第2話「決戦前夜」
聖王国の王都から遥か彼方、地図にも載っていない未開の原生林――通称『忘却の森』。
そこでは、世界の理を置き去りにした男の姿があった。
「……まずは、右手に魔力を纏わせて剣のイメージを……。あ、やべ、なんか来てるぞ!」
グランの思考を遮るように、茂みから巨大な影が飛び出した。
前世の常識では計れないほどの巨体。
この森の主であろうか、山のような大熊が地響きを立てて突撃してくる。
凄まじい衝撃音が響くが、そこにグランの姿はない。
直撃の寸前、俺は本能的な判断で真横へと跳んでいた。
ドガガガガガガーン!
通り抜けた熊は止まりきれずに、周囲の巨木を数本まとめてなぎ倒していく。
「……前世であんなもの喰らったら粉微塵だな。事務職の範疇を超えてるぞ」
俺は額の汗を拭い、身構え直した。いくら女神からもらった体でステータスの恩恵があるとはいえ、避けることもせずに攻撃を受け止めるのは慢心の極みだ。
「努力して成長するのは時間がかかって面倒だが、能力に甘えてサボりすぎて、いざという時に動けなかったら意味がないからな。不測の事態への備えは、仕事の基本だ」
転生者の定番と言えば、聖剣や魔刀を振るって無双するスタイルだ。
だが、平和な日本でサラリーマンをやっていた俺は、武器なんて触ったこともない。
一方で、学生時代には血気盛んな殴り合いを経験したこともある。
結局のところ、自分の身体一つで戦うのが一番馴染む。
だから、俺に武器はいらない。
魔力そのものを拳に纏わせ、自在に形を変える。
想像力とイメージさえあれば、魔力であらゆる事象を具現化できる。
本来なら、この域に達するまでには何十年もの修行が必要なのだろう。
今は精神世界にいる相棒が演算を代行してくれているから楽だが、何が起こるか分からないのが異世界だ。
「……よし、今度はこっちの番だ!」
再び咆哮を上げて突っ込んでくる熊。
俺は魔力の刃を腕から横に延ばすように形成し、すれ違いざまに一閃。
横なぎに振られた魔力の刃は、熊の強靭な肉体をバターのように切り裂いた。
巨体はそのまま前のめりに倒れ込み、二度と動くことはなかった。
「今のはいい感触だ。この調子で慣れるまで反復練習だ」
(戦闘終了。……期待値通りの経験値およびスキルポイントの取得を確認。マスター、レベルアップに伴うリソース配分の指示を請います)
脳内に、相棒の冷静な声が響く。
「能力値は平均的に上げてくれ。どうせ上限はないんだ、変に尖らせても上限がないから意味はない。スキルは状態異常などの耐性系を優先だ。アンサートーカーが防ぎきれない不純物を、あらかじめ無効化しておきたいからな。あとは……サバイバルに向いた能力を優先してとっていこう」
(了解。……ステータス平均化、および全耐性スキルの優先取得を実行。自動化プロセスを継続します)
「……やっぱりお前を相棒にして正解だったわ。事務作業の自動化は、効率化の第一歩だしな」
2ヶ月後 決戦前夜:聖王国軍陣営
一方、決戦の地『グラズ平原』に布陣した聖王国軍の天幕では、勇者パーティーの四人が最後の休息を取っていた。
「ライキス様、あまり根を詰めないでください。少しは温かいスープでも飲んで、身体を休めないと」
聖女ミレーユが、穏やかな微笑みとともに器を差し出した。
彼女は教会の聖女として、「魔王を倒せば悲劇が終わり、世界に平和が訪れる」と純粋に信じている。
過酷な旅を共にしてきたライキスの身を、彼女は心から案じていた。
「……ああ、悪いな、ミレーユ」
ライキスは研いでいた剣を置き、器を受け取った。その横では、金髪をオールバックにした筋骨隆々の騎士オードが快活に笑う。
「ははは! ミレーユの言う通りだぜライキス。お前は人類の希望だ! 休めるときに休むのも戦士として重要だぞ」
「ふん、私は自分が開発した新魔法をぶっ放せればそれでいいんだけどね。でも、確かにあんたはここ最近全然休んでない。魔力の循環が乱れてるわよ」
紫髪のショートカットに気の強そうな声で話す魔法使いのメルティアスも、杖を磨きながら不器用な言葉でライキスを気遣った。旅を通じて、彼らの間には確かな絆が芽生えつつあった。
「……そうだな。少し力が入りすぎていたようだ。ゆっくり休んで明日に備えよう。みんな、ありがとう」
ライキスの言葉は夜風に消えた。
仲間の温かさを感じながらも、胸の奥で燃える「憎悪の炎」だけは消せない。
それが聖王国によって捏造された記録により植え付けられたものだとは、純粋な信仰心を持つミレーユですら知る由もなかった。
同刻:聖王国ファリオン・王宮
前線の温かい空気とは対照的に、王宮のある部屋では冷酷な野心が渦巻いていた。 聖王国の頂点、国王アレクシア・ファリオンと、それを囲むのは聖王国の重鎮たちだ。
「……して、魔王討伐後の手筈は?」
「はっ。魔王が討たれた後、勇者一行には英雄の名誉を授け親善大使として周辺国に向かっていただきます。表向きは勝利の報告ですが、実態は圧倒的な武力を見せつけての恫喝。逆らう国は、適当に反逆をでっちあげて勇者を派遣して潰せばよろしいかと」
アレクシアは卓上の地図を塗りつぶすように指でなぞり、下卑た笑みを浮かべた。
「魔王がいなくなった後は、勇者という『最強の暴力』を使って我が国の威信を示し大陸を統一する。女神様から啓示を受けあの冴えない男を勇者に指名したが、所詮は平民だ。我が国の発展の礎として、精々使い潰してやろう。……その前に、我が国に依存しないと生きていけないよう、心をつぶす。そうしてできた人形がどれほど役に立つか、楽しみだ」
彼らにとって、ライキスの悲劇も、ミレーユの祈りも、すべては私欲を満たすための便利な「リソース」に過ぎなかった。
決戦前夜:魔王軍陣営
その頃、魔王ヴィランドルは静かに荒野を見つめていた。
「ヴィランドル様……」
「……ああ、サリアか。結局、北部のジャガイモの芽は出なかったようだな」
「はい……。魔素の残留汚染による変異が酷く、可食部が腐敗してしまいます。……申し訳ございません」
「謝る必要はない、これは魔王量の魔素バランスの問題だ。浄化魔法で散らせるレベルを超えている」
ヴィランドルは自らの手を見つめた。
殺戮のためではなく、部下を食わせる土地を求めて戦わねばならない。
だが、人間側は対話のテーブルにすらつこうとしない。
そんな悲哀を背負った魔王は、明日、自分を憎む「勇者」という名の青年と対峙する。
「サリア。もし私が討たれたら、全軍を引かせろ。……これ以上、民を無駄死にさせるな」
「ヴィランドル様! そのような弱気な……!」
「弱気ではない。……ただ、この戦いの虚しさを、誰よりも私が理解しているだけだ」
森の静寂の中、グランは夜空を見上げた。
アンサートーカーから送られてくる世界の情勢は、あまりに不条理で、あまりに「三流」だった。
「アンサートーカー。……女神の物語は明日で終わりだ。全部まとめて、俺がハッピーエンドに導いてやる。それがたとえ、ただの『八つ当たり』だとしてもな」
(了解。……全座標のログを固定。オペレーション『打ち切り』、第1フェーズへ移行します。これより、貴方の歩む全事象に対し『正解』を提示します)
不敵に笑うグランの瞳には、すでに明日、グラズ平原で交錯する「三つの運命」が映し出されていた。
評価とかレビューをもらえたら嬉しいです。




