第3話「打ち切り1週前」
グラズ平原の夜明けは、鉄と血の匂いとともに訪れた。
地平線を染める朝日は、これから流されるであろう数多の血を予感させる不吉な赤色を帯びている。
黄金の光を放つ聖剣を構えた勇者ライキスと、亡国の悲哀を背負った漆黒のオーラを纏う魔王ヴィランドル。
数万の軍勢が固唾を呑んで見守る中、二人の英雄が戦場の中心で対峙した。
その瞬間、周囲の空間はひび割れんばかりのプレッシャーに支配され、並の兵士たちは呼吸することすら忘れて硬直した。
「……待っていたぞ、この時を……魔王! ここでお前を討ち、故郷の無念を晴らす! 俺の家族が、村のみんなが味わった苦しみを、その身に刻んで死ね!」
ライキスの聖剣が、彼の中に植え付けられた偽りの憎悪に呼応し、眩いばかりの、しかしどこか禍々しい光を放つ。
「……勇者よ。お前の憎しみは理解する。だが、我にも守らねばならぬ同胞がいるのだ! 飢えに喘ぐ民を救うため、我はこの剣を振るう。例えそれが、貴殿にとっての悪であったとしてもだ!」
ヴィランドルは大剣を構え、悲哀を秘めた瞳でライキスを見据えた。
互いに譲れぬ正義と事情。それを女神に握らされているとも知らず、二人は命を削り合おうとしていた。
天界:アリスティアの神殿
「キタキタキタァーっ! これよ! これこそがクライマックスよ!」
アリスティアはホログラムウィンドウの前で、ポップコーンを撒き散らしながら大興奮していた。彼女の瞳には、地上の悲劇など一欠片の重みもない。
「見て! 勇者の聖剣奥義『シャイニングレイ』と、魔王の魔剣奥義『ブラッディレイ』の激突! これを撮るために私は『神力』を注ぎ込んで、物語を作ったのよ! さあ、最高のエンディングを見せてちょうだい!」
彼女は、自分が書いた「物語」が最高潮に盛り上がる瞬間を見て、歓喜の悲鳴を上げた。
グラズ平原:戦場
「死ねぇぇぇぇぇ!」 「うぉぉぉぉぉぉ!」
光と闇、二つの巨大なエネルギーが渦を巻き、世界を分かつような最大火力の奥義が放たれようとした――その時だった。
二人の頭上、遥か上空から、緊迫感を完膚なきまでに打ち砕く、しかし戦場全域を劈くほどの大声が降ってきた。
「そこまで!!」
「「……なっ!?」」
ライキスとヴィランドルの剣がぶつかり合い、激しく鍔迫り合ったその瞬間、グランの魔力を纏わせた両の拳が、二人の脳天にジャストミートした。
――ゴッ!!!
鈍く、しかし重厚な衝撃音が響く。グランの両拳は、勇者と魔王、それぞれの脳天に寸分の狂いもなく叩き込まれた。
「ガハッ……!?」 「な……に……っ!?」
最大奥義の予備動作を物理的に強制解除され、二人は受け身も取れぬまま垂直に地面へと叩きつけられた。
ドォォォォォン!!
グラズ平原の中央に、巨大なクレーターが穿たれる。
凄まじい土煙が舞い上がり、数万の軍勢が呆然と立ち尽くす中、クレーターの底に一人の男が悠然と着地した。
グラン・グラニアス。 彼は腕を組み、額に浮かんだ僅かな汗を拭うと、息を吐いた。
「ふぅ。間に合ったか。アンサートーカー、予定通りセッティングを頼む。女神に介入される前に終わらせるぞ」
(了解。……対象:勇者一行4名、魔王、および側近1名。計6名の魔力回路を封印。物理拘束プロセス『強制土埋め』を開始します)
数分後。 土煙が完全に晴れ、静まり返った戦場に、歴史上類を見ないほど奇妙な光景が広がっていた。
グランに落とされたことで勇者と魔王の攻撃は地面に突き刺さり、穿たれたクレーターの縁に、6つの「生首」が規則正しく並んでいたのだ。
勇者ライキス、聖女ミレーユ、騎士オード、魔法使いメルティアス。
そして魔王ヴィランドルと、竜人サリア。
全員、首から下を特殊な魔力粘土に埋め込まれ、さらに魔力を完全に封じられているため、指一本満足に動かすことができない。
「ぬぅ……ここは……」
最初に意識を取り戻したのは、頑健な騎士のオードだった。
彼は状況を理解しようと目を剥き、そして自分の顎の下に広がる地面を見て絶叫した。
「な、なんだこれは!? 体が動かん! 俺は、埋まっているのか!?」
「きゃあああ!? 汚れちゃうわ、大枚はたいて買った最高級ローブが! それになにこの屈辱的な体勢は!」
魔法使いメルティアスが叫び、聖女ミレーユは「神よ、これは何の試練ですか……」と涙目で天を仰ぐ。
「……なんだ、この魔法は。魔力が内側から完全に閉ざされている。……貴様、何者だ」
魔王ヴィランドルが、冷静さを取り戻しながらも怒気を含んだ声でグランを睨みつける。
その横ではサリアが「ヴィランドル様を放せ!」と牙を剥いていた。
「う、うおぉぉぉ! 離せ! 魔王! 魔王を殺させろぉぉ!」
ライキスだけは、埋まった状態でも魔王への憎悪を剥き出しにして暴れようとするが、地面はビクともしない。
全員目覚めたことを確認して、グランは6人の首の真ん中に、魔力で構築した椅子を出現させ、優雅に腰掛けた。
「おはよう。しばらく寝れなかっただろう、少しは頭が冴えてきたんじゃないか?」
「お前……その姿は人間か!? なぜ俺たちの邪魔をする! 人間なら協力して魔王を倒すのが当たり前じゃないのか!」
ライキスの言葉を聞いてグランは淡々と話す。
「疑問はあとで答えるとして、今から俺が真実をすべて話す。お前らの人生が、いかに『安っぽい物語』の上に成り立っているかをな」
グランは腕を組み、首まで土に埋まった英雄たちを見下ろしながら、不敵に笑った。
「アンサートーカー。……女神の物語は今日で終わりだ。全部まとめて、俺がハッピーエンドに導いてやる」
(了解。……マスター・グラン。これより全対象に対し、物語の焼却――偽りの運命を論破する『正解』を提示します)
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