第70話:頂点としての矜持
花見の翌日。いよいよ今日から新学期の授業が本格的に始まる。
昨日の始業式で発表された通り、今年度からの完全実力主義への移行に伴い、学園からは生徒の学年とクラスが一目でわかる「襟章」が新たに支給されていた。
襟章の土台となる金属が学年を示し、1年は銅、2年は銀、3年は金となっている。
そして、中央にはめ込まれた宝石の色がクラスを示しており、Dクラスは白、Cクラスは青、Bクラスは黄、Aクラスは緑だ。
さらにその上には最高峰の『Sクラス』を示す赤色の宝石が存在するが、認定条件が厳しすぎるため、今年度は上級生である3年生ですら該当クラスなしという異常事態になっていた。
つまり昨日の始業式で告げられた通り、全学年を通してこの条件を満たし、Sクラスを名乗ることを許されたのはグランたち2年生の1クラスのみである。
(銀色の土台に、真っ赤な宝石か……悪目立ちしそうだな)
グランは支給された襟章を制服の襟元に付けながら、内心ため息をついた。
学園の正門前に到着すると、そこにはすでに四聖華、オリヴィア王女、帝国の皇女セルフィリア、さらにベアトリクスや平民組の4人が一堂に固まって談笑していた。
「おーい、グラン! 遅いぞー!」
マルクが手を振ってくると、グランは不思議そうに首を傾げた。
「お前ら、なんでこんな所に集まってるんだ?」
「なんでって、初日はみんなで一緒に登校しようって言ったじゃない!」
「えっ、いつ言ったんだよそんなこと」
グランが驚くと、周囲のメンバーは呆れたようにため息をついた。
「昨日の花見の時ですわ。……そういえばグラン君は、あの時ずっとお肉ばかり焼いてましたものね」
「そうだったのか。焼くのに夢中で聞き逃してたわ」
エルスメリアの言葉に、グランは素直に謝った。
「まあ、間に合ったからいいか。それじゃあ、みんなで一斉に行こう」
グランがそう言って歩き出そうとすると、当然のようにヒロインたちによるグランの隣のポジション争いが始まった。
(またこれかよ……)
結局、グランを先頭にして、その後ろを最強の美少女たちや実力者たちがぞろぞろとついてくる形になった。
(まるでどこかの大名行列だな……)
グランたちがそのまま門をくぐって学園内に入ると、周囲の学生たちが一斉に振り向き、凄まじいざわめきが起こった。
「おい、見ろよ! 襟章が銀に赤だぞ!」
「昨日の始業式で発表された、全学年で唯一のSクラス……!」
「3年生ですらなれなかったのに、実質あの2年生たちがこの学園のトップってことかよ……!」
「ああ、間違いない。あれが伝説の『蒼白銀の翼』だ……!」
「それにオリヴィア殿下に四聖華様、帝国の皇女殿下まで……こうして揃って歩いているのを見ると、オーラが違いすぎる」
周囲の生徒たちが神々の行列でも見るかのように道を開け、各個人の見た目や評価をヒソヒソと囁き合っている。
その光景を見ながら、グランは去年の四聖華の初登校を思い出していた。
「ルヴィ、ソフィ、ディア。……あの時からもう一年か、早いな」
「ええ、本当に……色々ありましたわね」
「あの時の三人は、周りを威嚇する抜き身の剣みたいにピリピリしてたよな」
グランが笑いながら言うと、三人は途端に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いた。
「そ、それは……あの時は色々と思い悩んでいて、気が気ではなかったからよ!」
「わ、私だって、好きであんな態度をとっていたわけでは……!」
三人が慌てて弁解する中、エルスメリアが少し申し訳なさそうに口を開いた。
「……私のせいで、みんなをあんな風に追い詰めてしまっていましたから」
「そんなことないわ、エル。私たちはもう気にしていないもの」
ルヴィリスたちがすぐにエルスメリアを庇うのを見て、グランは「悪い、蒸し返すつもりはなかったんだ」と謝った。
「だが、お前たちが元に戻って、本当に良かった」
グランが優しく微笑むと、四聖華たちは嬉しそうに「グランのおかげよ」と答えた。
「ふふっ、このSクラスはやっぱりグランが中心になるのね」
オリヴィアとセルフィリアが楽しそうに笑い、ベアトリクスや平民組の4人も大きく頷いた。
「ああ。俺たちもお前の背中について行けば間違いないし、でっかい夢が見れるってもんだ」
マルクたちは、普段なら貴族から蔑まれるような身分だが、今日ばかりはこの『銀に赤』の襟章のおかげで、すごく偉くなったような気分だとはしゃいでいる。
「それはお前らが実力で勝ち取った結果だから、誇るのはいい。だが、その襟章を笠に着て下のクラスを見下すような真似はするなよ。自分たちがやられて嫌だったことを相手にするのは、そいつらと同じ次元に下がるってことだからな」
グランが静かに、しかし力強い声で釘を刺した。
その言葉に、マルクたち5人はハッとした表情になり、真剣な顔で頷いた。
「……そうだな。俺らは俺らで気を引き締めて、下の連中から突き上げられないように鍛錬を頑張るぞ!」
Sクラスの教室に到着し、しばらく雑談をしていると朝礼のチャイムが鳴り、担任である学園長が教壇に立った。
「おはよう。さて、今年度の修練会についてだが……おそらく、新入生を含めた大半の生徒が君たちの『蒼白銀の翼』に殺到するだろう」
その言葉に、四聖華もオリヴィアも「……当然よね」と納得の表情を浮かべる。
(現状でも大所帯なのに、これ以上増えたら俺の正体を知る者が増えるリスクが高まるな……)
「学園長。いっそのこと、今年の『蒼白銀の翼』は新規募集をしないことにしようかと思うんですが」
グランが提案すると、学園長は腕を組んで首を振った。
「それは難しいな。今年の入学者の中には、『蒼白銀の翼』に入ることを目当てにしている者も多数いるのだ」
「なるほど……なら、やることは一つですね。入部試験で、徹底的に篩にかけて落とすしかない。みんなで試験内容を考えよう」
すると、セルフィリアが不思議そうに手を挙げた。
「グラン。花見の時にみんなには言ったけど、私も蒼白銀の翼に入部するつもりなんだけど、もしかして、留学生の私もその入部試験を受けないといけないの?」
「もちろんだ。ウチは完全実力主義だからな。むしろ、帝国の皇女殿下がちゃんと試験を受ければ、皇女殿下でも特別扱いはされないというアピールになる。そうすれば、不合格になった他の生徒たちも不満を言えずに従うだろうからな」
「……なるほど、私をダシに使うというわけね。確かに理にかなっているわ。いいわ、ちゃんと試験を受けてあげる。……その代わり、私が合格したらご褒美に私とデートしてちょうだいね?」
「ちょっとセルフィリア! 抜け駆けは許しませんわよ!?」
「ええ、そうです! ずるいです!」
オリヴィアや四聖華たちが一斉に抗議の声を上げるが、グランはあっさりと頷いた。
「まあ、セルフィリア様も協力してくれるんだし、別にいいぞ」
「「「ぶーっ!!」」」
ヒロインたちが不満げに唇を尖らせるが、グランは宥めるように手を叩いた。
「まあ待てって。セルフィリア様が入ってくれればちょうど12人になる。それなら、模擬戦で団体戦の練習も組みやすくなるだろ?」
グランの実用的な説得に、不満を漏らしていた面々も「……まあ、それなら仕方ないわね」としぶしぶ納得させられるのだった。
いよいよ一時間目の授業が始まり、教壇にはなんと学園長自らが立った。
「学園長自ら授業をなさるのですか?」
オリヴィアが驚いて尋ねると、学園長はニヤリと笑った。
「Sクラスの特別感を出したいからな」
そうして始まった学園長の得意分野である『魔導の応用』の授業は、王国の魔導の頂点と言われるだけあって、非常に面白く実用的だった。
戦闘における魔法の運用だけでなく、日常生活でも使える豆知識的なものまで、様々な工夫が論理的に説明されていく。
そして充実した授業が終わり、生徒たちが休憩時間に入ってそれぞれリラックスし始めた頃。
グランは学園長とバルトス教官に手招きされ、教室の外へと呼び出された。
「……さて、グラン。本来であれば魔導大会の時の約束通り、ここで君の素性について詳しく聞かせてもらうところだがな」
周囲に人がいない廊下で、声を潜めた学園長の言葉に、バルトス教官も静かに頷く。
(ついに来たか……)
グランが少し身構えた瞬間、学園長は穏やかな笑みを浮かべて首を振った。
「安心しなさい。今はやめておこう」
「え……?」
「君が先の対抗戦で圧倒的な力を見せつけ、旧態依然とした貴族主義の理事たちを完全に黙らせてくれたおかげで……私は長年の悲願だった、この『完全実力主義』の理想の学園を作り上げることができたのだ」
学園長は深く頭を下げ、グランに対して明確な感謝の意を示した。
「君がこの学園に害をなす存在ではないことは、これまでの君の行動で十分に証明されている。だから、無理に詮索はしないよ」
「……学園長」
「いつか君の口から、自ら話す気になった時で構わない。君が卒業するまでに、本当の君のことを聞かせてくれると期待して待っているよ」
学園長と教官の深い配慮と信頼に、グランは少し驚きつつも、真っ直ぐに視線を返して頷いた。
「ありがとうございます。……いずれ時が来たら、必ず俺の口からすべてを話します」
「ああ、楽しみにしているよ」
学園長とバルトス教官は満足そうに微笑むと、グランの肩を軽く叩き、そのまま廊下を歩いて去っていった。




