第73話:恋する皇女と五人の監視者
セルフィリアが『蒼白銀の翼』の入部試験に見事合格した日の週末。
グランは約束通り、彼女と二人で王都のデートへ出かけることになっていた。
『いよいよ本格的にハーレムらしくなってきましたね』
待ち合わせ場所へと向かう道中、脳内でアンサートーカーが楽しげにからかってくる。
(さすがに人数が多すぎる……。それに、仮に将来結婚するとしたら、やっぱり選ぶのは一人だ)
『はてさて。王女殿下や皇女殿下はまだしも、四聖華に関してはすでに口付けまで交わしているのですよ? 仮に誰か一人を選んだとして、残りの三人に対して無事でいられるとお思いですか?』
(うっ……。そこは、俺が責任を持って覚悟するしかないだろ)
グランが内心で冷や汗をかきながら歩いていると、いつもの待ち合わせ場所に到着した。
そこにはすでに、私服姿のセルフィリアが立っていた。
「悪い、遅れてしまったか?」
グランが声をかけると、セルフィリアはパッと花が咲いたような笑顔を向けた。
「ううん、今来たとこよ。今日が楽しみすぎて、私が早く来すぎちゃっただけだから」
普段の強気な皇女としての顔ではなく、年相応の少女のような無邪気な言葉を面と向かって言われ、グランは思わず少し照れてしまった。
(いかん、正気を保て俺)
「……その服、似合ってるな。帽子にホットパンツって、すごく元気な感じでセルフィリアらしいよ」
グランが素直に服を褒めると、セルフィリアは嬉しそうに頬を染め、「ありがとう」と微笑んでグランの腕にギュッと自分の腕を絡ませてきた。
「さあ、それじゃあ王都を案内してちょうだい!」
「と言っても、俺は四聖華たちと一緒に回ったところしか知らないぞ?」
「ふふっ、あなたと一緒ならどこでもいいわ。出発しましょう」
嬉しそうにグランの腕を引いて歩き出すセルフィリア。
しかし、二人の背後には、少し離れたところから凄まじい執念で尾行を続ける『五つの影』が存在していた。
「あんなにひっついて……ぐぬぬっ!」
変装用の帽子を深く被ったルヴィリスが、ハンカチをギリギリと噛んで唸る。
「あの泥棒猫には、後で相応の報いを受けさせないといけませんね……ふふっ」
エルスメリアの背後には、どす黒いオーラが実体化しそうになっていた。
「グラン殿は……ああいう活発な格好が好きなのだろうか。メモしておこう」
ディアドラは真剣な顔で手帳を取り出し、セルフィリアの服装を細かくスケッチし始める。
「…………(ゴゴゴゴゴゴ)」
ソフィアに至っては無言のまま、ただただ射殺すような鋭い視線をセルフィリアの背中に突き刺し続けていた。
そして、そんな四聖華を率いるように、同じく完璧な変装を施したオリヴィア王女が、親友であるセルフィリアの幸せそうな背中を複雑な表情で見つめていた。
「どうやら、グランは以前私たちとデートした場所をそのまま案内するつもりのようですね」
オリヴィアが冷静に分析すると、四聖華たちはハッと顔を上げた。
「それなら、あいつらの行く先を先回りして監視できるわね。行くわよ、みんな!」
五人の監視者たちは息を潜め、隠密魔法をフル稼働させながら、気づかれぬように二人を追い抜いていった。
そうとは知らず、グランとセルフィリアは『王立美術館』へと到着していた。
「ここはどうだ? 王都でも有名な美術館なんだが」
「ええ、入ってみましょう」
二人は並んで歩きながら、歴史ある絵画や美しい彫刻などの様々な美術品を鑑賞していく。
「……こういう静かなところで芸術を見るのって、昔は退屈であまり好きじゃなかったのだけれど」
ふと、セルフィリアが絵画を見つめながらポツリと呟いた。
「あなたと一緒に見るのは、なぜかすごく楽しいわ」
「そうか。楽しめたなら良かったよ。……よし、それじゃあ次は『王立図書館』に行ってみようか」
グランが優しく微笑みかけて次の目的地を告げる。
二人が美術館を後にしようとしたその時、少し離れた柱の陰から、ギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえた。
(私が……! 私があの時グランにあれこれ説明してあげた美術品の知識を、そのままドヤ顔でセルフィリアに教えてるじゃないのーーっ!!)
自分との思い出の場所で、自分の知識をそのまま使って別の女をエスコートしている。その事実にルヴィリスは嫉妬メーターを限界まで振り切らせていたが、同時に「私の話をちゃんと覚えていてくれた」という嬉しさも入り混じり、なんとも言えない複雑な表情でハンカチを噛み締めていた。
次に向かったのは『王立図書館』だった。
「ここも静かな場所だが、本がたくさんある。たまにはこういう所でのんびりと本でも読めば、いいリフレッシュになるだろう?」
「そうね。私、昔の強者の偉人伝なんかはよく読むのよ。彼らの強さの秘密を知ったりするのは、とても楽しいから」
「なら、王国にも強者の記録はたくさんある。興味があったら読んでみるといい」
グランがそう言って本棚を案内し、二人は閲覧席に並んで座った。
その少し離れた本棚の陰で、今度はソフィアが本で顔を隠しながら身悶えしていた。
(あ、あの席は……! 私が昔、勉強するためにいつも座っていたお気に入りの席……! グラン様がそこに座ってくれたのは嬉しいけれど、どうして隣にセルフィリア様がいるのよ……っ!)
ソフィアの瞳に、静かな、しかし激しい嫉妬の炎が灯っていた。
図書館を出た二人は、王都の美しい『教会』の前を通りかかった。
すると、そこから一人の豪奢なドレスを着た女性が現れた。
「あら。グランじゃないの。……あなた、ついに帝国の皇女にまで手を出しているの?」
「……げっ、ヴァーミリオン侯爵夫人」
現れたのは、エルスメリアの母親であるヴァーミリオン侯爵夫人だった。彼女はグランとセルフィリアを交互に見て、呆れたようにため息をついた。
セルフィリアは、侯爵夫人の圧倒的な豊満ボディと、明らかに強い実力のある『強者のオーラ』に気圧され、思わずたじたじになってしまった。
「皇女殿下、道楽でこの子を振り回しているなら、皇女殿下とはいえ容赦しないわよ?」
「……皇女の道楽なんかじゃありません! 私も他の皆と同じで、彼には心から惚れているんです!」
セルフィリアが意を決して真剣な眼差しで言い切ると、侯爵夫人はふっと柔らかく微笑んだ。
「そう、本気なのね。……皇女殿下にはライバルが多いでしょうけれど、あなたたちの恋に関して私たちは何も言わないわ。でも、この子を落とすには相当苦労するわよ?」
そう言い残し、侯爵夫人は優雅に去っていった。
嵐が過ぎ去った後、セルフィリアはガクリと肩を落とした。
「……女として、色々な部分で負けた気がするわ……」
主にスタイル的な部分を気にしているらしいズレた落ち込み方をするセルフィリアに、グランは苦笑しながら慰めた。
「そんなことはないさ。セルフィリアにはセルフィリアの魅力があるんだから、負けてなんかいないよ」
「っ……そ、そう? ならいいのだけれど……」
グランの言葉にパッと顔を輝かせたセルフィリアを見て、尾行中のエルスメリアは密かにガッツポーズをしていた。
(お母様、ナイスアシストですわ……! セルフィリア様を圧倒してくれて少し溜飲が下がりました。でも、私も負けていられません。明日からグランへの誘惑頻度をもっと上げると心に決めましたわ!)
その後、グランたちは前日に予約していた高級レストランへと足を運んだ。ここは以前、ディアドラがグランを連れてきた店だった。
すんなりと席に通され、食事を楽しむ二人。
「……不思議ね。この味付け、どこか帝国でも食べたことがあるような気がするわ」
セルフィリアの言葉に、グランは内心で首を傾げた。
(アンサートーカー。帝国にも転生者がいるのか?)
『帝国の皇族には、マスターが眠りにつく以前の時代の転生者の血が混ざっているようです。その影響で、食文化の一部が伝わっているのでしょう』
(なるほどな。じゃあ、セルフィリアがあれだけ強いのは、その転生者の血を引いているからか?)
『いえ、素質の面では世代を重ねて血はかなり薄まっています。彼女がここまで強いのは、純粋に彼女自身の凄まじい努力と才能の賜物です』
(そうか……。やっぱり、あいつは本当に凄いんだな)
グランが改めてセルフィリアのひたむきな努力を思い感心していると、店のオーナーが席へと挨拶にやってきた。
「本日はご来店いただき、誠にありがとうございます。皇女殿下、お口に合いましたでしょうか?」
「ええ、とても美味しかったわ」
「光栄です。実は帝国にも同じような味付けの文化があるとお聞きしまして、ゆくゆくは帝国への出店も考えています」
「そう。なら、きっと繁盛すると思うわよ」
「それは心強いお言葉! ありがとうございます!」
オーナーは深々と頭を下げて去っていった。
その様子を遠くから見つめていたディアドラは、複雑な思いを抱えていた。
(私が教えた店に、他の女と行くなんて……。だが、特別なデートの食事にこの店を選んでくれたということは、私との思い出を大切にしてくれている証拠……。うむ、少し嬉しいな)
そして夕暮れ時。
グランが最後にセルフィリアを連れてきたのは、王都を一望できる美しい丘だった。
ここは、オリヴィア王女のお気に入りの場所である。
(ああっ……。そこは、私との特別な場所だから、あまり他の人には紹介してほしくなかったのに……)
物陰から見守るオリヴィアが少し寂しそうに目を伏せた、その時だった。
「ここは、俺の『大切な人達の一人』のお気に入りの場所なんだ。君にも見せたくてね」
グランが優しくそう紹介したのを聞いて、オリヴィアの表情が一気に明るくなった。
(っ……! 『大切な人』……ふふっ、もう。そういうことをサラッと言うから、グランはズルいのよ……)
さっきまでの寂しさは完全に吹き飛び、オリヴィアの顔は夕陽よりも赤く染まっていた。
セルフィリアは丘からの景色を見渡し、心地よさそうに目を細めた。
「本当に、いい場所ね。……今日はありがとう、グラン」
セルフィリアはグランに正面から向き直り、真剣な顔で言った。
「今日一日、あなたにエスコートしてもらって分かったわ。あなたがどれだけ、周りのみんなを大切にしているかってことが」
「……どうして、そう思ったんだ?」
「だって、普通はデートする時に、他の女と行ったことのある思い出の場所ばかりを巡ったりしないもの」
その鋭い指摘に、グランはハッとして気まずそうに頭を掻いた。
「っ……悪い。それは俺の配慮が足りなかった」
「ふふっ、謝らないで。私もデートなんて初めてだったし、あなたはあんなにみんなに愛されているのに、私との約束だからってちゃんとエスコートしてくれた。だから気にしないわ」
セルフィリアは一歩近づき、グランの手をそっと握った。
「私はみんなと違って、あなたとは最近知り合ったばかり。でも、あなたへの気持ちは本気よ。……これからも、私とも仲良くしてほしいわ」
「ああ、もちろんだ。これからもよろしく頼む」
グランが力強く頷くと、セルフィリアは満面の笑みを浮かべた。
やがて日が沈み、グランはセルフィリアを学園の寮の前まで送り届けた。
「本当に楽しかったわ! また行きましょうね!」
そう言って手を振り、寮へと入っていくセルフィリアを見送った後。
グランはその場に立ち止まり、大きなため息をついて背後を振り向いた。
「……みんないるのは分かってる。出てきてくれ」
その言葉に、近くの茂みや柱の陰から、気まずそうな顔をしたオリヴィア王女と四聖華の五人がゾロゾロと姿を現した。
「みんなが心配してくれているのは分かるけど、ずっと監視するのはセルフィリアにも悪いだろう?」
グランが窘めると、五人はシュンと肩を落として反省の色を見せた。
「ご、ごめんなさい……。でも、やっぱりグランが他の女の子と二人きりだと、気になってしまって……」
「そうですわ! 私たちだって、グラン君とデートしたいです!」
オリヴィアとエルスメリアが駄々をこねるように言うと、他の三人も一斉にコクコクと頷いた。
グランは困ったように天を仰ぎ、そして苦笑いを浮かべた。
「……分かった、分かったよ。仕方がない。明日の休みは、みんなで一緒に遊びに行こう」
「「「「「本当ですの(ね)!?」」」」」
グランの提案に、五人は一瞬で花が咲いたような満面の笑顔になり、「約束ですよ!」と嬉しそうにその日は解散していった。
そして翌日。
グランは五人にそれぞれの行きたい場所へと容赦なく連れ回され、夕方には体力も尽き果て、完全にふらふらになりながら休日を終えることとなるのだった。




