないか)
マルクは、予想外の冷静さを保つ相手に少しだけ感心していた。
一方のルークは、冷や汗を流しながら目の前の平民を観察していた。
(さっきはあんな大口を叩いたが……なんだこの平民は。全く隙がないぞ……!)
睨み合いが続く中、マルクはニヤリと笑って口を開いた。
「おいおい、ビビってんのか? 俺程度にビビってるようじゃ、グランには近づくことすらできねえぞ」
「っ……! なら、これでもくらえっ!」
露骨な挑発にルークが顔をしかめ、火炎魔法『ファイアボール』を放った。
凄まじい熱量を持った炎の塊が、一直線にマルクへと襲い掛かる。
しかしマルクは避けることもせず、ただ無造作に腕を振り抜き、そのファイアボールを素手で弾き飛ばした。
「なっ……!? 一体、何の魔道具を使ったんだ!」
あっけにとられたルークが叫ぶと、マルクは呆れたようにため息をついた。
「そういう言葉がすぐに出る時点で、お前は自分の目で実力差を測れてないって証拠だ。……まさか、これで終わりか?」
「ふざけるな……っ!」
マルクのさらなる挑発に、ルークは額に青筋を浮かべ、より強力な魔法『ファイアトルネード』の詠唱を始めた。
「遅えよ」
だが、マルクの声は詠唱中のルークのすぐ目の前で響いた。
「え……?」
ルークがその異常なスピードに反応する間もなく、マルクの重い拳がルークの腹部を深々と殴りつけた。
「がはっ……!?」
詠唱をキャンセルされ、腹を押さえて崩れ落ちそうになるルーク。
「まだ終わりじゃねえぞ」
マルクは容赦なく追撃の蹴りを放つ。
ルークはすんでのところで剣の腹を盾にして防御したが、その強烈な威力に耐えきれず、後方へと大きく吹き飛ばされた。
地面を転がり、荒い息を吐きながら立ち上がるルーク。 彼はここでようやく、目の前の平民との間にある『絶対的な実力差』を思い知らされ、完全に萎縮していた。
「どうした、怖気づいたか? なら、降参するか?」
マルクが静かに問いかける。
しかし、侯爵家の次期当主としてのプライドが、ルークにその言葉を言わせなかった。
「ふざけるなああああっ!」
ルークは自身の剣に炎の魔法を纏わせ、決死の覚悟でマルクへと斬りかかった。
炎を引いて迫る凶刃。 だが、マルクは手に高密度の魔力を纏わせると、その刃を『片手』でガシィッと掴み止めた。
「なっ……!?」
ルークは驚愕に目を見開き、必死に剣に力を込めるが、マルクの手は岩のようにびくともしない。
「甘えな」
マルクは剣を掴んだまま、空いているもう片方の拳で、ルークの顔面を思い切り殴り飛ばした。
「あぐっ……!」
顔面を殴られたルークは、そのままの勢いで場外まで吹き飛んでいき、白目を剥いて気絶した。
審判が駆け寄り、ルークの意識がないことを確認してカウントを取る。
「勝負あり! 勝者、マルク!」
審判の宣言が響き渡ると、静まり返っていた観客席から、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
マルクは観客の声援に対し、力強く腕を突き上げて応えた。
その後、マルクがSクラスの専用観覧席へと戻ってくる。
「どうだ、グラン!」
「腕を上げたな。特に、最後に剣を掴んだのは、俺の『ソードブレイク』を参考にしたのか?」
グランが感心したように尋ねると、マルクは照れくさそうに頭を掻いた。
「へへっ、あの技、ちょっと憧れててさ。こっそり練習してたんだよ」
「素直にすごいと思うぞ。もっと魔力操作の精度を上げて練習すれば、そこらの剣なら、指二本で掴んで折ることもできるようになる」
「マジか! いつか絶対にできるようになってやるぜ!」
グランの言葉に、マルクは目を輝かせてさらなるやる気を燃やした。 そして、マルクはルヴィリスの方へと向き直り、深く頭を下げた。
「ルヴィリス様。弟さんを思い切りぶん殴っちまって、すんません……」
「顔を上げなさい、マルク。よくやりましたわ。あなたのおかげで、あの子も少しは目が覚めたでしょう。もちろん、今回のことは不問とします」
ルヴィリスが優しく微笑んで労うと、マルクはホッとしたように息を吐いた。
気絶したルークが係員によって医務室へと運ばれていった。
そして、2年生、3年生の決勝戦が終わり、学園長がマイクを手にして舞台の中央に立った。
いよいよSクラスのエキシビジョントーナメントが始まる。
『皆の者、待たせたな! それではこれより、Sクラスによるエキシビジョントーナメントを開始する!』
学園長の宣言に、場内のボルテージは最高潮に達した。
「さあ、第一試合だ。行ってくる」
「私の一撃、耐え切ってみせなさいよ!」
第一試合の対戦者であるカロンとベアトリクスが、互いに闘志を燃やしながら舞台へと降り立つ。
そして二人は、凄まじい歓声の中でそれぞれの武器を構え、向かい合った。




