第66話:惜別と白日の返礼
帝国からの帰還後、三月の初めに王立魔導学園の卒業式が執り行われた。
グランは観客席の端でその様子を眺めながら、前世のアラフォーだった頃の記憶をふと思い出していた。
(これから社会に出て羽ばたいていくんだな……。みんな、頑張れよ)
おっさんとしての親心が顔を出し、卒業生たちの背中に心の中で熱いエールを送る。
式典の後、片付けをしていたグランの元へ「獅子の盾」と「白光の杖」の主将と副主将たちが歩み寄ってきた。
「グラン、帝国での親善試合は実に見事だった。完膚なきまでの勝利を叩き込んでくれたこと、感謝する」
「君から教わった魔力操作の極意のおかげで、我々も少しは強くなれたと自負しているよ。君に出会えて本当に良かった」
卒業生たちの晴れやかな笑顔と真摯な言葉に、グランは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いえ、俺の方こそ色々と学ばせてもらいました。……卒業、本当におめでとうございます」
グランが素直に祝福を伝えると、彼らは満足げに頷き、未来へと一歩を踏み出して立ち去っていった。
在学生たちもほとんどの授業が終わり、今は午前中に教室へ顔を出す程度の日々が続いている。
それから数日後、三月十四日のホワイトデーがやってくると、学内は朝から異様な熱気に包まれていた。
お返しをもらって歓喜に震える女子生徒がいれば、想いが届かず涙を流す者もおり、グランはそれを遠巻きに眺めていた。
(みんな、青春してるなぁ……。これぞ学生生活って感じだ)
『マスター、呑気に眺めている場合ですか? ホワイトデーのお返しはいつ渡すつもりなのですか?』
(わかってるよ。レキシとニーナには今から渡す。ベアトリクスには授業が終わったらだ。四聖華と王女には、今日の鍛錬は休みにしてお茶会にしようと言ってある。その時にレインの分と一緒に渡すよ)
グランは平民クラスのメンバーを集めると、義理のお返しとして一口サイズのチョコを一人一人に手渡した。
「今日はホワイトデーだしな。蒼白銀の翼の鍛錬は休みにする。みんなゆっくり休んでくれ」
グランがそう伝えると、マルクとカロンがニヤニヤしながら顔を見合わせた。
「おいおい、グランがホワイトデーに休みを入れてくれるなんてな。お前にも人の心があったんだな、安心したぜ!」
「まったくだ! 槍でも降ってくるんじゃないか?」
「お前らひでーぞ! せっかくの好意を台無しにするな!」
グランが全力で突っ込む中、レキシとニーナは顔を赤くしてグランを見つめていた。
「グラン、ありがとう。……今日はそれぞれ、二人きりで楽しめるみたいだね」
甘々な空気を醸し出す二人に、グランが呆れていると、授業が終わるなりマルクとレキシ、カロンとニーナは連れ立って街へと繰り出していった。
ベアトリクスを探して校舎を歩いていると、ちょうど廊下を歩く彼女の姿を見つけた。
「ベアトリクス! これ、義理のお返しだ。受け取ってくれ」
グランが手作りのチョコケーキを差し出すと、ベアトリクスは驚いたように目を丸くした。
「グランは料理もできるの? 見た目もすごく美味しそうじゃない」
「ああ、一応一通りはできるぞ」
「ふふ、私も料理は得意なのよ。今度一緒に何か作ってみる?」
「そうだな、機会があれば」と答えるグランに、ベアトリクスは楽しげに微笑んだ。
今日の鍛錬は休みだと伝えると、彼女からも「グランが休みにするなんて槍でも降ってきそうね」とからかわれ、グランは「お前もか……」と肩を落とした。
「それじゃあ、私はちょっと彼氏に会いに行ってくるわね。また明日!」
庭園に到着すると、既にレインが待機していた。
「それでは案内しますね。皆様、貴族専用舎の部屋でお待ちかねですよ」
一学期の頃と違い、学園選抜での活躍が知れ渡った今、グランに絡んでくる貴族は一人もいなかった。
「さすがグラン様。実力で完全にねじ伏せましたね」
「まあ、いちいち絡んでこないのは助かるよ」
軽口を叩き合いながら、グランたちは華やかに飾られたお茶会の部屋へと足を踏み入れた。
挨拶もそこそこにソファに腰を下ろすと、王女と四聖華たちに囲まれて和やかなお茶会が始まった。
「みんな、バレンタインのチョコは美味しかったよ。手紙もちゃんと読ませてもらった」
「……っ、そ、そう。喜んでもらえたなら良かったわ」
少し照れる彼女たちを見ながら、グランはついつい本音を漏らしてしまった。
「いやぁ、俺もあんなに愛されてるとは思わなかったよ」
その一言が導火線となり、エルスメリアとソフィアが「自覚があるなら覚悟しなさい!」と暴走しだしたが、他の三人が必死に止めて事なきを得た。
「これ、お返しだ。一人一人だと差が付くといけないから、みんなで食べられるものを用意したんだ」
グランが取り出したのは、前世の有名店の味を再現したチョコロールケーキだった。
「初めて見るわ……。これが噂に聞く、グランのロールケーキなのね?」
オリヴィアが興味津々といった様子で身を乗り出すと、グランはレインの分も切り分けて全員に配った。
「今日はレインの分もあるから、みんなで一緒に食べよう」
絶品のロールケーキを堪能した後、グランはふと窓の外を眺めながら呟いた。
「いつもは鍛錬ばかりしていたからな。たまにはこうして息抜きもしないとな」
「確かに、私たちは鍛錬が好きだから気にしてなかったけど……言われてみればそうね」
「でも、グランと一緒にいるとなると、結局自然と鍛錬になっちゃうのよね」
彼女たちが微笑みながら話す様子を見て、グランは一つ提案をすることにした。
「じゃあ、二年生からは平日のうち一日は必ず休みにしようか。その日はみんなで街に出て遊ぶとかさ」
「賛成よ!」「素敵ですわ!」と全員が満場一致で賛成し、二年生からは定期的な休日が設けられることになった。
「やっぱり学生らしく、青春は謳歌するべきだよな。……もう一年経ったのか。あと二年で終わりだし、早いもんだな」
『マスター。そろそろ女神アリスティアもしびれを切らしているはずですので、二年生からはしっかりといちゃラブハーレムしていかないといけませんね。ただ、二年生からは帝国の皇女殿下も来ますから、余計に騒がしくなりますよ』
(……そうだった。あいつが来るんだったな)
アンサートーカーの無慈悲な指摘に、グランは思わず未来の苦労を予感して嘆息した。
そして迎えた修了式、少し若返った学園長が壇上に立った。
「今年は激動の一年だった。王国の貴族主義は打ち砕かれ、帝国に完膚なきまでの勝利を収めた。我が学園はますます発展するだろう。そして最後に。来年度からは帝国の皇女が留学してくることが決定した。お互い切磋琢磨するように!」
学園長が式を締めくくると、寮に戻ろうとするグランの元へ四聖華たちが駆け寄ってきた。
「グラン! 春休みは何をする予定なの?」
「特に考えてないけど……。何かあるのか?」
「それなら、王国建国祭があるから一緒にデートして! 全員で行くのは無しよ!」
「全員で? ……ああ、ちょうど一週間あるから、一人一日ずつってことか。別にいいよ」
グランが気軽に応じると、四聖華たちのテンションは爆発したように跳ね上がった。
四聖華たちと別れて学生寮の自室に戻ると、一通の豪華な手紙が届いていた。
封を切ると、中にはオリヴィア王女の誕生日会の招待状が入っていた。
(……アンサートーカー。平民の俺がこんな場所に招待されるのって、流石にまずくないか?)
『招待状の装飾が特別仕様になっています。ディアドラ様の時のような門番の妨害はないでしょう。ついに王族にまで本格的に目を付けられましたね。おめでとうございます、マスター』
(……おめでたくない。ついに王族の行事にまで引きずり出されるのか……)
グランは手紙を片手に、さらに騒がしくなりそうな二年生の生活を思って天を仰いだ。




