第69話:改革と花見
春休みが終わり、いよいよ今日から新学期が始まる。
学園の講堂で行われた始業式で、壇上に立った学園長から、今年度から学園のシステムが大きく変わることが発表された。
「今まで、本学園は平民と貴族でクラスを分けていたが、このままでは貴族と平民の差が広がるばかりで、学園自体の質が上がらなかった。それにより実力主義の帝国にずっと負け続けていた。去年1年間の学園で行った様々な行事の結果を踏まえ、学生全体のレベルの底上げを図るため、今年度より身分の垣根を払い、完全な実力主義でクラスを編成することとする」
突然の発表に、貴族の生徒たちからは「平民と一緒になんて耐えられない!」と不満の声が上がる。
しかし、学園長は「文句があるなら学園から出て行けばいい」と冷徹にあっさりと答えた。
平民の生徒たちも「実力で決まるなら何も文句はない」と納得の表情を見せるが、高等部から入学した平民に関しては、基礎知識の差を考慮し、これまで通り最初の一ヶ月は魔法の座学からスタートするという配慮も残されていた。
「そして、クラス分けはランク付けされており、もちろん将来の進路にも大きく影響する。その頂点である最高ランクが『Sクラス』だ」
学園長は言葉を区切り、会場全体を見渡した。
「ここは真に選ばれた者しか入れない。現在このSクラスに所属しているのは、去年の修練会対抗戦で優秀な成績を収めた『蒼白銀の翼』のメンバーだけだ」
その瞬間、講堂の会場が大きくざわめき始めた。
一年の魔導大会、修練会対抗戦、学園選抜での彼らの活躍は、学生たちの間ではもはや伝説となっており、今年の入学者の中には『蒼白銀の翼』に憧れている者が多数いて、修練会にぜひ入会したいと思っている生徒も多かったのだ。
学園長は話を続け、「今後の学期中のランクアップ試験で優秀な成績を収めれば、晴れてSクラスに編入することも可能だ」と付け加えた。
その言葉を聞いた生徒たちは、「Sクラスに入れば王女様や四聖華様に近づける!」と目の色を変えて奮起し始める。
「そして最後に、帝国からの留学生を紹介する。帝国第二皇女、セルフィリア・グロリアス殿下だ」
壇上にセルフィリアが姿を現すと、その凛とした佇まいに会場がどよめいた。
「彼女の強さは帝国で行った親善試合の時に実力を把握している。もちろんSクラスへの編入となる」
学園長がそう宣言すると、オリヴィア王女と四聖華たちは「ついにきたわね……」と小さく嘆息した。
当のセルフィリアは、客席にいるグランをじっと見つめながら、堂々と挨拶の言葉を述べる。
「私は、王国の史上最強世代と言われる方たちと共に学べることに感謝し、我が帝国で学んでいたことを王国で披露し、そして王国で学んだことを将来帝国に持ち帰り、両国の発展に貢献したいと考えております」
始業式が終わりSクラスの教室に入ると、そこにはいつもの『蒼白銀の翼』のメンバーに加え、セルフィリアが待っていた。
「今日から一緒ね、あなた♡」
セルフィリアは挨拶もそこそこにグランに駆け寄り、親しげに腕を絡ませてくる。
「ちょっと! お触り禁止です!」
すかさずオリヴィアと四聖華が血相を変えて飛んできて、セルフィリアをグランから無理やり引き剥がした。
そんなドタバタが繰り広げられているところへ、「席につけ」という声と共に学園長が教室に入ってきた。
「驚いたかもしれないが、私がこのSクラスの担任だ」
オリヴィアが「学園長自ら担任を持たれるのですか?」と驚いて尋ねる。
「そうだ。そして副担任はバルトス教官に務めてもらう」
学園長の言葉に続いてバルトス教官も教室に入ってくると、生徒たちは「Sクラスはやっぱり特別なんだな」「学園長に直接指導してもらえるなんてすごいぞ」と感嘆の声を漏らした。
「今日はこれで終わりだ。あとは自由時間とするから、親睦でも深めるといい」
学園長とバルトス教官はそれだけ伝えると、足早に教室を出ていった。
「みんな、この後はどうする?」
グランが尋ねると、皆は顔を見合わせ、「特にやることもないな」と答える。
「それなら、春だし、せっかくだから親睦会も兼ねて『花見』をしよう」
グランが提案すると、周囲のメンバーは「花見ってなんだ?」と首を傾げた。
「俺の故郷の風習でな。桜のそばで、上司や部下、新人たちみんなで飲み食いしながら会話を楽しんで、これから一緒に仕事をする人たちと親睦を深める宴会のことだ」
「へえ、それは楽しそうだな!」とマルクやカロンたち、そしてベアトリクスが乗り気になり、王女や四聖華、皇女も「新鮮でいいわね」と賛同する。
「でも、問題は桜の木がどこにあるかだが……」
「桜なら……そういえば王都から少し外れた公園に咲いていたはずよ」
グランが言うと、オリヴィアが思い出したように答えた。
「じゃあ、そこの公園の管理局に聞いて、許可が下りるならそこでやろう」
「私が使いの者を出して聞いてみるから、少し待っていて」
オリヴィアがそう言って、使いの者を走らせる。
一時間後に使いの者が戻ってきてオリヴィアに報告する。
報告を聞いたオリヴィアは「特に問題ないとのことよ」と笑顔で報告した。
「よし、じゃあみんなでその公園に行こう。荷物や食べ物は俺が全部持っていくから」
公園に到着すると、グランは収納魔法からイスとテーブルを次々と取り出した。
マルクやカロンといった平民組とベアトリクスが率先してそれらを設置し、四聖華や王女、皇女がテーブルの上を綺麗にセッティングしていく。
「みんなに飲み物が行き渡ったな。誰か乾杯の音頭を頼む」
「それはお前しかいないだろう」
グランがそう言うと、マルクがそう言って全員が頷いた。
グランは少し照れくさそうにしながらも、皆の顔を見渡す。
「……今年一年、みんなと無事に過ごせるように。そして、互いに切磋琢磨して高め合おう。乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
桜の木の下で、王国と帝国の未来を担う最強の世代たちの宴が始まった。
持ち込んだお菓子や飲み物を楽しんでいるうちに、誰かが「ちょっとお腹が空いてきたな」とこぼした。
「確かにそうだな。……よし、それなら肉でも焼くか」
グランは収納魔法から大きめの鉄板を取り出し、豪快に肉を焼き始めた。
しかし、彼が持ち込んだのはただの肉ではなく『聖域で狩った魔物の肉』だったため、火を通した瞬間に信じられないほどいい匂いがあたり一面に広がった。
その暴力的なまでに食欲をそそる匂いに、公園の道を歩いていた一般人たちがチラチラとこちらを見始める。
焼き上がった肉を片っ端から皿に乗せてみんなに配る。
「うまっ!」「なんだこれ!」
口に運んだメンバーたちは目を輝かせた。
すると匂いに釣られたのか、一人の男がフラフラと近づいてきて声をかけてきた。
「すまない、その焼いた肉を私にも売ってくれないか?」
グランはどうしようかと悩んだが、ルヴィリスが小声で注意してきた。
「聖域の肉なんて一般人にあげたらパニックになるわよ」
(確かにその通りだな)
「すみません、これは売り物じゃないので無理なんです」
「そこをなんとか! お金ならいくらでも払うから!」
グランはそう言って断ったが、男は必死に食い下がってくる。
面倒になったグランは(これなら諦めるだろう)とわざと法外な値段を提示したが、男は迷うことなくその金額を支払い、肉を受け取ってその場で食べ始めた。
「……うおおおおおっ!! なんだこれ、こんなうまい肉食べたことないぞ!!」
男が感動のあまり大騒ぎし始めたため、それを見ていた他の通行人たちも、一斉に押し寄せてきてしまった。
「俺にも売ってくれ!」
「私にも!」
(やばい、激しく後悔してきた……)
グランは頭を抱えたが、肉自体は収納魔法に売るほど大量にある。
仕方なくグランはさらに大きい鉄板を取り出し、本格的に屋台の店長のごとく肉を焼き始めた。
手際よく豪快に肉を焼き、サービス精神でフランベまで繰り出したグランのパフォーマンスがウケたのか、いつの間にか屋台の前には長蛇の行列ができていた。
「おーい、マルク! みんなが食べる分は焼けたから取りに来い!」
その間にも、グランは平民組をこき使って自分たちの食料を確保させる。
しばらくして騒ぎが大きくなったところで、とうとう完全武装した衛兵たちが駆けつけてきた。
「おい! ここで無許可で露店を出している奴がいると通報があったぞ!」
(やばい、ついに怒られた!)
グランが謝ろうとしたが、衛兵たちは屋台のそばにある席の顔ぶれを見てピタリと動きを止めた。
「……あ、あれ、オリヴィア王女殿下? それに四聖華の皆様……? あちらにいるのは、まさか帝国の皇女殿下!?」
衛兵たちは無許可の露店どころではない国家レベルのVIPの集結に気づき、顔面を蒼白にして焦り始めた。
そこへオリヴィアが優雅に立ち上がり、にっこりと微笑む。
「お勤めご苦労様です。今回は、私に免じて許してくれませんか?」
「め、滅相もないことでございます! どうぞそのままお続けください!」
衛兵たちは直立不動で敬礼すると、あろうことか「最後尾はこちらです!」と行列の整理や客捌きまで手伝い始めてしまった。
結局、グランはその後もずっと肉を焼き続ける羽目になり、みんなと話す時間が取れずに少し憂鬱な気分になっていた。
だが、ふと席に目をやると、王国の貴族も平民も、そして帝国の皇女も関係なく、桜の下で全員が楽しそうに笑い合っている姿があった。
(……まあ、みんなが仲良くやってるなら、これでいいか)
『こういうイベントの企画者は、大抵こうやって裏方に回ることになるものです』
(前世でもそうだったな……)
グランはアンサートーカーのツッコミに苦笑しつつ、慣れた手つきで肉を裏返し続けた。
屋台の列が落ち着いたころに、手伝ってくれた衛兵たちにお礼として肉をごちそうすると、「うますぎる!」と猛烈に感動し、「王女殿下に一生ついて行きます!」とまで言っていた。
日が傾き、いい時間になったところで「そろそろ締めるか」ということになった。
ようやく鉄板の火を落として落ち着いたグランが、皆の前に立って締めの挨拶をする。
「えー、今日はみんなの親睦が深まって何よりだ」
「グラン、お前ずっと肉焼いてただけだろ!」
「仕方ないだろ!あんなことになったし、お前らもたくさん食うから!」
マルクからの容赦ないツッコミに、グランは言い返す。
「でも、予想外にかなり儲かったから、この売上金はSクラスの活動資金にしよう。何かクラスで入り用になったら、ここから使うってことでどうだ?」
グランの提案に、皆は「それはいいな!」「賛成!」と拍手で応え、新学期最初の大宴会は平和に解散となった。
ちなみに次の日、王都の住民たちの間で「ものすごく美味しい肉を焼く幻の露店があった」という噂が一気に広まった。
しかし、その店がどこにも存在しないため、しばらくの間、王都のちょっとした都市伝説として語り継がれることになるのだった。




