第72話:特別入部試験
「とはいえ、セルフィリア様のことは実力も知っているし、学年別魔導大会まで待たずに試験をしてしまおうと思ってるんだ」
グランがそう話すと、他のメンバーも「確かに、彼女を待たせる意味はないわね」と同意した。
「じゃあ、試験はいつにしようか。セルフィリア様、希望はあるか?」
「今日にしてちょうだい。思い立ったが吉日でしょう?」
セルフィリアの即答に、グランは「分かった。じゃあ放課後、みんなはいつも通り演習場に集合ってことで」と頷いた。
「学園長にも伝えておいた方がいいかもしれないわね」
オリヴィア様の助言に、レキシが「それでは、私が伝えておきます」と真っ先に名乗り出た。
「助かる、お願いした。……さて、セルフィリア様。まずは改まって面接から始めさせてもらうぞ」
「ふふ、なんだか恥ずかしいわね。でも、花見の時はゆっくり話せなかったし、改めて向き合うのも悪くないわ」
セルフィリアは少し微笑みながら、悪戯っぽくグランを見つめた。
「ねえグラン。もしかして、私に興味があるの?」
「ぶっちゃけ、実力の方は学園選抜の時に嫌というほど伝わってるからな。どちらかと言えば、『心』の方に興味があるんだ」
「心に……興味……。つまり、私の中身に興味があるってことね……っ!」
セルフィリアは何をどう勘違いしたのか、「私の心に興味があるなんて……」と顔を赤らめてなぜかくねくねし出した。
(……なんか、絶対に変なこと考えてるよな、これ)
「おい、変なこと考えてないか?」
「な、なんでもないわよ! さあ、面接を始めましょう!」
放課後、演習場の控室。面接官として座るグランの傍らには、四聖華の四人も同席していた。
「改めて自己紹介を。グラン・グラニアス、2年Sクラス。蒼白銀の翼の主将だ」
「帝国第2皇女、セルフィリア・グロリアス。帝国からの留学生で、2年Sクラスよ」
セルフィリアも今は茶化すことなく、背筋を伸ばして凛とした態度で応じた。
「では、蒼白銀の翼への志望動機を聞かせてくれ」
「学園選抜の時、王国の代表たちの強さに圧倒されたわ。そして、その世代最強と言われる平民の男に、文字通り完膚なきまでに叩き折られた。自分は帝国で最強だと自負していたけれど、それが井の中の蛙だったと思い知らされたの」
セルフィリアの瞳に、真剣な光が宿る。
「世界は広い。なら、その強さの秘密を知りたい。共により高く学び、切磋琢磨したい……。そして、自分を負かした男を将来の夫にしたいと考えているわ」
「結婚はダメーーーーーッ!!」
ルヴィリス、ソフィア、ディアドラ、エルスメリア。四聖華の四人が同時に立ち上がって絶叫したが、グランはそれを苦笑いで制した。
「あの交流パーティーの時はスルーしたが……よく、父親である皇帝陛下が留学を許したな」
グランの言葉に、セルフィリアは帝国を発つ前の、父とのやり取りを思い返していた。
あの日、セルフィリアは交流パーティーの直前に、皇帝の執務室の扉を叩いた。
「どうしたのだ、セルフィリア。改まって」
「お父様、私を王国へ留学に行かせてください」
「王国だと? あそこは貴族主義の傾向が強く、腐敗していると聞く。そんな所へ行っても得るものなどあるまい」
皇帝は一蹴しようとしたが、セルフィリアは無言で記録用の魔道具を起動し、学園選抜の試合映像を父に見せた。
そこに映し出されていたのは、オリヴィア王女の健在ぶり、四聖華の圧倒的な魔導兵装、そして――。
漆黒の魔剣を振るうセルフィリアを、文字通り叩き折った黒髪の少年の姿、そしてセルフィリアがその少年に抱き着いてる姿だった。
「……王国が、いつの間にここまで力を付けたというのだ。この少年は何者だ?」
「一応確認いたしますが、彼は我が皇族の隠し子ではありませんわよね?」
セルフィリアが真面目な顔で尋ねると、皇帝は即座に首を激しく横に振って否定した。
「馬鹿を申せ! そんな真似をしてみろ、わしが妻に殺されるわ!」
実は帝国において実質的な最強の座に君臨しているのは、セルフィリアの母親である。セルフィリアの美しい黒髪も母親譲りのものだった。
「では、お母様の血縁の方ですの?」
「それならお前と同い年なわけがなかろう。……ふむ、だが確かに、この少年の強さの秘密を知れば帝国はより発展するだろう。よかろう、王国への留学を許可する。存分に学んでくるがよい」
皇帝は満足げに頷くと、その場で直筆のサインを書き込み、重厚な印鑑を押した許可証をセルフィリアに手渡した。
「ありがとうございます、お父様」
セルフィリアが礼を述べて部屋を出ようとすると、皇帝は思い出したように声をかけた。
「おい、今から交流パーティーだろう。そこで留学を発表しろ。ついでに、その未来の夫とやらと踊ってきてもよいのではないか?」
部屋に戻ったセルフィリアは、思わず両手で顔を覆った。
今まで公のパーティーなどは面倒くさがって参加しなかった。ダンスは皇族の教養として叩き込まれているため問題ないが、何より着ていくためのドレスを持ってきていない。
(しまったわ……少し後悔してきたかもしれない)
セルフィリアが溜息をついていると、絶妙なタイミングでメイドたちが数人がかりで大きな箱を抱えて入室してきた。
「皇女殿下、皇帝陛下よりドレスをお預かりいたしました。セルフィリア様を着飾らせる栄誉をいただき、光栄に存じますわ」
メイドたちの手際の良さは凄まじく、呆気にとられている間にセルフィリアは着替えさせられていく。
鏡の前に立たされた彼女が目にしたのは、自身の漆黒の髪に合わせた、シンプルながらも豪華な黒のドレス姿だった。
「……よくお似合いですよ、殿下」
メイドに微笑まれ、鏡の中の自分を見つめる。いつもは軽鎧を纏い、腰には漆黒の魔剣を下げているのが日常だったが、こうして着飾った自分の姿を見るのは、どこか照れくさく、不思議な気分だった。
「これなら、どんな殿方でもイチコロですわ」
メイドに背中を押され、勇気をもらったセルフィリアはあの交流パーティーの会場へと向かい、そこでグランと踊り、王国への留学を宣言したのだ。
帝国での日々を思い返し、セルフィリアは改めて目の前のグランを真っ直ぐに見据えた。
「私は今まで、ただ当たり前のように強さだけを求めてきたわ。でも、今日あなたの言葉を聞いて改めて思い知らされた。力や魔法が強いだけじゃダメ。それを使いこなす『心』の強さを鍛えなければ、本当の高みには辿り着けない。私は『蒼白銀の翼』で、その強さを学びたい」
セルフィリアが力強く宣言すると、グランは満足げに微笑み、後ろで控えていた四聖華の面々も深く頷いた。
「素晴らしい志だ。もちろん、面接は合格だ。……さあ、模擬戦を始めようか」
グランが立ち上がり、セルフィリアや四聖華と共に演習場へ姿を現すと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
演習場の周囲は、溢れんばかりの観客によって埋め尽くされていたのである。
「……おい,なんだこれは。何が起きてるんだ?」
グランが驚きを隠せずにいると、学園長へ報告に行っていたレキシが戻ってきて苦笑いを浮かべた。
「学園長に報告したら『新入生が蒼白銀の翼を知る絶好のチャンスだ』って言って、全校に宣伝しちゃったみたいなのよ」
そこには新入生だけでなく、同世代の他クラス、さらには上級生までもが固唾を呑んで見守っていた。
「セルフィリア様、見世物みたいにしてしまってすまない」
「謝らなくていいわ。もともと私をだしに使う予定だったのでしょう? むしろ、私の実力を知らしめる良い機会だわ」
セルフィリアは獰猛に笑い、闘志を剥き出しにして尋ねた。
「それより、試験官は誰なの?」
「――もちろん、私です」
凛とした声と共に、オリヴィア王女が静かに歩み出てきた。
「ふふ、久しぶりに手合わせができるわね。オリヴィア」
「ええ。あの時と同じように、また熱い勝負をしましょう」
二人が舞台に上がり、向かい合う。グランの合図と共に模擬戦が開始されると、即座に空気が爆ぜた。
オリヴィアによる全属性を駆使した多重詠唱魔法と、セルフィリアの神速の剣技が真っ向から激突する。
凄まじい衝撃波が放たれるたび、演習場を保護する結界がびりびりと音を立てて鳴り響いた。
観客たちはその次元の違う戦いに驚愕し、Sクラスという存在の大きさを改めて肌で感じていた。
激闘の末、勝負は引き分けとなった。
「……腕を上げたわね、オリヴィア。流石だわ」
「貴女こそ。もし漆黒の魔剣を使っていたら、私が負けていたわ」
二人は互いをリスペクトし合い、晴れやかな表情で握手を交わした。
それを見届けたグランが、舞台の中央へと歩み出る。
「セルフィリア・グロリアス殿下。実力、心意気共に申し分なし。合格です!」
合格を言い渡されたセルフィリアは、少女のように嬉しそうに笑い、グランや他のメンバーたちに「これからよろしくね」と挨拶を交わした。
そしてグランは、熱狂する観客たちに向き直り、力強い声で告げた。
「『蒼白銀の翼』の正式な入部試験は、学年別魔導大会後だ! それまで各々、鍛錬を怠らないように!」
その言葉を聞いた生徒たちは、一刻も早く自分を鍛え上げたいという高揚感に突き動かされ、次々と演習場を後にしていった。
その様子を遠くから見守っていた学園長は、満足げに口角を上げた。
(やはり、彼らが刺激を与えることで、学園全体のモチベーションが飛躍的に上がる……。私の読みは間違っていなかったな)




