第5話「星の守護者」
サリアに案内され、最上階にある賓客室の重厚な扉を開ける。
そこには、前世の高級ホテルのスイートルームすら霞むような豪華な調度品と、見るからに寝心地の良さそうな巨大なベッドが鎮座していた。
まあ、スイートなんて入ったことないんだけどな!
「……これからは、あの星で平和に過ごすんだな」
窓の外、漆黒の夜空を眺めながら呟く。
太陽を挟んでちょうど真裏――物理的に決してここからは見えないはずの、自分が作り上げた「新惑星」に思いを馳せていると、サリアが深く腰を折り、丁寧に頭を下げた。
「あなたには感謝しかありません。……あなたは、私たち亜人の守護者です」
「止してくれ……。俺はただ、気に入らない物語を破り捨てただけだ」
「それでも。……ありがとうございました、グラン様」
彼女の誠実な謝意に、俺は少しだけ気恥ずかしくなり、照れ隠しに手をかざした。
「ここからゲート前まで戻るのは面倒だろ。亜人も全員転送済みだし、お前も送ってやるよ」
「えっ、あっ――」
言い終わる前に、蒼白銀の光がサリアを包み込む。
彼女が消えたのを確認し、俺は空間を指でなぞって新惑星へのゲートを完全に閉じた。
「……これで、亜人の問題は片付いたな」
(お疲れ様です、マスター。しかし、かなり無茶をしましたね。惑星創造と広域蘇生……精神負担の完全回復には、相応の時間を要します)
「分かってるよ。……でもさ、いつも思ってたんだ。現実は理不尽なことばかりだ。だからこそ、作られた物語くらい最後はみんな幸せになってほしいだろ」
そう言い残して、俺は泥のようにベッドへと沈み込んだ。
(現在、魔王城および周辺の魔素濃度が極めて高まっています。これを利用しない手はありません。魔王城の地下にちょうどいいスペースがあります。そこに魔素を集約し、そのエネルギーを変換して回復を高速化させることを推奨します。逆にこのまま放置すると高濃度の魔素が回復を遅らます)
「……何事も適量ってやつか、すべて任せる。好きにやってくれ……」
俺は寝転がったまま、天井に向けて軽く魔力を解放した。
その頃、天界のアリスティアの神殿では――。
「あわわわわ! ちょっと待って、なんで!? なんでこの宙域の重力定数がこんなに乱れてるのよ! 無からいきなり惑星一つ分の質量を放り込むなんて……このままだと周辺の惑星まで軌道がズレて、銀河から放り出されちゃうじゃない! 宙域のバランスの再構築、早くやらなきゃ……ひゃああ、ポップコーン食べてる場合じゃないわ!」
アリスティアは、散らばった資料とホログラムウィンドウに囲まれ、涙目で数式を書き換えていた。
グランが太陽の真裏に新惑星を「置いた」せいで、アリスティアの管理している宙域の重力の天秤がガタガタになり始めていたのだ。
「もうっ、グランのバカ! 何がハッピーエンドよ、こっちはデスマーチ確定よ! ……よし、今のうちに座標をロックしちゃえば……。あ、リスティアの方はどうなってるかしら? まぁ、あっちには最強のセキュリティ『守護者』がいるし、何かあればシステムが勝手に排除してくれるわよね。今はこっちっを安定させるのが先よ!」
彼女は、自身の管理する世界の防衛プログラムが、まさにグランを「排除対象」として認識していることに、全く気づいていなかった。
一方、リスティア・魔王城。俺が眠りにつくための「掃除」は、最悪のタイミングで防衛システムを叩き起こしていた。
魔王領全域の淀んだ魔素が、アンサートーカーの誘導によって一点に凝縮される。圧縮された膨大な魔力は、魔王城の地下で黒く丸い結晶――ダンジョンコアを形成した。
その瞬間、城の周囲は一変した。
重苦しい空気は澄み渡り、枯れた大地からは色鮮やかな花々が噴き出すように咲き誇る。
かつての魔王領、城を中心とした広範囲が「聖域」へと変貌を遂げたのだ。
(警告。局所的なエネルギー質量が限界値を突破。星の防衛システム『古代龍』の起動を確認。排除シークエンスが開始されました。到達まで、あと40秒)
「……まあ、ファンタジーだから龍とかいるんだろうとは思っていたけどさ」
轟音と共に魔王城の屋根が弾け飛ぶ。夜空を見上げれば、月光を反射して黄金に輝く、山のような巨躯が滞空していた。
「我はこの星の守護者。星に仇なす異物及び、理を乱す聖域を確認」
知性というよりは、機械的な殺意を宿した黄金の瞳。
龍は無機質な声で宣告する。
「女神の意志に基づき、禁忌を排除する。異界の者よ、ここで滅べ」
俺はボロボロになったベッドから起き上がり、首を鳴らしながら宙へ浮き上がった。
「女神の意志ねぇ……。お前の主は神でありながら人々の運命を弄んでいたぞ。それを助けただけだ。それに、空気を綺麗にしただけで『排除』か? 随分と融通の利かないセキュリティだな」
「……理の外にある救済は、星を殺す毒となる。……問答無用」
龍の巨大な顎が開かれ、星のエネルギーを凝縮した純白の奔流――『裁きのブレス』が放たれた。
夜空を真っ二つに裂く光。それは、万物を一瞬で塵に帰す破壊の光。
「悪いが、俺が一番嫌いなのは理不尽だ。抗わせてもらう……『イージス』!」
俺は両手を前にかざし、前世でとあるゲームに出てた無敵の盾をイメージした防御魔法を展開する。
ガリガリと空間そのものが削れるような異音が鳴り響き、破壊の閃光が物理的に押し留められる。
――ドォォォォォン!!!
衝撃で周辺の空間がガラスのようにひび割れ、砕け散る。
「な……!? 真正面から、我がブレスを……!?」
初めて龍の声に驚愕が混じる。煙の中から現れた俺は、傷一つない拳を握り直した。
「男子は一度は憧れるんだよ。龍を倒して囚われのお姫様を救う……まぁ、あいにくお姫様はここにはいないけどな!」
俺は不敵に笑うと、爆音を置き去りにして空を蹴り、白銀の巨龍へと肉薄した。
評価とかレビューをもらえたら嬉しいです。




