第4話「胸糞エンド回避」
「それじゃあ『真実』の鑑賞会を始めよう」
首まで土に埋まった六人の英雄たちの前で、グランが静かに手をかざし告げる。
平原を吹き抜ける風は、先ほどまでの殺伐とした戦気を感じさせないほど穏やかだ。
だが、埋まっている当事者たちにとっては、これほど不気味な静寂はない。
「この魔法は星の記録……あらゆる事象を記録したアカシックレコードや、遠くの景色を見ることのできる魔法だ。さながら『ヴィジョン』とでも名付けようか。女神が『神力』を消費して無理やり書き込んだ落書きを、俺の相棒が丁寧にはがして見せてやるよ」
グランの手のひらが蒼く輝くと、クレーター内の空中に、アンサートーカーが抽出した「過去の映像」が鮮明なホログラムとして浮かび上がった。映し出されたのは、数年前、ライキスの村を襲った魔物たちの姿だった。だが、その瞳は不自然な黄金色に輝き、天界から降り注ぐ光の糸に操り人形のように翻弄されている。
(解析開始。……神力による虚偽の記録(上書き)を検知。これより、偽装されたログをパージし、深層アカシックレコードから真実を抽出・投影します)
「なっ……、これは……」
ライキスが絶句する。映像の中では、平和だった村が魔物に蹂躙される凄惨な瞬間、その背後で天界の女神アリスティアが「あ、ここで叫ばせた方がドラマチックね」と呟きながら、アカシックレコードにをいじっている姿が、皮肉にも鮮明に映し出されていた。
「お前の村を焼いたのは魔王軍じゃない。女神アリスティアが、お前に憎悪を持たせるために暴走させた野良の魔物だ。そして、その惨劇を利用して『勇者指名』という名の政治ショーを行ったのは、お前が忠誠を誓っていたアレクシア王だ。お前が信じていた救いは、全部仕組まれたマッチポンプだよ」
「……そんな馬鹿な!! 俺は、俺は何のために……!」
ライキスの咆哮が響くが、映像は無慈悲に続く。
王宮の密談室で、「勇者を使い倒して大陸を統一する。平民の復讐心など、せいぜい便利な燃料だ」と下卑た笑みを浮かべるアレクシア王と重鎮の姿。
そして、かつて人間だったヴィランドルが、事故の際に魔人化して人間に迫害され、さらには魔王になる前の亜人たちからも拒絶されていた孤独な過去。
それでも圧倒的な力で魔王となり、今では亜人全員の食糧危機に苦悶する、一人の王としての苦悩が映し出された。
ミレーユは協会の嘘に声を出して泣きわめき、ヴィランドルは静かに瞳を閉じた。
「これを見てどう思った? 今までの戦いの無意味さを思い知ったはずだ」
グランの問いかけに、魔王ヴィランドルは重い口を開く。
「……だが、真実を知り戦いを終わらせても、根本的な問題は解決しない。この地の魔素はいくら浄化しても、すぐに高濃度となり大地を汚染し、我々の作物を腐らせる。我々は人間から豊かな大地を奪わねば、亜人の食糧難を解決できないのだ。立ち止まれば、民が飢える」
それを聞き、ライキスも苦渋に満ちた声で答える。
「……亜人が人間を害する限り、俺は、俺たちの生存をかけて戦いをやめるわけにはいかないんだ。家族が生き返るわけでもない……!」
「それに関しては考えがある」
グランが立ち上がり、両手を広げた。
その瞬間、彼の内側から噴出した莫大な魔力が、グラズ平原の空を、大気を、そして世界の理そのものを震わせた。
「要はお互いの希望を叶えればいいだけだ。人間は亜人からの恐怖をなくす。亜人は豊かな大地を得る。そして、この戦いで奪われた命は返してやる」
「な……何をするつもりだ!? いくら貴様が規格外の力を持っていても、この世界の理法を変えることなど……!」
「アンサートーカー、チートの代名詞『創造魔法』で惑星を作る。座標は今考えている通りだ。難しいことはわからないから頼む」
(了解。惑星創造シークエンスを開始。………………………………………………………………………………完了しました。この星の公転軌道上、この星から太陽に向けてちょうど裏側に新惑星を構築しました)
「次に、この不毛な戦争で死んだ全種族の死者を、すべて呼び戻す。肉体を再構成し、魂を呼び戻す!」
グランの瞳が蒼白銀に輝く。
リスティアの大地から、無数の淡い光の粒が空へと昇り始めた。
それは、理不尽な戦争で命を落とした人間、および亜人たちの魂だ。
「な……死者を、蘇生させているの……!? ありえないわ!」
魔法使いのメルティアスが、魔法の根幹を覆す光景に驚愕し、目を見開く。
光の粒はリスティアの各地へと降り注ぎ、そこで新たな肉体を得て息を吹き返していく。
そして、このグラズ平原の遥か先、ライキスの故郷があった場所にも無数の光が降りた。
「……あの方角は……! まさか本当に生き返っているのか……!?」
ライキスの瞳に、震えるような歓喜の涙が溢れる。
彼が最も愛し、その喪失ゆえに世界を呪った家族や村の人々が、今、確かにこのリスティアの地で命を吹き返したのだ。
「さて、蘇生は終わった。次は移住だ。全亜人は魔王城とその周辺に集合してもらう」
グランが両手を振ると、戦場の魔王軍、そしてリスティア全土にいた亜人たちが光に包まれ、消失した。
後に残されたのは、勇者たちは土から出され、へたり込む。その周りには各地で家族と再会し困惑する人間たちだけだ。
「もうすぐ亜人は、この星からいなくなる。ライキス、お前にとっての復讐の対象は、もうこの星にはいない。だが、お前を騙し、私利私欲で利用しようとした『本当の敵』は、まだ王都にいるぞ。どう落とし前をつけるかは、お前たち次第だ。女神に関しては俺が何とかする。」
グランの言葉に、ライキスはゆっくりと立ち上がった。その瞳からはドス黒い憎悪が消え、代わりにある種の冷徹な決意が宿っていた。
「……ああ、わかっている。俺たちが何をすべきか。ミレーユ、オード、メルティアス。力を貸してくれるか? 俺はもう、あの王とは袂を分かつ」
三人は力強く頷いた。自分たちが信じていた正義が利用されていたことを知り、それでも今、守るべきものを返してくれたグランに感謝を述べ、王都へと向き直った。
グランが魔王城に転送されると、そこにはリスティア全土から集められた数万の亜人たちが騒然としていた。グランは魔王ヴィランドルとサリアに歩み寄る。
「さて、これで全員だな。これから行く星は、リスティアと違い魔素がない。だが、それでは亜人は魔法が使えないし、体の野生も安定しなくなり魔力も回復しなくなる。そこで、魔素の代わりとなるエネルギー体、通称『エーテル』を作り出すように星を作った。」
「……そんな都合のいいものがあるのか?」
「まあ、行けばわかる。アンサートーカー、転送門を開け」
魔王城の広場に、巨大な光の門が出現した。サリアが、そしてヴィランドルが門をくぐる。その先に見えるのは、豊かな自然と、清浄なエーテルに満ちた大地だった。
「ヴィランドル様……!」
サリアが歓喜の声を上げる。
見渡せば肥沃な大地が広がり、様々な食物や果実が実っていた。
「……信じられん。本当に惑星を作ってしまったのか。これが真の安息の地か」
ヴィランドルは、遠くに見える連峰を眺めながら呟いた。そしてグランに振り返る。
「貴殿には、どう礼を言えばいいか分からん。……最後に名を聞かせてくれないか。この星の開拓史の、最初のページに刻みたい」
グランは、重くなった瞼をこすりながら不敵に笑った。
「グラン。……グラン・グラニアスだ。この星は亜人のものだ、人間におびえることもない、好きにすればいい」
「グラン・グラニアスか。……良い名だ。では、グラン殿。貴殿はこれからどうする? この星の王にでもなるか?」
「……何度も言うがここは亜人のものだ。そんなものに興味はない。とりあえず、いろいろはしゃぎ過ぎた。……あんたの城で一番休めるいい部屋を貸してくれ。アンサートーカーも『オーバーヒート寸前です、休め』ってうるさいんだよ」
(……事実です。精神に負担がかかりすぎて、ほぼ限界です。速やかな強制就寝を命じます)
ヴィランドルは一瞬呆気に取られたが、すぐに笑った。
「くく……ははは! 分かった、最高の寝床を用意しよう。サリア、グラン殿を最上階の賓客室へ案内しろ! この星と亜人の守護者を、全力でもてなすのだ!」
グランはサリアと一緒にゲートをくぐり、リスティアの魔王城の中へと戻っていった。
安住の地を作り、理不尽に奪われた命を戻すことにより、女神の胸糞な物語を文字通り粉砕し、二つの種族に救いをもたらした男の、長い一日が終わる。
新星を満たす蒼きエーテルが、これから始まる長い進化の歴史を祝福するように、静かに揺れていた。
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