第6話「和解、そして次代へ」
空中で激突するたびに、大気が悲鳴を上げ、衝撃波が雲を散らす。
白銀の爪と、俺の魔力を纏わせた拳。
本来なら人間が龍と肉弾戦など正気の沙汰ではないが、理から外れたステータス値で俺は一歩も引かずにその巨躯を殴り飛ばしていた。
「……信じられん! 我が爪、我が剛力を、ただの人間が受け止めるというのか!」
「人間を舐めるなよ。……それとも、女神様の物語じゃ、人間は龍に踏み潰されるだけの存在だったか?」
龍の黄金の瞳に、困惑ではない――純粋な「武」への高揚が宿る。
この龍、自我がないどころか根っからの武人だ。
龍は大きく翼を羽ばたかせ、距離を取った。
その全身から、これまでの比ではない魔力が溢れ出す。
「認めよう、異界の強者よ! 我が全身全霊を賭して、貴様を討つ!」
龍は咆哮とともに周囲の光を全てその顎へと収束させていく。星の理を凝縮した、古代龍の最大出力のブレス『エンシェントフレア』。
「……あれはやばいな。俺も出し惜しみは無しだ。アンサートーカー、地下のコアから魔素を直接吸い上げろ。イメージは――星すら貫く超粒子砲だ」
(了解。全魔力回路を開放。魔力を臨界まで圧縮……出力、計測不能。精神崩壊の危険性を検知しますが――マスター、貴方の意志を優先します)
「あとのことはあとで考える!」
その瞬間、俺の全身が蒼く発光し、体中が軋み始めた。コアから吸い上げた魔素が、俺の魔力核で圧縮され、爆発的な熱量となって胸の前に光を形成する。
「うおおおおおおおおっ!!」
俺の叫びと共に、両腕で胸を開くような構えで、胸の前に集めたまばゆい蒼白銀の光の奔流が放たれた。
それは魔法というより、純粋なエネルギーの破壊衝動。
空間を蒸発させ、因果をねじ伏せながら、龍のブレスを真正面から粉砕する。
「『ギガ・スマッシャー』!!」
――ドォォォォォン!!!
一瞬、世界から音が消え、黄金の龍の巨躯が俺の放った白い光に完全に飲み込まれた。
「バカな!! 人間が……人間ごときがこれほどの力を……ッ!!!!」
黄金の瞳が恐怖に染まり、星の守護者としての誇りが砕け散る。
龍の顎から放たれていた理の光は無残に霧散し、直後、蒼白銀の奔流がその巨躯を真っ正面から焼き貫いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
高潔な龍の咆哮は、もはや形を成さない悲鳴へと塗り替えられた。
空の支配者としての威厳は消し飛び、焼かれた鱗を夜空に撒き散らしながら、糸の切れた人形のように地上へと墜落していく。
魔王城の広場に激突し、凄まじい土煙が舞う。 俺はゆっくりと地上に降り立った。龍はピクリとも動かず、激痛と衝撃で白目を剥き、意識を失いかけていた。
(マスター、トドメを。今なら確実にこの『セキュリティ』を消滅させられます)
アンサートーカーの無機質な進言を無視し、俺は龍の眉間にそっと手を置いた。
「……星の守護者を殺しちまったら、この星のバランスが崩れるはずだ。いくらなんでもそれはまずい。アンサートーカー、さっき地下のコアに集めた残りの魔素を利用して、こいつを回復しろ」
(……正気ですか? マスター自身の回復プロセスが著しく遅延しますが)
「構わん。寝る時間が少し増えるだけだ」
地下から吸い上げた清浄な魔力が、俺の手を通じて龍へと流れ込む。
焼かれた鱗が再生し、止まりかけていた心臓が力強く脈動を再開した。
やがて、龍がゆっくりと瞼を開ける。
そこには困惑と、そして震えるような感動が宿っていた。
「……何故だ。何故、我を救った。貴様は、己の命より我を優先したというのか」
「お前は職務を全うしようとしただけだ。命を奪われるいわれもない」
俺が鼻を鳴らすと、龍はよろよろと立ち上がり、巨大な頭を深く垂れた。
「……我の負けだ。何の因果か、この戦いの余波でこの地の力場は平定した。貴様はもはや排除対象ではない。……無礼を、陳謝する」
「わかってくれるならそれでいい。……ところで、あ~、お前、名前はないのか?」
「名……? 我はただの守護者。個を識別する名など持ち合わせてはおらぬ」
(マスター、個体識別情報を解析。当該個体は――『雌』に分類されます)
「え、女の子なの? 名前がないなら、……俺が付けてもいいか?」
「……敗者は勝者に従う。それがこの世界の理だ」
「なら、この星の名前はリスティア、ならそこから借りよう。今日からお前は『ティアリス』だ」
その瞬間、龍の全身が眩い光に包まれた。理を外れた神に近いグランが名付けという行為により、通常では起こるはずのない、強力な「魂の契約」が結ばれる。光が収まった後、そこにはグランの魔力と同じ青白銀のオーラを纏った理知的で神々しさを増した黄金の龍が座していた。
「ティアリス、ティアリス……。むぅ、これは……力が溢れてくる。マスター・グランよ。これからはこの名にかけて、貴殿に永久の忠誠を誓おう」
「いや、『マスター』はよせ。お前とは対等だ、友として接してくれ」
「……友、か。承知した。では用事があるときは呼び出してくれ。いつでも力になろう」
古代龍ティアリスは満足げに頷くと、光の粒子となりあっという間に空へと消えていった。
――その直後。脳内に、これまでの感動をすべて台無しにするイラつく女の声が響いた。
「グラン! ちょっと私の星をめちゃくちゃにするつもり!? すぐに戻ってきなさい!」
何か光ったと思えば、いつのまにか俺は真っ白な神界の空間に立たされていた。
目の前には、デスマーチ明けのボロボロになった女神アリスティアが、肩を怒らせて立っている。
「もうっ! 重力計算だけで死にそうなのに、古代龍とガチバトルして聖域まで作っちゃって! 私のリスティアをめちゃくちゃにする気!?」
「うるさいな。寝床を整えただけだ。それよりアリスティア、お前に言いたいことがある」
俺は真剣な表情で彼女を見据えた。
「俺の世界では一般的に神はすべての生き物を等しく愛し慈しむような存在だった。神なら、自分の庇護下にある人間の運命を無理やり悲劇にするような真似はやめろ。人間も亜人も、誰一人お前のおもちゃじゃない。普段は遠くで見守って……いざ、星が危機になれば人を導き手を貸す。超越者はそれくらいが丁度いい。その代わり、俺もお前の管理宙域を崩壊させるような大規模チートは控える。……あくまで『よほどのことがない限り』、だがな」
俺の提案に、アリスティアはぶつぶつと文句を言いながらも、最後には小さく頷いた。
「分かったわよ……。でも、私の物語にはいつか協力してもらうからね!」
「今回のように人の運命を捻じ曲げないならな。まあ、あくまで気が向いたらの話だが」
「わかったわ。今回のことで、いろいろ考えることができたわ……転生者を舐めすぎていたところも、反省するわね」
「だから言っただろ、人選ミスだって。……ところで一つ聞きたいんだが。前に言ってた『視聴者』っていうのは何だ?」
アリスティアは少し言いにくそうに、神界の事情を明かした。
彼女たち神にとって、管理宙域で起こる事象は「コンテンツ」であり、その評価が「神としての格」に直結するのだという。
「……功を焦っていたのは事実よ。二番煎じの展開でも人気が出ると思ったの。でも、これからはむやみに理不尽な運命付けはやめるわ。あなたを怒らせても得はなさそうだし。その代わり、これからはあなたを主人公にするわね!」
「絶対やめろ」
俺は背を向け、リスティアの魔王城へ転移した。
魔王城地下に置いたダンジョンコアの傍ら。
コアの近くで少しでも回復を早めるようにここを寝室とした。
「アンサートーカー、俺はこれから寝る。……300年くらいだったな。それだけあれば、この星も少しはましになってるだろ」
(了解しました。スリープモードへ移行。……おやすみなさい、マスター。300年後お会いしましょう)
深い闇の中、俺の意識はまどろみに沈んでいく。 次に目覚めたとき、この世界はどんな「物語」を見せてくれるのか。それを楽しみにしながら、俺は長い眠りについた。
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第1章本編はこれにて終わりです。
あとは幕間とキャラ紹介とその後の展開となります。




